第28話 王妃の涙と、真の使命
風呂を上がって、急いで服を着てリビングに戻ると、エレナさんがソファーでぐでっとしていた。
本当に…王妃様なのか…?
「…って思ったでしょ~!」
はい、思いました。
「箱の中、見た?」
「いえ、まだ見ていませんが…。」
「じゃあ、見てみて。」
促され、箱をパカっと開ける。
明らかに見覚えのある、長年使った俺の相棒。
「コレ、俺の眼鏡じゃないですか…?」
俺がそう言うと、エレナさんがスッと立ち上がって、俺の隣に座る。
「ココに来た日の事は覚えている?」
近い。ちょっと、近いです。
「え、ええ、覚えています。裸で道端で寝てて、コッチの冒険者の人に拾ってもらって…。」
「その前の事は?」
「その前?ったら、元の世界で、車で寝ちゃったと…思うのですが…。」
エレナさんが、ギュッと抱きしめて来た。
「え?え?え?え?え?」
「覚えていないのね…でも、生きていてくれて、本当に良かった…。」
なんでこんな状況なのか、全然理解できない。
つい、ナディアを見てしまう。
ちょっとビックリした顔をしたけど、何かを察したのかエレナさんの肩に乗って、ポンポンしてる。
レナートさんが俺の側に寄って、話しかける。
「…アキラさん。私は、アキラさんにお話ししていない事があります。」
そしてエレナさんが、泣いてる?なんで?
「エレオノーラ様、よろしければ、私からお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
エレナさんが俺に抱き付いたまま、コクリと頷く。
「アキラさん、使命の印はお持ちですか?」
おお、そういえばあったな。
言われるまで完全に忘れていた存在。
「カバンの中に入れていますが…。」
「私が一切触れずにいた、黒い面の事を覚えていますか?」
「えぇ、そういえば…そうですね、両面色違いでしたね。あれは、そういうものかと…。」
「アキラさんの真の使命は、黒い面です。」
「それは…え?」
「今から3年ほど前、ウィルバート陛下とエレオノーラ王妃の使命を受けた者として、アキラさんはこの世界に呼び出されたのです。」
「3年前?俺が?」
「二つの月が重なり、完全に一つになる時。使命者を呼び出す事が出来るのは、この時だけです。奇しくも同じ時に陛下と王妃、そして私が使命者の召喚を行いました。そして、アキラさんは私の所ではなく、陛下と王妃の元に現れました。」
「どういう事ですか?ちょっと…そんな事って…。」
エレナさんが俺を抱く力が強くなる。
「陛下が印を確認すると赤と黒の二つの面の印となっており、過去に前例が無いものでした。ですが、赤の獅子という紋で察した王妃は、すぐに私を呼び寄せました。召喚を行ったかを確認するためでした。そこで私は、アキラさんと初めて対面しました。」
言葉にならない。
「レナートには、本当に辛い思いをさせました…そこから先は、私が話します。」
ちょっと落ち着いたのか、エレナさんが抱き付いたままの姿勢で、話始める。
ウィルバート王とエレオノーラ王妃からの使命は、二人の間に生まれた双子の兄を見守る事。
フラムロス王は龍の化身。双子の兄は黒い髪の黒龍。伝承では黒龍は妖魔に魅入られているため、その力で災いが及ぶと言い伝えられる絶対悪。弟は金の髪の金龍。大地に恵みをもたらし、平和と安定を持って国を繁栄させる、王となるべく存在。
この二人が同時に生まれてしまった。
長兄だが黒龍、次弟だが金龍。長兄が王位継承の第一位となるこの国では、金龍は王となれない。
『弟君こそ次代の王に相応しく、兄君の処置も止む無し。然らざれば、分裂も辞さず。』
反乱ともとれる過激な意見すら囁かれる状況。
親として悩み抜き、王として決断を下す。双子の兄は病を得て生後間もなく亡くなった、と。
王妃の密命を受けた部下は、病死したとされる双子の兄と共に城を脱出して、レナートさんのお父さん、先代のルージュ侯爵の庇護を受けて、バトンの森で部下の息子として暮らす事になった。
「王様がよくここのお風呂に来てたというのは、もしかして…?」
「自分の息子を見に来てたのよ。それを偽装するために、世界中の温泉地に、気が向いたらフラっと『お忍び』で現れる風呂馬鹿王というイメージを植え付ける事もしていたわ。」
ただ、父親として一緒に暮らしていた部下が、突然現れた妖魔に襲われて殺されてしまう。
彼は孤独になってしまった。
それからしばらくして彼は流音亭で暮らすようになり、冒険者を志す。
彼は当時14歳で冒険者になることはできなかったが、それまでに使命者が力をつけておき、彼が冒険者になる時にさりげなく共に行動し、一人前の冒険者になるまで成長を見守ってほしい。
それが3年前、俺に与えられた使命。だったけど、当時の俺に戦う力はゼロ。
彼の事がバレると国家を揺るがすかもしれない事態。俺の事も存在を知られてはならないという理由から、寝食は何とレナートさんの別荘。アルフレードさんは何かを察していたものの、レナートさんが何も言わなかったので、余計な詮索はしなかったようだ。ジュリエッタさんは、この時はまだ剣士隊に居た頃なので、俺との面識は無かったらしい。
戦闘訓練は、事情を知るレナートさんとのマンツーマンで徹底的に行われた。
時には、王妃を陰で警護する特殊任務部隊に放り込まれた。
「その特殊任務の人たちが、守り役をやれば良かったんじゃ…?」
「同じ事を当時も言われました。本当に、アキラ…あなたなのね…。」
考える事は同じだったらしい。そりゃそうだ。
それに対しては答えてくれなかったけど、ほっぺをなでられたので、まぁ、良しとしておこう。
でもナディアの前でやられると恥ずかしい…。
全力で期待に応えようとしていたらしく、半年ほどで、まともに戦える位までは成長したらしい。
ちなみにその訓練で、俺のダルダルの身体が引き締まったようだ。訓練最高。
このあたりの成長が、レナートさんが俺をやたら褒めてくれるきっかけになったようだ。実感ないんだけどな…。
王妃がマメにお忍びで訪れては、見る度に成長して、変わって行く俺を見てほのかに母性を抱いたようで、何かを勘違いした王様がめっちゃ嫉妬して「俺の女に手ェ出したら殺す」ぐらいに言われていたらしい。怖いわ。出来るかそんな事。
そして、満を持して流音亭に冒険者登録に行くために別荘を出た直後、一帯に雷鳴が響き渡り、異常を察したレナートさんが俺を探したところ、道端にメガネが落ちているのを発見したが、俺自身は見つからなかった。
このメガネを王妃に渡し、いつか見つかった時に直接返してあげてほしいと。
ちなみにアミュさんとリバルドさんは、この事は知らない。
そして、その見守り対象の双子の兄。
俺が知ってる、いや俺を助けてくれたあの人だった。
「ジャムカさんなんですか!?」
世間は狭い。
驚くほど狭い。
「あの時アキラさんに何が起こったのかは不明ですが、私がまたお会いする事が出来た時、こちらに居た時の記憶が完全に失われてしまっていました。」
「本当に、何と言いますか…色々とお話を伺う程、申し訳ない気持ちで…。」
そう言うと、エレナさんが俺の手を強く握りしめる。
「またアキラはそう言って自分を責める。悪い癖よ。何も悪くないじゃない。」
子供を諭すかのような口調に、ちょっと笑ってしまう。
「はい、気を付けます。」
そしたらまた涙目になって、抱き締めてくる。
「そう、アキラは笑顔が一番。それに、これからはこの子の事をしっかり守ってあげないとね。」
そう言って、肩に居るナディアを手に乗せる。
「アキラ、ちょっとナディアちゃんとお話しさせて。」
「え?ええ、わかりました。」
そう言うと、ナディアを連れてお風呂に入って行った。お風呂?
何を話したいのかちょっと気になるけど…さすがに女性同士のお風呂場に行く事は叶わず。
「ところでレナートさん、ちょっとお聞きしたいのですが。」
「はい、何でもどうぞ。」
「3年前に私がここに来た時、普通に服は着てました?」
「ええ、こちらの服装とはかなり趣は違いますが、身に着けていましたよ。」
「そうですか…私が初めてここに来たと感じた時は全裸でしたので、誰かに身ぐるみ剥がれたって事ですよね。たぶん、ヤバい状況か、攫われるのをレナートさんに気付いてもらうために、ブン投げたんだと思います。少なくとも、今の俺なら絶対そうします。」
「雷鳴が轟いて居なくなったという事は、何らかの形で妖魔が関与しているのではないかと思いましたが…争った痕跡や大人数が殺到するなどの足跡などもなく、とにかく物証がありませんでした。」
「魔石とかで、記憶消去ってあるんですか?」
「少なくとも、私は聞いた事がありませんね…。」
「魔石じゃ無いという事は、妖魔か何かに会って何かされてるとか…怖いなぁ。仮に攫われてるとかでも、痩せこけてはいなかったので食事は摂っていたという事ですよね…。」
「何かきっかけがあれば、思い出すのかもしれないですね。」
そうだなぁ…でも、電気ビリビリとかで思い出すのはイヤだ。
「そういえば、あの馬車どうなってるんですか?魔石ですか?」
「まぁ、そうです。とだけ。」
笑ってごまかされた。
「アミュさんからも、奥の部屋に関しては企業秘密って言われたんですよね。あと、トイレの機能は凄いですね。手をかざすと水が出て流す水洗方式。あれは魔石ですよね?」
「はい、あれは水を噴出する魔石を使用していますね。」
「やっぱりそうなんですねぇ~。火を熾すための魔石とか、風を流して涼しくする魔石とか?そういったものを使っているんでしょうか?」
「アキラさんは、ホントに魔石の事になると少年のような瞳になりますよね。とても楽しそうです。」
「じっくりと研究できたら、たぶん幸せな気持ちになります。まだちゃんと見た事はないんですけどね。バッグの中にたくさんの原石と、宝箱に魔石が入っていましたね。触って何かが発動したら怖いので、何もしていませんけど。」
「危害が及ぶものは、入れていなかった気がしますね…すみません、内容は失念してしまいました。」
そんな雑談でレナートさんと盛り上がっていたら、お風呂の引き戸が開く音がした。
「は~い、注目~!」
エレナさんがニッコニコで出て来る。豪華な普段着のような衣装になっている。
やや遅れてもう一人。
「あれっ!?ナディア?」
妖精バージョンじゃない、本来の姿のナディア。
顔を赤くして、やや息が上がっている。お風呂の引き戸に掴まって、やっと立てているように見える。大丈夫か!?
水の中に居る時の薄々の服装ではなく、エレナさんと同じような普段着のような服を着ている。
ちょっと近づいて、そっと肩に触れる。
「水の外には出られないと思っていたんだけど…大丈夫なの?」
「アキラさん…ええ…大丈夫です…これで…一緒に……」
ふっとナディアの力が抜ける。慌てて抱きかかえる。
「お、おい!」
「アキラ…この子、大した根性よ。鍛え甲斐があるわ~!!」
そう言って満面の笑みではしゃぐエレナさん。
ナディアが肩で息をしてる。めっちゃ苦しそう。本当に大丈夫なのか?
それを見て、レナートさんが唖然としている。
「アキラさん…こちらの方は…もしかして…?」
「ええ、ナディアの本来の姿です。」
それはまぁ…そうだろうな。妖精バージョンしか知らないもんね。
「大丈夫…です…立ち…ます……!」
「おっ、おい!」
「アキラ!ダメよ甘やかしちゃ!さぁナディア!立ちなさい!」
エレナさんが嬉々としている。スポ根だ。
「はい………!はいっ!!」
やや苦しげだった目に力が入り、ぐぐぐと立ち上がる。
もはや努力と根性!気合!で乗り切っている感じがする。
「よし!今日はここまで!じゃ、また後でね~。ナディア、行くわよ!」
「はいっ!!」
「じゃ、殿方はもう少々お待ちになってね~。」
勢い良く、風呂場の引き戸が閉まる。
「「何だったんでしょうね…。」」
我らメンズ二人の共通見解。
「それにしても、ナディアさんがあのような方だったとは…。」
「私も、最初はかなり驚きました~。フォレア村に行く途中で森を西の奥に入っていくと泉があって、そこの下に、白い砂利に囲まれた古木と泉がナディアがいる場所なんですよね。」
「砂利に囲まれた古木と言うのは思い当たるものがありますが…何と言うか、不思議な光景の場所でした。無闇に近づいてはいけないと教えられた記憶は、うっすらありますね…。」
「あ、たぶんそこです。もしかしたら、レナートさんが生まれるずっと前に干上がってしまったのかもしれませんね。あの古木がクスノキといって私の苗字と同じ名称の木なんです。ちょっとビックリしました。」
「はーい、お疲れさまーでしたー。」
妖精ナディアを手のひらに乗せて、エレナさんが戻って来た。
ナディアがくったり、ぐで~っとしてる。
「…じゅうでん…。」
「OK。」
ナディアを俺の肩に乗せる。
「はいはいナディアさん、いつでもどうぞ。」
「…ん。」
これまでに無い勢いで俺の耳を吸い始めた瞬間に意識が飛んだ。
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