第75話 怒られないかどうか心配

 地下牢に入っていくと、何やら笑い声が聞こえて来たので一安心。


「この声は……アキラさん、ナディアさんは大丈夫なのですか?」


「え?……あぁ、そうですよね。私には笑い声が聞こえていますので、大丈夫です。」


 そうか。レナートさんにしてみたら、ただコボルトがガウガウ言ってるだけにしか聞こえないよな。


「それならいいのですが……しかしアキラさん、思い切った事をなさいましたね。」


 批難している言葉ではなく、純粋にそう思ってくださればいいんだけど。


「相手はコボルトですけど、選択肢が無い所まで追い込んで要求を突きつけてます。少し……いや、かなり非道い事をしようとしているのは、承知しています。」


 たまに出現するのを待つぐらいなら、捕まえたコボルトで威圧をマスターしたいと思った。

 でもそれは動物を捕まえて実験するのと同じ事だとも思った。

 相手が妖魔とは言え、それが非難されるかもしれない。


 それに、コボルトにとってはいい迷惑だよな。

 もしかしたら、いっそ死んでしまいたいと思われるかもしれない。

 あの時に死んでいれば、こんな思いはしなくて済んだと思われるかもしれない。


「今回の件は、周囲が見ている中で行いましたので、尋問の後で討伐した事にしていただければ、非難は俺だけに集まると思います。全ては、俺が能力を得るための身勝手な行為ですから。」


「それほどのお覚悟で、能力を身に着けられようとなさっておられたのですね……ですが、妖魔を捕らえる事は時々ある事ですから、そこまでお気になさらず。」


「え?そうなんですか?」


「討伐の依頼を受注したものの、息の根を止めることが出来なかった場合や、紫の騎士団が任務として捕らえたりする場合などがあります。妖魔を捕虜にする事は、軍の上層部でも承知の事ですし、そこまで表向きにならないだけです。」


「周りの反応を見てたら、捕まえるなんてとんでもない!異常だ!みたいな感じだったのですが……」


「冒険者や一般兵は、妖魔を討伐すれば宝石や魔石を手に入れられますし、場合によっては褒章を授与されますから、わざわざ捕虜にするという考え方が、極めて少ないだけです。」


「そうですか……ちょっと安心しました。」


「それに、コボルトなどの下級妖魔は害を成すだけで利は無く、あくまでも討伐の対象です。仮に妖魔を暴力によって尋問したとしても、それで非難されるような事はございませんので、ご安心ください。」


「そうですか~。でも、出来る限り色々な事を配慮しながら行いたいと思います。何せ、会話出来ちゃうんで。」


 詰所の辺りでレナートさんと話し込んでいた所で、妖精ナディアが出て来て俺の肩にピョンと飛び乗る。


「……待たせすぎ。」


「ああ、ゴメン。ちょっと話してた。様子はどう?」


「……落ち着いてる。」


「ナディアさんの見立てでは、そのコボルトはどのような性格を持っていますか?」


「……いい子。」


「いい子か……ナディアがそう言うんだから、そうなんだろうな~。」


 牢に向かって歩き出す。さて、どんな様子かしらっと。

 鍵を開けて扉を開くと、体育座りポーズで俯いていた。

 戦闘中の攻撃性がすっかり抜け落ちてる。


「はい、お待たせ。こちらレナートさんね。」


『……』


 無言で顔を上げて、ぺこりと頭を下げるコボルト。

 コレ中に人が入ってるんじゃないか?モフる着ぐるみみたいな。


「アキラさん……コボルトに間違いは無いのですが……このような状況は初めてです。」


「どういう事ですか?」


「攻撃性を完全に喪失しています。いやこれは……どういう……」


 レナートさんが言葉を失う程の驚きっぷりの方がビックリです。


「前に泣かせた時も、こんな感じでした。普通の人と話してるような雰囲気ですよ。」


 気を取り直して、レナートさんが話し始める。


「私が以前見た捕虜のコボルトは、妖魔の攻撃性を持ったまま牢に繋がれ、牙を剥き出しにして吠えかかる、獰猛な姿でした。」


「確かに、俺に向かってきた時は殺すぞオーラが半端なかったんですけど、触れた途端に大人しくなりましたね。威圧の影響なのか、個体差があるんでしょうか。」


『……あの。』【……ガウゥ。】


「ん?どうした?」


『私は、いつも目の前の敵を倒す事だけ考えていました。殺されると感じた後、生まれて初めて気持ちが穏やかになりました。もう、戦うのは嫌です。』


「・・・だそうです。もしかしたら人獣と威圧のコンボだと、何かがあるのかも知れませんね。」


「となると、もう人や家畜などを襲うという事は無いのでしょうか?」


「・・・どう?」


 何度も頷くコボルト。


「いやこれは何とも不思議です。ここまで大人しい性格になるとは……」


「レナートさん。さっき俺が言ってた訓練なんですけれど、発見されにくい場所となりますと、今の所レナートさんの別荘しか思いつかなくて。もしよろしければ、訓練に使わせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、それは構いません。むしろアキラさんの状況が把握できる方が、私としては安心できます。」


「あぁ、良かった。ありがとうございます。」


「ですが、一つだけ条件がございます。」


 居住まいを正して聞く。


「はい。」


「万が一、このコボルトが本性を現した時は、確実に止めを刺して下さい。情けを掛け、アキラさんが傷つくような事にならないよう、お願いいたします。」


「わかりました。でも、そうならないように、しっかりと状況を確認しながら訓練を進めます。」


「承知いたしました。あと、訓練の後はどうされるおつもりですか?」


 訓練の場所よりも、むしろそっちの方が問題なんだよな。


「エレナさんに相談します。王妃守護隊で、何か役割を持たせることが出来ないか……無責任ですね。他人に押し付けようとしてます。後先考えず、行動してしまいました。」


「いや、何とかしてあげたいというお気持ちはお察しします。お力になりたいとは思いますが、こればかりは私にも判断し兼ねる所です。」


「すみません、レナートさん。こんな事に巻き込んでしまって。」


「いえ、巻き込んでいただいて光栄ですよ。今までに無い事です。私にお手伝い出来る事があれば、仰って下さい。」


 とりあえず色々な事は先送りにしてしまった。


「……どうする?」


「じゃあ、まずは帰って、二人に事情を説明しよう。レナートさん、ここに来て早々で本当に申し訳ないのですが、別荘に戻ってもいいでしょうか?」


「ええ、承知いたしました。では早速向かいましょう。」


 コボルトは、魔法使いが着ているようなダボダボ服で全身を隠す。

 今までコボルトの顔をしっかりと見た事は無かったけど、大人しい今の顔を見てると、すげぇ犬っぽい。

 犬種で言えばボーダーコリーのような感じ。鼻が少し長めで少し小柄。耳から目の周りの部分が黒くて、おでこから鼻に向かって白っぽい薄い色になってる。


 長めの鼻は、タオルを緩く巻いて隠す。

 よっしゃ、コレでとりあえずはオッケーかな。


「痛くない?」


『はい、痛くありません。』


「縄は念のため付けておく。着いたら外すから、それまでは我慢して。」


『はい。』


「ではレナートさん、よろしくお願いします。」




 来て早々だけど、観測所の所長に帰りのご挨拶。


「僅かな時間ではありましたが、大変お世話になりました。ありがとうございます。」


「ご苦労だった。で、そのローブが、さっきの?」


 コボルトに軽くビビっているように見える。

 所長は武闘派じゃないのかな。


「ええ。連れて行きますので、ご安心ください。」


 ホッとしたような雰囲気。


「所長、急な依頼であったにも拘らず、快く対応していただき感謝します。本日の戦闘記録について、この捕虜は赤の騎士団に引き渡したと記載するよう、お願いしたい。」


「承知いたしました。」


 敬礼を交わして外に出ると、色々と話をしてくれたおっさん兵士がやって来た。


「よう。もう帰るのか。」


「ええ、もう少し長居する予定だったんですけどね。色々とありがとうございました。」


「何、いいって事さ。面白いモンが見れたからな。」


 すると、レナートさんがおっさん兵士に話し掛ける。


「こんな所でお会いするとは……ご壮健で何よりです。」


 おっさんが敬礼で返す。


「侯爵閣下、しばらくです。いやぁ、まさかお会いするとは。」


 二人とも、見知った間柄のようだ。


「レナートさん、この人とお知り合いなんですか?」


「ええ、こちらは―――」


「侯爵、自己紹介は自分でしますさ。軍属のベルナールだ。デルバンクールで羊を飼い、今は出稼ぎさ。」


「アキラです。今さらな感じもしますが、今後ともよろしくです。」


「まぁ、犬の扱いに困ったら言ってくれ。牧羊犬の躾で鍛えてるからな。俺がビシっとやってやるぞ。じゃ、侯爵。サボってるのがバレたら隊長に怒られるんで。またいつか美味い羊肉でも食いに来てくださいよ。」


 そう言って互いに敬礼し、笑いながら戻って行く。


「あの人俺の隣に居たんですけど、余裕っていうか、何かこう……凄かったですね。犬とか豚野郎とか言ってました。」


「ははは、それは素晴らしい経験をなさいました。」


 まずはレナートさんが馬車に乗る。次にコボルトを馬車に乗せようとしたら、何やら戸惑っている。


「どうした?乗っていいよ。」


『私如きが……馬車に乗るなど……』


「どうしました?」


 レナートさんが聞いてくる。


「私如きが……馬車に乗るなど……って言ってるんです。歩いて来られても困るから。いいから、乗せてもらって。」


 コボルトを強引に馬車に押し込み、俺が最後に乗る。

 馬車は普通仕様で、王都で送り迎えして頂いた時の馬車に似ている。


『進発いたします!』


 デルバンクールの街を経由して、レナートさんの別荘まで。

 およそ4時間程度の帰宅路を進んでいく。




 朝出て、夜に帰って来る。通常の日勤状態でした。

 別荘に戻って来たのは、午後7時頃。丁度、夕食のお時間ですね。


 門の前で、アルフレードさんとジュリエッタさんがお出迎え。

 双獅子ちゃんも待機していた。


「お帰りなさいませ。夕食の支度が出来ております。それと、皆様には事情を説明してございます。」


「わかった。では、参りましょうか。」


 俺が降りると、双獅子ちゃんがすっ飛んで来る……と思ったんだけど、来ない。

 そしてコボルトが馬車を降りると、双獅子ちゃんの気配が明らかに変わった。


『ひっ!』


 あー、やっぱりそうか。念のための配備か。


「双獅子ちゃん、大丈夫だから。」


 そう言いながらモフりに行く。


『アキラに何かあったら、俺がオマエを食い殺してやるからな。』


 うはぁ……怖ぇ……いつもの双獅子ちゃんじゃない……。

 するとジュリエッタさんが。


「アキラ様、万が一に備えさえて頂きます事を、ご承知おきください。」


「はっ……はい……っ!」


「……いい子なんだぞ。」


 妖精ナディアが双獅子ちゃんに飛び乗って、鬣をモフる。


『ニンフ……俺ァ……心配でよ……』


「……大丈夫だぞ。」


『そこまで言うなら……だが……用心は忘れねぇ……』


 双獅子ちゃん問題は解決したっぽい。若干、圧が弱まった気がする。

 コボルトを見ると、尋常じゃないぐらいの震えでガクガクしている。


「大丈夫だから。まぁ、ね。入ろうか。」


 アルフレードさんが玄関の扉を開けると、エレナさんが仁王立ちしていた。


「アキラ!!!説明!!!」


「はい……」


 今度は俺が震える番だよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る