第108話 心ゆくまで
「エレナさ~ん」
鍵のかかった部屋の扉をコンコンコンコン何度もノックしながら話し掛けるけど一切応答がない。それどころか、部屋の中からは物音ひとつ聞こえない。
「エレナさん、ロクに説明もせずに提案を受けたことについて謝ります。あの場ではちょっと言いにくい事もありましたので、一気に話を進めてしまいました。話を聞いていただきたいんです。お願いします。開けていただけませんか?」
・
・
・
返事がない。俺が怒らせてしまった事とは言え、どうしたものか……。
『ガチャッ』
背後から扉が開く音が聞こえ、振り返るとナージャが扉から顔を出して手招きしていた。
「……こっち」
「もしかして、ナージャの部屋に居るの?」
コクリと頷いて顔を引っ込める。
ナディアと顔を見合わせて、ナージャの部屋に入る。
いつ見ても再現度の高さに驚かされる、俺の実家の居間そのもののナージャの部屋。
向こう正面にあるソファーベッドの上に丸まって、タオルケットを頭からかぶる物体。
「エレナさん」
もぞりとタオルケットが動く。伸ばした足を抱え込むように縮こまったようだ。聞かぬ!拒絶!的な。
ナディアがソファーベッドの端に座り、タオルケットのふくらみを抱き締める。
「ナージャ、ちょっとルカを呼んで来てもらっていい?」
「……ん」
てててっと部屋を出て「ルカ~!ちょっと来て~!」と俺の声マネでルカを呼ぶナージャ。
妖精モードじゃなくてもそれは出来るのね……って、俺の声ってそんな感じ?強烈な違和感を覚えている間に音も無くすっ飛んできたルカ。
「お呼びでしょうか」
「ルカ、ちょっと確認しておきたい事があるんだ。リンツは今、王都に居る?」
ルカが所属している王妃守護隊はフラムロス王国の情報機関で、リンツはその隊長。
外見は小学生と思うほどちっさい男の子だけど、大魔獣を瞬殺する色々とおかしいスペックを持っている。
リンツの居場所を尋ねると一瞬の間を置いて、すげぇ済まなそうに答える。
「誠に申し訳ございません、任務に関する事はアキラ様であっても……」
コボルトらしからぬ、真っ白なふさふさのシッポが垂れて丸まってしまった。
「えっと、ウィルバートの許可は得ているから大丈夫。エレナさんもナディアも聞いているよ。ね?」
それとなくナディアに水を向けると、ルカを見て首肯する。
エレナさんはタオルケットの下でもぞりと動いた。
「……それであれば……承知いたしました。リンツ隊長はブラン領ストリーナにて待命中です」
「え?そうなの?」
間抜けな声を出してしまう。そうなんだ、王都に居なかったんだ。
ストリーナといえばアムデリア王国との航路が確立している、フラムロス王国唯一の港街。
ふむ、これは何かありそうな雰囲気。
「それはいつから?一人で?」
「15日前に出立いたしました。副隊長のパトリシア様を帯同しております」
パトリシアさんは王妃守護隊の副隊長で、愛称はパティさん。
吸血鬼と人間の半妖で、リンツ程ではないにしても中級妖魔を一方的に攻め続けられる技量を持っている。
そんな二人をストリーナに送り込んでいると。
という事はウィルバート、メモが来る前から何か情報を仕入れていたという事か?
「ルカはリンツと連絡を取ることは出来る?」
「はい、私が連絡役を一任されております。報告と連絡はリエンツァ商会を通じて行うように指示を受けています」
「そっか、そしたら俺の手紙をリンツに届けるように手配して欲しいんだけど、お願いしてもいいかい?」
「承知いたしました」
リンツの事はこれで良し。まぁ、問題ないだろう。
それでは、いよいよエレナさんに俺の考えをご理解いただかねば。
「エレナさん、いくら何でも俺一人で潜入活動は無理なので、リンツを同行させようと思っていたんです。どんな手段を使ってもいいか念押ししたのは、それが理由です。で、あの二人をストリーナで待機させてるって事は、俺にメモが来る前からアムデリアへの潜入は決まってたんじゃないでしょうか。これは俺にとっても嬉しい誤算で、あの二人が居れば、物理的に何が起こっても問題ないと思いますが、いかがでしょうか」
もぞもぞとタオルケットが動く。向こう向き体勢からコッチ向きに変えたっぽい。
と思ったらナディアをタオルケットに引きずり込んだ。何してんですか。
強引に寝転がされたナディアの頭の後方から、ひょっこり見切れる赤いジト目。
「それともう一点、向こうの世界の話です。結局の所、叔父は向こうに居るのかコッチに居るのかは未確定なんですけど、メモに書いてあった通り電話で連絡しようと思います。アーレイスクに貸し出している転移カメラを返してもらって向こうに行きます。往復分の魔石をもらっておけば、行き帰りも問題ありません」
赤いジト目は無言で俺を見ている。
「あと、これは俺の希望なんですけど……ここに居る全員で転移して叔父を紹介がてら、話し合いに同席していただきたいと思いまして。あとついでに実家の爺ちゃんの隠し部屋の本とか魔石とか、ごっそり持ってこようと思います。エレナさんと前に約束しましたよね。次はみんなで一緒に実家に来ようと。せっかくのチャンス、逃さない手はないかと」
思っていることを一気に畳みかけると、赤いジト目が微かに開く。
「そんな都合のいいこと出来る訳ないじゃない……」
お!エレナさんが喋ってくれた!
「出来ます。ウィルバートの言質は取りました。全く問題ありません」
「……百歩譲って、向こうはそれでいいかもしれないけど、コッチはどうなのよ。リンツがゴネたらどうするのよ。前提が破綻したら何も出来ないじゃない」
確かにあの天邪鬼なら『やらなーい』の一点張りかもしれないけど、それは俺が何の後ろ盾も無い場合。
「リンツは俺が困るのを見て楽しむクソガキですが、ウィルバートの命令に逆らった事は一度もありません。なので俺からの話であっても、業務命令であれば従います。それに、いくら何でもタイミングが良すぎます。アムデリアに潜入するタイミングを待っていたのではないでしょうか。それだったら利害関係が一致するので、同行に問題はないと思います」
「だけど!」
エレナさんがタオルケットを捲り上げ、前のめりに叫ぶ。
「あんたは潜入に関しては素人でしょ?そんなのがアムデリアに行くこと自体危険よ!市街地はともかく、王宮は入った人が誰一人として生還しなかったのよ!?捕まったらどんな事になるかを知らないからそんな呑気な事を言ってられんのよ!」
柳眉を逆立てて一気にまくしたてた。ナディアがエレナさんの前に居なかったら掴み掛かられていたかもしれない。
さっきのウィルバートのやり取り、そして今のエレナさんの強い言葉で、潜入は尋常じゃないヤバさというのは理解しているつもりだ。
「ええ、ですので実際に潜入する前に、叔父から王宮内部の情報をもらおうと思っておりまして」
睨む視線は変わらない。言葉を続ける。
「ウィルバートは、2つのメモの差出人が俺の叔父である事を確定させていて、それを最大限に利用するつもりでしょう。王宮の中でどこが安全なのかは、王宮から一歩も出ない王配本人であればわかっているはずですよね?可能であれば王宮の中に転移できる場所を用意してもらったりね。まず日本に行って叔父と話をして、何らかのサポートを取り付けたいと思います。万全を期してアムデリアに入ります」
自分で言ってて都合いい話をしていると思うけど、あながち間違いではないと思っている。
俺が任務に失敗する事をウィルバートが前提としているなら話は別だけど。
「……いくらアキラの叔父さんと言っても、国家の機密を話すはずがない」
「いや、俺はそうとも限らないと思っていまして。電話しろって事は、一刻も早く何かを伝えたいという現れですから、言い方悪いですけど、今回はそれを利用させてもらおうと思います」
エレナさんが深々とため息をつく。
「……思い付きで、よくもそんな事をつらつらと言えたもんだわ」
「そうですね、思いつきですね。にしては、最適解に近い手段とは思っています」
いつもの雰囲気に戻ったエレナさんがキッと俺を睨みつける。
「また急に居なくなったりしないのよね?」
「もちろんです。やりたい事はまだまだ沢山あります」
やや思案。
「本当に?」
「最善を尽くします」
何の根拠もないかもしれないけど。
そんな言葉少なのやり取りをすると、ナディアが身体を起こしてエレナさんの耳元で何かを囁く。
そしてソファーベッドから立ち上がり、俺の手を取る。
「アキラさん、私はお夕食の買い出しに行って参りますね。ナージャ、ルカちゃんもお手伝いしてもらえる?」
突然の買い出し宣言。
「……へ~い」
「はい、承知いたしました」
これにナージャとルカが呼応する。
「え?今から買い出し?夜道は危なくない!?」
「夜道と言うほどの時間でもないですし、ちょっとそこまでですから。ルカちゃんも居ますし、私だって腕は鈍っていませんよ!?」
ナディアがそう言った矢先、突然の膝カックンでバランスを崩された上に背中をドーンと突き飛ばされ、ソファーベッドに顔から突っ込む。
「ちょっ!!!」
完全に油断してた。
恨みがましく振り返ると、ナージャが突き飛ばした両手を前に出したままニヤリと笑っている。
「……最弱はアキラ」
膝カックンで姿勢を崩されたとはいえ、不覚を取った。
ナージャはパヴァーヌ流杖術の型を俺よりもマスターしてたし、身体のサイズを変えられるようになった今、真面目にエリアーナ隊の最弱は俺かもしれない……いや、気を取り直そう。
「はいはい、ナージャさんの言う通りですよ。じゃ、ナディア。買い出しお願いします」
「はい。それでは行って参りますね」
部屋を出て行く3人。
最後のナージャが振り向き様に親指を立てて「……キメろよ」
扉が閉まり、ワイワイと玄関を出て行った。
俯いたままのエレナさんと二人、シーンと静まり返った部屋。
ソファーベッドに胡坐をかいて、エレナさんと対面になる。
気まずい。何か喋らなきゃ。
「まぁ、ホラ。全てが完璧で穴が無いと言えば、そんな事は無いとは思いますけどね」
「……」
無言。うーん、話題を変える?
「あの、ナディアに何を言われたんです?」
「……」
あ、これはいくら何でもデリカシーが無かったか。
俺に聞こえないようにこしょこしょ話してたんだしな。
「前……」
おっ!
「突然アキラが消えて……全然見つからなくて……2年半……」
最初に俺が魔王黒村に転移された時の事だな。
あの頃のエレナさんは今ほど成長してなくて、エレナちゃんって感じだった。
「やっと見つかって慌てて会いに行ったら……知らない女の人とお風呂に入ってて……」
あぁ、はい。そんな事もありましたね。王妃様の影武者スタイルでしたね。
ってかやっぱり見られてたんですね。ナディアと混浴してた所。
「やっと思い出してくれたと思ったら、また居なくなって……」
疎外感から来る猛烈な嫉妬で逆ギレした時ね。
あの時は本ッ当にお見苦しい所を見せてしまいました。
エレナさんが俯いたまま俺の手を取る。
「また……突然居なくなっちゃいそうでさぁ……」
「色々ありましたけど、こうして戻って来てるじゃないですか」
「だけど……今回ばかりは……」
「しっかり安全マージンは確保します。無謀な行動は慎みます」
「……」
「必ず戻ってきますから」
長い沈黙。
窓の外からサラサラと葉擦れの音だけが聞こえる。
握られた手から伝わって来る脈動が徐々に穏やかになっていく。
俺を握る手に力が加わると、ゆっくりと顔を上げた。
「失敗したらどうすんの」
口調がいつものエレナさんに戻った。
「失敗するとは考えていませんが、捕まる前に全力で逃げ出しますよ」
「要するに、そこまで考えてないって事?」
正直、今の所は。
「可能かどうかは叔父に聞いてみなきゃわかりませんけど、考えてる事はあります」
「本当に考えてんの?この場をうまく纏めようとする言い逃れじゃない?」
何をおっしゃいます。
「俺かて無い知恵絞って色々と考えてるんですよ。それも含めて、エレナさんやナディア達には叔父との話し合いに同席していただきたいんです。ホラ、エレナさんもアムデリアの現状は知っておいて損は無いでしょ?ド真ん中に居ると思われる人から事情を聞く機会は無いと思います。チャンス!」
「調子に乗るんじゃないわよ」
不意に腹パン。的確に鳩尾を狙ってくる所がね。
「いや、調子は乗れるときに乗っておかないとね?」
「……ま、あんたがそこまで言うなら、もう私が口を挟む事じゃないわね」
「いえ、やはり同じ釜の飯を食う間柄として、ここはご納得いただきたいと―――」
エレナさんが俺の手を取り、突き飛ばして来た。
ちょっと、ちょっと、エレナさん、何してん。胡坐なので簡単にソファーベッドに転がされる。
壁ドンならぬ床ドン的なマウントを取って俺をじっと見ている。
「同じ釜の飯を食う間柄って何なのよ。それはどういう意味で言ってんの?」
詰問調の言葉と、久しぶりの顔面接近に軽く緊張。
「あの、長く、苦楽を分かち合った、親しい間柄というような言葉で……」
しどろもどろになった俺の言葉を聞いて、ふっと目を閉じる。
「親しい間柄……そうね、そうよね」
「決して悪い言葉ではなく、むしろ良い方の意味で――」
「うん、言いたい事はわかった」
「いやあの、俺としては、親しいというのは、もうちょっと意味合いが違うというか」
パッと目が開く。
「言いたい事は明確に。ハッキリ言ってくれないとわからないから」
痛い所を突かれてしまった。
でもね、それは勘違い野郎、自信過剰って思われたくなくて、今まで見て見ぬ振りをしてきたんですよ。
「あの、ウィルバートがいつも俺に言う事や、ナディアとエレナさんがヒソヒソと話してる事が聞こえたとしても、考えすぎだろうと思って来たんですけど?」
「どういう事よ」
「ほら、ウィルバートからはエレナさんを悲しませるな、任せたからなって何度も念を押されてますし、ナディアは核心に迫る爆弾発言を何度もしかけてます」
眉間に皺を寄せて訝しげな表情をする。
「覚えてますよね?ナディアが『エレナ様は、心からアキラさんの事を』って言いかけたら『にゃ~~~~~~~~~~!!!!』』って顔真っ赤にして打ち消してましたし、結婚報告の時とかも何か言われて顔真っ赤にしてましたし、他にも……」
過去に気になっていた案件を話すごとに耳が赤く染まっていく。
「トドメが、向こうの世界にある俺の部屋で突然チュウをいたいイタイ痛い」
頬を膨らませて脇腹をつねる。照れですか。
「そんな訳でですね、もしかしたら好意を寄せて貰っているんじゃなかろうかとかなり前から愚考している訳ですが、何分現在俺にはナディアという妻が居ますから、それ以上の事はあってはならないと思っておりまして、でもエレナさんは心から大切な人っちゅうのは変わらない訳で……でも、こう言い訳がましく言ってる事が自己保身と言うか――」
【パン!】
俺の早口を停止させるかの如く両頬を挟み込むダブル平手打ち。地味に痛い。
「あんた、フラムロスで生きて行くってハラ括ったよね。ここでの慣習とか常識に従って生きていくのよね?」
頬を挟む手に引き寄せられ、エレナさんのご尊顔が接近する。
ちょっとマズいですよ。うりゃっ!てやったらどうにかなっちゃう距離ですよ。
「もちろんです。この世界については知らない事の方が多いけど、慣習や暮らし方には順応していきますよ」
頬から手を離して体を起こし、腕組みしながら『そうかそうか』と頷く。
適度な振動が腰のあたりを刺激する。それもちょっとマズいですよ。
「私がウィルバートに名乗るように言われたのはリンデーラ伯爵家で、エレオノーラの出身家。私はエレオノーラの姪って事になってる」
あー、なるほど。エレナさんが銀の剣士に任命された時に言われてた『よく似てる』ってのは、王妃エレオノーラ様に似てるって意味だったのか。
そりゃ似てるさ。王妃様の分身から、一体のニンフとして転身したのがエレナさんだからな。
「社交界に存在を知られていなかった私が銀の剣士に任官した次の日から、リンデーラ伯爵家に任官祝いのメッセージが続々と届いてる。どこも財力のある有力貴族か豪商。これが何を意味しているかわかる?」
ええ、しっかりヒントをいただきましたので。
「王妃様の姪御さんとお近づきになりたいという事ですね」
「そうね。でも、もっと直接的に書いてくる所もあった」
「それは何て?」
「お前みたいな貧乏貴族の娘を上級貴族たる侯爵家の跡取りに嫁がせてやるから喜べ」
そんな事を言うヤツが居るんか。すげぇな上級貴族。
「子爵以上の貴族は、資産があれば複数の配偶者を持てる。この怪文書を送り付けて来たボンクラは、私を第4夫人に迎え入れてやるってさ」
怪文書にボンクラとはすばらしい表現をなさる。
「見るに堪えない内容ですね。それ、どう対応されたんですか?」
「灰も残さなかったわ」
つよい。
「あいつらにとって私は、王室の外戚となって繁栄をもたらすお飾りに過ぎないのよ」
「ちょっと……何を言ってんですか。怪文書を送り付けて来る有象無象の事なんか気にしたらダメですよ」
「言うほど気にはしてないんだけど、このまま送り続けられると思うとね……ウンザリする」
口をへの字に結び、心の底から嫌そうに眉を顰める。
エレナさんがここまで嫌悪感を露わにしたのは初めてかもしれない。
「そうですね、それはお察ししますよ」
あ、でも俺が初めてフラムロスに来た時、王妃様がほんの一瞬こんな表情になった気がする。
思い出して軽く心にダメージを負った俺に、エレナさんが口角を上げる。
「でも、そんな嫌がらせを受けなくなる、いい方法があるの」
「おぉ、サスガです。キッチリ対策して来たんですね。どんな方法ですか?」
そう尋ねるとチラリと俺を見る。静かに俯いた後で、口を開く。
「……嫁ぐ……」
ん?
とつぐ?
・
・
・
嫁ぐ!!!???
えええええええええええええええ!!!
いやちょっと嫁ぐとか何を言ってんですかマジですか!?さっきあんなに嫌がってたのに!!!
『嫁ぐ』『嫁ぐ』『嫁ぐ』と頭の中で何度も何度も響き渡る。目を見開き、声も出せずにおくちポカーン状態の俺にエレナさんが言葉を続ける。
「私がカンフォーレ子爵に嫁げばすべて解決よ」
心なしか潤みをたたえた瞳で爪を軽くはじき、ソワソワしている様に見える。
えーと、聞き間違いがあってはならないので、念のため確認する事にします。
「カンフォーレ?」
「そう。カンフォーレ子爵」
聞き間違いではなかった。
「俺っすか!?」
「他に誰が居るってのよ。それとも何、クズの第4夫人になれとでも?」
「それはあり得ない。と言うか、その、いいんですか?」
「いいって何よ」
眉間に皺を寄せると何かピンと来たのか、急に腕組みしてほんの少し身体を引く。
「ナディアが居るじゃないですか」
「……あぁ、そう言う事。全く問題ないし、むしろ安心する」
腕組みを解いて言葉を続ける。
「後はあんたがこの話を受け入れるかどうか。さっきあんなに取り乱してたんだから、私が嫌って事はないのよね?さぁ、どうする。今決めて。すぐ決めて。」
ウィルバートといい、エレナさんといい、なんでこんな大切な事を即断即決させるのかね。
とは言え、俺の心は固まっている。
「正直に言いますと、エレナさんがどこぞの野郎に手籠めにされると思うと耐えられません。ナディアには事後報告となりますが……ちょっと失礼しますね」
身体を起こし、エレナさんを太腿に乗せたままで座り直す。熱い体温を感じる。
柳腰に手を回して目を上へ向けると、頬を桜色に染めて柔和な表情で俺を見下ろす。
「先程の話、お受けします。俺と結婚してください」
細い腕が俺を強く抱きしめる。
ゆっくり抱き返すと、二人の間にあった距離が縮まって行く。
熱を帯びた吐息を頬に感じたとき、耳元でささやきが聞こえた。
「……はい」
エレナさんの左手、薬指に銀色の指輪がはめられていることに気付くのは、心ゆくまで唇を合わせた後の事だった。
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