第29話 王国領から、ブラン領へ

 信じられなかった。

 友人からのメールを見た瞬間、地下鉄の中だというのに大きな声を出していた。


「はぁ!?自殺!?」


 アイツが?なんで?


 噂は聞いていた。彼女と別れたと。

 そしてその彼女は、別れてすぐにアイツと二股をかけていた別の男と結婚した。

 その後アイツは引きこもりがちになった。


 その後仕事を辞め。


 友人たちとあまり接することが無くなり。


 昨晩、練炭で命を絶った。


 好きだったと思われる、キャラクターのフィギュアに見守られながら。




 お通夜は、警察の司法解剖から遺体が戻って来た翌日。

 俺達は、通い慣れたアイツの実家へと足を運んだ。


 学生時代、毎週のようにアイツの家に泊りがけで遊びに行った。

 飽きもせず、朝まで飲んで食って騒いでゲームして。


 毎週毎週。


 アイツは背が高く、イケボかつイケメン。そしてクールガイ。

 俺や周囲の野郎共は「コイツになら俺の純潔を捧げてもいい」なんて笑っていた。

 そんな中で、いつか俺が連れて行った当時の彼女もカッコイイと言っていた。


 俺はちょっとだけ彼女の家に転がり込んだ時期があった。

 週末に遊ぶ場所は、彼女の家になった。


 その後、彼女にフラれた。


 泣いた。

 話を聞いてほしくて、アイツの家に行った。

 一対一、淡々と俺の話を聞いてくれた。色々な事を吐き出した。


「がんばったな。」


 そう言って頭をワシワシと撫でてくれた。

 泣いた。




 数日後、女友達からの残念会のお誘い。

 奢ってやるぜと言われたので、行った。


 まだ彼女に未練は残っていた。

 だけど、クヨクヨしてらんないから、前を向くしかねぇ。

 そんな事をつらつら言ってた。


「アンタの方が付き合い長いから言うけど、彼女とアイツ、付き合ってるよ。」


 全身から血の気が引く音が聞こえた。


「マジか~~~~~~」


 何のことは無い。

 毎週毎週、俺は真っ先に飲まされていた。

 酒に弱い俺が寝てる間にそうなっただけ。


 飲んでも居ないのに、目の前が真っ暗になった。


 あれ?真っ暗?なのに…何だコレ。誰か居る?おーい。




『アキラ…オマエなんでココに居る?』




「うおぅ!」


 ビクっとして目が覚めた。

 変な夢…すっげーリアルなね…懐かしいような、不快なような…。


「お目覚めですね?うなされていましたよ。」


 ちょ!


 レナートさん!


 ひざまくらって!


「突然意識を失われましたので、しばらくは安静になさってくださいね。」


「いや、あの、ホントにすみません…大丈夫ですから…。」


「私の事は、お気になさらず。」


「いやいや、ホントに申し訳ないです…。」


 ナディアが耳を食い続けているからか、またしても意識が落ちる。




 明るい陽射しで、目が覚める。


「あれ?」


 いつの間にか、すべすべの寝間着に着替えてベッドで寝ていた。

 ナディアは、小さい姿ですうすう眠っている。


 んー?いつの間にか寝ちゃったんだなー。


 昨晩……あぁ、レナートさんの膝枕で寝ちゃったんだ。謝らなきゃ。

 俺みたいなのを膝枕させてしまって、ホントにすみません…って思うわ。


「…おはよ。」


 あ、ナディア起きた。もぞもぞと身体を起こす。

 その場でむむむむーっと背伸びをひとつ。眠そうな目をこすりながらふよふよ飛んで、俺の肩に。


「はいよ。おはよう~。」


「…まだねむい。」


「だなぁ。俺は結構シャキっとしたよ。昨日ガッツリ吸われたから、身体が軽い。」


 ん?ほのかにいい匂いが…。

 もしかしたら、朝食の準備をしていただいてるのかも。

 ほんじゃ着替えて、居間に行きますかね。


 奇麗に畳まれて、まるで新品のようになっている俺の服。

 ナディアの赤の剣士制服も、同じように並べられていた。

 袖を通すと、パリッとしていながらも柔らかい、何とも不思議な着心地。さすがは王家御用達の超高級ホテル、こんな事もしてくれるのか…。




「おはようございます~。」


 レナートさんとエレナさんがソファーで寛いでいる。

 考えてみれば、王妃と侯爵と同席する俺って、大丈夫か?不敬なんじゃねぇ?


「って思ってるでしょ。」


 ホントにこの方は…。


「はい、思いました。おはようございますエレオノーラ様。」


「ちょっと、アキラはお母さんに様をつけるの?」


 母って。


「じゃあ…母さんおはようさ~ん。」


 俺が実家に居た頃の朝の挨拶をするとブボっと紅茶を吹いて。ケホケホと咽る。


「ちょっと、それはさすがにやり過ぎ。」


「はい、エレナさん、おはようございます。」


「はい、良くできました。おはよ。」


 そんなアホ会話を見せつけられて笑っているレナートさん。


「レナートさん、おはようございます。昨晩は大変失礼をいたしまして…。」


「アキラさん、ナディアさん、おはようございます。どうぞお気になさらず、いつでもご用命くださいね。」


「いやいや、さすがにそれは…。」


「あら、じゃあ母さんの膝がいいの?」


 そう言ってぺしぺしと膝を叩くエレナさん。違うそうじゃない。


「やっぱり、ナディアのお膝がいいのよね~。」


「あの、それなんですけどね?昨日のアレは一体…?」


「失礼いたします。」


 そう言ってスッと会話に入って来たのは、執事姿のアルフレードさん。


「アキラ様、ナディア様、おはようございます。皆様、朝食のご準備が整いましたので、ダイニングへどうぞ。」


 ダイニングに行くと、流音亭のものによく似たモーニングセットが一人ずつ、5人分配膳されている。

 トーストされたパン2枚と、スクランブルエッグ、サラダ、スープ。

 ナディアには、フルーツの角切りが入ったヨーグルト。

 なるほど、これは朝の定番メニューなのかね。


 エレナさんを中心に、向かって左にレナートさん、右にアルフレードさん。

 俺がエレナさんの向いに座り、左にナディア、右にジュリエッタさん。


「じゃ、いただきましょう。アキラ、いつものね?」


 あぁ、まさか王妃様もご存知とは…。


「はい、もちろんです。それでは…」



「「「「「「うまそう!うまそう!いただきます!!!」」」」」」



 トーストを少しちぎって、スクランブルエッグを付けてぱくり。

 俺と同じような食べ方をしながら、エレナさんが目を閉じている。


「あぁ…本当に…戻って来たのね…。」


「まさか、エレナさんもご存知とは思ってもいませんでしたよ。」


「だって、これはアキラに教えてもらったんだから。でもさすがに王宮では「うまそう!」って…あ、ダンナが一度やったわ。」


「マジですか…王様とも一緒にご飯食べたんですね…俺…。」


「そしたら、王宮で料理に関わる全員が大号泣。『そのようなお言葉を賜るなど、料理人の誉れ』って。「うまそう!」って、何気ない一言かもしれないけど、料理を作ってくれた人に対する感謝に溢れているわよね。」


「私も昨日はアキラさんとカレーを食べましたが、聞き入ってしまいました…。いいですね、などと白々しい振る舞いをしてしまいました。」


「何か、お気遣いいただいてしまって…すみません。」


「ふふふ、また謝ってる。」


 楽しい会話をしながら、朝ご飯を食べる。

 元の世界では一人暮らしをしていたし、忙しくて朝食を抜く事はしょっちゅうだった。

 流音亭ではアミュさんやリバルドさんが色々と話をしてくれたり、食事の時間に誰かと話しながら食べる事の楽しさを思い出してきた。




「それでは、本日の行程をお知らせしておきますね。」


 朝食が終わって一段落。

 ソファーでのんびりドリンクタイムの時に、レナートさんから今日の予定を教えていただく。

 今日はエミールさんの領地にある領都ストリーナでお泊まりとの事で、それ以外はノンストップ。

 昼食は馬車内で摂り、午後2時頃には現地に到着するようだ。


「え?エレナさんも一緒に来るんですか?」


「何よ。イヤなの?」


「いやいやいや、そう言うコトを言ってるんじゃ無くてですねぇ…」


「王都につくまでの残りの日程で、ナディアをしっかり教育するんだから。むしろあと1日延ばして欲しいくらいよ。」


「あの、国の事とか…王様とか…。」


「私はちゃんと、正当な理由で来てるのよ?視察は国事行為だから問題ないわ。」


「エレオノーラ様もお考えがあっての事ですし、旅の安全は保障いたします。」


 まぁ、レナートさんが居るだけでも安心なんですけどね。


「いや、私に異存は全くありませんので。はい、大丈夫です。もちろん。」


 と言う訳で、旅にエレナさんが帯同することになり、グリューネの街を後にする。




 フリューアを越えて、関所を…おお、停止することなく通過。

 砦に居る全員と思われる警備員さんがズラ~っと並んで敬礼してる。

 そうか、王妃様の車列を乱してはいけないという事か…。


 エレナさんがにっこりと微笑んで、軽く手を振る。

 ナディアは…今回は控えているようだ。俺の肩で耳を食っている。


 さて、いよいよブラン領。遠くに見える家々の雰囲気が変わった。

 ブラン領の建物は、石なんだけど色味がかなり白っぽい。地中海風って感じかな。

 これだけでも特色があるよな~と思っていたら、どうやら植生も違うらしい。

 この辺りで栽培されているのは、オリーブやブドウ、その他には柑橘類など。

 冬にまとまった雨が降るくらい…まさに地中海性気候そのものだな。じゃあ、あの白っぽい家って石灰岩なのかね。

 あとは、ブドウやオレンジなどを原材料にした果実酒を製造する蔵がたくさんあるようだ。

 ブドウはワインだよな。オレンジの果実酒って…オレンジリキュール?


 そして、最初の街ブランディ。

 白い壁に屋根が赤っぽい瓦?のような。窓枠が木で出来ていて、かなり可愛らしい町並み。

 しかし広い!今まで見た大きな城郭都市は、囲む必要があるからなのかもしれないけど、ここはどこまでも続く街並みって感じ。

 建物と建物の間が密集していて、ちょっとしたお庭に木々が植えられている。

 西洋と東洋をミックスしたような、熱っぽくってちょっとエキゾチックな……トルコっぽい雰囲気。

 行ってみたいな~と思って、ネットで現実逃避してたのが役に立ったな。そうだ、そんな感じ。


 次の街は…丘の上にある街、パリーニ。

 なだらかな丘を登るあたりから家屋が点在して、牧畜かな?山羊のような、羊のような、動物が至る所にいる。

 丘の上から見下ろすと、ブランディと同じような家屋が続く。大きな市場がいくつも点在している。

 遠くにお久しぶりの山々。しばらく平野部だったので、景色が変わったように見えるね…。

 そしてこのパリーニはたくさんの遺跡があって、フラムロスが建国する前の文明などの調査も盛んに行われているようだ。観光地としても人気がある場所らしい。


「ここは遺跡もいいんだけど、最ッッッ高なのが温泉なのよ。ちょっと離れたところにあるんだけど、すべすべの真っ白な岩場が何段にも段差が連なってて、滝のように温泉が流れてきて…。」


「…おんせん!」


 ナディアがムッフー!と鼻息を荒ぶらせる。

 いつか行こう。絶対行こうと心に誓う。すべすべの真っ白な岩場にナディアとふたりで…。


 そして街道は、山に続いていく。

 山間部は急に雰囲気が変わって、今度はレンガのような造りの建物が増えていく。


「ヴィガーノは鍛冶や工芸、細工技術に優れた職人達の街ですね。この街で作り上げた商品をストリーナで販売する仕組みが出来上がっています。魔石の研究施設もありますので、アキラさんにとっては、かなり魅力のある街かもしれないですね。」


「それは聞き捨てならないですね~!あと、私の特性としても、色々面白い場所かもしれませんね。実は≪装飾≫という特性を持ってるんですよ。コレです。」


そういえば特性をちゃんと教えてなかったと思ったので、ギルドカードを差し出す。


「いいんですか?アキラさん。他人に見せてしまっても…。」


「私自身、特性の事をよく分かっていないので、むしろ何かご存知のものがあったら教えていただきたいな、な~んて思ってしまいまして。」


「どれどれ?」


 パッと奪うエレナさん。まぁ、いいんですけどね。


「ん~?ん……………………レナート、はい。」


「え、ええ。それでは拝見…………これは…。」


 レナートさんがめっちゃ難しい顔をしている。


「あの、≪装飾≫っていうのはアレですよね、工芸品とかを―――――」


「アキラさん、特性についてご説明は受けられましたか?」


「ええ、アミュさんから聞きましたけど、6つあるうち、1つしかわからないと言われました。」


「そうでしょうね、さすがのアミュでも、こりゃわかんないか。使命者特性って、本当にあったんだ…。」


「…?エレナさん、アミュさんの事はご存知なんですか?」


「ちょっと…昔ね…。」


 何その遠い目。明らかに何かあった感じ。

 これは…どっちだ?掘り下げた方がいい案件?地雷?ここれ俺が導きだした答えは。


「まぁ、そりゃそうですよね。ギルドマスターですしね、ご存知ですよね。で、この≪人獣≫が―――――」


「聞いてくれないの!?」


 ブー。不正解。

 スネた感じでキレる王妃様。


「え、いや、誰しも過去はありますし。聞いて欲しいんですか?」


「ナディア~アキラがいじめる~。」


 完全にキャラが崩壊していると思いながら、若干アミュさんにも似た感じだなと思った。

 掻い摘んで言うと、エレナさんとアミュさんは学校の同級生。

 いつも主席はアミュさんで次席に甘んじて悔しい思いをしていたらしい。

 二人とも飛び級で学校を卒業して、エレナさんは王宮の裁判院に、アミュさんは王都のギルドに就職した。

 その後エレナさんは当時の王太子であるウィルバートから猛烈に求婚されてご成婚。

 一方アミュさんは王都から派遣されたバトンの森にある喫茶店の店主リバルドに一目惚れして求婚して結婚した。

 以来、立場は違えど人のために何が出来るのかを日々模索しているのであった。

 ~完~


「…あの、そのお話の、どの辺に遺恨が…?」


「別に遺恨なんてないわよ?」


 この人とあの人の惚気話を強引に聞かされる俺の立場にもなって見ろと思ったけど、それを言うとまた別の話が出て来そうなので言わないことにした。


「まぁ…がんばってらっしゃいますよね!」


 何だかよくわからないまとめ方をして、俺の特性の事は全て無かったことにされて、ヴィガーノの面白そうな街並みを後にする。くそぅ、絶対今度来てやる。

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