第24話 戦闘訓練の誘い
「さて、そろそろトーラスくんを家に戻してあげるよ。」
『それでは、眠りから覚ましてあげましょうか…。』
トーラスくんのおでこにそっと指を当て、目を閉じる。
指先がポッと光り、ゆっくりと消えるとトーラスくんが目を覚ます。
「おう、おはよう。」
「…あれ?兄ちゃん…なんで?………そうだ!うちが――――」
「トーラスくんのおかげで、全部終わったぞ。みんな無事だよ。よく頑張ったね。」
「だって、妖魔が…」
「ああ、終わったんだ。もう、安心していいぞ。家まで送ってあげるよ。」
「うん!」
涙をぽろぽろとこぼしながらも、ぱあっと満面の笑顔で、元気よく頷く。
『こんなに小さな身体で、よく頑張りましたね…素晴らしい子…。』
ナディアがぎゅっと抱きしめる。
「え?え?お姉ちゃん?だれ?」
ちょっと照れてるのか、顔を真っ赤にしてオロオロしてる。
「ははは、照れんな照れんな~。」
ナディアはそのままトーラスくんを抱きかかえ、そっと泉の縁に降ろしてあげる。
「よし、そしたら家まで送って行くよ。ナディア、今日は戻るね。」
『はい!また…来てくださいね…!』
「もちろん。じゃあ、またね。」
ナディアをそっと抱きしめて、泉を後にする。くぅ~、本当は帰りたくねぇ~!
帰り道にトーラスくんに「兄ちゃんのカノジョ?ねぇカノジョ?」ってめっちゃ聞かれた。元気があって何よりだ。
家の前で、ラッキーちゃんが千切れんばかりに尻尾を振ってお出迎え。
トーラスくんをご家族にお渡しして、ホントのホントに今日は終わり。
カバンからゴソゴソと音がするので、もしかして?と思ってそっと中を見ると、ナディアがタオルに包まってスヤスヤ寝てた。
今日は色々な力を使って疲れていると思うから、ゆっくり休んで欲しいね。
「只今戻りました~。」
「おかえりー!!!!」
アミュさんが元気よく出迎えてくれる。
「おう、今日は…良くやったな。今回の討伐は非常事態として登録した。ギルドから褒章金が出るからな。」
「ありがとうございます!ホント、今日は目まぐるしい一日でした…。あ、コレありがとうございました。結局、使わずに終わりました。」
曇りなき、未使用状態の小剣をリバルドさんに手渡す。
「ジャムカ達から聞いたぞ?コボルト泣かせたって。規格外と言うか…とんでもない事しでかしやがって。」
あれ、リバルドさんちょっと楽しそうだ。
「皆さん来てたんですか?何か…マズかったですか…?」
「コボルトが泣いて逃げるなんて事は前例が無い。しかも戦闘経験が無いド新人がやったってな、ちょっとした騒ぎになっているぞ。」
「マジっすか…そんなにおかしな事だったんですか…?」
「そうだよ~!だって、コボルトなんてギャンギャン喚いて煩くてさぁ、コッチ見たら全力で飛び掛かってくるウザウザくんだからね~!逃げる時だって、唸って威嚇しながら逃げるし。」
「でも、あのコボルトはオークにビビりまくってましたよ?殺されるって言ってましたし。威嚇してくるのは、色々と怖がって虚勢を張ってるからじゃないかなぁ。」
「もしかして…話せたの?」
そっか、パーシャ姉さんに話しただけだった。
「そうなんですよ。体当たりされてドアに身体を叩きつけられて、すっごい痛かったんですよ。それでちょっと掴んだら、何か話をし始めて。やっぱりコレは≪人獣≫の特性なんでしょうかね。」
「何て…話したの?」
「もう嫌だ、オークが怖い、殺される、死にたくない、みたいな事を言ってました。もしかしてコレって、言わない方がいい話ですか?」
「はぇ~…事実確認も何も、誰もそんな事出来ないからねぇ…。まぁ、侯爵になら…話をしてもいいかもしれないけどね~。」
「…ぶちころすぞこのやろう。」
おっと!ナディアさん、起きてたのね。
ひょっとして、そのフレーズ気に入っちゃった?
「これ、俺がコボルトについ言っちゃったヤツです…。」
「やだ~!ナディアちゃんがそんな凶悪なコト言っちゃ…メッ!メッ!だよ!!!」
「とにかく、オマエがあの妖魔どもを敗走させたという事で、戦功としては第一となった。今回はオマエに非常事態特別褒章金がつく。」
「でも、ジャムカさん達が居なければ村も襲われてましたし、基本的にパーシャ姉さんが蹴散らしたから…。」
「あの小生意気な子達が、アイツすげぇ、何者?ってビックリしてたんだよ。戦功第一って話も、あの子達から出たんだから。」
「俺、戦ってませんけど?」
「同じ戦場で戦った者の評価だ。何も問題ない。」
…ちょっと嬉しい。
「ありがとうございます。これからも、頑張ります。」
「ぶへぇ………………………………………」
おっさんの咆哮ではなく、風呂に入った時に抜け出る、魂の音のようなもの。
今日のポショーンは(体力)。いつもながら柑橘系の香りに浸る天国そのものと思った。
午前中は甘々ドリームタイムで…午後から戦場でシバキ合い…天にも昇る気持ちからの地獄行き、ジェットコースター感あふれる一日。
いつの間にか腕に出来てた青い痣を見て、現実なんだなぁと実感する。
あとはね…ナディアが…まさかあんな感じに変わるとはね…。
何ていうかこう…キレイで…かわいくて…ストライクゾーンのド真ん中って感じで…超絶ド好みで…濡れ透けで…。
風呂に一緒に入ったって言ってたけど…やっぱり浴槽で寝る直前の感覚…そうだったんだなぁ…。
でもなぁ…毎回入ってしまうと…理性さんがね…本能さんにね…負けちゃいそうな気がしてね…。
こんなドッキドキな感じ…懐かしいなぁ…。
ナディアが入ってくるかもしれないという淡い期待を抱いたのは事実。だがしかし自重、自重…。
今日は、ちょっとだけ早めに寝ちゃおうかな…。
「いいお湯でした~。」
お風呂から上がると、ナディアがアミュさんに甲斐甲斐しくお世話されてた。
あ、ちょっとジト目でコッチ見てる。
ぷいってした。
晩ごはんは…やった!おにく!ステーキ丼に温玉乗せ、サラダ、オニオンスープ!
ナディアは、リンゴ、ブドウ、ベリー系の何かとヨーグルトを合わせたサラダ風。ヨーグルトは大丈夫なんだ。
「いつもありがとうございます!うまそう!うまそう!いただきます!!!」
「…うまそう!うまそう!いただきます!」
布団にダイブした瞬間に意識が飛び、即朝。寝た気がしねぇ…。
さて、今日はみなさんに件の褒章を渡しに行かなくっちゃね。
「あぁ、昨日あいつらが来た時に、ついでに渡しておいたんだ。スマンな。」
「そうでしたか。それならそれで、全然大丈夫ですよ。」
「あの子達、アキラくんと話したいって言ってたから、近々また会えると思うよ!」
「了解しました。そしたら、依頼書はお戻ししますね。」
「うん。何かゴメンね。あと、今日の午前中に侯爵がココに来るって。この前の観測所でのご褒美の件で来てくれるんだって。」
「やった!ちょっと、嬉しいですね。」
「一生に一度、有るか無いかの事だからね~。何をもらえるのか、私もちょっと見てみたいな。」
王様から何かを貰えるなんて、一生に一度ですら有り得ない事だよ。
それもこれも、みなさんのおかげです。何より、ナディアのおかげだな…。
ナディアを見ると、コッチ見てた。
「ナディアのおかげだよ。ありがとうね。」
「…ん。」
ぴょんと肩に乗って、ほっぺにチュウをしてくれた。
「あらあら~ナディアちゃん、アキラくんの事がホントに大好きなのね~。……おばちゃんにも、ちゅ、チュウを……。」
鼻息を荒げるアミュさんの脳天にチョップが入る。
「オマエは何を言ってんだ。アキラ、朝食を摂ったらちょっと話がある。少し時間をくれ。」
「あ、ハイ。了解しました。」
「戦闘訓練を行うつもりはないか?」
「あー、ついにその時期が来ましたか…実は、少し考えてたんです。」
「実はな、オマエに仕事を依頼したいという話がいくつか来てるんだ。指名でだ。」
「何でまた――――」
「観測所での働き、そして今回の妖魔撃退。冒険者ギルドに加入して一週間足らずでこれだけの成果を上げた事が、その要因だな。」
「どれもこれも、皆さんが積み上げた功績じゃないですか。俺はたまたま、一緒に仕事しただけですよ?」
「赤の騎士団を覚えているな?」
「ええ、もちろん。レナートさんの所ですよね。」
「その管轄部隊の剣士隊でもそうなんだが、ナディアとオマエの人気の高さが、尋常じゃない。」
「ナディアは…まぁ、わかります。アイドルみたいになってましたし。俺はあの時は、保護者的な感じで見られてました。」
「ジュリエッタは覚えているか?」
「ええ、メイドさんですよね?レナートさん家の。」
「まぁ…そうでもあるんだが、赤の剣士隊の隊長という肩書も持っていてなぁ。」
「…はぁ。」
「苛烈を極めた観測所での罵倒・叱責に、微動だにしないオマエの精神力は賞賛に値すると。」
「…はぁ。」
「そして妖魔コボルドすら泣かせ、怯えさせる程のオマエの胆力と覇気。是非とも赤の剣士隊に迎え入れたいとも言っている。」
「…何でそうなるんですか?」
「これはなぁ…レナートとの関係も絡んできてなぁ…レナートがオマエを大絶賛しているのをジュリエッタが初めて聞いた時は、怪しい男に入れ込んで、レナートが騙されているんじゃないかと思って心配になり、オマエに対する猜疑心から、深い憎しみを覚えたそうだ。」
「まぁ、それは何となくわかります。俺みたいなヘナチョコ、レナートさんがあそこまで良くしてくださる事が、俺自身わかりません。」
「そこで、今回のコレだ。そして、レナートに言われたらしい。」
「何ておっしゃったんですか?」
「ようやく、ジュリエッタも理解できましたか?と。お久しぶりです。」
うぉうビビった。予想外の方向から声が聞こえたので振り返ると、いつの間にか、レナートさんとジュリエッタさんが入って来てた。
レナートさんは赤い軍の制服?のような装いで、肩とか胸とかに勲章みたいなのがズラ~っと並んでる。
「皆さん、ご壮健で何よりです。」
「おう、思ったよりも早かったな。」
「レナートさん!ジュリエッタさん!先日は色々とありがとうございました!」
「アキラさん、その節は大変にご苦労をお掛けいたしました。また、更に勇名を馳せられたようで、アキラさんと共に過ごせること、心から光栄に思います。」
「いや!そんな!滅相もないです!」
「アキラ様、ご無沙汰いたしております。」
ジュリエッタさんが話しかけてきた。レナートさんとお揃いのような服装で、メイドさんの時とはまた違った凛々しい印象だ。
「こちらこそ、あの時はありがとうございました。」
「先程リバルド様がおっしゃられた通りです。私の思考は浅慮の極み、汗顔の至りです。未熟者の妄言として、何卒お許しいただきたく存じます。」
そう言って深々とお辞儀を…。
「いやいや、そんな、お顔を上げてください!私はそんなにデキた人間ではありませんし!」
「本人がこう言ってるし、もういいだろう。堅苦しい挨拶はこれまでだ。」
「そうですね、それにしてもアキラさん、あなたと言う人は本当に…素晴らしいの一言に尽きますね。」
「そんな、私自身、それほどの事をしたとは思っていないのですから~!」
俺が両手をブンブン振って全否定の構えを見せる。
すると、やや微笑みを浮かべたジュリエッタさんが話す。
「アキラ様、ご謙遜ですよ。戦闘の経験が無い状態乍らコボルトを締め上げ、泣かせ、怯えさせ、遂にはゴブリンやオークなど、その場に居る全ての妖魔を恐怖に陥れ、敗走させたと伺っております。恥ずかしながら私も含め、私の部隊にはそれほどの胆力、覇気を持つ隊員は一人として存在しません。」
さらにレナートさんが続ける。
「私の団でも、そこまでの者は数える程しか居ないですね。世間では最強などと持て囃されているようですが、このアキラさんのご活躍を耳にした時は、私自身、身の引き締まる思いがしました。」
「もう…ホントに…ほめ殺しに掛かってるとしか思えません…。」
「今回の件は極めて特殊な状況ではありましたが、戦闘の技術を身につける事で、身に及ぶ危険の対処をすることが可能になります。そこでアキラさん、よろしければ、赤の剣士隊での戦闘訓練に参加されてはいかがでしょうか。」
「えー……マジですか?」
「はい。王都では、戦闘未経験の冒険者に対して戦闘技術を教える活動も行っております。1か月程度訓練に参加していただくだけでも、戦闘系の依頼での生存率は著しく上昇します。」
「私みたいなヘナチョコ、大丈夫なんですか?」
「俺が話そうと思っていた事がそれだ。今のオマエでは、討伐どころか害獣駆除の依頼ですら難しい。まず、戦う事に慣れていないからな。昨日のような事が毎回起こるというのは、まず考えにくい。」
「まぁ、そうですよね。それは承知しています。」
「オマエはまず、戦う基礎を学んで来い。今はジャムカ達も戻ってきている。仕事の依頼はあいつらに任せておけばいい。」
「それはまぁ、願ったり叶ったりな状況とは思いますが…。」
「…よしいこう。」
ナディアがアミュさんの包囲網から抜け出してきた。
「ナディアさん、こんにちわ。あなたのご主人は、素晴らしいお方ですね。」
「…うちのしゅじんが、おせわになっております。」
ちょこんと正座して、深々と頭を下げているナディア。主人って…どっちの意味かな…?
そんなナディアの姿を、うっとりした表情で見ているのが、何とジュリエッタさん。
「ナディア様…私はジュリエッタと申します。先日のお姿…拝見させていただいておりました…こうしてまたお会いできて…光栄…です………………。」
ジュリエッタさん、クールな顔が若干崩れておりますが。
「…うむ、くるしゅうない。」
(尊い…)
ナディアに聞こえないようにボソリと囁いた言葉、そんなに畏れ多いですか。ナディア推しの極みですか。
姿勢はピシっとしてるけど、顔はほんのり赤く、潤んだ視線はナディアに釘付け。
「実は、彼女のようにナディアさんに今一度、お会いしたいという団員、隊員が後を絶たないのです。」
「えぇ…。」
「…おふろは、ひろいほうがいい。」
ちょっとナディアさん、何言ってんの?
「王都では、私の住居に離れの建物がありますので、そちらに滞在していただければと思います。もちろん、お風呂もありますよ。」
「…いざ!おうとへ!」
左手を腰に、右手を高々と振り上げて、行く気満々のレッツゴースタイル。
「それでしたら、わっ…わたくしが…誠心誠意、何不自由なくお世話をさせていただきます!!!!!」
ジュリエッタさん声デカッ!
「ははは、アキラどうするんだ?」
リバルドさん…他人事だと思って…。
「ううう…まだアキラくんが行くとは言ってないよぅ…ナディアちゃんが…ナディアちゃんが…遠くに行っちゃう…。」
物凄い負のオーラを発しながらアミュさんがカウンター越しに俺を睨む。
「アキラさん、ご決断を。」
にっこり微笑むレナートさん。ホントにもうこの人たちは…。
「わかりました!よろこんで!お世話になります!!!!!」
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