第40話 記憶の欠片

【コンコンコン】


 ノックの音で目覚める。


「………はい………どうぞ………」


 ドアが開くと、ビシっと敬礼する男性の軍人さん。


「失礼いたします。本日7時より朝食となります。6時50分にお迎えに参りますので、準備の程お願いいたします。」


「了解しました。ところで、今は何時ですか?」


「只今、6時30分となります。それでは、失礼いたします。」


 ドアが閉まり、背伸びを一つ。

 身体は軽いけど、何か頭がモヤモヤっとしてるな~と思ってベッドを見ると、ナディアはもう居なかった。ちょっと早いけど、準備をしようかね。


 軍の大食堂では、レナートさん達が席に座って話をしていた。

 皆さんと会話をしつつ、朝ご飯。メニューは、いつものモーニングセット、と思いきや量が多い。

 パンが3枚、スクランブルエッグが山盛り、サラダはこんなに食えないって量で、スープは丼。

 訓練やら何だかんだで、がっつりカロリーを消費するからなのかね。もったいないので、おいしく全部いただきます。絶対に残さないのが楠木家の家訓。

 さて、食事が終わって部屋に戻ろうとしたら、レナートさんからのお知らせ。


「制服を用意させていただきましたので、どうぞお召替えください。」


 との事。剣士隊に出入りしている間は、所属の部隊の制服を着て過ごすらしい。

 その他、ココを出る時の礼の仕方、乗り込む順番などの「お約束」をレクチャーしていただく。女王陛下を見送る場合、軍の儀礼があるそうな。

 部屋に戻ると、赤の剣士隊の制服がハンガーに掛かって準備されていた。

 深みのある赤色の詰襟ジャケットに黒いパンツ。インナーは白いTシャツでで襟に紐がついているタイプ、白い手袋と赤い2本線が入った黒い靴下。

 黒い官帽には赤い2本線が入り、ライオンの記章がついている。そして黒い革靴まで置かれている。


「コレを着ていくのか……ちょっと、テンション上がるな。」


 ウキウキしながらお着換え。仕事で着てるスーツも制服みたいなもんだけど、ちゃんとした制服を着るのは高校以来。

 すげえ着やすくて動きやすいけど、何かのコスプレしてるみたいで……軽く照れる。鏡があるから見てるけど、どうにも着させられてる感がひどい。

 ナディアも制服を着てくるのかな?ちょっと楽しみ。着てた服をバッグに仕舞って準備完了。出るとしよう。


 玄関ホールに向かうと、レナートさん、ウィールライト大将、フィンリー大将などなど、階級が高いと思われる皆様方が並んで談笑していた。


「おお!アキラ殿!」


 ウィールライト大将がニッコニコで俺をロックオンして、周りの皆様に紹介してくれるのは有難いんですが、そこからは「一体、どうやって?」の質問攻め。レナートさんがニコニコしてる……助けてください。もう、イジられてるとしか思えなくなってきた。

 ワイワイわちゃわちゃされて困っていたところ。


『女王陛下、ご進発!』


 声が高らかに響いた瞬間、偉い人たちがシュバババと一斉に整列。さすが。俺はレナートさんの陰に隠れるように、後ろに場所移動。

 しばらくすると、エレナさんがジュリエッタさんとナディアを従えて階段を降りてくる。


 エレナさんはふさふさの羽根がついた帽子を被り、高い立襟で長袖という露出感ゼロのシンプルな薄い水色のドレス。

 白い手袋をはめて、扇を持っている。なんか貴婦人っぽい……いや貴婦人なんだけどさ。


 ナディアはエレナさんの少し後ろを歩いてくる。

 俺と同じ赤の剣士隊の制服を着ている。カッコイイ。ヤバい。惚れ直した。超似合う。俺とは大違い。


 偉い人たちが敬礼。俺は一礼。

 レナートさんが一歩前に出て、エレナさんを先導する。エレナさんは会釈をしながら歩いていく。

 するとジュリエッタさんとナディアが列を離れて俺の所に来る。


「参りましょう。」


 レナートさんが馬車の入り口の横に立ち、敬礼する。

 エレナさんが馬車に乗り込むと、敬礼を解いて偉い人たちを向く。

 続いてジュリエッタさんがレナートさんの隣に立つ。ナディア、俺、最後にレナートさんが乗り込む。

 外では偉い人たちが玄関前にズラリと並んでいる。

 エレナさんがソファーに座り、レナートさん、俺とナディアは窓の外に向かって立って並ぶ。


「進発!」


「「はっ!」」


 アルフレードさんの掛け声と共に、全員が敬礼。エレナさんは微笑んで会釈。俺とナディアは一礼。

 そして馬車は動き出す。目的地の王都フラムロスまで、あともう少し。




「なかなか似合ってるじゃない。」


 エレナさんがニヤニヤしながら俺のファッションチェック。こういうのは真に受けて返事をする事にしている。


「ホントですか?ありがとうございます。」


「王都の赤の剣士隊に入隊しなさいよ。」


「あの、私には使命があるじゃないですか。」


 つい、あんたらの使命だよと言いかけた。危ない危ない。


「俺はともかく、ナディアは似合ってるね。妖精スタイルの時もかわいかったけど、制服も……いいねぇ。」


「いえいえ、アキラさんこそ良くお似合いですよ!」


「いやいや、ナディアこそ~。」


 昨晩は話も出来なかったし、バカップルトークでナディア成分を充電。

 そんなプチイチャイチャをジト目で見るエレナさん。


「ちょっとアキラ、私にも何か言う事あるんじゃないの?ホラ、言ってもいいのよ?」


 俺に発言を迫るエレナさん。ホントにこの人は……。


「今までとは雰囲気が変わりましたね。何と言うか、品格のある貴婦人といった感じで、おきっ、おきれいですよ。」


「ちょっと、何で噛むのよ!もう!」


 スネた風にプイっとされる。くそぅ。強引に話を変えてやる。


「そういえばさ、昨日の妖精のナディアって、何をどうやったの?」


「エレナ様に教わりました、分身の魔法です。やっと、出来るようになりました。」


「アキラねぇ、この子は本当にね……あんたによく似てるわ。努力と根性!って。」


 生まれた時から俺の生命の素を吸い続けてきたせいか、精神的に追い込まれるほど燃えるという社畜スキルが備わってしまったようだ。

 水の魔法は、ナディアが泉のニンフという事でサクっと習得できたけど、人間化と分身については、たとえニンフであってもこんな短期間で習得は出来ないらしい。青の剣士のクリーゼル少尉を訓練した時は、3日ほどで人間化、分身はさらに1週間。それでもかなり早かったようだ。

 ってかエレナさんがそれらを知ってて、教えてる事自体どうなってんのかと思う。


「女王の嗜みよ。」


 女王の嗜み?どっかで聞いたな……また、そうやってそれっぽい事を言って、偉そうにして。

 エレナちゃんの時と同じような事言って。エレナちゃん?ん?なんだこの感じ?

 他にも何かあったよなぁ。ほんのちょっとモヤっとした感じ。


「……アキラさん?顔色が悪いです……大丈夫ですか?」


「あ、ああ。何かモヤっとね。寝不足かなぁ?いや、ナディアに耳を吸ってもらってるから超健康体だよ。」


 何となく体調が優れない事を察して、レナートさんが声を掛けてくれる。


「アキラさん、何か飲まれますか?それとも、体調が優れないのでしたら、寝室で横になられては?」


「あー、ええ、大丈夫ですよ。今日こそ、一本取りますよ……あれ?何を言ってんだ?」


 何だか良く分からない事を言い出した俺を心配したのか、エレナさんが腰を浮かせ、ずずいと身を乗り出して俺を見ている。

 そしてレナートさんをエレナさんの隣に座らせた。二人とも、かなり真剣な顔をしている。


「アキラ、ちょっと具合悪そうだから体調チェックね。いい?アキラの隣に座っているのは?」


「えー、何ですか?ナディアですよ。」


 ナディアを見ると、心配そうな顔をして俺を見ている。うん、大丈夫。


「じゃあ、私の隣に座ってるのは?」


「レナートさんです。」


「じゃあ、私は?」


「エレナちゃんですよ。」


 するとエレナちゃんがポカーンとした表情で、ソファーに深く腰を落とす。

 そんな座り方をしたら、スカートがシワになっちゃいますよ。いつも言ってるじゃないですか―――


「アキラさん、いつの間にか疲れが溜まっておられるようですし、少しお休みいただいた方がよろしいかもしれませんね。さぁ、こちらへ。」


 そう言って、レナートさんが軽くフラつく俺を支えて寝室に連れて行ってくれる。


「いや、何か申し訳ないです。それでは、少し横になりますね。何か、頭がボンヤリしちゃって…。」


「あの!私も一緒に!」


「ナディア、ちょっと話があるからここに居て。」


「でも!」


 今にも泣き出しそうな雰囲気のナディアだけど、エレナちゃんに止められてしまった。


「ナディア、大丈夫。一眠りしてシャキっとしてくるよ。」


 そう言って寝室へ。倒れ込むようにベッドに横になる。う~~~、何か、頭がボンヤリして気持ち悪い……。


「王都に着きましたらお呼びしますので、ごゆっくりお休みください。」


「ありがとうございます、起きたら、手合わせをお願いしますね……。」



 そう言うと、ベッドに吸い込まれるように眠りにつく。

 レナートはやや血色を失ったアキラの額に手を当て、呟く。



「一本、もう取られていますよ。アキラさん……」

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