第71話 宴

「ううう、久しぶりに会うから緊張するな……あんな事の後だし……」


 そんな俺のヘタレ発言。だってさーもー。


「だって、しょうがないじゃない。終わった事を言っても意味がないのよ。さっさと歩きなさいよ。」


 そう言いながら俺の右手を引いて先導するのはエレナさん。


「そうですよ、アキラさん。それに、向こうの者も到着を待ちかねておりますよ。」


 文字通り俺の背中を押すのは、赤の騎士こと完璧超人のレナートさん。


「そうは言われましてもねぇ……誰が来てるのか、せめて教えてくれても……」


「それは、中に入ってのお楽しみです♪」


「ナディア……お前、俺が居ない間に随分と周りに毒されたんじゃない?」


 左腕を組んで、連行に積極的に関わっているナディア。うん、幸せ。


「レナートさん、ジャムカ達とは敢えて別々に宴席を用意されたんですね。」


「お気づきになられましたか?」


「まぁ、何となく。バルさん絡みですね?」


「はい。彼らとは情報共有をしておりますので、明日にでも改めてお話をさせて下さいね。」


 二階の大広間の前。

 実は殆ど人が居なくて、せいぜいドライグラース隊の4人と、杖のベルク教官ぐらいとか?


【バーン!】


 エレナさんが勢いよく扉を開け放つ。

 中に入ると、明らかに部屋のサイズがおかしなことになっている。一般的な体育館程の広さと高さ。

 何人居るんだか全然把握できない程の人数。下手したら1000人は超えてるんじゃないか。


 またか。またしても空間を捻じ曲げたひみつ道具の仕業か。


「「「「アキラさん!!!!」」」」


 めっちゃデカい声で人混みから出て来たのは、予想通り赤の剣士隊でドライグラース隊の4人。

 コンラートさん、フェルミンさん、クラウディオさん、ユベールさん。


「「「「しゃーっす!!!!」」」」


 あれ?何この既視感。

 でっかい声を張り上げながら、真っ赤な顔で頭を下げて来る。五体投地せんばかりの勢い。


「みなさん、その節は……」


 するとクラウディオさんが涙目で俺の手をめっちゃ強く握る。


「いやもうホントに……帰って来てもらえて……嬉しいっす……」


 熱いクラウディオさんの背中をポンと叩き、フェルミンさんが俺に笑顔で話しかけてくる。


「アキラさん、今日は無礼講との事ですよ。」


 そしてスッ……と杖を出してくるクラウディオさん。


「この空間の壁、壊れないんですよ。どんだけやっても。」


「………………ストレス発散し放題………」


 不穏な事をいうユベールさん。てかあんたら俺を何だと思ってるん?

 杖を謹んで遠慮しながら周りを見ると、何処かで見かけたことがある人達。

 軍服じゃないからわからなかったけど、赤の剣士隊の人達がたくさんいる。ぺこりと頭を下げる。


「では私が先導いたしますので、一回りしましょうか。」


 さすが気の利くレナートさん。

 男泣きのコンラートさんを慰めるドライグラース隊と別れて、会場内を歩く。


「本日は、赤、青、緑三軍の合同慰労会という名目となっています。」


「はえー、それにしても随分とまぁ……集まりましたね。」


「たまには、息抜きも大事です。彼らはこれから、稀に見る過酷な任務が待っています。」


「……あぁ、あれですか?」


「はい。いよいよ任務開始となります。」


 メルマナとの争いが本格化する事。

 今ここでその話は無粋なんだろうと思って、詳しくは話さない事にした。


 何やら華やかな音楽が流れている方に行くと、軽快なリズムに乗って歌って踊る人達が。

 その奥にはテーブル席があり、何人かが座って話をしている。


「おーい!コッチだ!」


 満開の笑顔で呼んでくれたのは、超絶ワイルド系ダンディな海のイケメン。青の騎士クリーゼル中将。

 そして。


「アキラくん、久しぶりだね。ちょっと太った?」


 そう言いながら笑顔で握手を求めてくれるのは、飄々とした雰囲気だけど死ぬほど仕事のデキる男、白の騎士エミールさん。


「何分不摂生なもので……皆さん本当にご無沙汰いたしております。その節は……」


「ああ、アレだろ?無茶振りされたんだな?これでアキラもアイツ被害者の会員だ。胸を張っていいぞ。」


 クリーゼル中将が俺の背中をバンバン叩きながら笑ってる。もうホント、惚れるわこの人。

 その中で、お会いしたことが無い方がお二人。


「アキラさん、この二人を紹介させてください。」


 席を立つ二人。俺の身長を遥かに超える屈強な男性と、俺と同じくらいの身長の、黒髪ポニテの美女。


「まずは、緑の騎士団のヴェルデ中将です。」


 レナートさんに紹介していただいた方は、やや薄い茶色の癖っ毛をツーブロックにして上の方で縛っていて。

 何だろう、野獣とか何とかの雰囲気でメッチャ怖そう。ちょっと固くなってしまう俺に、思いの外柔らかい口調と声で話しかけてくれる。


「まぁ、こんな見た目だからね。シルヴィオ・ヴェルデだ。緑の騎士を拝命している。」


「よっ……よろしくお願いいたします!アキラと申します!」


 緊張している俺を横からツンツンしてくるのは、エレナさん。


「今、怖がったでしょ。」


 図星ですが。


「いや?そんな事、ないよ?」


 するとナディア。


「優しさと厳しさを兼ね備えたお方ですよ。私もエレナ様も、ヴェルデ中将には山岳訓練の際に大変お世話になりました。」


「山岳訓練……そんな事もやってたの?」


「そうよ。あんたの居ない間に、かなり色々と訓練して来たんだから。今の私達は強いわよ~!」


「そっ、そうなの?」


 ナディアを見ると、手をバタバタさせて顔を赤くしている。かわいい。


「そう、ナディアは強い。心が強い。あなたの噂は兼ねがね聞いている。」


 そう言って会話に入って来たのは、もう一人のお方。

 すかさずレナートさんが紹介に入る。


「こちらはヴェルミオン少将です。軍の特殊部隊を率いておられます。」


 特殊部隊。確か、潜入とか工作を専門にやってるんだっけ。こんな人が率いてるんだな。

 こちらの世界では会ったことが無いタイプの女性かもしれない。何と言うか、こう、ピシッとしている感じ。

 自然と背筋が伸びてしまう。


「アキラと申します。よろしくお願いいたします。」


「ははは、さすがのアキラくんもサラの前ではそうなるか。」


 そう笑うのはエミールさん。


「ちょっとシャキっとしておかないといけないのかなって。てかエミールさん、さすがのってどういう事です?」


「いや、そう固くなる事は無い。本日は業務では無いからな。朱の騎士を拝命しているサラ・ヴェルミオンだ。そうか、君が二人の―――」


「サラ!今日はレイラは!?」


 強引にカットインしてくるエレナさん。あのね、そんなね、わかりやすいリアクションを取るのはダメよ?

 ホラ、そこの青と白と緑のおっさん3人がニヤニヤしてるから。


「ああ、レイラは現場の指揮だ。近いからな、色々と。アキラ、君には期待しているぞ。」


「はいっ!ご期待に応えられるよう、励みます!」


 ニヤリと笑って着席するサラさん。カッコいいっすねぇ……。


「じゃあ一周りしたらまた来いよ?」


 クリーゼル中将に言われ、一礼してその場を離れる。


「アキラはサラみたいな人がタイプなんだ。」


 ツンとした口調で喋り出すエレナさん。


「話しただけでそう言われるのはなぁ……今まであった事のないタイプだなと思っただけだよ。」


「あっそうふーん。」


 ナディアの腕を組んで早足で歩き出すエレナさん。ナディアが困った顔をして笑っている。

 軽く放っておこう。


 ステージ横の辺りの壁際で、10人くらい固まってるのが見える。

 あ、コッチを見てる。あれは……


「アキラ~!!!」


 おお!初心者訓練の!あの、名前が思い出せない………………………………チェリオ!


「今、絶対忘れてただろ。」


「そんなこと無いよ~。チェリー君だよね。」


「オマエふざけんなよ?いやぁ……久しぶり。あれで地元に強制送還だったもんな。もう大丈夫なのか?」


 ああ、そういう事になってるのね。


「おう、すっかり復調したよ。何かゴメンな。色々と。どうやってここに来たんだ?」


「俺らは、エセルバートと一緒に来たんだよ。」


「おお!エセルバート!彼こそ大丈夫だったのか?」


「大丈夫だよ、アキラ。」


 すると横から、めっちゃ豪華な身なりのエセルバートと、婚約者のマルガレータさんが現れる。

 エセルバートと、がっしりと握手する。


「あの時は互いに大変だったな。アキラは?」


「ああ、もうすっかり良くなったさ。まさかこんな所で会えるとは思わなかったよ。それにしても……豪華な衣装だな……」


 俺の言葉に失笑するエセルバート。


「まぁ、非公式だけど晴れの舞台だからな。」


「晴れの舞台?」


「ああ、俺、マルガレータと結婚するんだ。その報告をする事になったんだ。」


「マジか!そうか、良かったな……おめでとう!」


 照れ臭そうに頭をかくエセルバート。


「あの時の事が無かったら、決断はもう少し先になっていたかもしれない。それに、マルガレータの支えが無ければ俺は、ダメになっていた。」


 マルガレータさんがそっとエセルバートの腕を組み、見つめ合う。

 うんうん、いいねぇ。おじさん泣けてきちゃう。


「そうか、雨降って地固まるってヤツだよ。良かった。素晴らしい事だよ。」


「それは父にも言われたよ。」


「ははは、俺も伊達に歳は食ってないからな。」


 和やかに話をして居ると、ファンファーレが鳴る。


「お、マズいマズい。そろそろ行かないと。じゃあ、これから報告があるから。しっかり見ててくれよ?」


「おう、緊張して噛むなよ?」


「ははは、俺は何も話さなくてもいいんだよ。マルガレータ、行こうか。」


 俺と目を合わせて、一礼をするマルガレータさん。


「アキラさん、私も少し席を外させていただきますね。」


 レナートさんがそう言って、ステージの方に向かっていく。

 入れ替わりでエレナさんとナディアがコッチに戻って来る。

 相変わらずツーンとした感じのエレナさん。ほんのり顔が赤い。飲んだな。


 ステージに登壇するエセルバート、マルガレータさんが後に続く。その後ろを数歩下がって、赤、白、青、朱、緑の騎士が後に続く。

 エセルバートとマルガレータさんが前に出て二人で並び、騎士はその後ろに整列している。


 最後に、前に治療院の地下で会った銀の騎士が登壇する。

 凄いな……貴族の結婚報告って、こんなに大層な事になるの?


「アキラ、しっかり見ておきなさい。」


 お、ツンモードを解消かな?


「これも、あの時の流れの一つよ。」


「あの時?」


 銀の騎士が魔石を通して会場内に居る全員に話しかける。


「銀の騎士を拝命しているアクセル・シルヴェル・パルムクランツである。」


 会場内の全員がザザザザっと敬礼する。

 飲んだくれていた人たちも姿勢を崩さない。さすがだ。


「本日は非公式ではあるが皆に報告がある。楽な姿勢で聞くがいい。」


 バババっと『休め』の姿勢を取る。それが楽な姿勢なのか。


「この度、オルグレン侯爵アルフレッド長男エセルバートと、グライスナー侯爵ロードリック長女マルガレータの婚姻が決定した。」


 おお~!とざわめく。ってか、二人ともめっちゃいい家柄でしょ……。


「この婚姻に合わせエセルバートは立太子の儀を執り行う。」


 おおおっ!とざわめく。りったいし?


「エセルバートはエルバートと改名し、エルバート王太子となる。」


 おおおおっ!とざわめく。おうたいし?


「そして、赤の騎士団及び赤の剣士隊の総指揮を国王ウィルバート陛下より委譲、エルバート王太子が総指揮を執るものとする。」


 エセルバートが一歩前に出る。


「総員、敬礼!」


 魔石を通さないにも関わらず、レナートさんの途轍もない大きな声が、会場に響き渡る。


 会場に居る全ての人が、エセルバートに対して敬礼する。勿論俺も、エレナさんも、ナディアも。

 それに対して答礼で答え、壇上から下りるエセルバート達。


 敬礼が終わった後で、会場は唸るような熱気と歓声に溢れている。そこかしこで乾杯の声が聞こえる。

 そして、何故か真っ先に俺の所に向かって来るエセルバート。俺と握手をするなり。


「アキラ、やっと言える。父から色々聞いたぞ。色々と迷惑を掛けているようで心苦しいよ。詫びを言わせてくれ。」


「いやおまえ、父って、オルグレン侯爵って人?あ、おまえって言ったらマズいな。」


「呼び方なんて気にするな。オルグレン侯爵家は、代々王家の教育家だ。一度、外で経験を積んでから戻すのがフラムロス王家の教育方針なんだよ。」


「ああ、そうか、そう言う事か。そこまで聞いたらさすがにわかるわ。お前の両親はあの人たちか。」


「ああ。だからそこに居るエレナは、言わば妹のようなものだな。」


「まぁそうね。発生源としては共通だから、それはそれで間違いではないわね。」


 発生源て。この子ったら王妃様に対して何たる不敬な物言いで。

 そして顔を近づけてきて、小声で話し出す。


(そして別室に居る彼が、俺の兄だな。)


(ちょっ!おまえ……知ってたのか?)


(ああ、そりゃな。でも彼はこの事を知らない。それでいいんだ。だからアキラ、兄を頼むぞ。)


(頼むって、お前それは……)


(俺は直接、お前と接して来た。お前の事は信用できると思っている。それにリンツからも色々と聞いてるよ。)


(あのクソガキか……何て言ってた?)


(物凄いバカだけど信じてみてもいいよって。彼なりの最大級の誉め言葉だろ。)


(今度アイツ折檻しといてやるからな。いいだろ?)


(出来るもんならやってみてくれよ。無理だろ。)


「ちょっと、何をコソコソ話してんの。ホラ未来の王太子、奥様をほったらかしにしないの。」


 エレナさんに促されて、マルガレータさんが入って来る。

 美男・美女。エセルバートくんは、どちらかと言えばお母さん似なのかな。


「二人とも、本当にお似合いのカップルだよ。」


「アキラ……カップルって……いちいちオヤジ臭いよ……」


 エレナさんに突っ込まれるけど気にしないのです。

 二人が腕を組んで出口の方に進んでいくと、赤の剣士隊の皆さんがめっちゃ祝福してる。

 まぁ、あの二人は誰よりも一生懸命取り組んでいたからね。

 そんなこんなで俺の帰還なんかよりも、もっとビッグな話題が会場を占めたところでこの場はお開き。


 ちなみにチェリオはエセルバートに一本釣りされて、何と王太子直属の近衛部隊に入隊するらしい。

 マルガレータさんと親しくしていた、ジュリエッタさんに弓を習っていたシテンナさんに、侍女として来てもらいたいと声を掛けたらしいけど、既にスウェイン公国のお姫様、公女の侍女として働き始めていたので、残念ながら願いは果たせなかったようだ。


 騎士、隊員の皆さんが撤収した後でジャムカ達も撤収し、俺、レナートさん、エレナさん、ナディア、アルフレードさん、ジュリエッタさんの6人でリビングに居る。


 アルフレードさんとジュリエッタさんにも座ってもらいたいんだけど、頑なに背後で直立。もう。


「エミール達も一泊したかったようですが、仕事の関係で止む無く帰ってしまいましたからね。」


「まぁ、いいんじゃない?何だかんだで一番落ち着くメンバーよ。」


「そうですね。私も、久しぶりで……嬉しいです……」


 はい。俺も嬉しいです。そして落ち着きます。

 今更ながら、帰って来たんだなぁと実感する。


「本日は、こちらでお休みになられますか?それとも、流音亭に戻られますか?」


「アミュさんからは、泊まっておいでよ~と言われてしまいましたので、今日はこちらに泊まらせていただきたいと思っています。大丈夫でしょうか?」


「勿論です。お部屋は、何部屋ご用意させましょうか?」


「3部屋かな?」


「2部屋でいいわよ。ね?ナディア。」


「はい、勿論です。」


 3人が別々の部屋になるか、俺と女性2人で別々になるか、どちらかですよ。

 いやらしいを考えてはいない。

 するとアルフレードさん。


「承知いたしました。それではお風呂の用意が整っております。男性、女性と別れておりますので、どうぞご利用ください。お召し替えの服は、ご入浴中に用意させていただきますので、お召し物は脱衣籠に入れておいていただきたく存じます。」


 素晴らしい待遇。さすがはホテル王……。


「じゃ、お風呂いただきまーす!ナディア、行こ?」


「はい!」


「じゃあ、ごゆっくり~俺はもうちょっとだけ休んでから行きますね。」


「あら、覗いたら比喩でも何でもなく殺すからね。」


「覗きませんて……」


 きゃいきゃい言いながらお風呂へ行く二人。

 二人を見送って、深くソファーに腰掛けてため息をついてしまう。


「お疲れのご様子ですが、何か気になる事でも?」


 俺もバレバレな残り方はしたけど、察して下さるなぁ。

 それをわかっててエレナさんもナディアも気を遣ってくれたんだよな。


「まぁ、次はどうなるのかなと思いましてね。」

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