第27話 グリューネにて
馬車から降りると、皆さんが勢ぞろいしていた。
アルフレードさんがこちらに歩いてくる。
「アキラ様、ナディア様、お疲れ様でございました。それではお部屋にご案内いたしますので、どうぞこちらへ。」
レナートさんを先頭に、アルフレードさん、俺とナディア、軍服に着替えているジュリエッタさんが宿の中へ。
「あれ、警護の皆さんは?」
ちょっとした疑問に、ジュリエッタさんがそっと答えてくれる。
「警護の者達は定宿がございますので、そちらで宿泊となります。」
「あ、そういう感じなんですね。そっか、それにしても、このホテルは…凄いですね…。」
つい、キョロキョロとしてしまう。田舎者丸出しで、おのぼりさん状態。
あ、でもアレか。お付きの人と思われるから、そんなに気にしないでもいいのかな?
と思うと、少しだけ気分が楽。それに、誰も俺の事なんて気にしちゃいねぇし。
ロビーを抜けて、奥へ奥へ。
レナートさんが歩くと、豪華そうな服を着た人たちが道を開けて、深々と頭を下げる。それに対して、その人たちから一歩離れたところに立ち止まり…。
「いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎください。」
などと爽やかに会釈をしている。何で店員さんみたいな事言ってるんですか。やっぱすげぇ、この人すげぇ。
とてもじゃないけど、目の前で爆睡ぶっこける相手じゃないんだよ…などと諸々後悔しながら、長い長い廊下を歩き、小川に掛かる小橋を越えて、昼に見たら凄いんだろうな~という感じの庭を抜けると、ご立派な建物の前に到着した。コレは部屋じゃない。家です。
「それでは、こちらになります。」
アルフレードさんが鍵を開けて、扉を開ける。
「アキラさん、ナディアさん、本日はこちらの客室でお休みください。」
高い天井。ふかふかの絨毯。ややベージュがかった、落ち着いた色合いの白い壁。過度な装飾はないけど、深く濃い色の木で設えられた調度品の数々。この雰囲気、何となく…。
「ルージュの森の別荘に、似てる気がします。」
「お気づきになられましたか…!」
レナートさんが、ちょっと嬉しそうにしている。
「こちらは先代のルージュ侯爵が、バトンの森に思いを馳せて再現したお部屋でございます。」
アルフレードさんも、ちょっと嬉しそうに話してくれる。
「お庭も、何となく森の中を通ってるというか、そんな感じがしたんですよね……ここレナートさんのお父様が建てたんですか?」
かなり予想外だったので、ノリツッコミみたくなってしまった。
「そうなんです。父は戦う事ではなく、経済活動でルージュ家を繁栄させようと当宿場を開設しました。この建物から始まりまして、徐々に規模も大きくなり、お陰様であちらの大型宿場を運営できるようになりました。その後、こちらは離れとして特別なお客様にご利用していただくための、おもてなしの宿といたしました。」
「いいんですか…?そんな…大切な…。」
「アキラさんとナディアさんにお泊りいただけて、心から光栄に思います。」
めっちゃいい顔のレナートさんとアルフレードさん。そう言われますと、大変恐縮なのでございますよ…。
「それではアキラさん、ナディアさん、お部屋の中をご案内いたしましょう。アルフレードとジュリエッタは、準備に取り掛かってくれ。」
「「承知致しました。」」
さて、ホテル内部をご案内いただく。これ何畳?って広さのリビング。俺とナディアの二人で泊まるんだよね…?
前に別荘に行った時にあったソファーによく似た、もしくは同じソファーが応接バージョンにバージョンアップしてレイアウトされている。
そして暖炉もやっぱりある。今の時期は使わないけど、冬だったらすごくいい感じなんだろうなぁ~。
ただ、お爺さんたちの肖像画とか、謎の調度品とかは無かった。
1階のその他のお部屋は、ダイニング、キッチン、使用人用の控室兼ベッドルーム、トイレ、洗面所。
そして、俺及びナディアさん待望の!
「…ふわあああぁぁぁ…」
めっちゃ広いお風呂。木製の双獅子の口から、だばだばお湯が出るっぽい。
浴槽は天然岩で出来ていて、秘湯の露天風呂みたい。洋風なんだけど、ガッツリ和風に寄った造りになっている。
広い窓を開けると、よく手入れされた小さな庭園が見える。その向こうはしっかりした柵になっているので、決して外から内部を見る事も、侵入するすることも出来ないようだ。
まぁ確かに、お貴族様が泊まる場所。そのあたりのセキュリティは厳重なんだろうね。
さて2階。えらく広い寝室やら何やらかんやら。
正直、頭の中がお風呂の事でいっぱいです本当にすみません。
あぁ、俺のもうアレだ、俺のベテルギウスが爆発寸前だ。
「アキラさん?どうしました?」
「…すみません、先ほどのお風呂があまりにも私の好み過ぎて、つい、ボンヤリとしてしまいました。」
嘘である。
「そうでしたか。実はあのお風呂には一つ、誰にも言っていない秘密があるんですよ。」
「秘密ですか?どのような…。」
「あのお風呂を設計したのは、現フラムロス国王ウィルバート陛下です。父と陛下は、幼い頃から祖父の元で共に剣術を学んだ間柄で、悪友と言い合っていたのを子供ながらに覚えています。『俺に風呂を作らせろ!』などと仰られていましたね。」
「そのような方があのお風呂を設計されているとは…。」
「陛下には、最近お目にかかる機会は少なくなりましたが、事あるごとに視察と称してこちらに来ていまして、『お前はわざわざ風呂に入りに来るな』などと、父が笑いながら非難めいた事を言っていました。」
「本当に仲が良かったんですね。」
「…つい思い出してしまいました。後程、ゆっくりとお入りください。父も、とても喜ぶと思います。」
「ありがとうございます。そうさせていただきます。」
さて、そろそろ夕食との事で、1階のダイニングに移動となりました。
貴族の食事イメージとして、えらい長いテーブルの対極に座って食べてるイメージがあったんだけど、そんな感じじゃ無かった。
少し大き目なテーブルで、いくつもの大皿料理をみんなで取り分けて食べるスタイルらしい。意外だった。
レナートさんの隣にアルフレードさん。
レナートさんの正面に俺が座り、隣にはジュリエッタさん。
ナディアは俺とジュリエッタさんの間の、テーブルの上。
「家主もお客様も使用人も、全員が同じテーブルに座って食事を共にする事。これが私の家の家訓のようなものでした。」
上座も下座も関係ない、食卓を囲む家族のような夕食。
「私も、家を出て一人暮らしをする前は、こんな感じで家族で食べてしたね。なんか、懐かしいですね…。」
玄関が開いて、大皿に乗った料理が次々と運ばれてくる。
肉団子乗せミートソーススパゲティ、豚肉と野菜のグリル、魚と魚介類のリゾット、マッシュポテトに刻みベーコンが入った焼き物、鶏肉のトマト煮たっぷりチーズ乗せ、牛肉の角煮、シーザーっぽいサラダ、果物類。
イタリアンな雰囲気を醸し出す、とても美味しそうな料理たち。
そしてナディアには、まさにデザートの玉手箱。賽の目に切られた数種類のフルーツを混ぜ合わせ、ミルクプリンにイチゴを乗せてベリーソースを掛けたもの、3種類のフルーツシャーベット、小さな菓子パン。
「当宿場の料理人が、腕によりをかけて作りました。それでは、熱いうちにいただきましょうか。」
「はい!それでは…」
レナートさんは、俺が何を言うかわかっているようだ。ニコリと笑う。
ナディアを見ると、すうっと深呼吸した。
「「「「「うまそう!うまそう!いただきます!!!」」」」」
何と、アルフレードさんとジュリエッタさんも合わせてきた。
お昼ご飯の時にやったのを覚えていて下さったようだ。
「全員で一つになるのは、とてもいいですね。」
「ご説明も何もせずでしたのに…。」
「アキラ様、当家での食事は早い者勝ちですぞ?ささ、お召し上がりください。」
「ナディア様、何でもお申し付けくださいませ。」
「…うん…おいしい~。」
たらふく食べて、俺もナディアもソファーで超絶まったりモード。
レナートさんはつい先ほど、ホテルの人から呼び出しがあったので先に戻って行った。
「それでは、明日は7時に朝食のご準備をさせていただきます。」
「アキラ様、ナディア様、ごゆっくりお過ごしくださいませ。」
「本日はありがとうございました。明日も、またよろしくお願いいたします。」
「「それでは、お休みなさいませ。」」
パタム…
コツコツコツコツ…………
…
「風呂入って、のんびりすっか。」
「…おー!」
【かぽーん】
「これは…たまらんっすな…。」
10人くらいが余裕で入ることが出来るほどの広さ、ゴツゴツとした岩風呂。
双獅子の口からドドドと噴出するやや熱めのお湯。
まさかこの世界で、和風露天風呂に入れるなんて考えてなかった。
「…たまらんのう…。」
「流音亭のお風呂とは雰囲気が違って、これもまたいいねぇ…。」
窓を全開にすると、枯山水的な趣のプチ庭園から入ってくる涼しい風。
「今日はココで泊まって、明日はどこまで行くのかねぇ。」
「…ここ、すき。」
「あー、わかる…いいよな…こんなお風呂がね…泉にあったら最高だね…。」
「暖かい水が湧出したら、とてもいいですね。」
ちょっと目を閉じてボンヤリしてたら、いつの間にかナディアが大きくなってた。
「おー、いらっしゃ~い。」
「ずっとお側には居ましたけどね。」
そう言って俺の隣に。適度な距離感。
「そうだなぁ、小さくても大きくても、ナディアはナディアだよ。」
「でもこの姿になると…」
すっと近づいて、きゅっと抱きしめて来る。
「こう出来るから…」
俺、もう、ホント、正直、たまりません。
ちょっとだけ、引き寄せる。久しぶりに見る、ナディアの本来の姿。
「ナディア。」
「アキラさん……………………」
そっと、顔が近づく。
あとちょっと、もうちょっとでチュウ…。
「どなたか来ます。」
「へ?」
「女性の方で…もう、すぐ…。」
そう言うと、ナディアがすっと温泉に消えていき、小さいナディアがぱしゃっと顔を出す。
「…おじゃま。ぶー。」
女性の方が来る…まさかジュリエッタさんが?
お背中流しに?
いや、それは無い。やるとしてもナディアにだけです。
風呂の入り口あたりを見てたら、予想外の方向から声がかかる。
「あらあら、若い子達っていいわね。気にしなくてもいいのよ~。」
え?パーシャ姉さん?
と思って振り返って庭を見ると、銀色の長い髪を風に揺らし、スーツ?のような、少しタイトな感じの服装をした、20代後半くらいの女性が立っている。
そこって、誰も入れないはずじゃ…と、ポカーンとしてしまった。
「アキラさん!」
バン!と風呂の引き戸を勢い良く開けて入って来たのは、レナートさん?
「アキラさん!申し訳ございません、今――――――」
「あら、レナート。もう入って来ちゃったの?ダメよ邪魔しちゃ。」
いや、それを言うなら、俺たちの邪魔したのはあなたです。
レナートさんが片膝をついて、その女性に向かって首を垂れる。
「お話の途中でフラっと出て行かれましたからね。まさかと思いましたが、予想は当たりました。」
「だって、早く会いたかったんですもの。それをレナートが邪魔をするからいけないの。いつからそんな子になっちゃったの?もう。」
微動だにしないレナートさんの姿勢だけど、少し砕けた話し方になっている。
それに対してお姉さんが、ちょっとムクれた感じ。腕組みして話している。
「あの、レナートさん?何が何だか…。」
「アキラくん………エレナって呼んで。よろしくね。」
「あ、あの…アキラです。よろしくお願いします…。」
エレナさんがニコっと笑う。
「で、そっちのおチビちゃんがナディアちゃんね。」
お湯から顔の上半分だけ出して一言。
「…ぶくぶくぶく。」
「そんな目で見ないでよ~。私は悪いヤツじゃないのは分かってるのよね?」
「…ぶくぶくぶく。」
「ていうかですね、あの、ここ、お風呂なんですけど…。」
「わかってるわよ。ウチのバカが造ったんだから。」
ん?
ウチのバカ?
「アキラさん、こちらの方はですね…」
「あなたをコッチに呼んだもう一人、と言えばいいかしら?まぁ、正確にはウチのバカなんだけどね。」
は?
「こちらはエレオノーラ王妃、アキラさんにお会いしたいと言っていた、そのお方です。」
はあ?
「ああ、そうそう。あなたに渡したいモノを持ってきてるの。パティ?」
音もなくエレナさんの背後に、全身真っ黒な装束を来た人が現れて小さな宝箱を手渡し、消える。忍者?
「いい所で二人の邪魔をしちゃってゴメンなさいね。その中を見たら、お話しましょうね。私はのんびり待ってるから、どうぞごゆっくり~。」
俺にその宝箱を手渡して、ひらひらと手を振りながら風呂場から出て行く。
「あの、レナートさん?」
軽くため息をついて、レナートさんが立ち上がる。
膝がびしょびしょに濡れてる。
「アキラさん、申し訳ございません。まさか本当に来るとは思っていませんでした…。」
「あの方が本当に?王妃様?何と言うか、喋り方がパーシャ姉さんと同じ雰囲気で…王族ってもうちょっと…マイルドな雰囲気を持つイメージが…。」
「今は完全にプライベート状態です。あの状態を知る人は、この世界では極めて少数です…。」
「とりあえず、お待たせする訳にはいかないですよね…服着たら、すぐ出ますので…。」
「…本当に申し訳ございません…それでは…。」
うなだれてトボトボと風呂を出ていくレナートさん。
「ナディア、今日は…出よっか…。」
「…ぶくぶくぶく。」
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