第26話 ルージュ領を進む

【領都デルバンクール】

 第4代ルージュ男爵が妖魔討伐の功績により伯爵に陞爵されるにあたり、フラムロス国王ヴァージル2世より領地を賜り、デルバンクールの地を領都とした。

 当時のルージュ領は、迷いの森から断崖の峰にかけて妖魔の一大生息区域となっており「魔境伯」などと揶揄される事となる。

 初代ルージュ伯爵が初めて領都に到着した当日、妖魔からの攻撃を受ける。以来、ルージュ伯爵領の歴史は即ち妖魔との戦いの歴史とも言われる。

 第7代伯爵が侯爵に陞爵されるにあたり、城壁の大増築、居城の増改築、市街地の造成を私財を投じて行い、現在の規模となる。

 城内は行政区、商業区、居住区に分割される。

 行政区には街の名前を冠するデルバンクール城を中心に、裁判院、治療院、学校、図書館、警備隊庁舎、赤の騎士団支部、赤の剣士隊支部が設置されている。

 商業区には各種ギルド、公設市場、個人商店、劇場、宿場、飲食店、歓楽街などが設置されている。

 居住区には市民が生活を営んでいるほか、住居を個人商店に改築して商売を営む事も申請を通すことで許可されている。

 フラムロス王国南部における対妖魔の最前線として、重要拠点と位置付けられている。


 さて、御者の交代と、休憩を兼ねてランチタイムとなりました。

 ジュリエッタさんがメイド服で運んできてくれたお昼ご飯…このいい香りは…。


「カレーですね!?」


「アキラさんはご存知でしたか…。」


 少しびっくりした顔をしている。


「先日、リバルドさんが作って下さいまして、とてもビックリしたんです。この料理、元の世界にもあるんですよ~。」


「そうでしたか。私が幼い頃からとても好きな料理でして、最近は食べる機会が本当に減ってしまいました。祖父直伝の、やや辛めのカレーです。そしてナディアさんには、こちらの方がお口に合うかと思いまして、ご用意させていただきました。」


 ナディアに出された料理は、リンゴのコンポートが乗ったフルーツ入りのヨーグルト。

 ジュリエッタさん、給仕する手が微かにプルプルと。緊張しておられますね?ナディアに対して。

 テーブルの上に乗ってしまうのはお行儀が悪いんだけど、身体のサイズが小さいので、そこはご勘弁いただきました。

 ランチマットを重ねて、ナディアの食事専用スペースを確保。


「…おいしそう…。」


「もしかしてカレーは、レナートさんがお作りに?」


「はい、こればかりはアルフレードにも譲りません。どうぞ、熱いうちに召し上がって下さい。」


「はい!ありがとうございます!うまそう!うまそう!いただきます!!!」


「…うまそう!うまそう!いただきます!!」


 俺とナディアの絶叫で、レナートさんがめっちゃ笑ってる。


「いいですね、それでは私も。うまそう!うまそう!いただきます!!!」


 リバルドさんのカレーがおうちカレーなら、レナートさんのカレーは洋食屋さんのカレー。

 どちらも素晴らしい美味しさがあり、それぞれに特徴がある。

 レナートさんのカレーは、上品な味わいだけどコクというか深みがハンパない。パねぇ。

 具材はじっくり煮込まれた牛肉で、脂はホロホロと溶け、肉を噛み締めると、とても柔らかいのに肉の旨味を凝縮した味わいをしっかりと感じることが出来る。そして俺がの中で大絶賛なのが…。


「レナートさん、コレ激辛ですね!最高です!めっちゃ美味しいです!」


 やや辛めなんてレベルを超えた激辛だった。辛い物好きな俺大歓喜。

 ただ辛いだけだと平べったい印象になっちゃうけど、辛さだけじゃなく複雑に絡み合うスパイス感。

 辛さの中にも甘みがしっかりと入っていて、ほのかな苦みが後を引く。コレはすごい。ヤバい。


「喜んでいただけて本当に良かったです。まだまだ、おかわりはたくさんありますよ。」


「はい!ありがとうございます!!!」


 このカレーは、赤の騎士団、剣士団でも大人気のメニューだそうだ。秘伝のレシピやスパイスは糧食調理担当の部隊が厳重に管理して、週に一度、休みの前日にみんなで食べるようだ。

 たっぷりと3皿おかわりをいただいて、大満足のお昼ごはんでした。




 レナートさんは仕事の関係で少し出かけてまいります。との事で、1時間ほどおヒマな俺とナディア。

 外に出ちゃおうかな~と思ったんだけど、1時間くらいだとゆっくり観て回れないと思ったので、そのまま馬車の中で待機。


 窓から遠くを眺めると、一際高い建物が見える。落ち着いた色合いと装飾で重厚感あふれる外観。海外の歴史ある高級ホテルみたいな…たぶん、あそこがレナートさんの仕事場…お城かなぁ。見た目はお城っぽくないんだけど、すげぇカッコイイ。

 でもお爺さん、私財で城壁やら城やら街を造ったとかどんだけ金持ってたんだ?と思ったけど、例のマジックバッグに入ってる宝石で「中くらいの城が建つくらい」て言われてたのを思い出した。

 侯爵領の歴史は妖魔との戦いの歴史。それの副産物でゲットした宝石やら何やらが尋常じゃない量になったって事なのかねぇ。


 街の中は、広い道の両脇に2階建てや3階建てのお店が立ち並び、道の端には行商や露店が所狭しと並んでいる。

 そして、冒険者と思われる人たちが一般市民と同じくらいたくさん居る。

 見るからに強そうな、全身金属の鎧を身につけた集団。

 軽装の鎧を身につけて、胡乱な瞳で依頼書を見ながらぐったりしている若者たち。

 男の子が指環、女の子がネックレスを持って怒鳴り合い、それをニヤニヤ見ている露店の店員。

 露店で肉と酒を美味しそうに食べながら笑い合い、殴り合い、酔いつぶれてるおっさん達。

 この人たちにもそれぞれの冒険があって、戦って、生活があるんだなぁ。


「…ちょっとおひま。」


 ソファーから俺の肩に移動して、ぐで~っと垂れているナディア。


「そう?外見てたら、色んな人がいて面白いよ。人間観察、意外と好きなんだよね。ホラ、アレ見てみ?」


 俺が見るように促したのは、さっき見た店先でケンカしてる若い男女。

 何を言ってるのか全然聞こえないけど、たぶんどっちを買うかでケンカしてんだろうな。


 ~~~


『俺は絶対この指環の方がイイと思うんだ。』


『私はコッチの方がいい!だってコレは魔道具よ!?』


『それを言うならコッチだって魔道具だぜ?見てみろよ、この装飾と輝きを…。』


『はぁ…だからアンタはバカなのよ。そうやっていつも騙されてるじゃない。』


『俺がいつ騙されたんだよ。』


『あーあ、騙されてるのも気付かないなんて、ホント幸せな人。まぁ、そんなバカとパーティー組めるなんて、私ぐらいなものね。』


『どういう事だ?』


『べっ…別に、好きで一緒に居る訳じゃないんだからね!?あんたは騙されてすぐ死にそうだから、手を貸してやってるんだから!私に感謝しなさいよ!ずっと…。』


 ~~~


「…なにそれ。」


「ツンデレ風アテレコごっこ。」


「…たのしい?」


「割と。」


 そうこうしてると、女の子の方がネックレスを持ってプイっと行ってしまった。

 男の子が慌ててサイフから銀貨を数枚取り出し、店員さんに渡す。

 名残惜しそうに指環を見て…あ、それも買うのか。金貨を渡してダッシュで女の子を追いかける。

 店員さんが何やら声を掛けて…ニヤリとしている。


「うんうん、甘酸っぱいねぇ…。」


「…どれどれ。」


 そう言って耳を食い始めるナディア。甘酸っぱいって、そういう事じゃない。


 その他にも、チョロチョロ走り回っている少年がおっさんにぶつかり、殴られようとしている所を華麗に静止するイケメン剣士。

 ローブを着た少女がチンピラ風の男たちに囲まれている所を、謎の体術で助ける老人。

 傷だらけで泣きながら城門から走って来た青年が何かを叫び、それに応じて走って行く冒険者たち。


 それぞれに何らかのフラグが立ちまくっている気がする。

 冒険者稼業では、こんな事は日常的茶飯事なんだろうか。


「…しょっぱい。」


「うん、そりゃそうだと思うけど?」


「…あまみがほしい。」


「甘いとしょっぱいで、何の無限ループをしようとしてるのさ。」


【コンコンコン】


 おっと、レナートさんがそろそろ戻られたかな?


「失礼致します。」


 リビングのドアを開けて入って来たのは、ジュリエッタさん。

 食後に頂いていたコーヒーとリンゴジュースのお代わりを持ってきてくださったようだ。


「アキラ様、ナディア様、お飲み物のお代わりをお持ち…」


 止まった。


 カカカカカカと小刻みに震えるコーヒーカップの音。


「あの、ジュリエッタさん?どうされました?」


 俺を、否、俺の肩に居る存在を見ているであろう事は疑いない。

 あぁ、ナディアが俺の耳を食ってるのを見てるのね。うん。猛烈に何かがこみ上げる感情を抑えている所ね。うん。

 だがしかし彼女はプロ。一瞬のフリーズから強制再起動。努めて冷静に。


「失礼致しました。お代わりをお持ち致しました。」


 コーヒーをテーブルに置く所作がとても繊細で、ちょっと見惚れた。


「ナディア様の分は、テーブルにご用意させていただいても、よろしいでしょうか?」


「…よろしいです。」


 先程テーブルの上に設置していただいたお食事スペースに下りて、ちょこんと正座して待つ。

 お猪口よりもさらに小さい、盃のような、赤く小さい器。ナディアさんがそっとリンゴジュースを注ぐ。


「…いただきます。」


 小さな体にはやや大きい盃のリンゴジュースを、こくりこくりと飲む姿。優勝した力士を思わせる。

 一気に飲み干し、ぷへぇと一息。


「…おかわりをください。」


 何に影響されたのかは分からないけど、すごく礼儀正しくなってる。


「よろこんで!」


 きっと、猫耳や犬耳がついてたらピコーン!と立っているであろうジュリエッタさん。

 その言葉は本物ですね。


 俺はコーヒーをいただきながら、賑やかであろう街をボンヤリと見ていた。




 レナートさんが戻って来たので、出発の準備が始まる。

 ここからはノンストップで移動するようで、次の停車は王国直轄地のグリューネ。

 そこに今夜の宿を用意してくれているようだ。


「あれ、馬車で宿泊するんじゃないんですか?」


 こんなに凄い部屋、ちょっと泊まってみたかったりする。


「部屋の様式になっているのは、この馬車だけなのです。ですので、後続車の者達も宿泊できる場所をご用意させていただきました。」


 さて、出発進行。


 広い道を進むと、街の中心部と思われる広場に出る。

 広場の中央には大きな噴水が設置されていて、子供たちがキャッキャと楽しんでいる。少し離れたところにあるベンチでのんびりしている年輩のご夫婦も居る。

 さっきの場所の、冒険者たちの喧騒とは雰囲気がガラリと変わり、落ち着いた雰囲気になっている。

 冒険者も何人かは居るけど、ここでは騒がない事をルールにしているのか、のんびりと談笑したり、中央から少し離れた所にある緑地で寝っ転がったりして、思い思いにゆったりとした時間を楽しんでいるように思えた。


 広場を抜けると両脇の建物の至る所に洗濯物が干されている家々。居住区と思われる、生活感に溢れる通りを抜け、停車せずに城門をくぐり、旅は再開する。

 小さな村落のシャレットとティエールを通過し、いよいよルージュ領を出て王国直轄地へ。




 直轄地の境界には関所のような砦があり、警備隊が常駐していた。

 馬車が一時停止すると、レナートさんとアルフレードさんが外に出て行った。

 アルフレードさんが巻物を見せて、レナートさんが何か話しかけると、笑顔で敬礼して終わり。早い。


「王国に入る時は、領主であっても入国証明の提示が必要なのです。今回アキラさんとナディアさんは私の同行者となりますので、特に申告は必要ありません。ただ、冒険者の場合は、ギルドカードを提示して目的地を告げて、入国税を支払う必要があります。乗合馬車の場合は、全員が一度外に出て手続きを行います。」


 良からぬ輩は入れねぇぜ、って事ですな。関所を通らない不法入国者は、かなり厳しい罰則があるようだ。

 さて、いよいよ新たな地域…と言っても、特に風景としては変化なし。

 馬車が走ること数十分。見えてきたのが、これまた大きな城壁。

 デルバンクールと同じくらいかな?城郭都市テンニースが見えてきた。

 さっき感動しちゃったので、正直なところ「おお、おっきい~。」な印象だったんだけど、中に入ったら雰囲気が全然違う。

 重厚感という言葉が当てはまる、武骨な石壁の建築物が建ち並んでいる。

 街中を行く人々は、列を成して歩く兵士の人や、鎧じゃなく軍服を着こんだ人が多い。

 たまに冒険者と思われる方もいるけど、基本的には通り過ぎているだけのように思える。


「ここはテンニース要塞とも呼ばれている街で、軍事関連の施設に特化している街です。ここに暮らす人々は、主に軍の関係者かご家族ですね。国境に最も近い地域という事もありますが、一般市民の方々は、隣にあるドナートか、その先のバーデに居住しています。」


 なるほどねーと思いながら、ゴツい街並みを見ている。

 道路は直線で、恐らく碁盤の目のような区割りをしている感じ。機能性というか、無駄が無いというか。

 元の世界で住んでいる所の中心地がこんな感じの区画なので、なんとなく懐かしい気持ちになった。


 テンニース要塞を越えると、すぐにドナートの街。

 隣り合わせと言ってもいいんじゃないかと思う近さ。


 元々は、軍関係者のための行商から始まり、市場や露店が並んでいただけの場所だったけど、徐々に住む人が増えてきて、今の街の大きさになっていったようだ。

 そのせいか、お店よりも露店の数が多くて街にも活気がある。ただ、軍が何らかの行動を開始している時は商売相手となるお客さん、兵隊さんが少なくなるらしく、お店を構えるのではなく露店で商売をしているらしい。最も、しっかりとお店を構えているのは夜のお店で、情勢に関わらず…むしろ情勢が悪い時こそ、人は癒しを求めてこの花街にやってくるようだ。

 街道沿いに多数のお店はあるけど、まだお昼なので営業しているお店は少ないけど、夜になるとテンニースの若い兵士たちでごった返すらしい。


 ドナートを過ぎると、やや暫くのんびりした平野部が続く。

 ちょっと、まったりとしてきて…ついウトウトとしてしまう…。




「…さん…アキラさん…着きましたよ。」


 …え、どこ?ここ?

 あれ?レナートさん、なんでいるの?


「大変にお疲れ様でした。グリューネに到着しましたよ。」


 へ?グリューネ?いまどこ――――


「すいません!ガッツリ寝てしまいました!」


 マジか全力で爆睡してた。てかココ、グリューネって、ひとつ街を寝過ごしてしまった…。


「ゆっくりとお休みでしたね。本日の宿泊地、グリューネに到着しましたよ。」


 慌てて窓の外を見ると、洋風建築の粋を尽くしたかと思われるほどの豪華さと気品を兼ね備えた…宮殿だよコレ。

 エントランスにズラっと居並ぶ従業員の皆さん。誰かが通るたびに、深々とお辞儀をしている。

 恐らく上流階級と思われる、コテコテな衣装を着た方々が、何人もの部下…じゃないか。使用人を従えて次々と入って行く。


 この中に入るの?俺?場違いな事、この上ないんだけど…ってか宿泊地って、流音亭みたいな宿屋さんを想定してたので、さすがにこれはたまげた。

 侯爵というご身分を正直ナメてたかもしれない。本当にすみません。


「それでは、参りましょうか。」


「はい、それでは、よろしくお願いします…。」


「…おふろ♪おふろ♪」


 あ、起きてたんですねナディアさん。ニマニマして俺の肩に乗って来た。

 足をプラプラさせて、気分良く歌を歌いながらのご出立ですな。

 もうせっかくなんで、思う存分満喫してやる!

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