第25話 1か月間の研修の旅
「私がこちらに来たのは、もう一つの理由があります。」
「これ以上のイベントが何かあるんですか?」
「エレオノーラ王妃が、アキラさんに深くご興味をお持ちになられまして、先の観測所での褒章を、直接下賜されると仰せ付かりました。」
「あの、王妃という事は…。」
「フラムロス王国の王妃様であらせられます。」
「そんな殿上人の方が…俺みたいな下々の末端に、どんなご興味を…?」
めまいがします。なんで?なんで?
「ナディアさんも共に、との仰せです。アキラさんもそうですが、王宮内でもナディアさんの噂が広まりつつあるようですよ。」
「さいですか…。」
「アキラ様、ご準備が整い次第、私共が責任を持ってお連れいたします。なッ……ナディアさまの事は…身命を賭してお守りいたします…ので…。」
俺に話す時は普通に出来るのに、ナディアに話し掛けるときの緊張感が尋常じゃない。
身命を賭すって、レナートさんの前でそれ言っていいんかい。
「待って!二時間!いや!一時間だけ待って!お願い!」
アミュさんが必死で訴える。
「まぁ、俺もちょっと荷物とか着替えを持って来ますし、大丈夫じゃないですか?」
「アミュさん、もちろん大丈夫ですよ。」
「ありがとー!じゃあナディアちゃんちょっと来て!!!」
やや元気を取り戻して、ナディアを抱えてダッシュで二階の自分の部屋へ。
あぁ、新作の衣装を作るんだなーと思いながら、ナディアがこの場から消えた喪失感丸出しのジュリエッタさんを見てた。
さ、準備しよう。
俺の着替え一式とタオル類、ナディアの着替え一式をカバンの奥(異次元)に収納。マジックバッグも念のため持っていこう。もしかしたら、武器とかの性能を聞けるかもしれないからな。
さてと、準備完了。お店の方に戻り、カバンやら道具を使わせていただいているお礼をレナートさんにしておく。
「おっ待たせ~!!!」
あれから一時間が経過し、ナディアが着て来た衣装を見て一同騒然。
赤の剣士隊の制服を忠実に再現…って俺は見てもわかんないんだけど、ジュリエッタさんと見た目が同じ衣装。勲章などはついていないっぽい。
「私と………おそろい……………………!!!!!!」
もうジュリエッタさん、倒れるんじゃないかと思うほどの興奮度。アミュさんと同じ側の人に見えて来たよ。
「あとね、コレは稽古着。確かこんな感じだったよね?」
何となく剣道着のようなスタイル。上半身がやや厚手の白い服で、濃紺の袴みたいな下半身の服。
「オマエ、よく覚えてたなこんなの。」
「そりゃぁ~ねぇ~!ナディアちゃんのカワイイ姿を、みんなにも見せたいんだよぅ…。」
「リーシュが入学する時もそうだったな。しつこすぎて、軽く嫌がられていただろ。」
「え~~~~!だって!離れちゃうんだよ!?寂しいよ~~~!?」
アミュさんの愛情の深さが垣間見えるエピソード。
こんなにナディアに良くしてくれて、本当にありがたく、嬉しく思っている。
たまに度を超えちゃうのは、ご愛嬌…かな?
すると、ナディアがアミュさんの肩にぴょーんと乗って…プチュっと。
「…ありがと。」
(あぁっ!いいなぁ…っ!)
小声でジュリエッタさんの想いが決壊した瞬間を聞き逃さなかった。
絶叫しないだけ、まだいいかと思った。
アミュさんが思いっくそ絶叫するかと思いきや、めっちゃ優しい表情でナディアの頬にそっと触れた。
「ナディアちゃん、本当に気を付けて行ってらっしゃい。元気に帰ってくるのを楽しみに待っているからね。」
「…うん。」
ふわりと飛び上がって、俺の肩に乗る。
「アキラくん、しっかり頑張って来てね。あと、ナディアちゃん泣かせたら、この店の敷居を跨がせないからね!」
「はい、全力で励んでまいります。」
「リバルドさん、アミュさん、アキラさんとナディアさんをお預かりします。」
「ああ、頼んだぞ。アキラ、しっかり見聞を広めてこい。それがオマエの糧になるからな。…遊ぶなよ?ナディアが泣くぞ。」
「遊びませんよ。気を引き締めて修行してきます。」
外に出ると2階建ての馬車が2台待機していた。
馬でっけー…!世紀末覇王が騎乗する愛馬そのもの…!!!
そして馬車の前に整列して、背筋を伸ばして待機している人たち。赤い装備を身に着けているという事は、赤の剣士隊か騎士団の人かな。皆さんずっと待たせちゃってたのね…。
筋肉マッチョな男性が1人と若そうな男性が4人。あとレナートさん家にいた、執事のお爺さん。確か、アルフレードさん。今日は装いが違って、魔法使いが来てるような、赤いローブ?的な服装をしている。
「アキラ様、ご無沙汰いたしております。アルフレードでございます。主とアキラ様、ナディア様は先頭車の二階に、私とジュリエッタは先頭車の一階、護衛の者は後続車にてご一緒させていただきたく存じます。」
「ご無沙汰しております。この度はよろしくお願いいたします。…あ、ちょっとすみません、もう一人…一頭?ちょっと挨拶してきますね。」
これ以上待たせるのは申し訳ないんだけど、一言、パーシャ姉さんに挨拶をしていかないと。
小走りで厩舎に向かう。
「姉さん、昨日は本当にありがとうございました。」
『いいのよ気にしないで。レナート達が来てたわね。これからお出掛け?』
「ええ、1か月ほど王都で修行して来ます。」
『あら、話し相手がいなくなっちゃうのは寂しいわ~。さっさと行って、さっさと帰って来てね。』
「そうなるように、頑張ってきます。」
『夜遊びしちゃダメよ。そのおチビちゃんが悲しむわよ?』
「みんなと同じ事言わないで下さいよ~。どんだけ信用ないんですか俺は~。」
『ふふふ、まぁ頑張ってらっしゃい。』
「はい!ありがとうございます!」
馬車に乗り込む時に、整列して居並ぶ皆さんにもご挨拶。
彼らに近づくと、マッチョな男性が声をかけてくる。
「護衛隊長を務めさせていただきます、赤の騎士団所属テオバルト・リューレと申します。」
「アキラです。どうぞよろしくお願いいたします。」
「護衛兼御者を務めさせていただきますのが、赤の剣士隊の4名、左からコンラート、ユベール、クラウディオ、フェルミンとなります。」
「アキラです。皆さんよろしくお願いいたします。」
「「「「よろしくお願いいたします!」」」」
すげぇ。全員の息がピッタリだ。
すると、マッチョ隊長テオバルトさんが、ずずいと俺に近づく。
「一つ、不躾ながらお願いがございまして…その…ナディア様から、お声をいただくことは可能でしょうか…?」
あぁ、ナルホド。そうか、この人たちのさっきからの熱い視線はそれか。やっぱりそれか。
「じゃあナディア、皆さんに一言いいかい?」
ピョンと俺の頭の上に立って、一言。
「…よろしくたのむぞ。」
「「「「「はっ!!!承知いたしました!!!」」」」」
俺の挨拶の時より、数倍でかい声でナディアに応える。圧がスゴい。
「それではご案内いたします。アキラ様、こちらの階段からお上がりいただき、中へお進みください。」
馬車の側面にある階段を上って、アルフレードさんが明けてくれたドアの中に入ると…マンションみたいな廊下。なんじゃこりゃ。
明らかに馬車の外観と内観の幅と奥行きがおかしい。
靴は脱がないタイプの玄関から廊下を進むと、右には洗面所とお風呂場、左にはトイレ。水洗式のようだけど、流して…大丈夫なの?ってか、水洗式?
さらに廊下を進むと、左右に扉。向かい合わせで、それぞれ10畳ほどの寝室。そして、廊下の突き当りにあるドアを開くと、開放感あふれるリビングルーム。広さは…20畳くらい?対面キッチンがついてる。
リビングには大きなソファーとテーブル。食器棚、本棚など、生活に必要なものが整っているように見える。
で、窓の外には流音亭。アミュさんとリバルドさんがお見送りしてくれてる。外から見たら、どうなってんだ?
コレ絶対、異空間装置を使っている。自由すぎるぞ異空間。
「やや窮屈とは思いますが、どうかご勘弁ください。」
そう言いながら入ってくるレナートさん。
「いやいや、元の世界のウチの10倍は広いですよ。」
「そう言っていただけると助かります。片道4日ほどの行程となりますが、どうぞお寛ぎくださいね。」
窓の外を見ると、アミュさんが手を振ってる。リバルドさんは腕組みして頷いてる。パーシャ姉さんは、厩舎からひょっこり頭を出してる。
「あちらからも、ちゃんとこちらは見えていますよ。」
レナートさんが笑って手を振ってる。
「行ってきまーす!!!」
俺も、ナディアも全力でブンブン手を振る。
すると、アルフレードさんがリビングに入って来た。
「それではレナート様、アキラ様、ナディア様。進発いたします。ご用件がございましたら、ベルでお呼び下さいませ。それでは、失礼いたします。」
深々と一礼して、部屋の外に出ていく。
「進発!」
「「はっ!」」
アルフレードさんの掛け声と共に、周りの風景が動き出す。全く揺れないから、ちょっと不思議な気分だ。
そして少しずつ、少しずつ、見慣れた建物が遠くなっていく。
こうして1か月間の研修の旅が始まった。
目的地は、王都フラムロス。
「それでは、王都までの行程について、お話をさせていただきますね。」
この世界に来て、初めて見る地図。地図好きとしては、テンションが上がる瞬間だ。映画などでよく見かける羊皮紙のような、古地図のような趣がある手書きの地図。イカス。
そういえば、宝箱の中に地図入ってたな…完全に忘れてた。後で聞いてみるかな。
ナディアは、ふかふかのソファーでぽよんぽよん跳ねてる。
バトンの森を抜けて、ドレイユ、ヴィレット、デルバンクール、シャレット、ティエール。ここまでがルージュ侯爵領。
「最も大きな街は、領都デルバンクールです。この他は、どこもフォレアのような小さな村落ですね。ルージュ領は7割が森林と山林ですので、広い割には人口は少ないのですよ。」
「そうなんですね。私、バトンの森がすごく好きですよ。本当に、ここで長く暮らせたらいいな~って思っちゃいますね。」
「そのように言ってくださるのは、領主としても、私個人としても本当に嬉しいです。」
王国の直轄地に入り、テンニース、ドナート、バーデ、グリューネ、フリューア。
「テンニースとグリューネは城郭都市で、規模はデルバンクールよりも、やや大きめです。そして、例のギルド事件が発生したのがグリューネでの事でした。」
「事件の直後ですし、今、色々とお忙しいんじゃないですか?」
「当初は私たちが動きましたが、すぐに王国軍に移管しましたので、団員と隊員については、一部の引継ぎ担当を残して帰投しています。全く問題はありませんよ。」
「街の人たちは、落ち着いているんですか?」
「ええ、ギルドの建物内部で作戦を遂行させましたので、市民の日常生活で言えば全く支障はありません。ただ、冒険者への仕事の依頼などは冒険者ギルドを通す必要がありますので、周辺のギルド職員が臨時駐在するなどの負担はあるようですね。」
次に、エミールさんの領地。ブランディ、パリーニ、ヴィガーノ、ストリーナ、ロンバルト、デルミニオ。
「ブラン領に入ると、どの街も活気がありますね。特に、領都ストリーナは港湾城郭都市で、フラムロス商業の中心地とも呼ばれています。王都に次ぐ規模で、華やかさと活気は王都を凌ぐとも言われています。」
「確か、各方面の街や国への接続地になっている場所でしたっけ。」
「仰る通りです。西にスウェイン公国、南東にメルマナ公国、南にアムデリア王国と、国家間の貿易や流通の拠点となっていますね。その他にもフラムロス海軍の拠点となる海上要塞オルカは、その外観から観光地としても人気があります。」
「どんな外観かは…。」
「見てのお楽しみです。」
ですよね。
そしてまた直轄地に入って、テルフォード、キーズ、ベイリー、ハートリー、グレンフェル、そして最終目的地のフラムロス。
「ここからは、中世的な街並みが続いていきます。それぞれの街は高い城壁で囲まれて、王都防衛の城郭都市としての役割も持っています。特にグレンフェルは最終防衛拠点となりますので、一般市民の方はトンネル状の通行箇所のみ入城を許可されています。軍や各騎士団、剣士団、入城許可を持つ一部の冒険者だけが入城できる、特殊な街となっています。」
「王都を守る最後の砦ですか…一部の冒険者というのは、どういった人たちなんですか?」
「大前提としては、ギルドカードが銀以上。銀、金、白金である事ですね。パーティーで軍からの依頼があれば、銀以上の方1名に対して、1名が同行することは可能です。ただ現在は、銀以上を有する冒険者は…数える程しかいませんね。」
「ナルホド…それじゃぁ、俺が行くことは無さそうですね…。」
「今回は軍関係者として都市の内部を通過しますので、その時に見ておくといいかもしれませんね。」
「そして、王都か…どんな場所なんだろうな。楽しみになって来ました。」
「ええ、私もアキラさんとご一緒出来る事が楽しみです。そろそろ、森を抜けて最初の村、ドレイユが見えて来ます。」
やがて森が切れ、畑が広がる平野部に風景が切り替わる。
「おぉ、畑だ~。」
「これから先は、ほぼ、このような畑の風景が続きますよ。」
ちょっと笑いながらレナートさん。
「あぁ、ちょっとした感動はきっと最初だけですかね。」
ちょっと照れる。
ややしばらく外を眺めていると、馬車に気付いた農作業中の皆さんが、次々と立ち上がって礼をしている。
トーラスくんと同じような年代の子たちもお手伝いをしているようで、こちらに気付いてブンブン手を振ってる。
「「「「「こ~しゃく~!」」」」」
侯爵大人気。笑顔で手を振り返してる。なぜかナディアも手を振ってる。
ドレイユ村は、みなさんお仕事に出ているのか、誰も人が居なかった。
だけど村内を通行する際には、馬車の速度をかなり緩めている。ガッツリ徐行しまくって、超安全運転。
穏やかに村を通過して、馬車は速度を上げていく。
同じようにヴィレットを通過し、街道は平野から丘陵地へと続いていく。
この辺りは穏やかな起伏の土地で、畑作ではなく果樹園がメインの農家さんが多いようだ。
やや低めの樹木が列を成している。ブドウかな?
何度かのアップダウンを繰り返し、小高い山を越えると一気に視界が開けて目下に平野部を一望する。
その中心には、城壁を備えた市街地。
「これはすごい!立派な街ですね!!!」
ヨーロッパの城塞都市を動画で見たことがあるけど、それが今、俺の目前に迫っている。
城壁の外には畑が広がり、川の流れに沿って緩いカーブを描いた街道沿いに、いくつかの家屋が点在している。
山を駆け下りた速度を緩めながら、徐々に城壁は近づいてくる。
「近くで見ると、まさに聳え立つ壁ですね…高いなぁ~!こういう建造物は初めて見ます!すげぇ…。」
ワクワクとドキドキでテンションが上がりまくっている。
何かこう…海外と言うか、中世と言うか、ファンタジーな世界に今更ながら紛れ込んだようだ。
「…たのしそう。」
ナディアが、ちょっと笑いながら肩に乗って来た。
「そこまで喜んでいただけるとは、正直な所、思ってもみませんでした。」
「コレでテンション上がらない男子はいませんって。すごい…めっちゃ感動しています…。」
そんな俺を見てレナートさんが楽しげにしてる。
「…かわいいやつめ。」
そう言って、ほっぺをぷにぷにする。
ゴメンなナディア、今だけはこの景色を満喫させてもらうよ。
堀に掛けられた跳ね橋をゴトゴト進む。
城の正面の門の前で、10名の守備隊の方々が2列になって立ちはだかる様に並び、敬礼している。
「アキラさん、これから入城の儀式となります。お客様はそのままで結構ですので、少々お時間をいただきたいと思います。」
守備隊の前で馬車は停止し、アルフレードさんが外に出て行く。
「ルージュ侯爵侍従長アルフレードである。侯爵と客人を乗せて街を通過する。役目ご苦労。」
「はっ!」
前列の5人は向かって左に、後列の5人は右に。道の両端でこちらを向いて整列している。
「ルージュ公爵閣下、通過!敬礼!」
一斉に道の中央に向き直して、ビシっと敬礼をする。一糸乱れぬ行動。
スっとレナートさんが立ち上がり、敬礼する。
ナディアも敬礼してる。
俺もつい立ち上がって、敬礼。
ゴトゴトと馬車が動き出し、警備隊の間を抜けて門の中へ。
その向こうには、石畳が敷かれた広い道路。道の両側には家屋が建ち並び、人々が賑やかに行き交っている。
「儀式にお付き合い頂いて恐縮です。ようこそ、領都デルバンクールへ。」
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