第64話 ご褒美の余韻

「俺の方も色々ありましたよ。講師の3人、妖魔で確定してます。ご存知でした?」


「まぁ、シッポは掴ませてはもらえなかったけど、アタリは付けてた。何処で判ったの?」


「さっき歓迎会やってもらった帰り道です。猿城えんじょうさんの可愛らしい顔が一瞬、妖魔の顔に戻りました。」


 ジト目で俺を見るエレナさん。


「あら、猿城えんじょう 玲奈れいなさんの顔がお好み?」


「まぁ、可愛いですよ。でも、それが妖魔の手段ですよね?それこそ、色仕掛けで何やかんや。手練手管ってヤツでしょ。」


 さらにジト目で俺を見る。


「へー、色仕掛けね……」


「いやいや、その時は記憶が戻ってませんから。若い男子の健全な状態ですよ。」


「じゃあ、今はどうなのよ。」


「妖魔バージョンの凶悪な笑い顔を見てしまったからなぁ。アレ見ちゃったら、もう元気にはならないかなぁ。」


「……元気?」


 そんなに突っかからないでいただきたい。

 ただでさえ超絶美少女のドキドキ制服姿に緊張してるのに、そんなクズを見る目で見られたら新しい癖が生まれ出そうです。


「……ま、いいわ。それで?どんなアプローチをして来たの?」


「明日、黒村の家に行くことになります。家の住所を聞き出すのに必死でしたから、何かを持って帰るんだろうな……俺も一緒に行って、何らかの行動の阻止をします。」


「誰と行くの?」


「猿城さんか、カズマさんかな?3人で来る可能性も……無きにしも非ずです。」


「魅了されないでよ……アレは魔法だから理屈じゃないし、どうしようもできないわよ?」


「どうだろう。飲み会の席で、ウィルバートの悪口を言ったので、もしかしたら大丈夫じゃないかな。」


「……何て言ったの?」


「ウィルバートをぶっ潰してやる。死ねばいいのに。」


 ブフォっと盛大にお紅茶を吹き出すエレナさん。

 俺の顔面にちょっと、どうしてくれんのさ。何のご褒美さ。


「あんた……」


「あの3人は大爆笑してたよ。もうね、好きなだけ駒にすればいい。その代わり俺は好き勝手にやらせてもらう。一切気を遣わない事にした。それも織り込んで俺の行動をコントロールすればいい。ホンットに考えるだけ馬鹿馬鹿しい。でも、一応は国王な訳だから、周囲の目がある時はそれ相応の態度で接するから。大丈夫。オトナだから。」


「そういう所が子供なのよ……」


「あと、向こうからは誰が来てるんですか?」


「ジャムカとスカンダとレナート。」


 おっと、その3人だったか!

 ジャムカさんはわかった。バルさんも来てたかと思ったけど、スカンダさんだったんだな。


「やっぱり赤城先生は、レナートさんだったんだ……コッチでも向こうでも性格が同じって、ある意味凄いからなぁ。皆さんは、何処で暮らしてるんですか?」


「赤城先生の家。ジャムカは小太郎に、スカンダは瞬之介に転身したの。二人とも両親が他界されている子で、一人で生活をしていたみたいなの。向こうからコッチに来て一人で生活はたぶん無理だから、今は赤城先生の家に泊まってる。ホント、レナートは凄いわ。コッチに来てすぐ何でも覚えて、ちゃんと教師として勉強を教えられるのよ?信じられない。」


 まぁ、レナートさんらしいといえば、ねぇ。


「だってあの人、完璧超人だもん。エレナさんはどうなの?」


「私は転移。理事長とウィルバートの意識は共有しているみたいだから、そのまま理事長の家に住んでる。理事長の息子が校長で、今は夫婦で海外の姉妹校に視察に行ってるんだって。だから、好きにさせてもらってる。それに、あそこは結界があるから安全なのよね。」


 理事長とウィルバート……そんな事が出来るんか。


「そっか、住む場所が安定してるなら、それで良かったよ。」


「コッチに来て2週間くらい経つけど、電気ってメチャメチャ便利ね。あとスマホと腕時計。こればかりは向こうには無いわ。あんた、よく向こうの生活に順応できたわね。」


「でも、向こうは向こうでスゴいよ。魔石があれば何でもできる!って感じだもん。コッチよりも凄い事を平気でやってるでしょ。これは俺の考えなんだけど、コッチに居た人が向こうに転移して、何とかしたくて魔石で道具を作ったと思うんだよね。明らかに同じ考え方ってのも多い。」


「あぁ、それはそうかも。何かわかる。」


「エレナさんさぁ、コッチに来て俺の苦労は分かってくれた?何も知らないで異世界に放り込まれてみ?少しは尊敬してくれてもいいんだよ?」


「まぁね。これはよく頑張ったわ。しょうがない、たまには誉めてあげるか。はい、よーしよしよし。ちっちっちっちっ。」


「犬か。」


「お手!おかわり!伏せ!」


「一個足りなくない?鎮座を語源とする―――」


「はい良くできました~~~!!!」


【チュッ】


「へ?」


「はい、ご褒美。今日はもう、泊まって行くから。お風呂借りるわよ。覗いたらウィルバートにチクるからね。」


「は~~~い、ごゆっくり~~~。」


 コッチに来てから覚えたと思われる、J-POPを鼻唄交じりに歌いながら、脱衣場へ消えていく。

 唇に残る、柔らかい感触の余韻に呆然としていた。




 エレナさんの鞄はマジックバッグ仕様になっていました。

 そんな小さな鞄からお泊まりグッズ&マイ夏布団セットが出て来るとはね……。


 風呂上がり、麦茶を飲みながらパジャマで寛ぐエレナさん。違和感ゼロ。


「畳にお布団って最高よね。向こうにも欲しいわ……アキラが向こうで家を建てるなら、全部和室にしなさいよ。ナディアの泉の隣とか、広くて最高の場所じゃない。」


「それはいいけど、畳が無いんじゃないの?」


「いや、ウィルバートが作らせたはず。でもエレオノーラは和風派じゃなくて洋風派だから封印してるのよ。」


 畳あるのか……いいなぁ……。


「じゃ、そろそろ寝ますか。明日はどうします?早朝に家まで送る?」


「わざわざ帰るのは面倒なのよね。車で学校まで一緒に乗ってってもいいんじゃない?」


「いやいや、そんな事したら事件ですよ。事案発生ですよ。」


「レナートがうまくやってくれるんじゃない?赤城先生、講師とも生徒ともかなりうまくやってるし。」


「だとしたら、先に口裏を合わせておかないと……って、ちょっと、何処に掛けて?」


 気付いたらスマホでどこかに連絡を取っている。

 エレナさんがスマホとか、違和感ありまくり。だけど似合いすぎ。

 赤い革の手帳型ケース。おぉ、意外とシブいな。


「もしもし?エレナです。夜分遅くにゴメンね。うん、ちょっと変わるから。」


 スマホを手渡される。


「あの……もしもし?」


『はい、赤城です。アキラさん……ご無沙汰しております……』


「レナートさん……あの時は、本当に失礼を致しました……お詫びを言っても、キリがないほどで……」


『いえ、こちらこそ、ちゃんとお話をしておくべきと思っておりました。誠に申し訳ございませんでした。』


「いやいやいや!レナートさんが謝る事では……!」


「ちょっと、そう言うのはまた今度にしてよ。レナート、今日はアキラの家に泊まるから。明日はたまたま一緒に来たって事にして。」


 横からエレナさんが会話に入りこんで来る。

 ちょっと、油断しすぎ!密着が……!


『承知致しました。お任せ下さい。あ、アキラさん?ジャムカが話したいそうです。代わりますね。』


「はい、大丈夫ですよ。」


『……アキラ?』


「はーい、お久しぶりですー。」


『おお、アキラだ。久しぶり。オマエこんな所から来てたんだな。すげぇなコッチの世界。』


「そうだよ~!そっちはどう?うまくやってる?」


『まぁな。でも、俺は向こうの方が性に合ってるかな。』


「まぁ、人それぞれだよね。俺は向こうも凄く好きだよ。」


『ナディアとエレナが居るからだろ?』


「……まぁ、そうだなぁ。そうだよ?悪いかい!?」


『ははは、悪くねぇよ。そんなモンだろ。それだけだ。じゃあ、また明日な。』


「ああ、また明日。ちょっと、レナートさんに代わってもらえる?」


『あいよー…………はい、代わりました。』


「レナートさん、今日起こったイベントをエレナさんに伝えておきますので、直接聞いていただいてよろしかったですか?。」


『わかりました。では、また明日。お休みなさい。』


「はい、お休みなさーい。」


【プツッ】


 何と言うか、便利だよな。電話って。


「これで問題ないわね。さ、寝よっか。アラームは6時でいい?」


「ホントに、たった2週間で使いこなしてるねぇ……」


「そう?こういう機械式の物は好きよ?でも時計だって、向こうではまだまだ動力は螺子巻き式だし、腕時計もあるにはあるけど、魔石を強引に入れてるから大きいし、高い。これくらい小さかったらなぁ~。ホラ。見てみて~。」


 鞄から取り出したのは、やや小さめのドレスウォッチ。

 ボディカラーがシルバーで、文字盤にはグレーオパーリンという模様が入っている。文字盤カラーはブルー。インデックスの6か所に小さなダイヤが入っている。

 エレガントで大人の雰囲気を出しがらも、可愛らしい印象を持っている。

 そして何といっても、12時の直下に入っているマークは……「Ω」あんた……コレ……。


「文字盤の色違いをナディアにも買っちゃった!うふふ、お揃い~。」


「コレはカワイイなぁ。似合ってるわ。ってか、チカラあるな……!」


「向こうで妖魔倒したら宝石はゴロゴロ出るじゃない。それをちょっとね。うふふ。」


 市場価値だけは崩壊させてくれるなよ。


「あと、コッチのは衝撃耐性と防水が凄いヤツ。ウチの隊員に支給したい~!電池を魔石で応用出来たらなぁ~!!!」


 Gなショックのメンズモデル。デジタル表示とアナログ表示の両方を持った、艶消しの黒。

 エレナさんの腕にはゴツくて大きい時計だけど、それがまたアンバランスな感じでカッコイイ。


「コレ最近のモデルだよね。カッコイイなぁ……俺もいくつか持ってるんだよ。」


「え~~~!見たい見たい!」


 俺の自慢のアイテムを見せびらかしたり、実は腕時計を10本も購入していたエレナさんに自慢されたりしながら、その日はちょっとだけ夜更かしをして就寝。


 さて……明日は長い一日になりそうだなぁ。先に起きてシャワーでも入って、気合い入れて行かねばな……


 色々話が出来て良かったなぁ……


 ナディア……絶対帰るから……


 エレナさん……




 ~~~




 布団に入り込んで1分も経たずに、隣からすうすうと静かな寝息が聞こえて来る。

 恐ろしいほどの寝付きの良さにほんの少しだけ呆れるが、焦がれる程に再会を待ち望んだ人が、目の前にいる。


(私も早く寝ないと。)


 そうは思うのだが、なかなか寝付けずにいた。

 寝て、起きて、もし隣にこの人が居なかったらどうしよう。

 そんな気持ちが、益々寝付けない原因になっていた。


 体勢をコロンと変えて、隣でスヤスヤ寝ているアキラを見る。


(コッチの気も知らないで……)


 コロリと回転して徐々に近づき、頬杖をついて寝ているアキラの顔を覗き込む。

 口をポカンと開けたマヌケヅラ。完全に熟睡している証拠だ。


 手を伸ばせばすぐ隣に居る安心感。その居心地の良さに浸っていると、ようやく睡魔が襲ってくる。

 久しぶりの穏やかな就寝に、エレナは心から幸せを実感していた。

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