第72話 威圧を体得しよう
「次、と申されますと?」
レナートさんお手ずからメープルっぽい味と香りのお酒、エラーブルのリンゴジュース割りを作って下さる。
「何か、ウィルバート……陛下の考えが本気でわからないんですよね。何をしようとしてるのか。」
黙って一口付けるレナートさん。
「わからない事だらけなんですが、後になって考えると、全ての辻褄が合ってるというか。」
一番最初は、ジャムカを見守れ。
それからレナートさんの所で修行。
そこにエレナさんが送り込まれて、仲良くなって。
旅立ちの時に魔王黒村が現れて、時間の転移をさせられて……
「何であそこに黒村が居たんだろう。」
「黒村というと、魔王ロムリエル。」
「ええ、ロムちゃん大魔王ですね。あんな所でシレっと絵を描いていて、どう考えても有り得ない。そうなると、ウィルバートが黒村を嗾けてやらせたとか?いや、この考えは飛躍しすぎかなぁ。」
「私には陛下のお心は計り兼ねますが、現時点の状況としては、全ての流れがフラムロスにとって、良い方向に向かっておられる。そのように推察いたします。」
「そもそも、使命って何だって話なんですよ。勿体ぶって俺にメダルくれた割には全然関係ない事ばかり起こりますし、見守るって言ったってそんな必要もないですし……」
「そんなにお前の洞察力の無さをアピールしなくてもいいんだよ。」
予想外の方向から飛んでくる罵声。
慌てて後ろを向いたら、質素な衣服を着たチンピラ風のおっさん(陛下)がニヤニヤしていた。
レナートさんは即、起立敬礼している。さすがです。俺は座ったままで居てやる。
「何で居るんだよあんた。」
「連れねぇなぁ。息子の晴れ姿を見たいのは、親としては当然だろ?レナート、俺もアキラと同じヤツな。」
「畏まりました。」
そう言って俺の隣に座りやがるチンピラ風のおっさん(陛下)。
エラーブルのリンゴジュース割りをクイっと一気に飲み干してウンウン唸る。
「やっぱりエラーブル旨いよなぁ~。もう一杯。ホラ、アキラも飲んどけよ。俺のオゴリだからな。」
「うっさいわホントに……ってか国王ともあろうお方が、何故私のような小物の相手をして下さるんでしょうか。」
「そりゃぁ……決まってんじゃねぇか。」
「何ですか。」
「面白いからに決まってんだろ。」
うわ。イラっとした。
「まぁ、それは冗談だけどよ。」
「いや、もういいです。次はメルマナに行くんですよね?いつですか?その時に、何が起こるんですか?それでフラムロスに何のメリットがあるんですか?」
「答え合わせは終わってからだ。悪い様にはしないから安心しろ。」
「どうだか。あんたがそう言って、今までロクな目に遭ってない。」
「そうか?雨降って、地固まるって言うだろ。」
「その雨は俺の血と汗と涙だろ。」
「ホント、そっくりだよな。」
「誰に。」
「そのうちわかる。」
「またそれだ。気を持たせて「だろ?」的なドヤ顔。もういいです。じゃぁ、まずはアレですよね。バルさんの記憶。それから、人獣?俺がいつでも妖魔を威圧しまくれるように頑張る。当面の課題はこの二つですね?」
「おお、わかってるな。いいぞ、その調子だ。」
「うっさいわホントに……ってか、アンタ威圧は得意なんでしょ?教えてくださいよ。」
「いいぞ。」
その瞬間、心臓が握り潰されるような感覚を覚え、グラスを落としてしまう。
全身の毛が逆立ち、全ての毛穴が開いたような感覚。
ウィルバートの眼が金色に変色し、爬虫類を思わせる瞳となり俺を見据えている。
白目が徐々に黒く変色していく。視線を外せない。
身体を動かすことが出来ない。息苦しい。
もしかしたら、コレ殺されるんじゃないかと本気で思った。
「返してみろ。」
上から目線でコイツはホントに……いや、王にしか使えないってのはそういう事か?
それなら余裕で出来るわ。コイツにならな。
絶対に負けられない戦いがここにはある。
「おお!やれば出来んじゃねぇか!!!」
フッと身体の力が抜けて普通の状態に戻った。
「あぁ、やっぱりそういう事か。これは性格悪くなるわ……」
「じゃあもういいな。レナート、今日はいい式をありがとうな。」
「勿体ないお言葉。」
「あー。アキラ、もう一つ教えといてやる。」
「何すか?」
「次の敵は討ち果たす必要はない。お前のソレでどこまでも追い込め。」
「追い込めばいいんすね。了解しました~。」
「ホント、そっくりだよな。」
「だから誰に。」
「俺のダチだ。」
「知らんわ。友達いるんか。」
散々引っ掻き回して帰っていくウィルバート。
しょうがないから玄関までは見送ってやる事に。
玄関の扉を開けたら銀の騎士が一礼していた。うわぁ……居たの……?
俺をギロリと一瞥して扉を閉める。蛇に睨まれたカエル状態の俺。
「後で銀の騎士に不敬罪で粛清されそうな気がします……」
「いえ、彼は元からあんな感じですから。お気になさらず。お疲れ様でした。」
「ホントにもう、最後の最後で一気に疲れ果てました……銀の騎士が一番怖いっす……」
居間に戻って飲み直しです。
風呂上がり、頭にタオルを巻いてパジャマでリラックスモードのエレナさん。
まずはリンゴジュースをゴクリと。
「ウィルバートが来てたでしょ。」
「おお、分かりました?」
「わかるわよ。あの異常な殺気。お風呂が凍るかと思ったわ。」
言い得て妙ってヤツだ。
「ナディアもめっちゃ震えてたんだから。」
一方ナディアはしっかりと髪を乾かして、緩めのルームウェアと言った感じの服。
「あの状況は、ただ恐ろしいとしか言い様がありませんでしたね……」
「さすがは王だったなぁ。あれは凄い。おかしい。」
酒を飲みながら、あの状態を思い返すだけで鳥肌が立つ。
「で、アキラはどう?何か掴めた?」
「やり返したら、お褒めの言葉はいただけましたけどね、アレはちょっと苦手な技です。」
「なんで?」
「アレ、平たく言えば徹底的に相手を見下すんですよ。俺は王だ!ひれ伏せ愚民!みたいな。黒村とはネタで『愚民ごっこ』ってやってたけど。」
エレナさんが何言ってんだコイツみたいな目で俺を見る。
ナディアの頭の上には「?」のアイコンが表示されている感じ。
「いや、高い階層の建物でパーティーがあってね、グラスを片手に夜景を見ながら「愚民どもが蟻の如く働いておるわ……」って言う……ちょっとその目やめてください。ネタででやってるだけですから。」
「ホントそれ、誰にも言うんじゃないわよ?レナートだって引くわよ?ねぇ?」
エレナさんがレナートさんに同意を求めるも。
「……」
「何、ちょっと、レナート?」
「いやぁ、王城でエミールとアードがやっていたなぁと……」
エミールさんはわかるけど、アード?って、どなた?
「失礼しました、つい当時の呼び方で。アードはアーダルベルトです。クリーゼル中将ですよ。」
「あぁ、何かわかります。ホラ!みんなやるんですって。レナートさんも―――」
「残念ながら、私とシルヴィオ、サラは笑って見ているだけでした。」
「何がホラ!よ。ナディアだって呆れるわよ?」
「いや、私は、ちょっとその姿を見てみたいなと……」
「何を言ってんの……ダメよ甘やかしたら。」
「ウィルバートは生まれてからずっと王になる教育をされて来たんでしょ?だからこそ、上に立つ者としての下地は出来ているんですよ。俺はそもそも、そんなガラにもない考えは遊びでやるぐらいなんですよ。」
そう言いながらソファーに深々と腰掛けてもたれ掛かる。
「何だろう。メンチ切り合う時みたいな?あンコラやんぞコラみたいな?」
「ガラが悪い。」
「でも、分かり易くない?妖魔を見たらカツアゲ行為を行うみたいな。ジャンプしろコラ。って。相手は人間じゃないから、法律的には―――」
「迷走しすぎ。もういいわ。せっかくコッチに帰って来た初日なんだから、今日はもう考えないでおきましょ。」
何と言われようと、俺に与えられてしまった能力だからこそ、サクっと発動させる効果的な方法を考えないと。
手間取る分だけ周りの人に迷惑が掛かる。それだけは嫌だ。
でもなぁ、恐喝紛いの行動……いや、最初にコボルトを泣かした時がまさにそれだったよな。
機会があれば試すしかない。
「妖魔絡みの依頼を受注して、試すしかないよなぁ……でも早々無いか……」
「それでしたら、最近はデルバンクールで妖魔が多発していますよ。今は作戦準備で赤の騎士団が駐留していますから、一緒に参りましょうか?」
「ホントですか!すっごく助かります!あ、でもエレナさんとナディアはバルさんの記憶回復の方が優先かぁ。そうか……デルバンクールって割と近いですよね。とは言え3時間くらい?あぁ、全然近くないか。通いは時間の無駄か……」
そんな独り言をブツブツと。
出来れば、二人とは一緒に行動しておいた方がいいと思った。
そんな俺の迷いを感じたらしく。
「機会は逃さない方がいいわよ。ナディアの事は心配ないから。週一ぐらいで戻ってきたら?」
「こちらでの事は、私達にお任せ下さい。エレナ様は、私がお守りします!」
「アキラさん、こちらにはジャムカやスカンダ達のパーティーが居りますので、妖魔に対して緊急の事案が起こったとしても問題ございません。エレナ様が仰ったように、週末にこちらに戻って来るくらいでも問題は無いと思われます。」
ちょっと考えるけど、今しか出来ない事をやるしかないんだよな。
「では、お言葉に甘えます。レナートさん、出るのは明日ですか?」
「はい。明日の午前9時に進発いたします。今回は馬車一台ですので、正午過ぎには到着の予定です。」
「わかりました。よろしくお願いいたします。」
今夜はちょっと、久しぶりにアレがアレしちゃうのかな、なんて浮ついた心が一気に吹っ飛んだ。
ちょっと早い時間に起きて、一度流音亭に戻って事情を説明。
「アッチにコッチに大変だねぇ~。二人の事は大丈夫だから。気兼ねなく行って来てね!」
「ありがとうございます!本当にアミュさんにはお世話になりっぱなしですね……」
「アキラ、デルバンクールは観測所に行くのか?」
「その辺りは、まだこれからですね。まぁ観測所という場所には、良い思い出は無いんですけどね。」
「アランブールが特殊なだけだ。あれから更に綱紀粛正に努めているようだから、まぁ安心していい。」
「リバルドさんがそう言うのなら、間違い無いですね。ありがとうございます。」
流音亭を出て、パーシャ姉さんにもご挨拶。
『あら、おはよう。今日は漏れてないのね。』
「姉さん、おはようございます。漏れてるとか漏れてないとか、主語を言って頂かないと。」
『フフフ、これからどうするの?』
「デルバンクールで修業です。妖魔を脅迫しに行ってきます。」
『あら、物騒ね。』
「事実なので。短期間で人獣の威圧を身につけないと、周りに迷惑掛けちゃうんですよ。」
『いいんじゃない?迷惑かけても。何とかしてくれるんでしょ?』
「まぁ、そりゃそうなんですけどね。俺的に、出来る事はやらないと、宝の持ち腐れは勿体ないんです。」
『貧乏性ね……まぁ、無理だけはしないで。ナディアとエレナがまた泣くわよ。』
「ええ、重々承知しております。」
レナートさんの別荘に戻って来て、朝食を摂ってから出掛ける準備。
久しぶりの旅装束に身を包む。
得物は、パヴァーヌ流杖術の濃茶色の杖。久しぶりに持つけど、やっぱりコレ以外の武器は考えられないな。
外に出ると、馬車と双獅子ちゃんが準備完了していた。あれ?移動は馬車だけじゃ?
『わぁ~!今日はくさくない~!!!』
そう言いながら俺を押し倒してベロンベロン舐め回す。
端から見たら捕食されるシーンだ。
「そう言ってくれれば嬉しいよ。」
鬣をモフると、更にデロんデロんになるほど舐められまくる。
満足して解放されると、赤の騎士の軍服に身を包んだレナートさんにタオルを貰って顔を拭きふき。
双獅子ちゃんは俺が来るのを待っていただけらしい。もうホントかわいい。
「気合い入れなさいよ!確実にモノにしなさい!」
「わかっています。エレナさん、頑張ってきます。」
「アキラさん、互いに、しっかり頑張りましょう!」
「ああ。ナディアもしっかりね。」
アルフレードさんとジュリエッタさんも軍服を着用している。
そして馬車を開け、ビシっと敬礼スタイル。
「お二人とも、またお世話になります。引き続き、どうぞよろしくお願いします。」
「アキラ様、お気になさらず。どうぞご搭乗くださいませ。」
アルフレードさんに促されて馬車に入る。
王都に行った時よりは少し狭くなっているけど、予想通り広々とした空間。
窓際に立って、二人に手を振る。
「よし!じゃあ行って来ます!」
「……よし!」
はぁ!?
予想外の場所から声が聞こえた。妖精ナディアが鞄から身を乗り出している。
「……監視員。」
本気で焦った俺を見て笑う、窓の向こうの二人。してやられた。くそう。
ジャンプして俺の肩に飛び乗り、手をひらひらと振っている。
『進発いたします!』
アルフレードさんの掛け声と共に、馬車は走り出す。
いざ、デルバンクールへ。
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