第87話 来訪者からの衝撃発言

 朝ごはんの後で、部屋に戻って帰る準備。

 準備と言っても荷物はバックパックだけ。荷解きをしてないから鎧を着たら準備完了。

 鎧はゴツいからあまり着たくないけど、手荷物には出来ないから着るしかないんだよな。

 しょうがない、着るか……


【コン、コン、コン】


 ん?ナディアか?エレナさん?


「はーい、開いてますよ。」


【ガチャッ!】と思いの外勢い良くドアが開いて軽くビビる。


「よっ、お疲れちゃん。」


 真っ黒なレザー系の上下で、かなりウェーブのかかった真っ黒なミディアムヘアー。

 銀色のゴツい指環やら腕輪やら装飾品をジャラジャラと身に着けた男。

 この世界では魔王と呼ばれている黒村が、ズカズカと部屋に入り、ドッカリと椅子に腰掛ける。


「ちょっと……何やってんだよロムさん……あんた、なんでココに居るんだ!?」


 俺が唖然としながらも警戒している状態を見て、一言。


「オレ、オマエ、トモダチ。」


「何がトモダチだよこの野郎。」


「折角ヒントやったのに、連絡を寄越さないとはどういう事だよ。」


 こんな所に居るはずがない男が、昔と変わらないニヤけヅラを浮かべている。

 滝のように冷汗がぶわわと流れ出す。動揺するというレベルじゃない。

 そんな俺の心情を見透かしたように黒村が喋り出す。


「久しぶりだな。何年ぶりだ?」


「いや、そうだけどさ……え、何?何しに来た?」


「色々終わったんだって?どうすんだ、向こうに帰るのか?」


 いやいや……何で知ってんだよ……。


「誰から聞いた?」


「情報源の秘匿は基本だ。喋る訳にはいかねぇな。」


 めっちゃ笑顔でウィルバートの絵を懐からチラ見せながら。

 時空鏡で連絡を取り合ったという事か?いやいや、何でそんなモン持ってんだよ。


「そんなに時間が無いからサクっとな。お前ら帰ったら、街で宴会があるんだってな。」


「あぁ、それは聞いた。グリューネで祝勝会があるって……」


 フラムロスに取って憎むべき敵であるエング・ジュール、フェイン、レーブという指揮官級の妖魔を捕獲した事と、被害を最小限に抑えてメルマナを解放した軍関係者を労うために、祝勝会が催される。

 これについては、朝ごはんの時にバルさんも同行するという事を聞いていた。


「その時に、ちょっとしたイベントがある。お前の事だから首を突っ込みたくなると思うんだけど、一切手を出さず、静観の構えで見守る事をオススメします。」


 何で丁寧語。


「イベント?俺が何かやらかすって、何だよ?」


「そっちの貴族共が、前から俺らに情報流してんだ。そいつらが祝勝会でエング3体を逃がすから、便宜を図れと言ってきた。」


「ああ!?何だそれ……便宜って、金か?」


「人外化してさらに強大な力と権力を持ちたいそうだ。エング以上の上級妖魔として迎え入れろとよ。貴族様ってのはすげぇよ。俺に対して上から目線で言って来たからな。」


 情報が妖魔の方に流れているのは感じていたけど、まさかそんな事が本当に行われているとは。


「人外化って、妖魔が人間の姿になるのと同じか。逆もまた可能って事なのか?いや、そうじゃない。誰だ!?そんな事を言い出したヤツは!!!」


「ホラな、お前は絶対に熱くなるからな。俺様が直々に言いに来てやったんだよ。」


 したり顔で俺を見てる。


「フラムロスに起こるはずだった大事件を未然に抑え切った。それは何とオルグレン侯爵の長男エセルバートという若者の指揮だ。エセルバートはこの功績を持ってフラムロス王家に復帰し、立太子する事を国内外に宣言する。同時にグライスナー侯爵の長女マルガレータとの婚姻も決定した。本日はフラムロスにとって素晴らしき日である。って事よ。」


「は?それは……エセルバートが立太子するお膳立てって事?」


「正解っ。」


 ゲッツ!のポーズでビシっと決めるなウザい。


「いやいや、俺が何かやった所で―――」


「貴族共の狙いはもう一つある。」


「……それは?」


「正当な王位継承者を擁立して、妖魔の力を持ってフラムロス大陸全土を手に入れる。」


 正当?そんな事を言ったって、エセルバートが王太子なのは間違いない訳だし……。

 あ、そうか。


「ジャムカか。」


「お、勘が良くなってきたな。黒龍こそ王に相応しいって血眼になって探し続けて、ようやく見つけた。しかも、仇敵セルシニア王族の生き残りと、メルマナの大公と行動を共にしているとな。」


 まぁ、パーティー組んでるし、妖魔ともガンガン戦ってたみたいだからなぁ。

 そりゃバレるよ。


「ジャムカのパーティーを最初に見つけたのがエング・フェイン。見つけたというか、グリューネのギルド戦で3人と対峙したってめっちゃ興奮して言ってた。」


「言ってたって、聞いたのか?カズマさんから?」


「カズマ?ああ、フェインな。だってあいつら俺の部下だし。王の息子は見つけるわ、恨んでも恨み切れないヤツらの息子を見つけるわで、捕まえるチャンスだって煩かったんだよ。」


「恨み?って、何でカズマさんが?」


 俺の素朴な疑問をぶつけると、呆れたような表情で腕組みをする魔王。


「そこからか……本ッ当に何も知らないんだな。あいつらは元々トルジアの官僚だったか軍人だよ。俺がコッチに来た時に妖魔化させた奴らの一部。」


「ロムさん……あんた、そんな事をやらかしたんか……」


「ああ。コッチ来た当初は荒れてたからな。上から目線で命令して来た奴らを片っ端から雑魚妖魔化してた。従順なヤツは言葉を喋れる妖魔。まぁ、結局はそれが奴らにとっては好都合だったみたいでな。妖魔の力を持ったあいつらも一般兵も、セルシニアを攻めた時はやりたい放題……話が逸れた。で、何だっけ?」


「ジャムカ。」


「あぁ、そうそう。結局オッサンの目論見は、エセルバートを立太子させる準備をしつつ、トルジアに狙われてるジャムカの動向を探り、捕まらないように守る必要がある。それでお前がコッチに呼ばれた。」


「いや、それもおかしいだろ。何で俺が?ってか、何でそんなに詳しいんだ?」


【コン、コン、コン】


 タイミングがいいのか悪いのか。

 ドアをノックする音が聞こえた。


「おっと、時間だな。じゃーな。くれぐれもイベントの邪魔するなよ。」


「おい!……いや、わかった。自重する。」


 ニヤリと笑うと、胸から何かを取り出して投げ渡して来た。

 エング・レーブが黒村の家から持ち帰った『ノーブルガンガーレ』のフィギュア。


「向こうに帰ったら隠し神殿に戻しとけ。いいチョイスだけど、全く使い道無いからな。」


「せっかく玲奈さんが持って来たのに。魔王の部屋、ドン引きしてたぞ。」


「あんなヤツに、とやかく言われる筋合いはねぇよ。」


 そう言うと黒村の全身が僅かに光る。

 静電気が帯電しているようにパチパチと音を鳴らし、浮遊感に似た感覚が押し寄せて来る。


【コン、コン、コン】


 またしてもノックの音。


「じゃ、またな。」


 そう言うと、細かい泡がパチパチと弾けるような音と共に黒村の姿がボンヤリと透けて行く。


「ああ、またな。」


 俺の言葉にニヤリと微笑み、親指を立てて応答している。

 やがて黒村の姿が完全に消えた。




「魔王がアキラに会わせろと言ったんだって。陛下はかなり渋ったみたいだけど、魔王の『何なら俺が全てブチ壊してやろうか』って言葉で折れたっぽい。」


 来客はバルさんだった。

 俺の様子を見に行くように、ウィルバートに促されたらしい。


「ざまぁ。最後の最後でブチ壊されたらたまったモンじゃないってか。ってかさ、どこからどこまでがウィルバートの企みだったんだ?」


「俺が魔王に襲われた時から。らしい。フラムロス国内の詳しい所までは聞いてない。」


「ひでぇな。自分の息子のためなら、国でも何でも犠牲にするってか。」


「メルマナに関して言えば、全体を通してエング・レーブに唆された軍の将校の一部と、一部の兵士に犠牲が出ているらしい。本当にそれだけの被害なのかは、これから調査しないと何とも言えない。けど、フラムロス王の名でその者達を丁重に弔うと共に、遺族に対しては金品で篤く遇する事を約束してくださった。」


「亡くなった人たちは浮かばれないよ。全く……」


「そう言うな。金が出るだけマシだ。グリューネのギルドと、確かアランブールだっけ?アキラが行った所。あそこで騙されて殺された冒険者達こそ浮かばれないよ。人が人を騙して、欲望の糧にされたんだよ。俺は本当に許せねぇ。しかも、妖魔を逃がして自分も妖魔になるって?許されるなら、俺がその貴族共を叩ッ殺してやりたいぐらいだ……」


「まぁ、気持ちはわかる。俺も、ちょっとそうしたいとは思った。」


 私腹を肥やすために他人を犠牲にしてもいいと思う奴らの事が、人として許せない。

 どうにかしてブチのめしてやりたいと思う気持ちがムラっと沸いたのは事実。

 とは言え、それが許される行為ではないのは、十分理解している。


「襲撃された時、魔王は俺を殺す気が全く無かった。それと、俺が魔王に襲われた時に帯同していた者達は、怪我の大小はあるが全員生存していた。奴らの正体を早々に看破したレーヴェンツですら、拷問を受けていたが生かしていた。妖魔の奴らの方が理性があるって、どういう事だよ。」


「理性はともかく、俺は個体差だと思う。悪い事を企むヤツが、人も妖魔も関係なく存在してるって事じゃない?」


「まぁ……そうかもな。」


「まぁ、これにて一件落着って所にしておくのが一番って事だよ。これ以上、大人の事情に首を突っ込みたくもない。」


「他人事だと思ってこの野郎!」


 バルさんが笑いながら、軽くキレた素振りを見せる。


「バルさんは、大公としてしっかり今後の国家運営に邁進してくれたまえ。ライナさんの事もあるでしょ?早く結婚したいって言ってたでしょ?なら、今が踏ん張り時だよ。しっかりしなきゃ。」


「まぁ、そうなんだけどさ……アキラ、お前はこれからどうするんだ?ここに残るのか?それとも、向こうに帰るのか?」


 おっと、返す刀でその話をするか。

 俺としては、まだまだ考えが纏まっていないんだけど、今の率直な気持ちを言う事にした。


「たぶん帰るかな。俺一人で。」


「一人で?いいのか?ホラ、ナディアもエレナも、ルカの事も。どうするんだ?」


 あぁ、やっぱりその話を突っ込んで来ますか。

 まぁそうだよね。俺が逆の立場なら同じことを聞いていると思う。


「今朝のウィルバートの話聞いてたでしょ?エレナさん、ルカ、ナディアを王の管轄に置くって、露骨な引き剥がしでしょ。しかも、世界を問わずに何でもくれるって餌までぶら下げて。俺が今後、コッチに居るとマズい事でもあるんじゃない?知らんけど。」


「あのチビっこいナディアはどうするんだよ。」


「アミュさんとリバルドさんに頼むよ。レナートさんの領内だし、流音亭に居れば安全だし。快く引き受けてくれるよ。」


「お前、本当にそれでいいのか?」


「そりゃ……心情としては良く無い。けど、だからと言って連れて行く訳にはいかない。旅行で遊びに来るのとは訳が違う。そもそも国籍が無い人になってしまうから、暮らすとなったら色々と大変な事ばかりだよ。向こうの世界は魔法も無いし、俺には金も無い。働けないし、公共サービスも受けられない。悶々と家でジッとしてないといけない暮らし。現実を嫌と言う程思い知ることになる。そんな思いはさせたくないんだ。」


「その辺りは、陛下が何とかしてくれるんじゃないのか?」


「いや……無理だろ。もらえる物は『物質的な何か』だし。向こうで生活するために金を寄越せと言っても、金は流通量を上回る事が出来ないから却下。デカい家を寄越せと言っても、不動産の贈与は贈与税が発生するし、そもそもお前の給料で固定資産税とか払えるのか?って脅しに掛かって来るだろ。だから、向こうで何かを貰うとしたら、必ず当選する宝くじとか……いや、それも無理って聞いたことあるしなぁ。」


「話がズレて来てる。まぁ、それはお前らの問題って事か。口出しするのはヤボってもんか?」


「まだ話をしてないし、今のは俺一人で漠然と考えている事だよ。いずれにしても、俺は向こうに戻る。仕事があるし、母と姉……家族が向こうには居るからな。何もかも捨て去って、コッチに残るという選択は、俺には出来ないかな。」


「あれ?親父さんは?」


「父は亡くなってるんだ。」


「そうか、ゲンさんだっけ?」


 え?


「……何で父の名前を知ってるんだ?」


「え?いや、若い頃の陛下達とパーティー組んでたって聞いたけど。」

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