第18話 一泊二日の緊急依頼

「赤の騎士団 レナート・ルージュ・ラシェールと申します。到着してから今まで起こった事を、詳しくお話しいただけますか?」


 お、初対面の状況ね。承知しましたよ。


「バトンの森から派遣されました、アキラと申します。それでは…」


 到着、放置、叱責・罵倒、軟禁状態についてを粛々と、事実のみを語る。

 チラ見で3人を見ると、すげぇ目で見てる。


「何故私たちを陥れるような事をするんですか!」とナザリオ。

「私たちはそのような事をする理由がありません!」とゴンサロ。


 おーおーおー、よく言うよコイツら。


「その男が言っている事は全て出鱈目です!」とルイーズ。


「まぁ確かに、証拠と言えるものはありません。一対一で私が言われたことですので。」


「そうですか…。」


 それは事実だし、この世界にボイスレコーダーとかがあればそれが証拠になると思うけど、残念ながらそういう物は無い。

 この場の詰め手に欠け、レナートさんが若干考え込んだような雰囲気を出す。


「…おぼえているぞ。」


「ナディア?」


 カバンから出て、ぴょんと俺の肩に乗る。レナートさんがめっちゃびっくりしてる。


「これは…もしかして妖精ですか?アキ……冒険者さん。」


「ええ、私と行動を共にしている妖精です。」


 その場にいる全員の目がナディアに釘付け。

 何、そんなに珍しいの?


「ははは!こりゃぁ、たまげた!君はとんでもない冒険者だな!」


 後ろから、エミールさんが笑いながら近づいてくる。エミールさん、生で見るとイケメンというか、かっこいいな…!そして背が高い!

 俺の肩のナディアに目線を合わせて一礼する。


「お嬢さん、あなたの種族をお教えいただけますか?」


「…ニンフ。」


「なるほど。じゃあ冒険者くん、お嬢さんをその台の上に降ろしてもらってもいいかな?」


 台?あぁ、ステージみたいになってる所ね。


「…だいじょうぶ。」


 俺の肩からぴょーんと台に飛び乗る。ここから結構距離ありましたよ?

 周囲がざわめく。


「それではお嬢さん、あなたが昨日聞いていた話を、全て教えていただいてよろしいですか?」


「…わかった。」


 すうっと息を吸ってからの…


「冒険者ごときが勝手に発言するな。」


 可愛らしい妖精の体から、女王様の声が爆音で再生される。うっそナディア、そんな事出来るの?

 これには、ここにいる全員の目が点になる。一番ビックリしていたのは、女王様じゃなくて所長だったけど。


「…ルイーズの声だ…。」


「返事はどうしたァッ!」


 ここに居る砦の兵士全員がつい「はいっ!」と返事してしまう。コントか。

 そうして俺に対して浴びせかけた女王様の言葉を言い終えたかと思うと、


「冒険者くん、あぁ、名前など知る必要はない。」


 今度は女王様がビックリしている。そりゃデキてる男の声がこの子から聞こえたらそうだよな。

 レナートさんは目を閉じている。

 エミールさんはすげぇすげぇ連呼している。


 そして粘着ブヒブヒ。これはちょっとキツい…この子からそんな下品な言葉を聞きたくない…。

 そして今朝の、女王様と櫓でのやり取りを聞いて―――――


「…おわり。」


 かわいい声に戻って、ぺこりとする。赤い装備の人たちから歓声が沸く。楽しんでんじゃないよまったく。

 そして、レナートさんが目を開けて一言。


「そこの3人、今の音声を聞いた上で弁明はあるか。」


 3人は何も言わない。言えない。全員涙目になって震えている。

 あまりにも予想外すぎて、何も考えられなくなっているように見える。


「お前たち全員の聴取については、王都にて適正に行われるものとする。以上、連行しろ。」


 その後、新入りくんの指示で隠されていた武器・防具などの装備品や、宝石・原石を押収した。後日、これらは最近行方不明になっていた冒険者のものであると確認される事になる。

 その行方不明になっている冒険者達はどうなったのか。山岳地帯の崖下に遺棄されている所を発見された。エミールさんの検死によって、死後数日から数十年が経過している白骨化した状態まで、その数は100体近くにも及ぶ。

 この事件の関係者は過去に遡って捜査の手が及び、軍の上層部でも処罰の対象となった者もいたらしい。

 また、王国直轄領にある中規模ギルドが観測所への派遣依頼を数多く斡旋し、観測所から持ち込まれた冒険者の所持品などの売り捌きに協力していた事が発覚する。

 こうしてアランブール西部方面観測所で起こった出来事は、軍内部での犯罪行為の常態化とギルドとの癒着を浮き彫りにした。


 …らしい。あっしにゃぁ~難しい事はよくわかりませんが。

 亡くなった方々の無念を、少しでも晴らせたならいいなぁと思った。




「申し訳ございません、アキラさんを巻き込んでしまいました。」


 指令室に入ってすぐ、そう言って深々と頭を下げるレナートさん。

 作戦のおよその日程は前から決まっていたようで、そのタイミングでたまたま俺が受けただけらしい。

 リバルドさんからレナートさんに連絡が行き、ひどく狼狽えていたとエミールさんから聞く。


「依頼を受けたのがアキラくんだったから、ここまで上手く行ったと思うぞ?」


「いえいえ、俺は出来そうな依頼を受けて嫌がらせを受けただけで、それ以上の事はありませんでした。それに、俺が少しでも何かを知ってる素振りを見せてしまったら、作戦自体が失敗したかもしれません。皆さんが描いた作戦に、私は乗っただけです。それに、この子が居なければ、もっとあの3人は抵抗していたと思います。」


「…アキラをいじめてた。ゆるさない。」


 こちら側の最大の殊勲は俺じゃない。ナディアの声マネが無ければ、徹底抗戦も辞さなかったんじゃないか?

 あそこまで完璧に再現されちゃって、かなり動揺したんだろうか。違うと言い張ることも出来てなかったし。


「アキラくんと、ニンフのお嬢さんのお陰だな、レナート。」


「ええ、その通りです。ニンフさん、お名前をお聞きしてもよろしかったでしょうか?」


「…ナディア。アキラにもらったなまえ。」


「ナディア…美しく、素晴らしいお名前ですね。ナディアさん、この度はありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたしますね。」


「…ん。」


 ほんのり照れているのか、俺の耳に抱き着くナディアの体温は少し高めで、心地よかった。

 この日からナディアは、赤の騎士団の皆さんから絶大な人気を得ることになり、俺の事は『ナディアちゃんの主さん』とか『ナディアちゃんと一緒にいる人』とか『ナディア様のお父上』などと呼ばれる事になる。


 レナートさん、エミールさんと近況について話をしていると、指令室のドアが開いて、すっかり見慣れた騎士団の団員が入ってきた。


「アキラ様、ご挨拶が遅れまして誠に申し訳ございません。」


「ああ!新入りくん!さっきはありがとうございます!やっぱり赤の騎士団の人だったんですね。」


 すると、新入りくんがニコっと笑って、手に持っていた布をバサっと翻す。


「え?何?」


 布がシュルっと巻き取られて、そこに居たのは…メイド服を着た、可愛らしい女性。あれ?


「あの時のメイドさん!?」


「レナート様にお仕え致しております、ジュリエッタと申します。」


 すっげー!早着替え変わり身の術。声も体格も全然違うし、この世界のメイドさんってこんな事も出来るの?

 いや、この人が特殊な訓練を受けたメイドさんなんだろうな。


「先日お会いした執事のアルフレードは彼女のお爺さんで、代々ルージュ家に仕えている家系なんです。」


「ジュリエッタちゃんは、ホントに何でも出来る完璧超人だからなぁ。ウチの治療院に引き抜きたいぐらいだ。」


「エミール様、またそんなお戯れを…。」


 笑いながら軽口を叩き合っているあたり、この人達はすげぇ仲がいいんだな~と思って、ちょっと羨ましかったね。

 あと笑顔のジュリエッタさんが可愛かったりして、ちょっとドキドキした。




 さて、今回の依頼は依頼者が逮捕されたので依頼無効になってしまった。

 この埋め合わせとして、赤の騎士団から特別報奨金を出してくれることになりました。やったねー。

 あと、赤の騎士団を援け、国内の不正摘発に著しい功績があった冒険者達の事を、赤の騎士と白の騎士の連名で上奏するらしい。


「王から絶対に何かもらって来るから、楽しみにしておけよ。」


 とエミールさん。国王陛下から褒章を下賜されるらしい。マジですか?

 褒章か…元の世界でプレゼンに勝った時にもらった寸志以来。でも俺ホントに「見てただけ」なんだよなぁ…気が引ける。


「私達はこれが任務ですから。アキラさんはお気になさらず。」


 今後も観測所は運用を続けていくけど、赤の騎士団からは隊長格1名と10名の団員、白の騎士団に所属する治療師が1名、薬剤師が1名配属になって、連絡と連携を密に行っていく事にするらしい。

 ここに来る前から、終わった後の事まで詰めていたんだねぇ。


 さて、そんなこんなで観測所での仕事は終了。流音亭に戻ることになった。

 帰り道は、レナートさんの双獅子に同乗させてくださるとの事で、恐縮しきり。

 赤いライオンちゃんにベロンベロン嘗め回されて捕食される気持ちを満喫。

 現地で調査・捜索に残る団員の皆さんから、最後のお言葉をいただきたいとの事。

 もちろん俺じゃないっすよ。


「…ありがとね。ばいばい。」


 ナディアが皆さんに聞こえるように少し大きめな声で言って、ひらひらと手を振る。

 赤の騎士団の皆さんの絶叫にも似た大歓声が山岳地帯に響き渡る。


『ナディアちゃん!ナディアちゃん!』『うおおぉぉ!ナディアちゃん!』『ナディア様!目線をください!』『一生ついていきます!』


 こうして一泊二日の緊急依頼は、無事に完了した。




 双獅子が爆走してくれたおかげで、流音亭まではあっという間だった。

 ただ、森の中を猛スピードで爆走するのは、若干心臓に悪いと思った。5回死んだと思った。

 どんな修羅場を潜ったらこんな事を出来るのか…歴代最強の赤の騎士マジパネエっす。


「もう少しお話ししながら、ゆっくり帰りたかったんですけれどね。」


「…いえいえ、双獅子ちゃんのポテンシャルの高さと、レナートさんの凄さを実感させていただきました。」


 お世辞でも皮肉でもない、素直な賞賛が出る。

 アミュさんが言ってた「すごく早いから」の意味が分かった気がする。


「それでは、私はこのまま戻りますね。お礼は、改めて機会を設けさせてください。」


『じゃあまたねぇ~。』


 初めて喋った気がする!双獅子がベロンベロン舐めてくる。もうよだれまみれ。帰ったらお風呂をお願いしちゃおう。

 たてがみをモフモフしてやる。


「はい、色々とありがとうございました。お気をつけて。」


 そして風のように、ほんの数秒で姿が見えなくなる。


「じゃあ、家に戻ろうか。」


「…うん。」


 流音亭のドアを開けた瞬間、アミュさんが満面の笑顔で迎えてくれた。


「おかえり!」


「はい、ただいま戻りました。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る