第74話 捕虜

【ヴゥオオオオオオ!!!】


 突入したいオークだけど、柵に阻まれるコボルトにイライラ。

 その間にも矢の嵐は止む事は無い。


「しつこいな豚野郎。さっさと石になれってな。」


「石?……あぁ、宝石ですか。凄い言い方しますね。」


「お、左翼方向でコボルト1体抜けたぞ。」


【グオオオ!!!キャン!!!】


 喉への一突きであっさり仕留めた隊長。強くない?


「怯むな!撃ちまくれ!」


 コッチの右翼方向に向かってこないのは何でだ?

 突破できる道筋が見えて、向こうに殺到しているからか?


 そんな中で、ついに正面を塞いでいたコボルトの群れが左に流れ始め、

 隙間を見つけたのか、矢だらけのオークが右方向に突っ込んで来る。


「左翼弓隊はコボルト、右翼弓隊はオークに射撃!柵を抜かせるなよ!」


 状況に合わせてしっかりと指示する隊長。

 そして自ら抜けて来たコボルトを次から次へと屠る。


「隊長、強いですね。」


「ああ、ここらじゃ隊長の腕っぷしが一番かもな。おっと、コッチはオークが抜けたらコボルトも大量に出ちまうぞ。おい弓ィ!オークは無理か?」


 おっさんがハッパをかける。


「うっせーな!アイツやたら固い!普通のヤツならもう逝ってるよ!」


「ああ!そうかい!……おまえさん、得物は杖だな。犬来たら頼むぞ。槍隊は豚野郎だ!そろそろ来ンぞ!」


「「「「「おお!」」」」」


 おっさんが右の精神的支柱っぽいな。

 ってか、犬とか豚野郎とか。すげぇ略称。


「……ブタ野郎め。」


 鞄からひょっこり上半身を出すナディア。


「ナディア!?今は出てきたらダメだって!」


「あぁ!?……妖精か!あんた、妖精を使役してんのか!?」


「まぁ、使役では無いんですが。」


「……主人が、お世話になっております。」


 そう言って深々とお辞儀をするナディア。


「主人ってか!これはたまげたな。戦場の妖精は勝利の証だぜ。いい嫁貰ったな!」


「……ブタ野郎が来るぞ。」


「マジか!?」


 ナディアがそう言った直後、尖った木の柵に下半身を酷く傷つけられながらも、ついに豚野郎が柵を乗り越えた。


【ヴゥオオオオオオ!!!】


「弓隊は身体の中心をしっかり狙え!盾隊正面、まずは初撃を受け流せ!最右翼は後方のコボルトに備えろ!」


 足を引きずりながらもこちらに突っ込んで来る豚野郎。

 その後ろから犬がよだれを垂らしながら柵を乗り越えようと、もがいている。


「豚野郎の初撃を流したら、俺は後ろのコボルトを相手にして来ていいですか?」


「ああ、でも数は多いからな。ヤバそうならすぐ戻って来いよ。」


「了解です。」


 その直後、開いた砦門正面から大きな火球が突っ込んで来る。


「火球に備えろ!!!行け!!!当たれ!!!豚に当たれ!!!」


 おっさんの叫びが結構ヒドイ。

 だけど祈りってのは通じるものなのか、僅かによろめいて正面方向に体勢を崩したオークの背中に火球がブチ当たる。


【ピギイイイィィィ!!!………】


 門の正面に近い盾隊の方向に前のめりに倒れて来る。

 そしてサラサラキラキラと風化していき、やや大き目な黄色い宝石がいくつか残される。


 しかしそんな物に目をくれている暇もなく、コッチ方向でもコボルトが柵を乗り越えようとしている。

 弓隊が何匹も柵を乗り越えるまでに仕留めていたが、ついに一匹抜けた。


【グオオオ!!!】


「よし来た!行きます!」


 弓の射線に入らないように右方向に離脱すると、俺の動きに気付いたコボルトが向かって来る。


【ガウガウガウガウガウ!!!】


 コッチに向かってくるコボルトの眼を見据える。そして見下すように……


「絶対石にしてやる。犬!」


 俺がコボルトに対して、犬って言った瞬間、コボルトの足が縺れるような感じになってドウっと転ぶ。

 起き上がらず、尻尾が完全に股の間に包まってガタガタと震えている。よっしゃ、成功したか。

 周りを見ても、何も起こっていない感じと思う。おっさんがめっちゃコッチ見てる。


「帰れ、犬!」


 身体がガッチリ固まって一歩も動けない状況っぽい。

 すっかり意気消沈して、頭を下げて上目づかいで耳を後ろにぺったりと付けている。

 犬が怯えている時のようだと思った。


「おい!あんた!何やってるんだ!さっさとトドメを刺せ!」


 おっさん兵士が叫んでいるけど、ちょっと聞きたい事があるから無視。

 俺はコボルトに近寄って、胸倉を掴み上げる。


『ひいいいいいい!!!』


「俺の声が聞こえるか?」


『ひっ……人間なのに……なんで!!!』


「この作戦は誰の命令でやってる?」


『隊長の……オークの命令で……』


「オーク?オーガは?」


『あれは……監視……見てるだけ……』


「このまま逃がしたとして、帰ったらどうなる?」


『殺される!嫌だ!帰りたくない!戦いたくない!』


 俺がコボルトを掴んで会話しているという奇妙な光景に、おっさん兵士が唖然とする。


「でもココに居たって殺されるだけだ。とりあえず捕まっておく?悪いようにはしないと思っているけど。」


 全力で頷きまくるコボルト。


「じゃあ、縄で縛り上げるから。あと、絶対に逃げるな。抵抗するな。わかった?」


 やはり全力で頷きまくるコボルト。

 そして、おっさんに声を掛ける。


「あの、縄持ってませんか?コイツ捕まえたんで、ちょっと持ち場を離れても大丈夫ですか?」


「いや、あるけどよ……おまえ……とんでもない事をしやがって……」


「俺、石にするの苦手なんです。コイツ、赤の騎士団に引き渡すんで、ちょっと縛って所長の所に連行しますね。」


「ああ……わかった……無理すんなよ……」


 あ、コボルトにちょっと聞いておきたい事があった。


「あのさ、さっき俺が睨み付けた時、どんな感じだった?」


『睨まれた時は、特に……何かを話しかけられた時、絶対殺されると思いました……』


「そっか、わかった。すみません、行ってきますね。」


 やり取りを見てポカーンとしているおっさんに一声かけて、持ち場を離れて所長の所へ行く。


 睨み付けるだけでの威圧は無理かもしれない。

 コボルトの話を信じるなら、相手が俺の言葉を理解できなくても、俺が相手に向かって恫喝めいた発言をすることで威圧できた。

 怒気を吐くって感じなのか?しっかりと試さなければいけないと心に誓った。




「きっ……君ッ!!!……それは……」


 所長の声が上擦っている。


「すみません、コボルトを捕まえたので、牢に入れて頂いてもよろしかったでしょうか?大人しくするよね?」


 俺の言葉に全力で首肯しまくるコボルトの姿を見て、絶句する所長。


「私が王妃守護隊の隊長と、赤の騎士と繋がりがある理由がこれでして……。このコボルト、もう二度と向こうに戻りたくないと言っていますので、王妃守護隊に預けようと思っているんです。よろしくお願いします。」


 ムムムと唸るものの、すぐに決断を下す所長。


「……わかった。この建物に地下牢がある。この裏口を出て左の扉を開けると地下に行ける。牢は全て空いているから、何処に入れてもいい。地下に降りてすぐの詰所に鍵がある。牢番号と鍵番号が合っているから、君が探してくれ。」


「無理を言ってすみません。牢に入れたらすぐに戦闘に戻ります。よし、行くよ。」


 ヒョコヒョコとついてくるコボルト。

 建物を出て地下に行く扉を開けると、自動的に階段の明かりが点いた。

 階段を降りて行くと、デコボコした石の床と石の壁の通路が見える。

 降りてすぐの所に詰所があったので、中に入って鍵を持って行く。


 牢の中は何処も同じ構造になっているけど、一番奥の部屋だけが少し広めになっていた。

 狭いより、少し広い方がいいかな。


「じゃ、ココに入ってて。念のため縄は、縛ったままにしておくから。薄暗いし、床が固いかもしれないけど、色々終わるまで待っててくれる?」


『いえ……向こうよりも……過ごしやすいです……』


「とりあえずナディア、ちょっと話し相手になってもらってもいいか?」


「……いいぞ。」


「ごめんな。じゃあ俺行くから。このニンフはすげぇ強いし、俺の大切なパートナーだから。間違っても攻撃しようとしないで。」


『はい……大丈夫です……』


 部屋と同じ番号の鍵を使って扉を閉めると、扉の鉄格子の隙間からナディアが出て来て、俺のほっぺにチュウをする。


「……ご武運を。」


 ヤル気MAX。


「おう!必ず戻って来るからね!」




 持ち場に戻ると、柵を越えられないオークに対してバンバン矢が刺さっている、壮絶な戦闘の最中だった。

 盾隊の前にはバラバラと宝石が散らばっている所を見ると、結構コボルトが抜けて来てたっぽい。


「すみません!戻りました!」


「オマエどうしたんだよ、あのコボルト!?」


「牢に入れておきました。妖精……ニンフが見張ってるから大丈夫です。」


「おい……喰われないのか?」


「あの子は俺よりも強いので大丈夫です。」


「それ、オマエが弱いって事……」


「それは否定できません。あの子、赤の剣士隊と王妃守護隊で修行してますから。」


「はぁ!?何だそれ。お、豚3体目が逝ったぞ。」


 世間話をしている間に、オークが弓隊によって仕留められた。


「かなりの矢を消費しているはずですけど、撃ち続けられてるんですね。」


「ココは武器庫が近いからな。補給はしっかり出来てるぞ。……入って来るコボルトが減って来たな。そろそろ打ち止めなら有り難いんだけどな。」


 おっさんがそう言った直後、門の向こうから叫び声と共に、ドドドと地響きが聞こえて来る。


「うわ、コレってコボルト軍団大暴れですか?」


「違う!騎馬の音だ!赤の騎士団か?到着が早過ぎないか!?」


 そして砦の向こうから聞こえて来たのは、聞き慣れたあの人の声。


「観測所内の諸君!赤の騎士団である!こちらが残敵を掃討するまでは防御を継続せよ!」


 レナートさん、本当に声が通るよなぁ~。


「オーガもオークも倒してくれるって事でしょうね。あ、ゴブリンもか。」


「恐らくな。いやぁ~、今回は数が多かったからヒヤヒヤしたぜ。」


「門は壊されましたけど、守り切りましたね。少なくとも、50体以上のコボルトが居たんですよね?」


「だなぁ。魔法をバンバン使われてたら危なかったかもしれないな。今回は弓隊がかなり敵を減らしてるから、殊勲賞は弓隊だな。」


 やや暫く経過した後で門から入って来たのは、赤の剣士隊と思われる装備を身に着けた人。


「妖魔の掃討は完了した!以降は観測所、所長の指示に従うように!」


 すると所長がえっちらおっちら監視塔に登っていく。


「速やかに被害状況の確認と設置物の撤収を開始するように!」


 あ、そうか。魔石マイク使って響かしてたのか。

 俺が前にアランブールの監視塔に登った時は、そんな物は無かったからなぁ。

 叫んでも無視される系の嫌がらせだったんだな。


「よーっしゃ、じゃぁ後片付けだ。さっさとやって終わらすぞ~」


「「「「「うーっす。」」」」」


 おっさんの号令で片付け開始。

 隊長は状況の確認と報告でバタバタしているようなので、隊長不在でも仕切れる存在って大きいんだよな。

 よし、さっさと片付けを終わらせて、レナートさんに事情を説明しないと。

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