第107話 何方此方
~~~
電話よろしく
圭
~~~
「圭叔父さん!?」
思わず口走る。
日本語で書かれていたのはともかく、差出人の名前が予想の斜め上を全力で突っ切ってきた。思い当たる『圭』は一人しかいない。楠木 圭。叔父だ。
「え、何!?どういう事!?」
目がチカチカして足が震えてきた。血の気が引いて重力に耐えられなくなり、フラリと座り込む。たった6文字のメッセージを何度も、何度も読み返していると内扉が開き、エレナさんとナディアが談笑しながら玄関ホールに入ってきた。
「ほらナディア、やっぱりアキラ居たじゃない。鍵掛かってなかったから……何変な顔してんの?」
確かにメモを見てグラグラしてるけど変な顔とは。
「エレナ様、変な顔ではないです……」
ナディアがすかさずフォロー。ありがとうございます。
「ですが顔色が優れないような……どうされたんですか……?」
「あのね、二人はコレどう思う?ってか、読める?」
二人にメモを渡すとエレナさんは眉間に皺を寄せて、ナディアは少し困ったように答える。
「五円の次はメモ?まぁ読めるけど、どう思うも何も胡散臭い」
「そうですね……私も読むことは出来ますが、これだけでは何とも……」
「あと、下に書いてる土が二つのコレは何?記号?固有名詞?」
「あぁ、名前の場合はちゃんと翻訳されないのか。たぶん楠木 圭って人の名前で、俺の叔父。父の弟。エレナさんが俺の実家で会った、従妹の梢ちゃんと晶ちゃんの父親」
それを聞いたナディアがピンと来たようだ。
「もしかして、お母様が仰っていた方ですか?」
「そうそう。向こうの世界のアムデリアって国に居るはずの―――」
「アムデリア!?」
やや食い気味にエレナさんが反応。直後うーんと唸る。
「……あのね、昨日の帰り掛けなんだけどさ。『アキラにアムデリアから接触は無かったか?』ってウィルバートに聞かれたのよ」
「えー何それ。タイミング良すぎない?」
「その時は特に無いと答えたんだけど……」
「そうなの?そしたら叔父さんが居るアムデリアって……コッチの世界の話?なのに電話しろってどういう事なんだ?全然わかんない」
「私だって分からないわよ。そもそもフラムロスとアムデリアは国交断絶状態なんだからさ」
「国交断絶?そうなんですか?」
「ちょっと……メルマナの鏡の間で聞いたでしょ。覚えてないの?」
「そういえば、そんな事を聞いてた気がする……コッテリ忘れてました」
俺とエレナさんがメモを見ながらあーだこーだ言っていると、ナディアが私見を提示してくれる。
「お爺様のお部屋で見た手紙を思い出しませんか?扉を超えて見せろ、そんなメッセージを、圭と仰る方には残しておられましたよね」
「あぁ、うん。そうだね。そんな事書いてたね。だけど俺と従弟には好きな物を持って行けってアレだ」
「叔父様はそれを既に成し遂げていて、こちらと向こうの転移を自由に行えるほどの技量を持ち合わせている。という可能性は無いでしょうか?」
「えー!いくら何でもそれは……いや、無いとは言えないか。むしろ有り得る。何だっけ、遺志を継げ的な」
俺とナディアが互いに納得し合うのを前に、イマイチ要領を得ないエレナさん。
「それは何の話?」
「王都に来る直前に、俺の爺ちゃんのカメラで向こうに転移した話をしたじゃないですか。その時に見た爺ちゃんからの手紙の内容ですよ。えーと、何だっけ」
「私、覚えています」
ナディアが手紙の内容をエレナさんにお知らせする。一字一句違わず、完璧に覚えているらしい。さすがです。
俺はざっくりしか覚えてないけど、大筋で覚えてたから問題ナシ。
「なるほどね。アムデリアは主に朱の騎士団が調査を管轄してたから、私は詳しくはわからないけど……騎士団を統括してるのはウィルバートだから、全てを承知していて、あえてアキラにメモが届くように泳がせたのかもしれない」
「あぁ、そう言う事やりそう。だとしたら、さっさとメモ来たって教えた方が身のためって事か」
「いや、それは私の憶測よ?」
「ウィルバートがアクションを起こしたなら、間違い無いんじゃないかな。ホラ、あの人せっかちだから『隠し事してんじゃねぇぞ!』って来られたら困るし」
エレナさんが腕時計に目をやる。
「あ、ヤバい。もう行かないと。そしたらどうする?今日私が登城したら、ウィルバートにメモの事は伝えておこうか?」
「それは俺から報告した方が良くないです?」
「忘れてるかもしれないけど、ウィルバート国王陛下は今日の今日で会える相手じゃないのよ。私だったら仕事の報告ついでに言えるし」
「まぁ、そりゃそうですよね。それではお手数掛けてすみませんが、よろしくお願いします」
「わかったわ。じゃ、今日はずっと家に引きこもって、私達が帰って来るまで誰とも接触しないように。いいわね?」
「はい、承知しました。」
鼻息荒げて詰め寄るエレナさんの勢いに軽く呑まれ、両手を上げて承知する。
「それでは、ナージャのお迎えも私達が帰って来てから行きますので、今日は体を休めていてくださいね」
「うん、ありがとう。じゃぁナディア、エレナさん、お仕事頑張ってね」
「はい、それでは行って参りますね。」
「出るんじゃないわよ?絶対に勝手に動かないでよ?フリじゃないからね!?じゃぁ行って来ます!」
「はい!じゃぁ二人とも、今日も元気に行ってらっしゃい!!!」
わかってんのかコイツと言わんばかりに溜息をつくエレナさんが軽く手を振り、満面の笑みのナディアと一緒に玄関を出て行く。
じゃ、俺は言われた通り引きこもりますかね。
最近は玄関までの強制登山にも慣れてきて、軽く汗をかく程度になってきた。
降って湧いた完全オフ。せっかくなんで朝の露天風呂を満喫しちゃって、Tシャツに短パンというラフなスタイルで過ごすことにした。麦茶飲んで、ソファーに寝っ転がって一息つく。
それにしてもなぁ……圭叔父さんか……。
あの人の印象って、すげぇ穏やかで人当たり良くって子煩悩で、親族の集まりの時でも率先して家の事をやってて、どんな無茶振りにも笑顔で対応して実行する、コミュニケーション能力のカタマリみたいな人。父とは真逆の性格の人。
その叔父さんがフラムロスじゃなくて、何で敵対してるアムデリアに居るんだか。
爺ちゃん関連のツテで転移してるなら、間違いなく紫の騎士団としてフラムロス一択なんだろうけど、アーレイスクから叔父さんの話は一切聞いてなかったから、そのルートじゃないんだよな。
て事は、ナディアが言ってたように自分の力でコッチに来たって事なのかなぁ。
そもそも何しに来たんだ?いや、電話しろって書いてあるから、こっちには居ないのかも。
何らかの方法でメッセージを届ける方法を取得して、小さな物体だけは転移させられるようになって、メモと五円玉を送り込んだと。
メモに具体的に伝えたい事を書けば済むのに、回りくどい事するよなぁ。
それか、具体的に内容を書いて見られたらヤバいから?
それでコッチの人達には読めない日本語で書いたのかもしれん。なら日本語で文章書いたらそれでいいって事になるし。
う~~~ん、わからん。
俺が何を求められてるかなんて、そんな事は相手に聞かなきゃわからん。
全知全能の完璧超人じゃないんだから、こんなメモだけで事情を察して最適解を導き出して行動するなんて、そんな器用な事は俺にはできないっす。
ま、今考えたってしょうがない。ウィルバートの対応次第で、どうするかを考えようかね。
「……ただいま帰りました~」
……おっと、ナディア帰ってきた。いつの間にかうたた寝しちゃってたのか。
ソファーから起き上がりざまに窓を見ると、紫がかったオレンジ色の空になっていた。うっそ。
慌てて時計を見ると夕方の6時。半日以上寝てたのかと思いながらお出迎えに玄関へ。
「おかえり~いや、すっかり寝コケちゃって……どういう事?」
「早い方がいいからな」
そう言ってニヤリと笑うのはウィルバート国王陛下。
その後ろに立つエレナさんとナディアが困ったような表情で俺を見ている。
「陛下は今日の今日で謁見できないお相手と伺っておりますが?」
「優先順位ってモンがあるからな。詳しく聞かせろ」
「詳しくってもなぁ……いえ、承知しました。どうぞお入りください」
「おう」
来客用のスリッパ的な内履きをお出しすると、足早にリビングに入っていくウィルバート。
とりあえずエレナさんに事情を聴く。
「あの、どーゆーことに?」
「今ウィルバートが言ってた通り。何かゴメンね、急で」
「いえ、早く話ができるから、むしろ良かったです」
玄関を見るとナージャの靴は揃えて置いてあるので、さっさと部屋に戻ったんだろうな。
あれ?ルカは?
「ルカは一緒じゃないんですか?今日は夜勤じゃなかったはずだけど」
エレナさんが玄関扉を指さす。
門番のように玄関先でビシっと直立している人の姿が、玄関扉の摺りガラス越しにうっすらと見える。
「何もそこまでしなくていいのに……」
「ルカが自発的にやってくれている事だから、後で労ってあげて」
リビングに戻ると、仁王立ちで大開口窓から夕陽を眺めるウィルバート。
ヤバい、お茶の準備しなきゃ!と思ったら、ナディアが(私はお茶の準備をしますね)と耳打ちしてキッチンへ。助かります。
「やっぱりココに建てて正解だったな。どうだ、最高の眺めだろう?」
振り向きざまにドヤってるけど逆光で顔が見えない。
「はい、見事な景色です。夕陽もいいですけど、夜明けの雲海も幻想的でいいですよね」
「アレな。随分と早起きしてるじゃねぇか」
「習慣ですから」
ナディアがキッチンでの準備を終えて、テキパキとテーブルセッティング。
ウィルバートがソファーに腰掛けたので、俺とエレナさんは対面に。
片手にティーポット、もう片手に茶漉しを持って紅茶を注ぎ入れるナディア。もしかして、お茶の注ぎ方マナーとかも叩き込まれてる?
「失礼いたします」
「おう。前に一度、ナディアが淹れた茶を飲んだんだけどよ、美味いんだこれが」
「恐れ入ります」
なぬっ!?
「え、ちょっと。それは王太子妃付き侍女の仕事なの?」
「別にナディアに対して茶を淹れろーって命令した訳じゃねぇから。な?」
「はい。侍女長から給仕のお手伝いを命じられまして、その際に」
「あ、そういう事ね。ははは……」
熱々のお紅茶をひと啜りして喉の渇きを潤す。うん、やっぱり美味しいな。
「さて、一息ついたところで聞かせてもらおうか」
「早速ですね。えーと、どこから話せばいいものか……」
「思い当たる所から全て話せ」
「……では、きっかけと思われる所……俺が冒険者ギルドに言った初日の話から」
屋台の話。
冒険者ギルドでひと騒動あった話。
酔っ払いのおっちゃんの話。
五円玉の話。
メモの話。
事実を出来るだけ簡潔に、感想を排除しながら状況を説明していく。
「で、コレがメモの実物です」
テーブルにメモを置く。
ウィルバートが手に取って眺めると、すぐに折り畳んでテーブルに置いた。
まぁ、パッと見で読み終わるからな。
「状況は分かった。では質問だ。お前はこの差出人に心当たりはあるか?」
「俺が考えている人であれば、楠木 圭。俺の叔父です。向こうで聞いた話では、今はアムデリアという国に居るという事でした」
「そうか」
うーん、知ってんだか知らんのか。イマイチ反応が薄いなぁ。
「では」
突然ウィルバートが射貫くような視線を俺に向ける。尋常じゃない圧迫感。
「お前はコレを見て何をしたいと考えた?」
眉間に深々と皺を寄せちゃってさぁ……おかしな事を言い出したら、ぶちころがすぞ的な?もしかしたら威圧を掛けてるのかもしれないけど、前に喰らったような心臓を握り潰されそうになるようなものじゃないので、あんたのその顔が怖えーんだよ!などと心の中で悪態をつく程度の余裕がある。
でも、俺の意見を聞いて来るとは思ってなかった。あーしろこーしろと命令が飛んでくるモンだと思ってた。でもそれって完全に指示待ちくんの思考モードだよな……危ない危ない。せっかく話す機会をセッティングしてもらったんだし、思っている事は言うだけ言っておかないと。
「まずは、状況を知りたいと考えました」
「状況?」
「ええ、状況です。叔父が居るアムデリアはこちらの世界の事か、それとも向こうの世界の事か。そもそも根本的な所じゃないですか。こちらと向こうでは出来る事が全然違いますから」
・
・
・
ウィルバートと視線を合わせたまま、やや長めの沈黙。
「仮に」
ウィルバートが口を開いた。
「こちらの世界に居る確証を得たらどうする?」
「アムデリアとフラムロスは国交が途絶した状態にあると聞いています。そういった関係に配慮した上で、叔父に連絡を取る許可を頂きたいと思います」
「そんな許可、俺が出せるとでも思っているのか?」
「正式な国交や許可が無くても、民間レベルの交流や貿易はありますよね。現に、アムデリア産の海産物はフラムロスでも流通していますし、今回のメモはそういった貿易の隙間で届けられていると判断しました。向こうからこちらに来ているという事は、こちらから向こうに届ける事も可能と考えますので、そういった暗黙のルールに則って連絡を取らせていただければと思います。まぁ許可と言うか、そのルートを教えていただければ、俺の方で交渉をさせていただきたいなと思いまして」
俺が話し終えると、ウィルバートの圧が少し弱まった気がする。
「多少は考えているようだな」
「恐れ入ります」
「何が恐れ入るだよ。では、向こうの世界に居る場合はどうするつもりだ?」
「転移させていただきたいと思います。向こうで叔父と連絡を取りたい。わざわざ世界を跨いでメモを送って来たという事は、余程の事情があると思うので。その話を聞いた上で、またフラムロスに戻って来たいと思います」
「随分と都合がいいな。お前はこのフラムロスで生きて行くと決めたんじゃなかったのか?生まれ故郷を捨てて」
随分とトゲのある言い方だな。
でもケンカを吹っかける理由は無いと思うから、何を試してるのか。
「捨てるとは申しておりません。年に一度、お盆には帰省させていただきたいと申し上げ、前向きに検討すると仰って頂きました」
「そうだ、前向きに検討だ」
「俺の家族を……ここに居る全員を連れて里帰りしたいと」
「全員だと?それは聞いてねぇぞ」
「前向きに検討すると仰って頂きました」
「この野郎、俺が覚えてないとでも言いたいのか?」
「いえ、俺との会話は全て記憶されていると思います。一字一句違わず」
そしてまた良くわからないにらみ合い。この時点で圧は完全に無くなっていた。
すると、ウィルバートが胸のポケットから紙を取り出して、さっきテーブルに置いたメモに並べる。それは俺に届いたものと同じ折り方で、似たような紙質。
「読んでみろ」
そう促され、提示されたメモを手に取って開く。
~~~
よしなに
ケイ
~~~
日本語で書かれたメモはもう驚かない。漢字がカタカナになっているけど、ケイ。コレもうやっぱり叔父さんやんけ。『よしなに』って事はその前提が必要だから、俺がウィルバートにメモの内容を話す事を見越して送り付けたのか。
ウィルバートを見ると、ニヤリと笑っていた。これは悪巧みしてる顔だ。
「叔父と知り合いだったんですか?」
「いや、見た事も会った事もねぇ。俺が知っているのは、アムデリアの王配がケイという名前だけだ」
なんですと?
「王配って、女王の配偶者って事ですよね?えー……」
「アムデリアは代々、女王が統治する国だ。王配となった男は王と子を為す以外何もしない。表に出る事は一切無い。この俺ですら、その存在価値は子種のみと考えていたからな」
テーブルに置かれた俺宛のメモを開いて並べる。何と言うかなぁ……ケイって人と叔父が全く繋がらない。名前だけ、たまたま同じとか?いや、そしたらこんなメモを送って来ないよなぁ。
……いや、今ウィルバートは『考えていた』と言った。前はそう思っていたけど、今は違うと云う匂わせ方だ。
答えの出ない事をぐるぐると考えていると、ウィルバートが身を乗り出す。
「では、お前に一つ提案しよう」
「提案ですか?」
「そうだ。提案だ。アムデリアに深く入り込み、王配と接触しろ。そしてアムデリアの内情を調査・報告しろ。その為に、あらゆる手段を行使する許可をやる。但し、お前の失策によって捕らえられたとしても、フラムロスは一切関知しない」
一切関知しないとか、何か聞いたことのあるフレーズだな。まぁ、要は好き勝手やっていいからケツはテメェで拭けって事ですね。
「無理よ!いくら何でもアムデリアの王宮には入れない!ウィルバート、これまでに潜入の任務でどれ程の犠牲があったか分かってて言ってんの!?」
ずっと黙って話を聞いていたエレナさんが今にも飛び掛からん勢いで、血相を変えて猛烈に捲し立てた。犠牲?何その不穏ワード。
「エレナ、例え俺のルートであってもアムデリア王配との接触は困難を極める。そもそもアキラの希望を叶えるための提案だ。だったら自分自身で行動しろって事だ。叔父と連絡を取りたいんだろ?この提案を受け入れるか?今すぐ決断しろ。さぁどうする」
マジか即決しろってか。
するとエレナさんが俺の腕を掴み、強く握り締める。
「アキラ、ダメ。それだけは本当にダメ」
「エレナさん、危ないという事は察しました。でも、何もしなければ前に進めないんです」
「やだ……やめて……本当にやめて……」
「大丈夫ですよ。無茶はしませんから」
俯いて腕を握るエレナさんの手をポンポンと叩く。
キッチンに居るナディアを見ると、神妙な面持ちをしていた。俺の視線に気づいて何かを言い掛けようとしたけど、にっこりと微笑み返してくれた。
ハラは決まってる。やるしかないだろう。ただ、念押しはしておかないと。
「陛下、念のため確認してもいいですか?」
「何だ」
「その提案を受け入れない場合はどうなります?」
「この件に関して、今後一切協力することは無い」
まぁ、そりゃそうか。
「アムデリアから収集する情報は、具体的にどのような内容ですか?」
「王族と枢機卿団について、可能な限り深く」
王族は分かるけど枢機卿団ってのが何なのか。
「アムデリアについての予備知識はいただけるんですか?」
「必要であれば聞け。必要なければ聞く事もあるまい」
まずはエレナさんにご教授いただこう。
「報告は定期的に?必要に応じて?最後に纏めてですか?」
「適宜で構わん」
潜入したら定時連絡なんて無理だからな。そりゃ適宜で問題ないか。
「報告の期限はありますか?」
「そうだな……エルバートの立太子と婚儀の式典が4カ月後にある。まずはその際に何らかの形で報告しろ」
あ、そうか。エルバートの結婚式か……いやホントあっという間だなぁ。
そうだ、アレクシオスとシェラさんの披露宴もそのあたりにあるんだった。最近会ってないからすっかり忘れてた。危ない危ない。
まぁ、それはさておきここからがメイン。
「提案を受ければ、情報収集のためにあらゆる手段を行使する許可を頂けるんですね?」
「そうだ」
「事前申請とかお伺いは必要なく、俺が判断して実行してもいいんですね?」
「ああ。そのための許可だ」
よし、改めて言質を取った。居住まいを正してウィルバートに向き合う。
「そのご提案を受けさせていただきます」
俺の答えを聞いてウィルバートが頷き、ソファーに深く腰掛け直す。
「お前の手並みを見せてもらおう。期待しているぞ」
ウィルバートが言い終えると、エレナさんがリビングを飛び出して階段を駆け上り、2階に走り去ってしまった。
「あっ!ちょっ、エレナさん!!!」
慌てて追い掛けようと立ち上がると、ナディアが「私が!」と言ってエレナさんを追って2階へ向かう。エレナさんの気持ちを蔑ろにした訳じゃないんだけど、エレナさんの言葉を無視して提案を受けたように感じさせてしまったか……。
「エレナは奴らのやり口を理解している」
「それは、さっきエレナさんが言ってた犠牲の話ですか?」
「そうだ。まぁ、早かれ遅かれ知ることになるとは思うが、身を以て体験しないよう万全を期して望め」
「準備は怠りません。早死にしたくないので」
温くなったお茶を飲み干して、ウィルバートが席を立つ。
「そのメモは両方ともお前が持っておけ。俺に聞きたいことがあったらエレナを通して連絡して来い」
「はい、承知しました」
見送りに廊下に出ると「ここでいいからな」と言われる。ええ、最初から山を下る事は想定してません。外靴を履くとチラリと階段の方に目をやり、人差し指をクイクイっと曲げて俺を呼ぶジェスチャー。
「何ですか?」
「お前、エレナを悲しませるんじゃねぇぞ」
「そりゃもう。さっきは怒らせてしまいましたけど、しっかりフォローしておきますよ」
「そうじゃねぇんだって……エレナを頼んだぞ」
「?……まぁ、言われなくてもそのつもりですから。ご安心下さい」
「わかってねぇなぁ……じゃぁな」
玄関の扉が勝手に開き、ルカが脇で起立敬礼。答礼を返して立ち去るウィルバートの姿が見えなくなるまで微動だにしなかった。すげぇなあ、しっかり訓練されているなぁ。
「ルカ、警備役をやらせてしまってゴメンね。ありがとう」
「お気遣いありがとうございます。ところで、先ほどエレナ様の声が聞こえてまいりましたが……」
「うん、ちょっと色々あって。中に入っててね」
そう言うと階段を一段飛ばしで駆け上り、エレナさんに俺の考えを伝えに行った。
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