第89話 祝勝会の準備

 久しぶりのグリューネに到着すると、レナートさんが所有するホテルの正面に馬車が停車した。


「もしかして、祝勝会はレナートさんのホテルで?エレナさんは何か聞いてます?」


「そうよ。ココに泊まるのは久しぶりね。」


「え?ココに泊まるの?」


 そう言うと、エレナさんがジト目で俺を見る。


「何も聞いてなかったの?……あぁ、聞く余裕が無かったのね。」


 朝ごはんの時に説明されていたっぽい。何も聞いてなかった。


「……まぁ、ね。そっか。前に来た時は離れの方に泊まったから、コッチの本館はロビーを通っただけだわ。」


 俺とエレナさんが再会……と言っても、俺はその時は記憶が無かったんだけど。

 ナディアが魔法を覚えたのもココだし、グリューネは思い出深い場所ですなぁ。


「ストリーナも豪華だけど、ココも中々よ。」


 馬車の扉が開いたので外に出ると、ホテルの制服を着た従業員の方に深々とお辞儀をされる。


「エリアーナ隊の皆さま、長旅お疲れ様でございました。ご案内をさせていただきます、当館副支配人のカステルと申します。」


「あら!カステルじゃない!元気だった!?」


 おっと、顔見知り?


「これはエレナ様、ご無沙汰いたしております。支配人アルフレードに代わり、ご案内をさせていただきたく存じます。」


「うん、よろしくね。あと今日はアレ……ある?」


 エレナさんがニヤリとする。

 するとカステルさんもニヤリとする。


「ございます。」


「やだ~!もうホントにわかってるんだから~!さぁ!ナディア!ルカ!行くわよ!」


「ご案内いたします。どうぞ、こちらへ。」


 酒だな。大体わかって来た。


 VIP専用と思われる裏通路を案内される。ロビーを横目に見ると、かなりの人でごった返している。ありゃ大変だな……。

 通路の先にある魔石エレベータに乗り込むと、目的の高層階まではノンストップ。

 ルカの目が白黒している。まぁ、ちょっと慣れない体験だろうからね。

 エレベータがふわりと停止して扉が開くと、待ち構えていた従業員の皆さまからの「いらっしゃいませ」。

 フカフカの絨毯の感触を楽しみながら進んで行くと、今夜のお部屋に案内される。


 カステルさんが扉が開くと、予想外の部屋の造りに唖然とする。

 広い土間に、やや低めの広い式台。重厚な上がりかまち


「こちらで靴を脱いでお上がりくださいませ。」


 そうでしょうね。そうでしょうとも。

 広い玄関ホールの正面にある障子を開くと、およそ20畳ほどの広いお座敷。正面の奥には大きな内障子。

 部屋の中央は掘りごたつになっていて、いろりが設置された広いテーブルが備え付けられている。

 籐のような素材で編み込まれた5台の座椅子は座布団付き。


「俺、向こうでこんな豪華な旅館に泊まった事無いよ。」


 思わず呟くと、カステルさん。


「こちらは当館の先代支配人が、国王陛下の命を受けて造られた特別室となっております。」


「先代というと、レナートさんのお父様が?」


「ご明察にございます。」


「じゃぁ、ウィルバート……陛下も、ここに泊まりに?」


「陛下は、専用の特別室がございます。こちらは―――」


【コン、コン、コン】


「失礼いたします。」


 おっと、この声は。

 ドアが開くと、赤い戦闘服から礼服に着替えたレナートさんが入って来た。

 いやもうホント、何を着ても似合うよなぁ。


「長旅お疲れ様でした。カステル、ここからは私が。アルフレードの手伝いに行ってくれないか?」


「承知いたしました。それでは皆様、失礼いたします。」


 深々と礼をして出て行くカステルさんと入れ替わりで、レナートさんが入ってきた。


「こちらは、言わばアキラさん専用となる部屋ですよ。」


 へ?俺専用?


「あの、私専用と言うのは……どういった……」


「おっと、私としたことが。この後で祝勝会がございますから、その時まで今しばらくお待ちください。」


 そう言って笑顔を見せる辺り、絶対わざと言ったんだなと思った。


「ではそのお話、後でゆっくり聞かせて下さいね。」


 レナートさんと目が合い、俺が察したのを承知したのか、笑い合う。


「何を笑ってるんだか。レナート、これからの予定は?」


 エレナさんが聞くと、レナートさんが姿勢を正して答える。


「これから皆さんのお召し変えの時間となりますので、準備が出来次第、ご案内をさせて頂きたいと思います。」


「お召し変え?……何か、イヤな予感がするわね……レナートは聞いてるんでしょ?」


「はい、伺っております。」


「皆さんって事は、私だけじゃないよね?」


「はい。エリアーナ隊及び、妖精のナディアさんを含む、皆さんです。」


 エレナさん、一考。


「アキラが言ってた事は、もう何もかも全て決定事項って事?」


「全てとは伺っておりません。アキラさんとエレナ様の……おっと、私としたことが。その件につきましては、祝勝会で、多々、ご案内がある事になっております。」


 そう言うと、深々と一礼をする。

 俺とエレナさんの事が決定?って事は銀の剣士関連と、俺の何か……褒章の授与みたいな?


「そう、それならいいわ。でもさ、ルカと妖精のナディアも着替えるって、大丈夫なの?」


「もちろんです。私共にお任せください。」


「そしたら、もう着替えに行こうよ。ちゃっちゃと着替えて、会場でのんびりしよう。」


 俺の提案が承認され、さっさと着替えに行く事にした。

 部屋の外に出ると、俺とナディアが部屋の鍵を渡される。


「あら、エレナさんは飲んだくれるからですか?」


「いえいえ、決してそのような事はございませんよ。」


「ひどい事言ってくれるじゃない。ナディアが鍵番ね。ま、私達は一緒に動くから問題ないわ。アンタこそ落とすんじゃないわよ。」


 ちなみに部屋の名前は……『カンフォーレ』。よし、覚えた。

 同じ階層に男女それぞれの衣裳部屋がある。女性チームと別れて、俺は一人男性衣裳部屋に入る。

 さてさてどんな服を着るのかね。冒険者の初心者講習で着てた、赤の剣士隊の制服かな?




「お似合いです!!!」


 などとナディアが喜んでくれる。えへへ。


「そうかい?まぁ、ナディアがそう言ってくれるなら嬉しいんだけど、俺は自分自身を見て、思っていた以上に着せられてる感がすごい。服に申し訳なく感じる。俺とルカの服がお揃いで、ナディア達は同じ衣装の形違いだね。」


 俺は膝まで長さがある、ピッタリとした暗めの赤色の上着。銀の糸でみっちり刺繍が施されている。

 何かの本でこんな形の衣装を見たな。何だっけ……ジュストコール?に、白いドレスシャツ。袖が捲り上げられていて、その部分にも刺繍がびっしり。袖から中のシャツを出すのが正しい着方のようだ。

 中に着ているベストは濃いグレーの色味で、上着と似た柄の刺繍入り。

 首には薄手の白いマフラーみたいなのをグルグルっと巻かれて、前に垂らしてベストに収納。

 上はいいけど、下が膝までの赤い短パンに白タイツかよと思っていたら、脛が半分くらい隠れる黒革のブーツ。履いてみるとカッコイイね……と思ってしまったので、まぁ良しとしよう。


 服飾についてはあまり知識がないんだけど、18世紀なのか19世紀なのか……俺が思い描くヨーロッパのお貴族様のイメージそのものの衣装。

 んで、この世界の普段着は19世紀後半から20世紀前半の、向こうでは写真に残っているような西洋風な服装なのに、こういった衣装だけは時代が遡るってのも変な感じがする。

 まぁ、くるくる巻きの白いカツラとかを付けさせられないだけマシか。


 さてさて、アキラのファッションチェック。

 まずはナディア。全体的には俺と同じ色味だけど、素材が違う。

 俺とルカの服はベルベットのような生地で、ナディアの服はサテンのようなつるつるすべすべとした生地。

 前にエレナさんが着ていたような露出の低い貴婦人風の衣装だった。

 高い襟に細身の長袖で、白い手袋をはめている。首元には女性のレリーフの白いカメオブローチ。きめ細かいレースが襟から胸元に掛けて幾重にも装飾されていて、キュッと締まった腰の位置が少し高め。足元に向かって極端に広がり過ぎない裾の形。

 髪型は、長い真っ直ぐな黒髪を後ろに纏めて、編み込みながら結い上げている。控えめに言って完璧。ありがとう。ありがとう。


「ナディア、すっっっっっっごく似合ってます。何と言うか……猛烈に感動しています。」


「ありがとうございます……あの、どうして敬語で?」


 そして妖精ナディアは、ナディアと同じ衣装のミニチュア版だけど、スカートの丈がちょっと短いミニスカ風の衣装。

 緑色の長い髪はポニーテールにしてゆるく丸めて、ナディアの首元にあるカメオブローチをたくさんの花で装飾した髪飾りにして留めている。服を作った職人さんと、着付けを行ったスタイリストさんの趣味が思いっきり出ているなと思った。


「ミニスカだと、一気にゴスロリっぽくなるな。いいな。これはカワイイな。」


「……ふふふ……もっと褒めてもいいぞ。」


 さて、俺と同じようなパンツタイプの服を着ているのがルカ。

 ルカの服は俺の服ほど刺繍は派手ではなく、部分部分に飾りがある程度だけど、首のスカーフを留めるカメオブローチがある点が、俺とは大きな違いだ。ブローチを良く見ると、ナディア達のものと同じ装飾が施されている。

 背中は燕尾服みたいに二つに分かれていて、尻尾の邪魔にならないようになっているようだ。

 あと、全身のトリミングをしてもらったらしく、もっさもさになっていた長い毛が少しスッキリして、見た目の上品さが倍増している。


「私はアキラ様の供として、恥ずかしくない衣装でしょうか?」


「何言ってるの。カッコイイなぁ……俺なんかよりもしっかり着こなせているよ。それに、ルカには赤が映えるよね。」


 さてさて、エレナさんがまだの様子。


「エレナさんはもうちょっとかかる感じ?」


「そうですね、もう少々かかると仰っていましたが……あっ!いらっしゃいましたよ!」


 振り返ると、颯爽と歩いて来る「エレナちゃん」と「エレオノーラ様」のほぼ中間のエレナさん。

 またしっかりスタイルを変えて来たんだね……。


「お待たせ~。この服に体形を合わせるのが苦労したわ。コレね、エレオノーラが裁判院に居た頃の衣装をリメイクしたんだって。どう?ちょっと今までと印象が違うでしょ?」


「エレナ様……お美しい……」


 ナディアの目がハートになってる。本当にこの子はエレナさんの事が大好きなんだよな。


「聡明かつ美しいエレナ様を、より一層引き立てるお衣装かと思います。大変お美しいです……」


 ルカが語彙を振り絞って、一生懸命想いを伝えようと頑張っている!


「……その色も似合う。」


 妖精ナディアはシンプルに。

 そう、今回のエレナさんの衣装は今まで着て来たブルー系ではなく、シルバー、グレー系の落ち着いた色合い。

 衣装の形は、前に治療院で見た銀の騎士の服装を彷彿とさせる。

 俺が着ている上着とほぼ同じ形で、濃いグレーをベースに、燻し銀の豪華な刺繍が入っている。

 首元のスカーフを留めているのは、ナディア、ルカと同じカメオブローチ。女性陣、お揃いのワンポイントなんだな。

 髪型は、ピタっとした斜め前髪に、後ろを纏めて結い上げているだけのシンプルな形。

 スカートはやや細身で、ふくらはぎが隠れない程度の絶妙な長さ。上着と合わせた裾周りの刺繍で、落ち着いた雰囲気だけど華やかな印象。そして俺的なツボ、黒の編み上げブーツ。


「いやぁ、エレナさん。めっちゃカッコイイよ。超デキる上司まっしぐらだわ。」


「ふふ、みんなありがと。でもねぇ、この中で着させられてる感が凄いのは、アキラだけじゃない?」


 ニヤニヤと笑いながら俺をイジり始める。


「いや、わかってますから。それでもね、髪型とかイジってもらったりしたんですよ?ツーブロックにオールバックで、爽やかアンドデキる会社員を演出してですねぇ……」


「いやー、やっぱりルカはトリミングしてもらって正解よね~!!!」


 聞いちゃいねぇ。ナディアが困って笑ってるじゃねぇか。

 すると妖精ナディアが俺の肩に飛び乗り、呟く。


「……照れ隠しだ。」


 そうか?


「それでは、皆さんお揃いとなりましたので会場にご案内いたします。どうぞ、こちらへ。」


 レナートさんのご発声により、祝勝会の会場へと向かう。

 VIP専用エレベータを下ると、祝勝会の会場前の混雑が遠くに見える。

 ロビーなど生ぬるい程の人でごった返していて、あそこに足を踏み入れると、もみくちゃにされるわ。


「皆さん、こちらからどうぞ。」


 そう言って、従業員通路から中に入れていただける。大丈夫なんですか?


「もちろんですよ。主賓の皆さまは、こちらからご入場いただいておりますから。」


「って事は、ジャムカやアレク達も?」


「ええ、彼らは準備が整い次第、こちらに来ることになっています。」


 裏ルートを通って、ステージ横の従業員通用口から会場に入る。

 会場は、コレどんだけ人が入るんだ?ってぐらい広い。

 そして配置されている円形のテーブルが5……10……30……どんだけあるんだ?


「アキラさんは、すぐそちらの13番テーブルとなります。エレナ様、ナディアさん達は、こちらになります。ご案内いたします。」


「あら、やっぱり離れちゃうのね。」


 やっぱり?


「ええ、アキラさんは叙勲がございますから。おっと、私としたことが。」


 じょくん?ってかレナートさん、今日は本当にそういうのが多いですね。


「じょくんって……春の叙勲みたいな?褒章の授与とかですか?」


「ええ、お察しください。片膝付いてお話を聞き、一言述べて終わります。それでは、皆さんはこちらです。アキラさん、また後程よろしくお願いいたします。」


 そう言うと、みんなを引き連れて行ってしまった。

 エレナさんがニヤニヤしながらコッチを見てる。絶対何があるか知ってる顔だ。

 ナディアが困った顔で手を振ってくれている。

 妖精ナディアは、ルカの頭に乗ってぺっとりしている。


 いやしかし、あのメンバーは目立つな!!!

 レナートさんが先導しているから、なおさらだよね。

 所々から「赤の騎士が先導してるのは?」「誰だあの美人」「あれは……新種族か?」「何と神々しい……」「あっ……ナディア様……」「今日はまた一層カワイイ……」「たまらんっす……」ってめっちゃ赤の剣士多いな!どこだ!


 思った通り、周りの人にめっちゃ見られてるじゃん。色めき立ってるじゃん。

 大丈夫かな……ヘンなアプローチされないだろうな……。


 そんな事を悶々と考えながら、レナートさんに案内された13番テーブルを探す。

 テーブルに数字が掲げられているから、まぁ迷う事無し。13番……13番……ってホント目の前だった。

 席には、既に一人着席していた。

 え、このテーブル、椅子がふたつ?マジで?二人だけって、ちょっとしんどい……しかも隣り合わせ。

 くそう、コミュニケーション能力が試されるって事かよ……まぁ、しょうがないか。

 意を決してテーブルへ。


「あ、どうも失礼いたしますー。」


「ども。」


 ん?


 聞いた事ある低音。


 その人をチラっと見た瞬間、全身から一気に血の気が引く音が聞こえた気がする。


「何であんたがここに居るんだよ……」


「呼ばれた。」

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