第62話 最後の欠片

 何だかなぁ、年取ると涙腺が弱くなるって本当なのかもしれないなぁ。


 出掛けにエレナちゃんが泣き笑いだったから、つい、つられそうになっちゃった。

 最初は俺をゴミを見るような目で見てたけどなぁ……半年も共同生活してて情が沸いたのかね。いいお嬢さんだよな。

 徐々にツンデレ発言になってきて、色んな感情を出してくれるようになって、最後の方はかなり楽しく話が出来たと思うし。


 まぁ、いい人たちだよなぁ。ホントに。

 レナートさんは底なしだわ。何をしたら怒るんだか全くわかんない。なんであんなに良くしてくれるのか……。


 あとは王様まで来てくれたんだよなぁ~。

 見た目は死ぬほど怖いおっさんだけど、やたら軽い感じで話してくださる……まぁ尻マッサージでよだれ垂れ流してたのはどうかと思うけど。


 でも王妃様……おっぱいしか覚えてない……エレナちゃんの初対面が王妃様に似てる、だったから……ふむ……エレナちゃんを大人に成長させて爆乳にした感じか!!!

 まぁそんな事、守護隊のパティちゃんに聞かれようモンなら全力で嫌われそう。絶対に言えねぇ。


 それにしても、あのパティちゃんの動きは凄かったなぁ~。さすがは吸血鬼の半妖。でも、一緒に居たリンツはもっと凄かった。あの二人は本当におかしい。

 トドメが守護隊の隊長。存在自体見た事ない。何処に居るかもわかんない。いつの間にか先行して大魔獣を弱らせて、俺らにトドメを刺させるとか、もう色々おかしい。


 その若い二人が口をそろえて「隊長を超えてる」「赤の騎士は人間じゃない」って言うレナートさん、どんだけ強いんだ?

 まぁ、俺だって、そんなレナートさんに叩き込まれたんだから、ちょっとぐらいは強くなってるのかなぁ。

 とりあえず、中魔獣なら力技で何とかできるようになったけど、氷の息は卑怯だよ。ホントに。氷柱ミサイルじゃん。死ぬって。いや殺しにかかって来てんだけどさ。

 中級妖魔の魔法、あれも反則だよなぁ~。苦手だ……コッチもブンブン魔法を打てればいいんだけどなぁ。

 となると魔石を魔改造するとか……いや、魔石は兵器になりそうだからダメか。危ない物を作って、混乱を起こすのはダメだ。


 俺はあくまでも外野の人間なんだから、余計な事は絶対にしちゃダメだ。

 だから、使命で若者を見守るぐらいがちょうどいいんだよ。

 ま、降りかかる火の粉ぐらいは払うけどね。ぬふふ。でも慢心ダメゼッタイ。




 おー!あの木、デカいな!何の木だ?

 もしかして……ファンタジー世界の定番、世界樹の木ってヤツ?

 すっげぇ遠くにあるはずだけど、こんだけ大きく見えるって事は、近くで見たらとんでもない大きさなんだろうな。

 冒険者登録をした後で行ってみたいな。ギルドの人にでも聞いてみようかな。


 ん?


 絵描きさん?


 あの木を描いてるのかな……って何それ。めっちゃ上手い。すげぇ。

 え、マジか。離れた所から見てるからかもしれないけど、写真並みのクオリティだよアレは……。


 ちょっと、近くで見てみたい気がしちゃう……いや、今はギルドで登録をしないと。

 登録が終わった後にでも、ちょっと見に来ちゃおうかな……あ、でもちょっと、怖そうなお兄さんっぽい……ん?


 あれ、ちょっと。


 ちょっと。


 うわー、ちょっと、あの人すげぇ似てる。


 座ってる後ろ姿で思い出しちゃった。


 レザー系の上下で、かなりウェーブのかかったミディアムヘアー。メタリックな装飾品をジャラジャラと。

 背が高くて、ホットなクールガイを自称するヘタレ野郎で、酒が強くて、男気があって、優しくて、情に脆くて、情に流されて……はぁ。絵が上手かったんだよなぁ。


 あんな事さえ無ければ、なぁ。


 思い出しちゃった。見て見ぬフリで通り過ぎよう。

 うん、それがいい。


「こんにちわー。」


 おっと、お兄ちゃんが挨拶を……俺だよな。周りは居ないし。

 ならばお返事をせねば。地域の住民の方に、悪い印象を与えるわけにはいかない。


「あ、どうもこんにちわー。」


 通り過ぎようとした一瞬、目が合った。


 向こうの人が画材を落として立ち上がる。


 互いに固まる。


 相手が語り掛ける。


「アキラ……オマエなんでココに居る?」


「ロムさん……?」


 こんな所で会うとは思ってもいない人。

 いや、元の世界でも、二度と会う事が出来ない人。

 数年前、自ら命を絶った黒村くろむら 俊和としかずが、アキラの目の前で、呆然としていた。


「あんた、生きてたのか……!?」


「いや、俺は何というか……転生というか、召喚というか。何、オマエも?練炭?」


「それ笑えない……ロムさんだ……俺はたぶん、転移……ってかあんた何死んでんだよ!」


「あー、それはマジでスマン。みんな、元気?」


「はぁ!?スマンとか……何言ってんの?」


「ん~、まぁ、それに関しては色々あった。でも今はこの通り、生きてるし。もう、いい。」


「コノヤロウ……って、そのフィギュア持ってんのかよ!」


「あぁ、向こうで俺の最期を看取った、俺の嫁だからな。そりゃ、あるだろ。」


「俺達がこの子を棺桶に入れてやったんだよ。淋しくないようにってさぁ。何だよそれ……。」


「もう一人の嫁は部屋に残したけどな。失敗した。あの子が居たら完璧だったんだけどな……。」


「あの子って……わざわざ神棚っぽくしたアレか!うるせえよ知るかよ!」




 かつての友人との再会を純粋に嬉しく思う黒村だったが、この世界に来て自身に降りかかった事を思うと、手放しで喜んでは居られない状況だった。


「アキラ、オマエは何でココに呼ばれたんだよ。」


「言ったら帰れなくなるかもしれないから言わない。」


「そんな事は無い。帰れるだろ?というか、そんな事はどうでもいいから、さっさと帰れ。」


「どうでも良くはないよ。せっかく色々と鍛えてもらったから、その恩には報いたい。」


「……何も、いい事ないぞ。こんな所、ロクでもない。」


「それを言ったら、ロムさんはどうなんだよ。帰らないのか?」


「俺はもうココでいい。」


「何だ?あの女にフラれたの引き摺ってんのか。でもあん時の俺より全然マシじゃねぇ?」


「正直スマンかった。でも、今はもうどうでもいい。理由はそんなんじゃねぇ。」


「じゃあ、どんなんだよ。」


「クソ共を見張ってる。」


「クソ共って……誰さ。」


「いや、聞くな。もうあっちの世界に帰れよ。何なら俺が戻してやるよ。」


「聞くな」と言われて拒絶されたような印象を受け、つい怒気の孕んだ言葉になってしまう。


「聞くなって何だよ!言いたい事があるんだろ?じゃなかったら、わざわざクソ共とか言わないだろ!だからお前は!誰にも何も言えなかったから!オマエはあの時、あんな死に方をして―――」


『黙れ』


 どこからか、女性の声が低く響いた。


「……ちょっとロムさん、誰?聞こえた?」


『害を為さんとする者』


「あー……違うから。コイツは友人だから。怒んないでいいから。」


「ロムさんは今、誰と話してるの?」


『許すまじ』


 その瞬間、大気がバチバチとざわめき、静電気が発生した際のイオンに満ちた臭気が充満する。

 同時に、黒村の手から放たれた光の渦がアキラを包み込む。


「うわっ!何これ?身体が……浮く!」


「アキラ、すぐ向こうに戻す。スマン。この世界の事も、俺の事も何もかも忘れてくれ。会えて嬉しかった。」


「おい!ロムさん!」


『王の御前から失せろ』


「イオナ落ち着け!」


 巨大な雷がアキラを目掛けて落ちて来る。

 轟音と共に稲光がアキラを打つ。アキラはその巨大な衝撃波を受け、意識を失う。

 生身の身体に対するダメージは光の渦によって相殺されるが、身に着けている衣服は燃え尽きる。

 ポケットに入れていた鉄製の眼鏡だけが、原型を留めたまま地面に投げ出される。


 光の渦は徐々に小さくなり、アキラと共に消えた。


 しかし元の世界に戻すはずの光の渦は、落雷による干渉を受けてねじれが生じていた。

 光の渦は2年半後の同じ場所に出現し、アキラを転移させて消えた。

 気を失った状態で全裸で横たわっていた所で、ジャムカという少年に発見される。

 しかしそれまでに過ごした半年間の記憶は無く、フラムロスでの新たな日々を過ごしていく。


 その後、黒村の記憶以外を取り戻すが、訓練場で起こった傷害事件を発端として、この世界から出て行く事を決意する。

 そしてウィルバートによって、転移した日に帰される。


 フラムロスで過ごした全ての記憶を消去されて。




~~~




「……さん…………楠木さん……」


 ハッとなって目覚めるアキラ。

 すでにエステマシンは取り外されていて、口をポカンと開けて寝てしまっていた。


「あぁ、猿城さん……失礼しました、寝てました。」


「どうでしたか?リラックス出来ましたか?」


「ええ、ありがとうございます。えっと、すみません、急用を思い出してしまいまして、今夜はお開きにさせていただいてもよろしかったでしょうか?」


「えっ!?」


 突然の解散宣言に焦りを見せるレーブ。


「あの、楠木さん?まだ時間もありますし、もう少しだけ……」


「猿城さん、本当にすみません!」


 さっきまでの骨抜きの男とはまるで違う印象。


「もしかして……黒村くんの事を思い出したのでは?」


 ロム様の記憶がそんなに衝撃的だったのかとレーブは思った。


「そうですね、それもあります。あと、急にこんな事を言い出したのは私ですので、こちらの払いは私にさせてください。」


「あっ!あのっ!」


 わざとらしくもあるが、さっきまで楽勝で通用した抱き付きで引き留めに掛かる。

 しかし、それすら両腕を優しく掴まれて解かれる。


「今日は、本当にありがとうございました。また明日、学校でよろしくお願いいたします。」


 これ以上の引き留めは無駄と悟り、レーブは今出来る一手を打っておく。


「わかりました。引き留めてすみません。あの、もしよろしければ、黒村くんの生家について、場所などは……」


「あいつの実家ですか?猿城さんはご存知なかったんですか?」


「ええ、私は一度も……」


「家に帰れば住所は分かりますから、明日お渡しします。線香の1本でも、あげに行きましょう。それでは、お先に失礼します!今日はありがとうございました!」


 マスターに支払いをしようとした所「猿田様より頂戴いたしております。」との事。マジか。

 そして出掛けにもう一言。


「今日は本当にありがとうございました。」


 走って出て行くアキラを見送り、二人は顔を見合わせる。


「急にどうしたんだ?」


「さぁ?私が分かる訳ないじゃない。でも、ロム様の記憶を完全に取り戻したみたいね。生家の場所は明日教えてもらって、そのまま早退するわ。何としてでも手に入れる……!」


「ついに、か。長かったな。生家執務室の仮神殿に収められた少女像……これで全ての準備が整う。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る