第65話 少女像
アラームよりも1時間早く、きっちり起きた。相変わらず生体時計は完璧。
さて、シャワーでも浴びようかね。
いつの間にか、俺の布団に潜り込んできたエレナさんを起さないように、ゆっくりと身体を起こして脱衣場へ。
さて、今日は気合い入れないといけない日だな。
先にロムさんの実家に電話を入れておこう。
一緒に行って、3人が何を探しているのかを確認して、それとなく代替アイテムを渡せば間違いない―――
【ガラッ!!!】
「アキラ!!!」
脱衣所の引き戸を開け、すごい勢いで抱き着いてくるエレナさん。
「何!?どしたの!?」
「だって!!!起きたら居なくて!!!またどこかに行っちゃったら!!!」
とりあえず背中をポンポンして宥める。
「そうか、ゴメンな。うん。」
小刻みに身体を震わせて泣きじゃくるエレナさん。
いや、ホントに申し訳ない気持ちです。
「大丈夫だから。俺は何処にも行かないから。ね?」
コクコクと頷くエレナさん。
「でもね、このタイミングで入ってくるのは、ちょっと焦るからね……見ちゃダメだよ?」
見せてはいけないアレは、ハンドタオルで辛うじてガードするも、俺自慢のプリケツは丸出し状態。
「ご……ゴメン……おはよう……」
一度もこちらを振り返ることなく脱衣場を出ていくエレナさん。
うん、なんか、コッチこそゴメンね。
「じゃ、何かあったら連絡よろしく。本っっっっっっ当に気を付けてよね!」
車から降りる直前、人差し指をビシィッ!と突き付けられ、久々にエレナさんからツンデレっぽい雰囲気のワードが出た。ごちそうさまです。
エレナさんは正面玄関から、俺は裏口から登校。
「おはようございます~。」
「「「「おはようございます」」」」
会議室には、赤城先生と3人の講師が既に到着していた。
来て早々に、赤城先生ことレナートさんが一芝居打ってくれる。
「楠木さん、御手洗さんの送迎、ご対応下さって有難うございました。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
頭の上にピコーンと「?」がステータス表示されたような講師3人。
「猿田さん、昨日はありがとうございました。お恥ずかしい所をお見せしてしまって……」
「いえいえ、是非また行きましょうね。それで、御手洗さんに何かあったんですか?」
間髪入れずに赤城先生が答えてくれる。
「理事長から私に、御手洗さんを乗せて行って欲しいとの電話がありまして、私は別の生徒を迎えに行っていましたので、場所が近い楠木さんにお願いしたんです。」
「朝一で連絡が来ましたので、何事かと思いました。あ、猿城さん。黒村の件ですけど、今朝黒村の実家に電話しました。私も一緒に行きますよ。」
「そんな、私の都合ですのに……」
「久しぶりに私も、線香の一本でもあげに行きたいので、折角ですから。」
おっと猿城さんのスマイル、目が笑ってないぞ?
「玲奈、いいじゃないか。ここはご厚意に甘えておきなさい。楠木くん、よろしくお願いします。」
「こちらこそ勝手に話を進めてしまってすみません。では、講義が終わったらすぐ向かいましょうか。」
「ええ、よろしくお願いします、楠木さん。」
その日の講義は何事もなく終了。
いや、ちょっとエレナさんが眠そうにしてたな。必死で起きていようと努力する姿に激しく萌えた。
昨晩のご褒美から、どうもなぁ。気になっちゃってなぁ。
さて、猿城さんを助手席に乗せて黒村の実家へ向かう。鬼が出るか、蛇が出るか。はたまた妖魔が出ちゃうのか。
道すがら「新作」のゲーム話で大いに盛り上がる。
主にウィルバートの悪口大会だったんだけどね。俺自身があのジジイに対しては不信感の塊でしかないから、出るわ出るわ罵詈雑言。終始和やかな雰囲気で車を走らせる。
そして、何事もなく目的地に到着。
【ピンポ~ン♪】
「は~い……あぁ!アキラくん!久しぶり~!」
黒村のおばさん、ホント変わらないなぁ。
「ご無沙汰してます。今朝話した、黒村くんと親しくしていた方を連れてきました。」
「猿城 玲奈です。」
深々と頭を下げる猿城さん。
(このお方が……ロム様の……生母様……)
「あらあらあらあらあらあら~!可愛らしいお嬢さん……この子はアキラくんの?」
「いやいや、違います。夏休みだけ高校で講師やってて、そこで一緒に講師をやっている人です。」
「それはわざわざ……さ、上がってね。」
「「お邪魔します。」」
まずは、お仏壇で黒村に挨拶。まずは俺から。
【チーン、チーン】
(……ここに居ないのは知っているけどナムナム……)
続いて、猿城さん。
【チーン、チーン】
(……これは一体、何の儀式なのか……)
「じゃあアキラくん、後は好きに持って行っていいからね。」
「はい、それでは、遠慮なく。」
その状況をイマイチ理解していない猿城さん。
俺と猿城さんの二人だけで、黒村の部屋に向かう。
毎週のように通い、さんざん飲み明かしたこの家。
ある日を境に来なくなったけど、それでもとても懐かしい気持ちになる。
部屋を開けて中に入ると、何も変わっていない、あの頃のままのアイツの部屋があった。
「あの……こちらは……」
「アイツの部屋ですよ。」
猿城さんが唖然としていた。
どこまでこの世界の事を知っているのかは分からないけれど、部屋に飾られたフィギュアの数は数百体。俺らの間で「人形部屋」と呼んでいたこの部屋は、妖魔の猿城さんにはどう映るんだろうな……ドン引きの表情でした。
「猿城さん、形見分けってご存知ですか?」
「形見分け……すみません、私には……」
「亡くなった人と親しくしていた人に、亡くなった人が遺した物を分ける習慣があるんです。俺が前にここに来た時は、気持ちの整理がついていなくて何も持って行けませんでした。猿城さん、今回やっと踏ん切りがつきました。猿城さんのおかげです。ありがとうございます。」
「もしかして、私にも形見分けを?」
「はい、彼の思い出の品です。是非お持ち帰りください。アイツも、ご家族も喜びます。」
(本当!?労せずに入手できるなんて……)
めっちゃ嬉しそうな顔をする。今日イチやんけ。
「ありがとうございます……それでは、黒村くんから聞いていた物があるので、出来ればそれを……」
「どういた物ですか?」
「仮神殿に収められた少女像の話をしていました。それは、この中のどれでしょうか?私は、それを頂きたいと思います。」
「ああ、アレですか。」
「ええっ!?わかるんですか?」
「ははは、アイツが特に気に入ってたヤツですよね。わかりますよ。」
見渡す限りのフィギュアの中ではなく、俺は押し入れを開ける。
そして、ゴソゴソと中に入っていく。
「あっ、あのっ!」
「あぁ、ちょっと待ってください。ありましたよ。ちょっと中に入れます?」
狭っ苦しい押し入れの中の奥の奥。
LEDで照明まで設置された、段ボールで作られた神殿のような、豪華な箱の中にあるソレを指さす。
「……少女?」
「アイツにとって、コレは少女なんですよ。」
(何だ?このゴツゴツとした……いや、しかし女子生徒が着ている制服を着ている……この男が、迷いなくここに入って行った事を考えると、あながち間違いとも……いや……)
「あれ?アイツの隠し神殿ったらコレなんですけど、お気に召しませんでした?それでしたら、向こうのスク水少女かスケスケランジェリーの……」
「いえ、楠木さんがこれと仰るなら、もちろん大丈夫です。」
「それは良かった。猿城さんの物と、私が欲しい物が、被ってなくて良かったです。」
「あの、ちなみに、楠木さんはどのような物を?」
(この男が持ち帰る物を、念のために確認しておかねばな。)
「私は、5体持って帰ります。えっと、先ほどおススメしたこのスク水の少女、スケスケランジェリーのママ、マイクロビキニの獣人、パンチラアイドル、あと、最後のコレは絶対で、白いベビードールがほんのり透けてて、この、ちっぱいの……」
(ひっ……これは……何と卑猥な……こんな物をロム様が……???)
「いや、あの、まだ、この子らの魅力については、語り尽くせないですよね……うわ、コレやっぱヤバい……あの、このちっぱいの先にある御乳頭様の造形がですね――」
(いやいやいやいやいや、私は女だぞ!?そのような物を見せつけるとか……何を考えているんだこの男は!!!)
「もう、もう、大丈夫ですから。ええ。ありがとうございます。本当に、助かりました!」
「そうですか……いや、わかりました。つい、好きなものを目にすると興奮してしまって……ははは……さすがに、お葬式の時にコレを持って帰るのは、さすがに不謹慎かと思ってまして……大変心残りだったんです。」
「いえいえ、楠木さんには感謝しかありません。本当に、有難うございました。」
すげぇ。ゴミを見る目どころの騒ぎじゃない。お陰様で、帰りの車中は凍てついた愛想笑いのオンパレードでしたよ。
しかも、近くの地下鉄まででOKというね。まさかそこまで嫌われるとは思わなかった。
「何から何まで、有難うございました。本当に助かりました。それでは、失礼いたします。」
引きつった笑顔で、めっちゃ早口で喋る猿城さん。
一刻も早く、この地獄から抜け出したいか。そうかそうか。
「今日はお疲れさまでした。お二人にも、よろしくお伝えください。では、また明日。」
爽やかに挨拶して、車を走らせる。
いざ、向かうは、理事長宅。
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