第63話 猿芝居
どう考えても、わからん事ばかりだ。もっとちゃんと話を聞くべきだった。
訓練場を飛び出した時もそうだけど、相手の話を聞かず、勝手に行動するからこうなるんだ。
会社に入ってからは、そんな事はした事もないし、ありえないと思っていたんだけどなぁ。
まずは店に戻ろう。同じ事を繰り返すのはダメだ。
今の俺の状況とか、何でロムさんの実家に行きたがっているのか、その辺りを突っ込んでみよう。
あとは、あの3人がウィルバートの部下か、別の勢力の誰かか。何者なのかが判ればいいんだけどなぁ。
もしかしたら、もう帰っちゃってるか……まぁ、その時は明日だな。
・
・
・
確か、この店だけど……看板が無い。
あれ?違ったっけ?いや、ココだよな。
【ガチャ、ガチャ】
あー、お店が閉まってるか。
そうか、じゃあしょうがないか……
「楠木くん。」
振り向くと、猿田さんが黒塗りの高級国産車の後部座席から手を振った。
「丁度良かった。今、玲奈を迎えに来ていたんだ。良かったら、乗って行かないか?」
運転席にはカズマさん、助手席には玲奈さんがいて、こちらも笑顔で手を振ってくれている。
丁度いい、これなら全員と話が出来る。けど。
「あの、カズマさん、さっき酒を飲んでませんでしたっけ……?」
するとカズマさんがわざわざ降りて来る。
「飲んだら乗るな!ですよ。ホラ。」
ビニール袋をフーっと膨らませて、俺の顔の辺りに撒いてニオイ判定。
あれ、全く飲んでなかったっけ?まぁ、飲んでないのなら問題ない。
「わざわざすみません。それでは、お願いします。」
俺は後部座席の左側に乗り込む。玲奈さんの真後ろ。顔が見えない。
「早速ですけど、俺、ウィルバートに記憶を全部消されてコッチに戻されたっぽいんですよ。」
「「「えっ」」」
3人の驚きが見事にハモる。あれ?これは素のリアクションじゃないか?
「だから、あのクソジジイに指示されての事だったら何も教えません。また俺の記憶を消して、どこかに放り投げてください。」
すると、猿田さんが俺の肩にポンと手を置く。
「楠木くん……ウィルバートと言えば新作の敵じゃないか。玲奈、もしかして楠木くんに話したのかい?」
「あっ……ごめんなさい、つい……」
「俺は一日も早く、ウィルバートをぶっ潰してやりたいですね!あンのジジイ……死ねばいいのに……」
すると俺以外の3人が大爆笑する。そんなに笑うかと思う程。
「全く問題無いさ。そうか、ぶっ潰してやりたいか……これはいい。最高の言葉だね。」
「すいません、ついつい悪ノリをしてしまいました……でもマジメな話、黒村の家に何かあるんですか?」
この突っ込みには、一歩引いたような感じで答える猿田さん。
「何か、とは?」
「だって、わざわざ住所を聞き出すのに、猿城さんが積極的なアプローチを仕掛けて来るんですもん。何も無いのにこんなキレイな人がそんな事するハズ無いじゃないですかー!」
悲しい言い分……酔っ払いを演じなければやってられない。
カズマさんが飲みかけのお茶を軽く吹いてた。
「私は、そういうつもりじゃ……!」
「ははは、楠木くんは結構飲んでいるようだね。よし、家まで送ろうか。」
そんな玲奈さんの動揺を知ってか知らずか、猿田さんが話を巻きに入った。
ここまでか。
「はい~、地下鉄の精進川駅までお願いします。買い物して帰らないといけないんです。」
「OK、了解した!」
カズマさんが車を発進させた瞬間、急に強い眠気が発生して、深い眠りについた。
~~~
「じゃぁ、何から何まで本当にありがとうございました。また明日、よろしくお願いします。」
そう言って、駅前のコンビニにフラフラと入っていくアキラを見て、運転席のカズマが笑いながら話し始める。
「楠木くん、大丈夫か?フラっフラじゃないか。」
「家が近いと言っていたし、大丈夫だろう。それに、あの酔い方だ。今の彼からは何の情報も引き出すことは出来無いだろう。今日は撤収でいい。」
玲奈が顎に手を当てて、一考する。
「なーんかね。私は引っかかるんだけど……」
「何だ?オマエの色仕掛けがモロバレで、逆にそれで性欲を満たそうとしてた事への不満か?」
「そうじゃないわよ!」
図星を突かれてムキになって答える玲奈。
たまにこういった人間は居たが、全てベッドの上で亡き者にして来た。
「ウィルバートに記憶を消されたと言っていたな。ロム様が記憶を消して、こちらに戻したはずだが。」
「ロム様からは、そのように伝えられたけど……」
猿田の問いかけに対して玲奈が答え、カズマも首肯する。
勿論、伝者を通して聞いたので直接と言う訳では無いのだが。
「ふむ……どういうつもりで彼がそう言ったのかは不明だな。その辺りは、明日にでも聞くとしようか。」
「でも、まさか異世界の人間がウィルバートをぶっ潰してやりたいと言うとはな。死ねばいいのに……って言ってたぞ?ホント、楠木くんとはうまい酒が飲めそうだ。」
カズマが思い出し笑いをしながら話す。
「そうね、アレはビックリしちゃった。フェイン、私ニヤけてなかった?」
「一瞬、レーブの顔に戻っていたぞ?」
「うっそ!本当!?大丈夫だった?」
「彼が居た後方からは見えない角度だ。久しぶりに見るレーブの表情は……美しかった。帰るのが楽しみだな。」
やや焦り気味の玲奈を猿田がフォローする。
頬を赤らめ、蕩けそうな視線で猿田を見る玲奈。
「ジュール……」
「そう言う事は帰ってからやってくれ。ホラ、楠木くんが店の中で転んでいる。本当に大丈夫か?」
3人が笑いながらコンビニ駐車場を離れ、何処かへと走り去る。
それから5分後、アキラはおぼつかない足取りでコンビニを出る。
フラフラと歩く素振りを見せながら、左のドアミラー越しに見えていた玲奈の笑顔を思い出す。
面影は玲奈でありながら、瞳は赤く、肌が白い得体の知れない生物に化け、悦びに満ちる凶気の笑みを見せた。
「妖魔か……」
誰も居ない道、車では入り込めない遊歩道や階段を選びながら、いつもより30分以上も遠回りで迂回路を進み、ようやく住んでいるマンション『クリエイティブガーデン南』に到着した。
「やっとついた……さすがに遠かった……」
玄関先のブロック花壇に、座り込んでいる一人の影が見える。
(マジか……まさか、玲奈さんとか……?いや、違う。制服だ。)
そう思ってよく見ると、高校の制服を着た少女だった。
青みがかった銀色の長い髪を風に揺らし、膝を抱えて俯いている。
「……絵玲奈さん?」
アキラの声に反応した少女がゆっくりと顔を上げる。
何かに疲れたような表情で、アキラを見る。
今は全ての記憶を取り戻しているとはいえ、向こうから来たエレナ本人かどうかはわからない。
何となく気まずくなるのが嫌だったので、講師の楠木として生徒の御手洗さんに話しかける事にした。
「御手洗さん、どうしたんですか?こんな所で、こんな時間に……」
「楠木先生……」
「遅い時間ですし、ご家族が心配なさっていると思いますよ。」
「……待っていたんです……」
そう言って、ぽろぽろと泣き出してしまった。
「あの、ちょっと落ち着きましょう。どうしたんですか?」
ハンカチを差し出しながら、とりあえず落ち着かせに入る。
こんな状況を他の住人に見られたら、とんでもない悪評が立ちそうで怖い。
「お話したい事があります……」
「私で良ければ聞きますよ。場所を変えましょう。駅の近くに、ファミレスが―――」
「先生の家でも……」
「男の一人暮らしの部屋に、入れる訳にはいかないよ。」
「私は全然……」
「歩いても近くだし、安全な場所の方が、安心して話ができるんじゃないかな?まず、ご両親に電話を―――」
「いません。」
「え?」
「両親はいません。なので、大丈夫です。先生の家でお話をさせて下さい。お願いします!」
これは困ったな、と思っていたのと、他の可能性もあるなと思っていた。
誰かが陰に隠れていて、こっそりと撮影して俺を追い落とす作戦など。
そんな事をしても何の意味も無いけれど、それをされると社会的に抹殺される可能性が大きすぎるとも考えた。
「今、ここには一人で来たんですか?」
「はい。」
「お友達や、保護者の方は?」
「いません。一人で来ました。先生を困らせる事はしません。お願いします!」
ずっとこの場所で、社会人と女子高校生が押し問答をする絵面の方がよっぽどヤバいと考え、意を決する。
「じゃあ、散らかってるけれど、大丈夫?」
「はい!大丈夫です!」
ようやくブロックから立ち上がる御手洗さん。
この子は、どっちなんだろう。御手洗さんなのか、エレナさんなのか。
もし御手洗さんだとしたら、特に何の問題もなく話は終わるだろう。
でもエレナさんだとしたら。
あの3人と同じくロムさんの住所だけを知りたくて待ち構えていたんだろうか。
会社に入ってからは、企業の論理というか大人の考えと言うか。
何も聞かされていないことなど当たり前。むしろ、そんな事を主張するのは甘っちょろい子供の考える事だと思っていた。
しかし、こちらに戻ってくる直前のアキラがとった行動は、無責任に逃げ出しただけで、社会人としては逸脱した行為だったと、冷静になった今となってようやく思える。手遅れかもしれないのだが。
オートロックを開けて、エレベーターで8階へ。
無言のまま、801号室へ。
【ガチャッ】
「じゃあ、あまり遅くならないようにね。」
玄関の鍵は掛けずに、とりあえず玄関で少し待ってもらう。
取り急ぎ、薄い本を奥の和室に隠して、脱ぎ散らかした衣類を押し入れに突っ込んでテーブルを拭く。
「じゃあ、どうぞ。」
「お邪魔します……」
やや緊張した面持ちの御手洗さん。
ソファーに誘導する。その間にお湯を沸かして、お紅茶を淹れる。
服を着替えず、そのまま御手洗さんの斜め前に座布団を引いて座り込んだ。
~~~
「さて、どうしましたか?伺いますよ。」
「夕方に赤城先生から借りた資料の、黒村という人の事なのですが……」
ああ、やっぱりそうか。それが目的か。そうだよな。
予想していたとはいえ、本当にそれが聞きたかっただけなんだな。
もしかしたら、違うんじゃないかって。そりゃ期待してたさ。
でも、こうして現実を叩きつけられると、いい年してみっともないけど、切ない。
「……知ってるよ。友人だったからね。」
「あの、その方について―――」
「もう随分前の話になるけど、彼はもうこの世にはいないんだ。話はそれだけかな。明日もあるし、今日の所はお引き取りを……」
「いえ、今の話は……聞くように頼まれたんです。気を悪くさせてしまったら、ごめんなさい。伺ったのは、別の理由です。見ていただきたいものがあったからです。」
鞄から取り出したのは、赤い面と黒い面の、使命の印。
おー、思えば、コレから始まったんだよな。
「コイン?コレが、何か……」
「ご存知じゃないですか?」
「……最近、ゲームセンターには行ってないから、ちょっと分からないね。」
「では、こちらは?」
鞄の中から取り出したのは、レナートさんから餞別でもらったマジックバッグ。
コッチの世界でも使えるならちょっとした騒ぎになるな。
「これは、どういった物で?」
「ご存知じゃないですか?」
「そうだね、ちょっと良く分からない。」
次から次と俺が向こうに居た時の思い出の品物が出て来る。
お手製のノート、グローブ、マント、金貨や銀貨、宝石。何と、ハウスラットの尻尾まで。ライナさんにわざわざ借りて来たのか?
いやコレ、コッチで売りたい……海外の城も買えるぞマジで……一人暮らしだけど。
「随分と、沢山入るカバンだね。」
「あの……コレは?」
取り出したのは、妖精ナディアが来ていた……訓練着と、赤の剣士隊の制服……。
ちょっとコレは胸がチクチクする。ナディア……。
「ミカちゃん人形の洋服ですか?さすがに私は……分からないですね……」
そして取り出したのは、所々塗装が剥げ掛かった黒縁の眼鏡。
「これは、ご存知じゃないですか?」
「そうですね、私は視力が回復しましたので、眼鏡は使用していないですね。」
「楠木先生……」
俺を正面に見据え、姿勢を正す。
「はい?」
「アキラ。」
「え!?」
「さっきの話でわかったから。私の記憶が無いんだったら、黒村の事も分からないはずだから。」
「……そっか。じゃあその後の演技はバレバレ?」
「ええ、バレバレよ。茶番ね。ナディアの服見た時の動揺ったら無いわ。」
「そりゃ、そうだ……エレナさん、俺が間違っていました。皆が組織的な動きをしている中で、幼稚な自己主張をしていました。」
「そんな事よりも、ウィルバートに吐いた私とナディアへの暴言の方がひどい。私もナディアもそんな事はしてないし、しない。今までだって、これからだって!」
「はい。エレナさんはヤリマンビッチではなく、ナディアはハニトラの道具じゃないです。でも、これはあの時に口に出た呪いの言葉です。嫉妬に狂った俺の本性です。勢いで言った事の自己嫌悪中です。正直、二人に合わせる顔がありません。」
「あの発言を許すには条件があるの。」
「……出来る範囲で何でも聞きます。」
「予防線を張るんじゃないわよ。アキラ、フラムロスに戻ってきて。ナディアも、レナートもみんな待ってる。」
それは……願ったり叶ったりです。でも。だって。だけど。
「皆さんの、俺を蔑む顔を見るのが正直怖いです。」
「はぁ?そんな訳無いじゃない。そもそもあの訓練場の時だって罪悪感が凄かったんだから。本当よ!?この3カ月、ナディアも、私も、あんたが居ない部屋で……どんな思いで……」
「エレナさん。」
俺は徐に立ち上がり、ソファーの横に立つ。
チョイチョイと手を振って場所を空けてもらい、隣に座る。
「こんな情けない俺ですが、許してくれますか。」
「……そう言う割にはちょっと偉そうじゃない。何様のつもりよ。」
「俺様です。でも、エレナ様とナディア様には頭が上がりません。」
「そうね。私達、また強くなったから。絶対に、あんたに、見せつけてやるって……もう、本当に、勝手に、居なくならないでよ……」
急に、強い雨が降り出してきた。
エレナさんの号泣を打ち消す程の雨音が、部屋の中に響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます