第31話 マッサージ、そしてビュッフェへ

 クリーゼル中将と別れて、オルカを後にする俺達。

 またしても色々な情報がバッサーと入って来たねぇ…。

 その他にも街の中を少しだけ案内していただき、ホテルに戻る。

 涙目でエレベータの上昇を見送るジュリエッタさん以下、赤の騎士、剣士の皆さんでした。


「只今戻りました。」


 部屋に戻って来ると、白い建物を橙色に染め上げる絶景の夕陽のサンセット。

 誤用表現など気にしない。すげぇな、これは本当に感動する。


「…きれい~。」


 ナディアがまたしても、窓にぺったりと身体を押し付けて、窓の外に広がる海を見ている。


「アキラ~。ちょっとコッチ~。」


 エレナさんが、随分と奥の方の部屋から呼んでる。


「どうぞ、私はこれから少し準備がありますので、席を外させていただきますね。」


「そうですか、わかりました。それではちょっと行ってみますね。ナディア、ちょっとエレナさんの所に行くけど。」


「…いってらっしゃい。」


 そう言って、夕陽をガン見しながら手をひらひらと振る。

 あら、珍しい。


 何の用かしら?と思いながら、先程声があった方に進む。

 それにしても、本当に広いよなぁ…まぁ、階層まるごとVIPルームだからなぁ…っと、このお部屋かな?


【コンコンコン】


「は~い。」


 お、ビンゴ。


「アキラです。」


「入って~。」


「失礼いたします。」


 ガチャっとドアを開ける。まぁここも夕陽がキレイに見えること。

 さて?どこかな?


「こっち~。」


 はいはい、行きますよっと。

 第2リビングと思われる場所を抜けて、その隣にあるお部屋に入る。


「こちらで………失礼しました。」


 踵を返して立ち去ろうとする俺。

 だって!だって!


「アキラ~、お尻も・ん・で。」


 一瞬だけ見たその光景。そこはベッドルームです。

 恐らくトップレスと思われる状態のエレナさんが、腰から下を薄い布で覆っただけの状態で、うつ伏せになって俺を見ていました。


「ちょっとぉ~…何で出ていくのよぉ~…」


「エレナさん…それ、困るスタイルですから…」


「お尻も・ん・で…。ず~~~~~~~っと、待ってたんだから!ねぇ~…早くぅ~…!」


「甘い声を出すのはヤメて下さいっ!ってか、何で知ってるんですかそれ!?」


「だってぇ~…前にぃ~…やってもらったんだもん……」


 うう、記憶の無い時の事を言われると…。


「あれから、色んな治療師に試してもらったんだけどぉ……全然ダメ。話にならない。だからぁ~…ねぇ~…早くぅ~…!」


 俺には、必殺技がある。それがお尻マッサージ。

 正確にはお尻では無くて、腰の骨からお尻のほっぺの間くらいの場所を、時には強めに、時には優しく擦り揉みするもの。

 元の世界では、老若男女問わずこのマッサージにはご好評を頂いており、コレをやるとよだれを垂らして寝る人が続出。

 曰く「全身に響き渡るキュンとする感じ」との事。マッサージ後の全身の脱力感、回復感は異常とまで言われた。

 ちなみに、俺自身はその気持ちよさを体験した事が無い。故に、誰にも真似の出来ない必殺技なのである。せつない。


「……わかりました。それでは、失礼しますね。」


 ハラを括って、いざ。

 体重を掛けないように、エレナさんの膝裏の辺りに跨る。


「重くないです?」


「…うん。」


「はい、それでは参りますねー。」


 腰骨の位置を確認して、掌底で軽く、脱力ポイントを押す。


「…くっ…」


「痛くないですか?」


「…うん…だいじょう…ぶ…は…あっ…」


 まぁ何と言うか死ぬほどエロい雰囲気を醸し出しているんだけど、コレ、男女を問わずにこういった反応ですから。

 しょうがないんです。


 ゆっくりと擦り始める。横から中央の尾てい骨のあたりにかけて、骨のラインに合わせてゆっくり。

 脱力ポイントは人によって少し違うけど、やっぱりこの、身体の横の方が気持ちいいらしい。

 その辺りを、すこし強めにくい~っと擦る。


「ああっ………そこ…すっごい…きもち………い………」


 ちょっとだけ速度を上げて、くいくいくいっと擦る。


「はぁっ!あっ…ちょ…!ああっ!そこ…すごい…」


 ポイントを変えて、すこしずつお尻のほっぺゾーンへ。

 この辺りはちょっとだけ力を入れて。お尻の緊張を取るようなイメージで、短い間隔で上下左右のランダムに擦る。


「~~~~~~~~~~!」


 そしてまた上の方に戻って、脱力ポイントを中心にちょっと強めに擦る。


「はっ!あっ!ああっ!はぁっ…!」


「はい、お尻の力を抜いてくださいね~。」


 早い人は、ここでよだれタイム。

 お尻に力が入っていると、うまく脱力ポイントを擦ることが出来ないので、出来るだけ力は抜いていただく。


 こんな感じで、ご満足の行くまでお尻マッサージを行う。

 この辺りで、エレナさんの呼吸が落ち着いてくる。恐らく、寝掛かっていると思われる。


 さて次は、腰から背骨にかけて徐々に指で押しながら上がっていき、肩甲骨の周囲から肩の指押しと掴み、こめかみに小指が当たるように頭全体をやわらかく掴み、親指の位置にある首筋ぐりぐり。

 そして指先で強めにムギュムギューっと掴んで、同じルートを上から下まで指で押していく。

 再度、腰下の脱力ポイントを軽く擦り、ラストは手のひら。親指の付け根のふっくらしている部分を、両手でモミモミ。


 毎度、お尻マッサージだけと思いながらも、ついつい全身やってしまう。


「はい、終わりましたよ~。」


 すいー…すいー…と寝息を立てている。ご満足頂けたようで何より。

 ベッドの脇に薄い肌掛けがあったので、冷えすぎないようにエレナさんの身体にかけて、そっと部屋を後にする。




 リビングに戻ると、ナディアがじっと海を見ていた。


「海はいいねぇ…。」


 そう言いながらナディアの後ろで胡坐をかく。

 こっちを向いて、俺の膝に乗って来た。


「…へんなこえがきこえた。」


「何言ってんの。この俺の手のひらを触るがいい。」


 かなり熱っぽく、親指の付け根あたりはパンっパンになっている。

 そこを指でつんつんするナディア。えらいビックリした顔をしている。そんなにか。


「マッサージはねぇ、ついつい気合い入れてやっちゃうのさ。ナディアは今夜、特訓でしょ?その後にでもやってあげようか。」


「…うん。」


「ところで、特訓って、何やってんの?すげぇ辛そうにしてたけど。」


「…ないしょ。」


 そう言って、俺の肩に飛び乗って、ほっぺにチュウをしてくれる。

 かわいいヤツめ。


「よし、じゃあ晩ご飯の前に着替えておこうか。」


 ナディアをリラックス服に着替えさせて、陽が海に落ちていく光景を眺めている。

 まったりとした時間が過ぎて行った。




 レナートさんが戻ってきて、食事の準備が出来たとの事。

 今夜の夕食はビュッフェ形式で、ストリーナに集まる国内外の名産品、特産品、山海の珍味を取り揃えているらしい。食べ飲み放題。ビュッフェ好きの俺大歓喜。


「すごく楽しみです!」


「料理人達が、本日のために素材の厳選を重ねて参りました。」


「レナート、アムデリアのアレは?」


「もちろんご用意させていただいております。」


「きゃー!!!うれしい!!!久しぶり!!!」


 ほっぺに手を当ててはしゃぐ王妃様。


「あの、アレというのは…?」


「ふふふ、アキラ。それは後のお楽しみよ。」


「それでは、参りましょうか。ご案内いたします。」


 今回は、レナートさん自らがご案内していただける模様。

 エレベーターを降りると、執事服のアルフレードさん、ジュリエッタさんは、ソムリエ…いや、ソムリエールの制服のような感じ。黒のフォーマルなベストに白のドレスシャツ、赤いネクタイ、黒いソムリエエプロン。ホントにこの人は何を着ても似合うなぁ…。そして、装備から給仕人の制服に着替えた赤の騎士、剣士のみなさんが勢揃い。


「本日はこの者達が皆様の給仕を務めさせていただきます。」


 レナートさんの紹介と共に、無言で一礼をする。

 流石は軍の皆さん、この辺りの所作が素晴らしく揃っている。


 ご案内されたのは、宴会場のような…大規模な結婚式場のようなホール。

 豪華な衣装を着た方々が席に座ってゆったりと食事を摂り、給仕の人達が忙しそうに料理や飲み物を運んでいる。

 そっか、テーブルオーダーのビュッフェか。まぁ、そうだよな。俺みたいな下々の者は好き勝手に料理を取りに行くけど、ここで食事をする位の人たちなら、運ばれて来て当然か。

 クラシックっぽい音楽が流れていて、ホントにもう、殿上人の世界やでぇ…。


「それでは、ご案内いたします。どうぞこちらへ。」


『フラムロス王国王妃、エレオノーラ様のご来場です』


 声が響き渡ると、会場内で座っている全員が一斉に席を立って胸に手を当て、頭を下げている。コレが礼儀作法なのかな。

 給仕の方々は、その場で深々と礼をしている。調理の人達はわざわざ出て来なくても良いみたいだ。


 エレナさんを先頭に、レナートさんとアルフレードさん、俺とナディアの隣にジュリエッタさん、赤の騎士と剣士の皆さんが広々とした通路を行進する。

 こんなのを見せつけられると、やっぱりエレナさんは王妃様なんだなと実感する。さっきまで『お尻もんで~』とせがんでいた人とはまるで別人。気高く、気品にあふれ、優雅な雰囲気を醸し出している。


 案内されたのは、奥の個室。個室と言っても十分広い。

 エレナさんは、所謂上座。俺とレナートさんはエレナさんの向い側に座り、ナディアは俺とレナートさんの間のテーブル上に設置されたミニチュア席。わざわざご用意いただいたんですか?


「貴族のお子様に、ご姉妹とおっしゃるお人形を座らせたいというご要望もありますので。ナディアさん、大きさはいかがですか?」


「…ちょうどいい。」


 満足しているようで何より。ちなみに、食器やグラスもミニチュアサイズがあるようだ。

 コレを見ていると、アミュさんを思い出す。



~~~



「へくちっ!」


「珍しいな。どうした?」


「ナディアちゃん成分が足りないよぅ~通信したいよう~…」


「はぁ…」



~~~



「アキラ、最初の一口ぐらいは付き合いなさいよ。」


 酒は一切飲めないと伝えているが、まぁ、一口ね。

 流石に一口でぶっ倒れる事は無いだろう。


「はい、一口だけです。」


「本日の食前酒は、スウェイン産のグウェン・マーシュ少女の笑顔 943年が入りました。」


「あら!」


 すげぇ嬉しそうなエレナさん。やっぱり王侯貴族はお酒を嗜んでおられるのかね。

 でも、どんなお酒なのか。943年も寝かせたのか。


 ジュリエッタさんがバケツみたいなのを持ってきた。カランカランと…ワインクーラーか。

 ワイヤーでコルクがを縛ってるってコトは、スパークリングワイン。へー、コッチでも同じようになってるんだなぁ。

 ワイヤーを外して…お、コルクが動いてないかのチェックもしてる。

 そしていよいよ、開栓。ポンって言わす派か、言わさない派か……………言わさない派でした~。

 すぐに注ぐのかと思って見てたら、白い布でボトルの口を拭いたりしてる。スパークをちょっと抑えるんだっけ。

 そしていよいよエレナさんのグラスに注ぐ。ビンの底を片手で持って…ほのかに黄金がかってるキレイな液体を…2回に分けて…ゆ~っくりと注ぐ。


「ありがとう。」


 そう言ってニコっと笑うエレナさん。目を閉じて一礼しているジュリエッタさん。

 元の世界ではどうなのか、良くわかっていないので何とも言えないけど、コレがコッチの注ぎ方みたい。


 次に俺。ナディアが注ぐ所をガン見しているので、やや緊張感にあふれる。最後にレナートさん。

 そしてナディアには、俺たちと同じ色のシュワシュワ系飲料を、小さなグラスで運んでくれる。

 運んできたのは…テオバルト隊長だ。

 小さなトレーに乗せて、そのままミニテーブルに乗せる。


「…ありがとう。」


 そういって隊長を見るナディア。耳まで真っ赤にして一礼している隊長。

 見た目ゴツいけど、隊長どんだけシャイですか。


「それじゃぁ、乾杯しましょう。アキラ、一人一言ずつ乾杯の言葉を言うのが、王家では通例になっているの。私の次に、よろしくね。」


「はい、わかりました。」


「アキラとナディアの訓練が無事に終わる事と、レナートの仕事が上手く行くように、そして、私の美貌と健康に。乾杯。」


「王家の益々のご繁栄と、皆様のご多幸とご健勝を祈念致しまして、乾杯。」


「…かんぱい。」


「エレオノーラ様、アキラさん、ナディアさんに。乾杯。」


 くっと一口。あ、香りはすっごく甘いんだけど、飲んだら思ったほど甘くない。お酒を美味しいと感じるのは珍しい。

 それにしてもグウェン・マーシュ少女の笑顔、なんでそんな名前にしたのか聞いてみたいわ。


「いいわ…最高ね…。前にスウェインからリンディニス公がいらっしゃった時にお土産で持って来ていただいたのよ。もう本ッッッッッ当に美味しい。ワインは、リーゼンフェルトの赤とブランディの白が好みだけど、スパークリングはコレね。」


「コレ、甘すぎなくて美味しいですね。」


「そうそう、このすっきりした甘さがいいのよ~。」


「私は久しぶりの飲酒ですので、特に美味しく感じます。それでは、お料理の方もお持ちさせましょうか。」


 レナートさんがそっと手を挙げる。

 ジュリエッタさんがエレナさんに。隊長はレナートさんに。俺とナディアにはコンラートさんがそれぞれついて、お品書きを差し出す。


「今日は、アムデリアの黄金エビがあるのよね?それをサラダで頂きたいの。」


「承知いたしました。それでは、エルヴィユ産ブロッコリーとレオミュール産レタスのサラダはいかがでしょうか。」


「ええ、それでお願い。うふふ~。」


 流石、慣れてるな…俺もメニューを見なきゃ。ヤバいヤバい。

 若干慌ててる俺に助け舟を出してくれたのが、レナートさん。


「アキラさん、ナディアさん、何か召し上がりたいものはございますか?」


「あ、私は、麺関連のものが食べたいな~と思っていまして…ナディアは?」


「…くだもの。」


「なるほど…それでは、私のお薦めを召し上がっていただいて、よろしかったですか?」


「はい、ありがとうございます。お願いします。」


「アキラさんには、黄金エビのトマトクリームパスタを。ナディアさんには、グレープフルーツとオレンジのフルーツゼリーを。」


「承知いたしました。」


「私は、アキラさんと同じものを。」


「承知いたしました。」


「レナートさん…ありがとうございます…」


「レナート、アキラにも黄金エビを食べさせたかったのね?アキラ、アレはすごいわよ。」


「私、エビめっちゃ好きなんです。なので、エレナさんがエビって言った瞬間、いいなって思いました。」


「やはりそうでしたか。若干、食べたいオーラを発せられたような気がしまして。」



~~~



「コンラート!ナディア様どうだった!話掛けれたか!?」


「クラウディオ…神々しすぎて…言葉すら出せなかった…レナート様が助け舟出してくれた…フェルミン、次はオマエが給仕の番だよな、震えて粗相のないようにな…」


「俺は大丈夫だよ。根性ねぇなぁ!せっかく掴んだ機会、絶対にお声を掛けさせていただく!」


「貴様ら…私だって…」



~~~

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