第106話 ご縁

 王都に来て3週間が経つ頃。

 朝イチを外した時間に冒険者ギルドに入り、いつものように歯抜けになった依頼から今日の仕事を物色中。


 お、メルヴィンさんちのアリーシャちゃん(グリーンゲッコー、メス、2歳)の散歩が出てる。

 あの子若いからヤンチャだけど、仕草がかわいいんだよなぁ……よし、コレにしよう。

 あとは……


「余り物を延々とやり続ける物好きはお前か」


 しゃがみ込んで下の方の依頼書を見ていると、誰かに声を掛けられた。

 この時間帯に依頼書を見てるのは俺ぐらいしかいないから、まぁ俺なんだろうなぁ。

 冒険者ギルドの中で話をするったら、初出勤でカツアゲをして来たクルトくん達と受付の人ぐらい。誰だ?

 意を決して振り返ると、仁王立ちで俺を見下ろすゴツい装備の人。うわぁ……なんて表情は出しません。ポーカーフェイスでお答えする。


「私ですか?」

「お前以外に居ないだろう。最近、余り物を真面目にやってるらしいじゃねぇか」


 残った依頼を余り物とおっしゃるこの人は確か、最前列を仕切っているパーテイーのひとつ「ケーフェル・グウィスト隊」の人だ。

 身長は恐らく190cmオーバー、鎧を着込んでいても隠し切れないガチムチマッチョ体形。

 顔やら腕やらにいくつもの傷跡が走り、イカニモ系、戦ってます系のコワモテ野郎。

 う~ん……目立つような事はしてないハズなんだけどなぁ……まぁ、何か答えないとダメか。


「ええ、まぁ」

「飽きねぇか?」

「仕事に飽きるも何もありませんし」

「じゃぁよ、飽きねぇ仕事のついでに買い物行って来てくんねぇか?」


 カツアゲ以来何事も無いと思ったら、今度はパシリか……本当にもうどうなってんだ。

 焼きそばパン買ってこいや的な?財布はオマエだ的な?どう考えてもイヤンな展開しか思いつかない。

 これは断固として拒否せにゃならん。こういうのは一度でもやるとつけあがって要求がエスカレートしていくからね。

 だけど出来るだけ当たり障りなく。今後の仕事に影響が出ないようにマイルドに。


「それは依頼という事ですか?」

「依頼だぁ?」


 ギルドに響き渡るほどのデカい声で男が吠えた。

 食堂にポツポツ残っていた人たちが一斉に俺らに注目するけれど、男がぐるりと周りをひとにらみすると黙ってうつむく。そりゃそうだ。コイツというか、所属するパーティーに目を付けられるとロクな事がない。


 でも、恫喝やら恐喝めいた交渉は過去に嫌と言うほど味わって来たからね。この反応はまだ俺に対する様子見のハズ。


「ええ、ギルド経由の買い物の依頼という事でしたら」

「お前……俺が誰だか分かって言ってるのか?」

「依頼を頂けるなら、依頼主です」


 依頼主という言葉を聞いた瞬間「ほう」と言って顎をさすり、まんざらでもない表情をし始めた。


「そうか、俺は依頼主か」


 でもこういうタイプの人がクライアントになったら、いちいち難癖をつけてタダで仕事を終わらせようとするんだ「こんなモン達成じゃねぇ」とか言って。なので基本的には全力で回避する方向で。


「商品の購入費用と報酬は別途ご用意いただきまして、利益を見込める場合と内容によってお受けします」

「何だ?ゲッコーの散歩はやれても、俺の依頼は受けられねぇってのか!?」


 あぁめんどくさい。デカい声でいちいちスゴむ。


「内容によります。ですが、あなたからの依頼でしたら是非とも受けたいという方が居られるかもしれません。その場合は、率先して依頼を受けたいとおっしゃった方にお譲りします。いかがですか?」


 実際、コイツが所属するパーティーは実力者揃いと聞いている。

 若手やら、くすぶっている状態の人がコイツにすり寄ることで上位パーティーとコネクションを持ち、冒険者としてのし上がるチャンスだぞヤング達!!!頼む!!!来い!!!


 ……なーんて思ったりしたんだけどね。そううまくいくかどうか。


「その案件、私にお任せください!」

「いや!私が!」

「俺が!」

「僕にぜひとも!」

「マティアス様の案件!全力で尽くします!」


 俺らのやり取りを遠巻きに見ていた若手たちが我先にと飛び出して来る。思った以上の釣果だった。いいぞ若者もっとやれグイグイ行け。ついでにこの人の名前をゲット。

 よし、これで離脱しやすくなった。


「若者に慕われておられますね」

「あ……?あ、ああ……」


 思いも寄らない展開に、軽く引き気味になってるマティアスさん。ははは、さっきの勢いはどうした?


「それでは、この若者たちに依頼を譲りたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします」


 困惑しながら若者の対応に追われているマティアスさんに一礼して、足早にその場を離れてギルド受付へ。

 ペット散歩の依頼を受けてすぐに冒険者ギルドを出ると、食堂にいた酔っぱらいのおっちゃんが出て来て声を掛けられた。


「おい兄ちゃん、うめぇことやったなぁ~」

「いえいえ、私はありのままを話しただけですから」

「兄ちゃんは逃げれて、あいつは若いのから持ち上げられていい気分になって、若いのはコネを作れる。誰も損してねぇ」

「それはあの方の人徳じゃないですか?」

「よく言うぜ。ヒマ潰しに若いのにたかるヤツが好かれるワケねぇじゃねぇか」


 あらら、マジでたかるつもりだったのか。


「でも、実際にあれほどの若い子が集まってるじゃないですか」

「下っ端でもメンバーにはちげぇねぇからな。それにギルド通せば下手な事は出来んからよ」


 あれで下っ端って。幹部クラスかと思った。


「まぁ、みんな幸せならそれでいいじゃないですか。よかったよかった。じゃ、そういうことで~」

「おー、待て待て待て兄ちゃん。いいモン見せてくれた駄賃をやろう」


 そう言って俺の手をニギニギして貨幣を1枚掴ませてきた。おっちゃんの指が思いのほかしなやかで、しまいに恋人つなぎしてきたので軽く引く。


「これは……金貨なんてもらっちゃっていいんですか?」

「おうよ。安いもんだ。縁があったらまた見せてくれや。じゃーな」


 ふらりふらりと立ち去るおっちゃんを見送る。

 おっちゃんに手をニギニギされる経験は無いので、ちょっとイヤンな感じ。感触が残る。

 まぁ、お駄賃くれたから良しとしておこう。鉄貨か銅貨か?でもマジで金貨だったら逆に怖い。怖いよ。

 確認のために汗ばんだ手を開いた瞬間、全身の毛が逆立つ。


「五円玉!!!???」


 黄金色に輝く穴の開いた金貨……いや、貨幣。キラキラと輝く五円玉だった。

 慌てておっちゃんが向かった方を見るけど、もうその姿は見えない。


 縁があったらって、五円……いやいやいや何だよマジかよどういう事だよ。

 この世界には存在しないモノを掴まされて絶賛大混乱。


 王都で俺の出自を知ってる人は騎士以外には居ないはずだけど……ウィルバートか?いや、あの男はこんな回りくどい匂わせ方はしない。

 レナートさん……はもっと無いな。一緒に実家に行ったアーレイスク……いや、用があったら宝飾店に呼び出すって言ってたし。

 それか、そもそも王都の人じゃないとか?


 ……黒村か?魔王のくせにクロ何とか子爵に化けたアイツ絡み?

 だとしたらさっきの男は……妖魔!?

 何のために?何だ?考えれば考えるほど全く意味が分からん!!!

 じっと手を見て、ややしばらくフリーズ。


 ・

 ・

 ・


 いや、落ち着こう。

 こんなモリモリインパクトなメッセージを俺に残していったという事は、次に何らかのリアクションがあるだろう。

 よし。気持ちを切り替えて、まずは仕事を終わらせてしまおう。アリーシャちゃん(グリーンゲッコー、メス、2歳)に癒されよう。




 翌朝5時半。ルカを送り出した後でギルドに行く準備を整える。

 昨晩のうちに五円玉の話をして、今日は早めに出ることをみんなに伝えたら早起きして見送ってくれると言う。

 ちなみに服装はいつもの普段着。昨日の今日で武装したら、かえっておかしいんじゃないかと思ったのであえて普段着をチョイス。

 念のため装備品はマジックバッグの中にしまっておく。


「じゃ、今日は先に出るから。戸締りよろしく――」

「ちょっと!あんたまたそんな格好で行くわけ!?少しは考えなさいよ!」

「アキラさん、万が一という事がありますから……暫くは装備を身に着けてください。」


 俺が言い終わる間もなくエレナさんとナディアに全力で指導を受けてしまった。


「……死にたいのかな?」


 そしてナージャからは冷めた突っ込み。


「いえ……着て行きます」


 ナージャを流音亭に預かってもらうのはエレナさんとナディアに任せて、改めて初心者装備を身に着けて冒険者ギルドにダッシュで向かう。


 朝6時、ギルドの中は人もまばらだ。

 すぐ食堂を確認すると、奥の方の席で昨日のおっちゃんが飲んでいた。

 この人は何者なのか。鬼が出るか蛇が出るか。気合を入れ直して話しかける。


「おはようございます~」


 おっちゃんがクイーっと酒を飲み干し、俺を見てニカっと笑う。


「おう、今日は早ぇじゃねぇか」

「そうですね、今日はちょっと早めに来てみました。いつもこんな時間から飲んでるんですか?」

「宿に居てもする事ねぇからな。まぁ座れや。兄ちゃんメシ食ってきたか?」

「今朝はココで食べようと思って来たんですよ」

「丁度いいや。コレ食ってくれや」


 そう言って皿を俺の前に差し出す。

 出来立ての肉団子スパゲティミートソース大盛り。コレ美味しいんだよな。


「ちょっと欲張ってよ。頼みすぎた」

「いいんですか?じゃぁ、食べた分は俺が出しますよ」

「いーんだよ。気にすんな。食え食え」

「じゃ、遠慮なくいただきます」


 俺がスパゲティをガツガツ食べ始めると、ゴクリゴクリと酒を飲み干すおっちゃん。

 ぷへー!と一息ついたところでジョッキをテーブルに置いて立ち上がる。


「じゃ、俺は帰るから。食い終わったら食器下げといてくれるか?」

「えっ!?帰るんですか?」

「おうよ。用が済んだら長居は無用ってな。ごっそさーん。仕事がんばれよ~」


 そしてふらふらと出ていこうとするおっちゃん。

 マジか!?これは逃げる動きかもしれん!


「いや、あの!」

「何だ、食い足りねぇのか?屋台で串でも食えよ。じゃーな」

「いやいや、そうでなくて―――」


 しょうがねぇなぁと言わんばかりにおぼつかない足取りで俺に近寄り、肩を組んでくる。すげぇ酒臭い。


「兄ちゃんの行きつけの屋台、今日までって聞いたぞ。知ってたか?」

「えっ!?まさか、あの店……マジっすか?」

「おうよ。あの串、美味いべ?後で行ってやれや。昨日の駄賃で羊串でも買ってやれ」


 そう言うと肩をポンポンと叩いて出て行ってしまった。

 マジか……あの串屋さん今日で終わりって……ギルド初日からいろいろと話してくれた数少ない人なのに……。

 ショックだ……ショックすぎる……明日から買い食い出来なくなるのか……


 ・

 ・

 ・


 違う!!!はぐらかされた!!!


 慌ててギルドの外に出るけど、おっちゃんはもう居ない。

 こんな手に引っかかるとは……あああ~~~やらかした~~下手こいた~~~!!!

 悔しいやら情けないやら。

 もうどうにもならんのでスパゲティの残りをヤケ食いして食器を片づけ始める。

 くっそぅ。相変わらずツメが甘い……ん?何か言ってたよな?ん?何だっけ?


『昨日の駄賃で羊串でも買ってやれ』


 次の情報をくれるって事?串屋さんに何らかのメッセージを預けたって事か!?

 それかもしかしたらおっちゃんも居るかもしれない。

 だとしたらすぐに行かないと!!!

 すぐに食器を下げてテーブルを拭き、ダッシュで冒険者ギルドを後にした。




「何だ、今日は随分と早いな。まだ準備中だ」


 毎日仕事の終わりに串焼きを買い食いしている屋台に行くと、おっちゃんがうちわ片手に炭を熾していた。

 酔っ払いのおっちゃんは居なかった。ってことは、この人に何かを預けているのか。


「焦ってないので全然いいです。あの、さっき聞いたんですけど、今日で屋台閉めるってホントですか?」


 うちわを扇ぐ手がピタリと止まる。


「……あぁ、大した儲からねぇからな。地元に帰るのさ……っと」


 ぶっきらぼうにそう言うと黙々と炭を熾す。

 いつも座らされている椅子に勝手に座り、じっと炭が熾きるのを見てる。

 オレンジ色の火種からバチバチと火花が散り、徐々に輝く範囲が拡大していく。

 炎も煙も上がらず、ただゆらゆらと熱気だけが立ち上っている。


 社会人になってからは完全インドア人間だから、こうやって炭を熾すのは久しぶりに見る。

 コッチの世界の野営は炭とかじゃなくて、枯れ木を集めて燃やすから煙とか炎がね。

 子供の頃はキャンプとか海でBBQとか、家族やら親戚やら大人数で行ってたよなぁ。

 道具を揃えたら家でも出来るか……なんか、ちょっといいな。


「何ボーっと見てんだ?珍しいモンじゃねぇだろ」

「いや?そんな事はないですよ。何か懐かしいなと思いましてね」

「相変わらず変わったヤツだな。準備できたぞ。豚か?鳥か?」

「今日は羊で。コレで大丈夫?」


 財布から五円玉を取り出し、おっちゃんに手渡す。


「あいよ」


 お釣り入れに無造作に放り投げると、木製の氷冷蔵庫から羊肉を取り出す。

 やや厚めにカットしてくれる肉はいつもは3枚だけど、今日は4枚を串に刺して網に置いた。やったぜ。

 その他にも豚、鳥、牛を次々とカットして、手際よく串に刺して冷蔵庫に保管。

 家で下準備をして来てると思っていたけど、ここで作業してたんだな。

 じゅうじゅうと良い音を立て、腹八分目の食欲を刺激する香ばしい香りが漂ってくる。

 仕上げに塩と香辛料をパラパラと。


「よし、お待ち」


 5分ほどで羊串が焼き上がった。


「はい、ありがとうございます。いただきまーす」


 焼き立ては相変わらず美味しい。

 羊串はニオイが苦手な人が居るようだけど、俺はジンギスカンで生まれ育った人間なのでむしろ好き。

 あー、この羊はジンギスカンのタレで食べても美味しいんだろうなぁ~何て思ったりして。


「ホントに美味しいっすよね。明日から食べられないのが惜しい」

「そうか?串焼きなんてどこでもやってるだろう」

「いや、そんな事ないですよ。肉もそうですけど、味付けも焼き方も全然違う。俺の地元の味というか……」


 すると串屋のおっちゃん、お釣り入れから小さな麻袋を取り出して俺に突き出す。


「今までの釣り銭だ。お前さんいい客だったぜ。仕事がんばれよ」

「お釣り?」


 麻袋を受け取るとずっしりとした重さで、紐を解いて開くと銅貨が詰まっていた。

 え、何ですかコレ。


「いや、ピッタリ払いだったでしょ?お釣りなんて無いでしょ~」

「情報料の釣りだ。渡しそびれて貯め込んじまったからな。持ってけ」

「そうは言われても、コレなかなかいい金額じゃないです?これは……」

「四の五の言わずに持ってけ。餞別だ」

「いや餞別って、出ていく人にあげるモンじゃないかなぁ」

「言葉のアヤだ馬鹿野郎。それ持ってとっとと行っちまえ」


 そう言って串物を焼き始めると、徐々に冒険者ギルドに人が集まり出して来るのが見えた。

 あーもうそんな時間か。


「では遠慮なくいただきますね。またどっかで店出したら教えてくださいよ。多少遠くても食べに行きますから」

「おう、気が向いたらな」

「食材確保の依頼とか、指名で請け負いますよ?俺、ルージュ領冒険者ギルドの――」

「アキラだろ?知ってるよ。初日に聞いたっての」


 そう言ってシッシッと追い払う仕草。照れなくてもいいのに。いけず。

 肉の焼ける匂いに釣られた冒険者が集まり出したので、会釈程度に頭を下げると屋台を後にした。


 さて、今すぐにでも麻袋を開けて中身を確認したいけど、どこで誰が見ているのか分からないからなぁ。

 この近くで安全な場所と言ったら、王都にあるウチの玄関しか無いな……一旦戻るか。

 はやる気持ちを抑えつつ、ゆっくり急ぐ早歩きモードで帰路につく。




 ドゥーズ街道沿いの商業地域の一角にある、王城正門まで徒歩5分の石造りのアパート。

 建物の階段を上がり、玄関扉の鍵を開けて建物に入る。

 この家具も何も無い殺風景な空間は、中から玄関扉の鍵を掛けると窓が消え、家に入れる転移モードに切り替わる。


 よし、これで外からは見えないな。

 麻袋を取り出して、中身を……この部屋テーブルも何も無いからなぁ。

 お金を床に置くのはすげぇ嫌だ。うーん……あ、そっか。


「麻袋の中身、銅貨だけ鞄に入れ」


 麻袋からするすると鞄に吸い込まれていく銅貨。超便利。

 すっかり軽くなった麻袋に残ったのは折り畳まれた紙。ふはは。俺の勘も捨てたもんじゃないな。

 さてさて、何が書かれているのかね……。


 そんな軽い気持ちで開いたメモは、思いも寄らない内容だった。

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