第30話 ストリーナのオルカ観光と、青の衝撃
昼食は、エレナさんリクエストのレナートさん特製カレー。
もうホントに毎日でも毎食でもずっと食べたい美味しさ…。
ややしばらく走ると山間部を抜け、見えてくる景色。
「おお!海だ!!!!!!」
山を越えたら、真っ青な海に面した街。
いくつになってもテンションが上がるのは、海が徐々に見えてくる光景。
若干不貞腐れ気味にヴィガーノを後にした訳だが、こんな景色を見たらそんな鬱々とした気分になってらんねぇ。もったいねぇ。
青い空!白い雲!そしてどこまでも続く青い海!
「ナディア、アレが海だぞ~。」
「…きらきら、ひかってる…なんかとんだ!」
ナディアが軽く興奮している。
海から何らかの生物がジャンプして泳いでいる。イルカ?
「あれは、恐らくシロイルカですね。」
「おお~、こちらにもイルカはいるんですね~。」
「観光客にもとても人気がある動物ですよ。」
ここがブラン領の領都ストリーナか。街の面積も、高階層の建築物も、とにかく規模がでかい!
街の中心部から放射状に伸びる太い線。アレが各方面に向かう街道なのかね。
「街の中もそうだけど、海の所にも…何だアレ。」
白ベースに青い模様が入ってる、丸っこい、巨大なイルカ?クジラ?みたいな建造物。
「あれが、フラムロス海軍の海上要塞オルカですね。」
「なるほど…アレが、見てのお楽しみと仰っていた建物ですね。これまた随分と、ファンシーな建物で。」
「あら、私はアレ好きよ?外はカワイイくせに、中は凄いんだから。」
「ええ、私も好きですよ。ただ、アレを見て要塞とは思わない形だなと思いましてね。」
「あの形は、この国に伝わる伝説の魔海獣を模しているものです。オルカという魔海獣で、とても賢く勇敢で、水中のどんな妖魔や魔海獣にも決して引けを取らない動物です。」
「ここから見てあの大きさ、近くに行ったらどれだけの大きさなんですか…。」
「見物がてら、後程行ってみましょうか。」
「そうですね、あれは近くで見てみたいです…!」
街の中へ続く道はどんどん広くなっていき、馬車や荷台が激しく行き交っている。
それらの脇には、デルバンクールでも見たような、露店や商店がびっしりと並んでいる。
歩道もかなり混雑していて、その賑やかさは今まで見て来た街の雰囲気と違った印象を受ける。
街の中心部からやや外れた、海沿いの巨大な宮殿風の建物。
ここが、本日のお宿。すっごい。広大なお庭の至る所に噴水。水のテーマパークみたいな感じ。
「こちらも私共が運営している宿です。」
「すごいですね…他の宿よりも大きくて立派ですよ…。」
「先代のルージュ侯の商才が凄かったのよね。でも、それを引き継いだアルフレードも相当なやり手よ~?」
「私は商売に関しては疎くて…宿についての経営面は、全てアルフレードが取り仕切っています。」
「そうなんですか?」
後ろでシャキっとしているアルフレードさんに
「誠に畏れ多く。私は先代様から教わりました事を進めているだけに過ぎません。」
そう言って深々とお辞儀をする。
「それでは、本日のお部屋へご案内させていただきます。どうぞこちらへ。」
庭園の中では、噴水の辺りで子供たちがキャッキャとはしゃいでいる。
普段着の家族連れや、デート中と思われる若い二人など、数多くの一般市民と思われる人たちが散策やピクニックを楽しんでいる。
ここの庭園は一般開放されているようで、ストリーナでも一、二を争う規模の公園としても有名だそうだ。
庭園を抜けるとホテルの正面。
豪華な装飾が施されたエントランスには、従業員の皆さんが勢揃いでお出迎え。
そして高い天井の広いロビーの奥には、ガラスのエレベータ…エレベータ!?
「国内の宿でも数少ない、自動昇降機となります。」
「これも、魔石ですか…?」
「ええ、動力源は魔石となっていますね。」
すげぇな魔石。想像力があれば、何でも出来るんじゃないか?
ジュリエッタさんと警護の5人は同乗せずに、エレナさん、レナートさん、俺とナディア、アルフレードさんが順にエレベータに乗り込む。
全員が乗り込むと、ガラスの扉が左右から現れて、フッと閉まる。
そしてゆっくりと地上10階まで移動。
ナディアが窓に張り付いてる。地面が遠ざかっていく、空を飛ぶような感覚を楽しんでるのかね。俺も小さい頃は、よくやったのう…。
元の世界にもある機械とかに触れると、ここが異世界という事を忘れてしまうわ。
10階は貴賓階だそうだ。到着すると、ガラスのドアの左右にはドアマンと思われる方々が待機している。
ドアが開いた瞬間「「いらっしゃいませ」」そして深いお辞儀。息もピッタリ。さすがです。
エレベータから降りると、広いロビー…ホワイエかな?があり、クロークには3名のコンシェルジュ。
「「「いらっしゃいませ」」」
そのままアルフレードさんについてフカフカ絨毯の廊下を歩くと、重厚感あふれる開き戸の前で立ち止まる。
「本日は、こちらのお部屋となります。」
アルフレードさんがドアに手を触れると、鍵がガチャリと開く音がした。誰かを識別してロック解除?
ドアが開くと、見渡す限りのオーシャンビュー!!!
「うぉっ!」
つい、声が出てしまった。恥ずかしい。田舎者。
「うふふ、この眺めを見ると出ちゃうわよね。」
「アキラさん、どうぞ心行くまでお寛ぎくださいね。それでは、中へどうぞ。」
「…わ~い。」
「あ!ちょっ!ナディア!」
ナディアが走り出した。珍しいな。
窓にぺったりと身体を押し付けて、窓の外に広がる海を見ている。
「あの子は泉のニンフ。水場が近いから、少し気持ちが昂っているのかもしれないわね。」
「え?そういうものなんでしょうか…?」
「まぁ、かもしれないってだけよ。今夜もまた、ナディアはしっかり訓練してもらうからね。」
「あ、はい。了解しました…あの、どういった訓練をしているんですか…?昨日はナディアが本体で出て来てましたけど…。」
「今夜は、レナートと私は部屋には戻れないから。ま、のんびり海でも観ながら思いっきり楽しみなさい。」
「あ、お仕事ですか?」
「ええ…まぁ、そんな所です。」
珍しく歯切れの悪いレナートさんの言葉。
まぁ国やら軍やらの話だとしたら、部外者にも言えない事があるっていう感じか。
「わかりました。それではお言葉に甘えさせていただきますね。」
「それでは、観光にでも参りましょうか。アキラさん、ナディアさん、軍事施設ですので、中までとは申せませんが…オルカをご案内しますよ。」
「はい!ありがとうございます!ナディア、行こう!」
「…たのしみ。」
ニッコリと微笑むナディア。
俺の肩にピョ~ンと飛び乗って足をブランブランさせてる。
相当嬉しそうなのを見ると、コッチも楽しくなる。
「じゃ、楽しんでらっしゃいね。」
そう言ってエレナさんが手を振る。
「あれ?エレナさんはいらっしゃらないんですか?」
「私が行くと…ねぇ。警備の子達も、ゆっくり羽根を伸ばせないじゃない。私だってたまには一人で、の~んびりとさせてもらうわ。」
「そう、なん、です、ね。了解しました。それでは、行ってまいりますね。」
「それでは、参りましょうか。」
さて、レナートさんのご厚意でオルカを見に行く時、護衛の皆さんが是非お供をさせていただきたいとの事になりまして。
「でも、せっかくのお休みでしたら、ご自由にお過ごしいただく方が…」
「「「「「お構いなく!!何卒!!」」」」」
「アキラさん、無理にとは申しませんが、よろしければ一緒に連れて行っても構わないでしょうか?」
「私はもちろん大丈夫ですよ。ナディア、どう?」
スクっと俺の肩に立つ。
「…いこう!」
握り拳を高々と掲げる。
「「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」
相変わらず高い熱量。それではオルカ観光ツアーにゴー!
ではここで、一人一人のお名前を思い出しながら、様子を見てみることにしよう。うん。
テオバルト隊長「ナディア様とこうして…随伴出来るなどとは夢にも…。」
コンラート「やっと…ついに…今日の…この時間が…!」
ユベール「………………可憐だ…。」
クラウディオ「万が一不届き物が現れましたら、この私めが…この私めが成敗を!」
フェルミン「何を言うか!この私こそが、ナディア様に一歩も近づけさせません!」
本当にこの人たちが最強の赤の騎士及び剣士なのかと思う所であります。
「貴様ら、たるんでいるぞ!気を引き締めろ!」
そう気合いを入れるのはジュリエッタさん。
そっか。隊長はともかく、あとの4人は部下の人なんだよな。
「そう言うなって、お嬢。あんただって、めっちゃ楽しみにしてただろ?待ってる時、ずっとソワソワしてたしなぁ。」
テオバルト隊長がジュリエッタさんをイジってる。お嬢って言われてんのか。
「馬鹿な事を言うな。我々の任務は皆様の安全を守るためにある。そんな浮ついた気分でどうする。」
「テオバルト隊長の言う通りですよ。昇降機から降りてきた時だって(あっ!きたっ☆)ってキュン声で言ってましたし。」
コンラートさんの声マネをツーンと無視するお嬢。
「ジュリちゃん、さっき俺らと一緒に叫んでましたよ。うおおおおって。」
「なんかやたらナディア様をチラ見してニマニマしてんですよね。」
クラウディオさんはジュリちゃんと呼ぶ間柄か…フェルミンさんは結構見てるのな。
「………………百合剣士…。」
ユベールさん、言うねぇ。
何だかんだで皆さんガヤガヤ言い合ってる割には、目は四方八方を見てるんだよね。
それに、フォーメーション的なものを組んでる。
俺は右、ナディアは俺の左肩、レナートさんが左。そこを中心にして、左前にクラウディオさん、左中央にコンラートさん、左後ろにフェルミンさん。そして右前にテオバルト隊長、右中央にユベールさん、右後ろにジュリエッタさん。
左にはそもそも最強なレナートさんがいるし、右の俺側に隊長とお嬢の二人が居る事ので、防御的なバランスを取っているのかね。
後ろがガラ空きなのは、たぶんレナートさんが対処可能だから?
この布陣が、完璧なナディア護衛なのかね。何から身を守るのか、イマイチ理解してないんだけど。
そんなこんなで歩いてるんだけど、遠くから見ても感じていたサイズ感が、近くなるにつれて明確になってくる。
「いや、デカいな!!!」
「…ふわああああああ…」
「やはり近くで見ると、より大きさが分かると思います。」
オルカの大きさは、ざっくりだけどドーム球場を3倍にしたくらい。
超巨大な生き物が海から顔を出しているような感じに見える。
海の上にあるので、長い桟橋のような通路がある。入口には警備員さんが何人も待機している。
海上には、虎模様のシャチに乗る警備員の人や、何隻もの小型船、中型船、大型船が停泊している。
人気の観光スポットと言うのは本当らしく、建物を見て「いるかさん、かわいー」「くじらさん、おっきー」なんて言ってる子供たち。ほほえましいのう…。
「この中には兵員の居住区や軍事施設、訓練、商業、娯楽、教育など、あらゆる施設が備わっています。」
「改めて見ると、ホントに大きいですね…さっきからそればっかりしか言ってませんけど。」
「…すごいな!おっきいな!」
大興奮のナディア。前の城郭の時はそれほどでもなかった気がする。
さり気なく俺(ナディア)の横に陣取るジュリエッタさん。
その場を何とか奪おうとして、他の剣士たちが焦れてる。
するとオルカの方から、一際大きいサイズの虎模様シャチに乗った人がザバザバと白波を立てて近づいてくる。
「あぁ、来ましたね。」
「どなたか、いらっしゃるんですか?」
「ええ、是非ともご紹介させていただきたい方です。」
ピッタリとした濃紺色の、ウェットスーツのような服を着た人。
海に掛かった階段を登ってやって来たのは、エミールさんと同じくらいの年齢っぽい方。
レナートさんよりもやや背が高くて、日焼けした超筋肉質のワイルド系超絶イケメン。何だこの世界イケメンしかおらんのか。
その人が現れた瞬間、ナディアの隣争奪戦中のメンバーが全員直立、敬礼の体勢になった。
答礼を行いながらこちらに歩いてくるその人が、レナートさんの前に立つ。
「ルージュ候、久しいな。いつ着いたんだ?」
「お久しぶりです、クリーゼル提督。先ほど到着しました。」
カッと敬礼を交わし、ガシっと握手する。
「エレオノーラ様がご一緒されていると聞いていたが?」
「総振れになられる事を懸念されたご様子でした。」
「あのお方らしいな。」
そう言って笑みを受かべる。どうやらいつもの事らしい。
「ですので本日は私と、お引き合わせしたい人物とで参りました。」
「あぁ、彼が噂の?」
噂…嫌な予感しかしない…。
「アキラさん、こちらはフラムロス海軍 第2艦隊司令官クリーゼル中将です。」
「アーダルベルト・ブラウ・クリーゼルだ。妖魔を泣かせたのは君だな?」
「アキラと申します。はい、泣かせてしまいました。」
もういいさ。事実だし。
「いい面構えをしているな。陸で鍛え終わったら海にも来いよ。歓迎するぞ。それと、肩に居るのはナイアスか?」
「ナイアス?あの、この子はニンフで…」
「ああ、ニンフにもいくつか種族があるんだ。俺の副官はネレイス、海のニンフだ。いい機会だ、紹介しよう。クラウディア!」
名前を呼ばれて、海の中からバシャっと現れたその女性。
長く青みがかった黒髪に、スラっとした長身。クリーゼル中将と同じような服装をしている。
ナディアとは、また趣が違った美人さん。この方が、ニンフ…ネレイス?
「クラウディア・クリーゼル少尉です。」
「アキラと申します。肩に居るのが…」
「…ナディアともうします。」
じぃっとナディアを見つめるクリーゼル少尉。この間は…。
「あなた…もう少しね?」
「…はい。」
もう少し?
「大丈夫、気持ちはとてもわかる…でも、無理はしないでね。」
「…はい。」
主語が抜けてて、さっぱりわからん!
「二人には、通じるところがあるんだろう。何かの縁だ、これからもよろしく頼む。」
「はい!よろしくお願いいたします!」
「ルージュの赤、俺の青、あとはヴェルデの緑で、三軍制覇も近いな。」
「え?青?」
ポカーンとしている俺と中将のやり取りを見て、めっちゃニコニコしているレナートさん。
ナディアに夢中の皆さんには聞こえないくらいの小さな声で、俺に語り掛ける。
「アキラさん、クリーゼル中将は現在の青の騎士で、奥様のクラウディアさんは青の剣士なんですよ。」
「え?奥様?それって………え!?」
「まぁ、そういう事だ。気張れよ、アキラ!」
コソっと耳打ちをしてバンバン背中を叩いてくるクリーゼル中将。
それを見てニコニコ笑っているレナートさんとクラウディアさん。
何を話してるのかわからないけど、何やらナディア様の保護者が中将に気に居られたんだろうなと漠然と見ている赤の騎士、剣士の皆さん。
ただ一人ジュリエッタさんだけが、会話の内容を察した事を知るのは、もう少し後の話である。
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