第88話 あれよあれよといううちに

「いやいやいや、知らんて。何だそれ。父と?ウィルバートが!?……ってか、父がここに来てた!?」


 俺のリアクションを見てバルさんが『マジか』と言った表情をしている。


「俺は知ってるとばかり―――」


「知らんがな!!!」


 つい、食い気味に怒気を向けてしまった。それはいけない。


「あ、いや。バルさんは悪くない。申し訳ない。ちなみにそれ、いつ聞いた話?」


「さっき。」


「さっき!?」


「ここに来る直前の立ち話だよ。『アキラは父親に似て短気だから、魔王に対して何を仕出かすかわからん』なんて仰ったから、え?って思ってさ。どういう事か伺ったんだよ。」


 それ絶対バルさんを通して、俺に伝わるように仕向けてるヤツだ。

 確かに父は短気な人だったけどさぁ。何なんだよ。

 向こうに帰るとかコッチに残るとか、そんな事を考える最後の最後のタイミングじゃないか。

 そんな時に、何で今さらそんな事を言い出したのか、全ッ然理解できない。相変わらずひどい。頭痛い。


「普通に俺に仰るって事は、アキラにも伝わってんのかと……」


「まぁ、そう思うよね。改めて言おう。それは知らんかったわ。」


 父が生きていればそれを確認する事も出来るけど、出来ないから事実確認が不可。

 親戚が聞いてるとか……?いや、俺が向こうに戻って誰かに言うか?絶対に言わない。そんな事は言えない。可哀そうな人呼ばわりされるのが目に見えてる。

 それに、あの酔っ払い軍団に『ウチの父が異世界に行ったって聞いてませんか?』ってそんな事聞こうもんなら『何言ってんだコイツ』ってなる。ダメだ。


 ……まぁ、今考えてもしょうがないか。直接ウィルバートを問い質す日を待とう。


「とりあえず、そういう話をされたって事だけ覚えておくわ。今さら父がどうとか言われてもさ、今まで何も言って来なかったって事は、別に意味は無いんだろうさ。」


「何か、済まない。余計な事を言ったな。」


「いや、バルさんが気にする事じゃないよ。諸悪の根源はあの男だから。今は、グリューネでは何もしない事を肝に銘じるのと、何を貰うかをしっかり検討しておくよ。」


 ちょっとヘンな空気になり、気まずそうにバルさんが「じゃ、また後でな。」って言って帰った。ナイス判断です。

 それからしばらくの間、情報過多で耳から煙が出そうになりながら頭の中を整理していた。




 デルバンクール観測所経由、グリューネ行きの軍団が、9時にメルマナ城を進発した。


 双獅子ちゃんに騎乗したレナートさんが軍団の先頭。

 続いてアルフレードさんが一両目の馬車に乗り、6台の馬車が続く。

 エング・ジュール、バルさんとナイトストーカー隊、エング・フェイン、エリアーナ隊、エング・レーブ、紫の騎士アーレイスク。


 さらに、馬車の列をぐるっと取り囲むのは、馬にしか見えない魔獣に騎乗した赤の騎士団の皆様。

 その後に続くのは、ジュリエッタさんを先頭とした、馬的な魔獣に騎乗した赤の剣士隊の皆さん方。


「まるで大名行列だな。」


 思わずボソリと。


「何それ?」


 俺の正面に座るエレナさんが、俺の言葉を拾う。


「昔々の、お殿様の行軍風景だね。」


 まぁ、細かい言い方はせずで。


「来た時は4日かかったけど、帰りは半日程度で着いちゃうんだ。」


 来た時は山を越え谷を越え、とにかく相手に見つからないように隠れて移動して来た。

 それに比べて帰りは馬車。ガタガタと揺れて尻が痛いのはしょうがないけど、歩かなくてもいいのはラクだわ。


「妖魔が出没する可能性があるから半日って言ってるけど、何も無かったら3時間くらいでデルバンクールの観測所には着くかな。」


 というエレナさんの見立て。

 妖魔がエング・ジュール達を奪還しに来る可能性があるとの事だけど、魔王本人がグリューネでイベントがあると言ってたから、何もないんじゃないかと俺は思っている。


 とは言え、コボルトやらゴブリン、オークが散発的に出没しては赤の騎士団が蹴散らすといった状況となっていて、その都度行軍が停止する。


「俺らは何もしないから贅沢は言えないけどさ、移動を止められるのはウザいね。」


「それはしょうがないわ。ま、それはさておき。出がけに言い掛けた話、詳しく聞かせて。」


「え?今ですか?帰ってからの方が……」


「気になるのよ。ウィルバートに何を言われたのか。あんたの顔見てたらわかるのよ。ロクでもない事を言われたって。ね、ナディア?ルカ?」


「うっそ、そんなに顔に出てる!?」


 俺としてはポーカーフェイスをキメていたんだけど。

 ナディアとルカを見ると、ナディアは困ったような表情で。


「アキラさん、朝食の時からずっと強張った表情をしています。余程の事情がおありかと……」


 そう見えてしまっていたんだなぁ。

 ルカは遠慮がちに。


「若干、アキラ様の視線が定まっていないように見受けられました。」


 目が泳いでいましたか。

 最後に、ルカの頭の上でまったり寛いでいる妖精ナディア。


「……アリアリだな。」


 何がアリなのか。




 さて、エレナさんは銀の剣士就任、ルカは守護隊への入隊、ナディアは王太子妃付き侍女の勧誘。

 冒険者パーティーからの華々しいステップアップについて、出来るだけ言われた事をそのまま伝えて行く。

 エレナさんは頭を抱え、ルカはキョトンとし、ナディアはかなり驚いていた。


 まずはエレナさん。


「あぁ、そんな匂わせはあったわ。ついに来たかって感じ。是非も無しって所ね。」


「匂わせ?マジで?」


「ホラ、前に王都の治療院に行ったじゃない?あの時にパルムクランツが『私もそろそろ右腕が欲しい所だ』とか言ってたわ。ガン無視してたけど。」


「それ、あの人なりの勧誘じゃないです?意外と不器用ですね。」


 続いてルカ。


「私はご命令とあれば、どの様な場所にでも参ります。」


「ルカとしては、部隊が変わる事についてどう思う?何か、不安とか無いかい?」


「ございません。アキラ様の名を汚さぬよう、死力を尽くします。」


「俺はさておき、ルカ自身は―――」


「この身が果てるまでお仕えいたします。」


 何か、恐縮です。

 そしてナディア。


「どうして私なんでしょうか……?」


「能力を買って、と言う事なんだよね。お前らごときがナディアの事は何も知らねぇだろ?と思ったら、守護隊使って色々調べていてさ。ぐうの音も出なかった。エレナさんはどう思う?ナディアの侍女就任について。」


「確かに、向こうが言ってる事は正論と思う所もあるかなぁ。ナディアなら、他に人員が要らないぐらいの働きは出来るわ。でも、今回の採用はナディア一人じゃなくて複数人採用するみたいだから、一人当たりの作業量が分散される分、忙しすぎるって事はないだろうね。職業として考えたら、かなりいい仕事と思うわ。ただねぇ……」


 エレナさんが頬に手を当てて、何かを考えている。

 その仕草を見たナディアが、やや不安そうに問いかける。


「何か、ご懸念がおありでしょうか?」


「うーん、同じく採用になる侍女の子たちは、お貴族様やら名家のお嬢様なのよ。運良くその子たちの性格とか相性は良くても、その両親やら親族がしゃしゃり出て来る場合があるのよ。『娘の上司が爵位の無い家の者だと!解せぬ!』的なね。」


「ナディアの後ろ盾は王妃様でしょ。あの人が勧誘しに来るんだから、その辺りは上手くやるんじゃない?ってか、侍女行き前提で話をしてますね?」


「そうよ。あの女に狙われたら最後よ。二人ともハラを括っておいた方がいい。あと、アキラは聞いてる?侍女って本当は側室候補って話。だから―――」


「困ります!!!」


 うおっとビックリした。

 ナディアがそんなデカい声を張り上げるのは初めて聞いた。

 エレナさんもルカも、目を丸くしてナディアを見てる。


「いや、あのね、ナディア。ちょっと聞いて?」


 珍しくエレナさんがオロオロしている。

 俺もナディアの剣幕に圧倒される。


「私は……側室などになるくらいなら、泉に帰ります。」


「ナディア、本当にそんな話じゃないから。ね?話を聞いて。」


「ナディア、その件については俺も聞いてて、逆に側室にならない人選だって聞いてるから。だから俺だって、渋々承知したようなもんだよ。ちょっとエレナさんの話の続きを聞いてあげて。」


 むむうと唸るナディアをようやく落ち着かせて、エレナさんが話を続ける。


「で、侍女が側室にならない対象は、既婚者である事。だから、あんた達はこれを機に結婚しなさいよ。」


 ・

 ・

 ・


 一瞬、言葉を失う。

 ナディアと目を合わせ、互いにエレナさんを見る。


「「それは、どういう事で……?」」


「言葉通りよ。ウィルバートとエレオノーラから、そこまでちゃんと聞いてた?」


「……いや、そこまでは聞いてないです。」


「じゃあ、先に聞けて良かったわね。はい、じゃあこれでナディアが侍女になって王城勤務になっても問題なし!私もルカも王城が主な仕事場だから、アキラと妖精のナディアが王都に来れば、今まで通りのメンバーで過ごせるって事よ。全て解決よ!」


 カッカッカッと高笑いするエレナさんと、表情は変わらないけど尻尾を振りまくっているルカ。

 呆気に取られている俺とナディア。


「いやあの、それは良いというか何と言うか……」


「アキラさん。」


 背筋を伸ばしてナディアが俺と向き合う。


「はいっ!」


 つられて俺も、姿勢を正す。


「このお話の続きは後程、改めて致しましょうか。」


 そう言って、にっこり微笑むナディア。


「はいっ!もちろんですっ!!!」


 そんなやり取りを見て、エレナさんがボソリと呟いた。


「予想はしてたけど、全力で尻に敷かれるタイプよね。」




 さて、その後は使命の褒美は何を貰うかについて。

 ついさっきまでは、一人で向こうに帰るかどうしようかグラグラ揺れていたのですが、思いっきり状況が変わった。

 ココで暮らす事が前提となりました。そうなると俺が欲しい物はただ一つ。


「俺と複数人が、コッチと向こうを自由に行き来できる魔道具が欲しい。」


 俺としては年に一度、みんなを連れて実家に里帰りが出来ればいい。

 表向きには海外で暮らすことになったと言う事にしておけば、失踪したと思われずに済む。

 母と姉に心配を掛けたくないのです。


「アーレイスクなら作れるんじゃない?そういうヤツ。この世界には時空鏡が存在している訳だから、不可能ではないはず。」


「それはわからないわ……」


「グリューネに着いたら、アーレイスクに聞いてみようかな。」


「もし、それがダメだったらどうするの?向こうに、帰るつもり……?」


 エレナさんがそう言うと、みんなの視線が集中する。


「転移の魔道具がダメなら、王城の近くに家をもらって、俺達エリアーナ隊の本拠地にして暮らしていくのもいいかなって。そこからみんなは王城に出勤して、俺は何か定職を探して。まぁ、冒険者でもいいんだけど。実家に心配を掛けたくない気持ちは変わらないよ。だから、今回の事が一通り片付いたら一度向こうに飛ばしてもらって、海外で仕事をすることになったと伝えようと思う。何も言わずに居なくなったら失踪と思われてしまうからね。それで、年に一度ウィルバートにお願いして里帰りさせてもらったりして。さっきの話で、何と言うか俺の中で覚悟が出来たと言うか、俺の中の優先順位が大きく変わったんだ。」


 一気に思いをぶちまけてしまった。

 エレナさんの表情が、若干引き気味になっている。


「……具体的なのか漠然としてるのかわからないけど。でも、そっか。私たちの本拠地かぁ……それも悪くないなぁ。」


「でしょ?あと……何処か一つ扉を魔道具化して、特定の人物だけが通行できる転移の扉にしてもらったりして。魔道具よりもそっちの方がいいなぁ。流音亭とかレナートさんの別荘とか、転移の扉で移動出来たらすげぇいいと思うんだよね。そしたら、ナディアの泉の整備にも気軽に行くことができる。ナディア、二人ともどう思う?ルカもどう?」


 ナディアは満面の笑顔を見せて。


「私は勿論、大賛成です!!!」


 妖精ナディアは親指を立てて。


「……アリアリだな。」


 ルカは尻尾をぶるんぶるん振りながら。


「私も……ご一緒させていただけるのですか……?」


「当然!!!よし、こうなったらアーレイスクを巻き込んで、魔石やら魔道具を駆使した最新鋭の家屋を作ってもらっちゃおう。」


 それから馬車の中では、笑いと会話が途切れる事は無かった。

 デルバンクールの観測所を経由してグリューネに到着したのは、その日の夕方過ぎの事だった。

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