第73話 デルバンクール地方観測所にて
ルージュ侯爵領 領都デルバンクール。
長距離の移動に慣れていたせいか、あっという間に到着した気がする。
しかし、俺が合宿する場所はここではない。
領都デルバンクールから西に30kmほど山の中に行く、デルバンクール地方観測所。
妖魔の発生ポイントを観測するために作られた場所らしいけど、現在は専ら別の目的で使用されている。
「観測所は、メルマナとの国境付近となります。」
「そりゃまた、好都合と言うか何と言うかですね……」
「メルマナは、フラムロスから独立国として認められた国ですから、基本的にはスウェイン公国と同様に友好国です。メルマナでも対妖魔の軍事行動は行われていますし、メルマナとの軍事衝突という事態は、建国以降一度もありません。」
「それがいつまで続くのか、って感じなんですね。しかもそれを指揮しているのが、一緒に講師をやったあの3人。まぁ向こうは俺をハメるつもりで飲み会やってるから、義理などさらさら無いですけど。」
「お察しします。あの者達は、今こちらにアキラさんが来ている事は承知していないはずです。仮に存在を知られたとしても、アキラさんが陛下への想いを吐露されておられたことで、陣営に引き込もうと接触して来る可能性はあります。」
「それだといいんですけどね。めっちゃ手間が省けるし、巻き込まれる人が殆ど居なくて済みます。でも、玲奈さん……って、何でしたっけ。」
「エング・レーブですね。」
「ああ、そうそう。あの人にはかなり気持ち悪がられていると思いますけど、目的のためには手段を選ばない感じなのかなぁ。」
「私は、アキラさんこそ傷つかれないか、それだけが心配です。」
「いやいや、自暴自棄とか自分を犠牲に、なんて全く考えてませんから。万が一の時があれば、ガシガシ巻き込ませていただきます。」
「はい、承知いたしました。遠慮なく巻き込んでくださいね。」
「……ココロの友。」
妖精ナディアがスッと会話に入って来る。
「そうそう、信頼関係ってヤツだよ。」
そんなこんなで観測所まで馬車に乗せて行ってもらって、レナートさんに紹介していただく。
ナディアには、鞄の中に隠れてもらっている。
「妖魔出現の際に彼を同行させていただきたい旨、王妃守護隊隊長、赤の騎士の連名書面にて依頼する。」
そんな事を言われてポカンな感じの観測所所長。普通の人で安心した。
「詳細については、彼に聞いていただきたく思います。どうぞよろしくお願いします。」
レナートさんに丁寧に話をされて恐縮しきりの観測所所長。そんな時。
【カン、カン。カン、カン。】
何?この音。
「やはり出没は頻繁なようですね。状況は?」
「嫌がらせばかりですね。」
「そうですか。ですが監視は怠らないよう。何か異変があったらすぐに連絡を飛ばすように。ではアキラさん、よろしくお願いしますね。」
そう言い残して、レナートさんはデルバンクールに戻って行く。
「色々とお騒がせしてすみません。アキラと申します。まずは週末までの間、どうぞよろしくお願いします。」
「デルバンクール地方観測所 所長のニコラ・ペリアンである。守護隊の隊長と赤の騎士の連名って……君、何者なの?」
「いやぁ、冒険者登録したらたまたま―――」
【カン、カン。カン、カン。】
「あの、この音は?」
「コボルトだよ。朝から晩までずっと続いている。正直、ウンザリしている所だ。」
出る出るコボルト。少数でコチラをチラ見しては逃げていく。これじゃぁ観測所を監視している感じ。
人間を見たら襲い掛かって来る事に命を懸けているコボルトが、コッチを見張っているという状況に困惑しているらしい。
観測情報によると、オークが隊長の場合は、副隊長ゴブリン2体とコボルト20体の大所帯で出没。これは珍しいパターンで、戦闘に発展する場合が多い。
ゴブリンが隊長の場合は、ゴブリン1体とコボルト5体で、たまに出没。戦闘にならない場合が多い。
隊長不在でコボルト3体の場合が最も多くて、この場合はほぼ戦闘にならない。
そんな話をしながら、自己紹介がてらこれまでの話をしていると、隊長がポンと思い出した。
「あぁ!そうか、君があの!」
「えぇ、そうなんですよ。」
「アランブールの鬼畜女王を本物の牢に追い込んだ!」
「あ、そっちですか。」
コボルト泣かせの異名より、アランブールに君臨した女王様を追い込んだ方で、話題になっていたようだ。
同じ観測所という事もあって、親近感が沸いたのかもしれない。
戦う気が無いコボルトパーティーが出没したタイミングで出動、討伐に行く事になった。
観測所は王国の兵士が駐留している場所なので、通常の兵士装備をお借りしてコボルトパーティーの出現を待つ。
武器だけは、槍じゃなくて杖のまま。
出現ポイントはバラバラで、どこから来るのかは分からないらしい。
俺はヤツらをビビらせることに専念しないといけないので、逃がさない方法の「極限までビビらせて竦ませる」を体得しなければいけない。
昨日ウィルバートが俺にやったように、もしかしたら死ぬんじゃないか、と思わせるほどの迫力を―――
【カン、カン。カン、カン。】
『コボルト3体、東の方向300m!』
櫓から声が聞こえる。うっそ、もう来たの?
300mって近いよ。すると隣のおっさん兵士が声を掛けて来る。
「近いな。君は戦闘大丈夫な人?」
「ええ、大丈夫です。」
「まぁ、無いとは思うけどな。」
『コボルト撤退!』
「はぁ?」
俺が軽く驚いていると、話しかけてきたのは隣のおっさん兵士。
「こんな感じだから。この1ヶ月ぐらい、あいつら全然襲い掛かって来ないんだよ。まぁそれはそれで有難いんだけど、疲れる。」
「命令されてるんじゃないですか?行けやコラ!みたいな。」
「そんな事するかねぇ。」
「コボルト、オーク隊長とゴブリン副長にビビりまくってますよ。めっちゃ顔色伺ってます。そいつら居ないわ、戦わなくていいわ、喜んでやってるんじゃないですか?」
「その発想は面白いな。人間の兵士っぽい。つーか、よく見てるなぁ。そんな事考えた事無かったな……」
「そして何度もやって襲い掛かって来ないと油断させて、一気に大群で来るヤツかもしれないですよね。」
「それはウチの所長も言ってるな。でもアイツらにそんな知恵が無いとは思うけど……」
「さらにその上に居る、普通に人間の言葉を話す奴らがタチ悪いって、守護隊の隊長と赤の騎士が言ってたのを聞いたんですよね。」
「何であんた、そんな人達の話を?」
「いや、聞こえて来ただけですよ。あのお二人、めっちゃ声が通るんで。」
【カン、カン。カン、カン。】
世間話をするわずかの間に、また出没。
『コボルト3体、南東の方向500m!』
「あ、ちょっと離れましたね。場所も違う。」
「ああ、まぁイチイチ考えなくなってくるよ。前は100mとかの至近距離に出たけど、すぐ逃げたし。」
「とっ捕まえて、洗いざらい聞いてやりたいですね。」
「それが出来たら、すげぇラクなんだろうけどな。でもさ、俺らが難しい話を知らないのと同じなんじゃない?行け!って言われてるだけで。」
「あぁ、そうか。そう言われたらそうかもしれませんね。」
その後、およそ1時間で6回。10分に一度の間隔で嫌がらせと思われる出没は行われた。
1時間ほどで交代のようで、観測所に戻って来る。
「ヤバいのはわかってますけど、コレは確かにダレますね。」
「最初は真面目に対応してたんだけどな。オークが出れば戦闘態勢、ゴブリンの時は警戒、コボルトは無視みたいな感じで定着したな。」
1時間で6回。1日だと……144回?やり過ぎにも程がある……。
「所長も参ってるし、俺らもウンザリしてる。」
「前にオークが出たのは?」
「ひと月前かな。ゴブリンが週に一度。」
「最初はコボルトにも対応してたんですよね。討伐したんですか?」
「そうだな、討伐してた。」
「最近は全くしてないんですか?」
「そうだな、前にオーク出てから戦闘は無いから、ひと月は何もしてないかな。」
【カン、カン、カン。カン、カン、カン。】
「おっと!コレはゴブリンだ!行くぞ!」
コボルトよりも少し早い鐘の音。
おっさん兵士が即行動開始。後に着いて行く。
『総員警戒。ゴブリン2体、コボルト20体、東の方向500m!』
出没した個体数を告げる声。
「マジか!」
軽く焦るおっさん。
「ゴブリン2体って事は、オークも出てるって感じですか?」
「わからん!でも今まではそうだから、兄ちゃんちょっと覚悟しとけ!」
【カン、カン、カン。カン、カン、カン。】
「何だ!?」
『さらにゴブリン2体、コボルト20体、南東の方向300m!』
「はぁ!?」
「どういう事ですか?」
「今までに無い!多い!」
観測所内が慌ただしく動いている。
おっさん達の部隊に合流して、観測所を出ようとした時。
【カンカンカンカン、カンカンカンカン。】
「マジか!!!」
おっさん動揺。
『総員戦闘態勢!オーガ1体、オーク5体、ゴブリン1体、コボルト10体、東の方向およそ800m!』
その声を受けて観測所内が一気に動き出した。
「兄ちゃん運が悪いな!よりによってこんな時に来るなんてな!」
「大丈夫なんですか?かなりの規模の攻撃になるんじゃないです?」
パーシャ姉さんが居れば一気にヤれるレベルかもしれないけど、俺自身は集団戦は未経験。しかも大多数を相手にしたことが無いから、分からない事が多い。
「これはもうデルバンクールに来援要請してるぞ。赤の騎士団が来るまで、俺らは死なないように守備するしかねぇ。」
相手がこれだけの規模になると、門を堅く閉めて籠城という方針のようだ。
やや高めの砦の上に数多くの兵士が上がり、弓矢や投石で応戦を始めている。
先が尖り、斜めに取り付けられた木の柵が何台も運ばれて来て、砦門の内側正面に並べられていく。
俺が居る隊は、身体が隠れる大きさの鉄張りの盾を一人一枚持たされる。木の柵からやや離れた所、砦門を破られた場合に備える最前位置で待機。
俺ら盾隊のすぐ後ろに弓隊が並ぶ。
「オーク5体もヤバいけどなぁ……オーガが居るんじゃ、破られるかも知れねぇな……」
「マジですか……」
「あいつ力だけはえらい強いんだよ。もし門が壊されたら弓で射撃が入るからな。弓で倒せず、柵を突破されたらいよいよ白兵戦だ。」
砦の門がガンガン叩かれている。
ガウガウ聞こえるので、まだコボルトしか来てないっぽい。
「俺、オーガは見た事無いんですよね。どんなヤツですか?」
「オークよりデカい。見た目ゴツい。顔小さい。皮膚に色がついてる。」
「全然想像できないっす。」
「まぁ見る事が無いのを祈るだけだな。」
砦門の向こうから聞こえて来る音が激しさを増す。
別の場所でも応戦しているようなので、いくつかに分かれて攻撃して来ているらしい。
【カンカンカンカン、カンカンカンカン。】
『さらにコボルト……大多数!東の方向およそ800m!』
「おいおい、それはヤバくねぇか……?」
おっさんが若干、青い顔をしている。
『コボルトの弓隊を確認!およそ20体!距離200m!』
「弓使いのコボルトかよ!何だって本当に!」
砦の上ではすぐに鉄張りの木の盾が立て掛けられる。
暫くすると、俺らの頭の上を越えて砦の内部に向かって矢が降り注がれる。
矢に当たった人たちが数名倒れて行く。すぐに砦の上から運び出され、別の人達が入れ替わり応戦する。
「これ、監視塔を狙ってるんじゃないですか?射角がやたら高い!」
監視塔でもそれに気付いたのか、覗き穴の開いた鉄張りの板を立てている。
すると巨大な火の玉が監視塔を掠めて空を飛んでいく。
「魔法使うヤツが居るのかよ……しかも門じゃなくてあっち狙ったんか……」
監視塔を狙うって、指示系統を潰しにかかってるのか。
「魔法の対処って、ココは出来るの!?」
「対魔法部隊は居る。居るけどよ。おまえさんがさっき言った通りだ。魔石が少ないからやる事ねぇ~って浮かれてたからなぁ。こんな事ある訳ねぇって油断しきってる。今頃慌てて魔石準備してんじゃねぇか?」
向こうに火の魔法を使うヤツが居るとの事で、俺らの配置が少し変わる。
門が開いたら火球が飛んで来ることを前提にして、中央は重装備の兵士を厚めに配備して徹底防御。頭を出す弓隊は正面からの斉射ではなく両脇に。
俺とおっさんは盾持ちだけど軽装備なので右端の方に移動。
【ドゴッ!!!】
砦門に何かがブチ当たる。
「ありゃオークの打撃だ。オーガだったらあんなモンじゃねぇ。弓隊がどんだけコボルトすり減らしたか、分かればいいんだけどな。」
『正面!オーク1!ゴブリン2!コボルト……およそ25!コボルト弓隊は10程度まで減少!』
タイミングの良い監視塔からの状況報告に、おっさんがため息をつく。
「まぁ、何とかなるか。」
【ドゴッ!!!】
『魔法使い判明!オーク2体!ゴブリン2体!北東の方向400m!コボルト10体が護衛!』
「随分と遠くに居るじゃねぇか。それでさっき外したのか。魔術で応戦できないのがバレたら、一気に来るかもな。」
さっきからすげぇ喋るおっさん。気を遣って教えてくれてるのか。
「おっさん、詳しいなぁ。」
「慣れだ慣れ。単発で来るのは誰でも相手できるけど、何個もある部隊の戦闘になると指揮するヤツで変わるからな。」
「今、俺らの部隊を指揮してる隊長ってドコ?俺、挨拶すらしてないんですけど。」
「ホレ、向こうに居る。左翼の端。若いけど状況しっかり見てるわ。」
【バギッ!!!】
「そろそろ持たねぇな。来るぞ。後ろから来る矢に気を付けろ。射撃中は頭上げるなよ。」
門から入って来る奴らに、俺の威圧が通用するのか。
コボルト、ゴブリン、オーク。場合によってはオーガ。
もしも通用するなら門の入口で動きを止めて、弓矢の的に出来るかもしれない。
ウィルバートは、あの時俺だけに威圧を掛けて、レナートさんには掛けてなかった。
でも、意識が向いてない風呂場の二人には悪寒が走っていた。
今、とにかく気を付けないといけないのは、同じ部隊の人達に威圧を掛けてはいけない事。
騒がず、叫ばず、ただ門から入って来る奴だけに威圧を掛けながら、味方に対して意識を向けることを忘れない。
あ~、もう!3体で逃げてるコボルトの時に練習したかった!!!
いきなりぶっつけ本番でやるのは危険すぎるから―――
【ドガッドガッドガッ!!!】
明らかに音が変わった。門がこちら側に揺れ動いている。
「来るぞ!弓構え!目標オーク!」
隊長の号令と共に、背後で弓隊が弓を引き絞る。
【ドコーン!!!】
門が倒された瞬間、でっぷりとした巨体のシルエットが見えた。
そしてわらわらと入って来るコボルトの群れ。
「てッ!!!」
隊長の号令で巨体のシルエット目掛けて、一斉に矢が放たれる。
「倒れるまで打ち続けろ!!!」
柵を避けようとしているコボルトを流れ矢で何体か巻き添えにしながら、オークへの射撃は続けられる。
チラっと後ろを見ると、矢を渡す人と撃つ人の2人態勢のようだ。
以前、ドライグラース隊がマロンベアを退治する時にやっていた動きを思い出す。
……あ、そうか。持ちこたえていれば、レナートさん達が来てくれるんだ。よし、それまでしっかり励まなきゃな。
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