第61話 夢のような時間

「今晩、親睦を兼ねて飲みに行きませんか?」


 初日の講義を終えて帰り支度をしていると、猿田えんださんが飲みに誘ってくれた。

 仕事の打ち合わせに行く事はあるけれど、飲み会の席で他社の方との意見・情報交換の機会が殆ど無い。皆無と言ってもいいレベル。

 なので、こういう場を設けて下さる機会はとても大事だ。


 でも今夜は……


楠木くすのきさん、私も行きますよ。(この飲み会の後で、ゆっくりお話ししたいです……)」


 おうふ、猿城えんじょうさんにコッソリと耳打ちされる……。


「いいですね!お誘いありがとうございます。是非とも参加させてください。」


 こういう所は単純な性格で良かったと思う。


「私の知り合いの店で、旨い酒が飲める店があるんです。そちらでもいいですか?」


「もちろんです。」


 やった!色々な意味でやった!今日はいい日だな。

 でも酒か……年度明けから少し飲むようになったけど、酒は弱いからなぁ……飲み過ぎないようにしないと。


「それでは、また後程お会いしましょう。18時30分に、地下鉄カヤノ駅のすぐ近くにある『土の都』でお待ちしていますね。」


「はい、それではまた後程。」


 俺は自分の車で、3人はハイヤーで高校を後にした。

 車を置いて、今日は地下鉄で行こう。飲んだら乗るな!

 あとはシャワーに入って……しっかり歯を磨かなきゃ。むふ。




「「「「かんぱ~い!!!!」」」」


 チンとグラスを合わせる。

 グラスに注がれたお酒が持つ独特の香りに、程よく優しい甘み。


「ヤバい。コレ、すっごく美味しいです。メープルっぽい味と香りのお酒ですね。こんなお酒があったとは……」


「エラーブルというお酒なんです。私も凄く好きなんですよ。」


「へぇ~!これは是非とも覚えておかないと。」


 猿城さんの服装は、さっき迄のピシっとしたビジネススタイルから、斜め前髪のゆるふわセミロング。

 丸く開いた襟元、ノースリーブでやや丈が短めのワンピース。そのギャップに激しく萌える。


「甘くて、飲みやすくて、ついつい、飲んでしまします……」


 俺の隣に座る猿城さんが、ニコリと微笑む。

 ゴクリゴクリゴクリ。


「ホント、美味しいですね!あの!エラーブルをお願いします!」


「気に入ってもらえて何よりだよ。」


 そこからは世間話がてら、今の仕事の話を当たり障りのない程度に。

 もちろんクライアントの名前は出さないが俺のジャスティス。


「えええ!皆さんコマンドキューの方でしたか!……って事は、もしかして猿田さんって……」


 コマンドキューとは、穂邦ほぐに市に本社がある新進気鋭のゲーム会社。

 そうだ、確か企業ロゴが猿のマークで、社長の苗字が確か……猿なんとかさん。


「私が代表を務めさせて頂いております。猿田えんだ 正術まさみちと申します。」


「まさかこんな所でお会いできるとは……という事は、カズマさんって、確かプロデューサーの……」


「はい、『王国志』のプロデューサーをやっています。クレジットにはカタカナでエンダカズマって書いてます。」


 はえ~~~!!!


「まさか、高校の先輩にそのような方々がいらっしゃるとは……私、あのゲームの大ファンなんですよ。」


「そう言っていただけると嬉しいですね。開発に苦労した甲斐がありました。ささ、どうぞ遠慮なく。」


 楽しい会話と楽しい食事。

 そして程よい量のお酒も手伝って、とても会話が弾んでいた。


「じゃあ、新作を手がけられていると……!」


「勿論、ヒミツですよ?楠木さんだからこそ明かすお話です。」


「それと、新作の背景アーティストに従妹の玲奈れいなが加わっているんです。」


 ビックリして猿城さんを見る。にっこりと微笑むが、やや寂しそうな表情にも見える。


「実は、黒村くろむらくんもこれに関わる予定があったんです。」


「あぁ……同級生の……実は今日、アルバムを見たんです。大変に申し訳ないのですが、彼に関して何も覚えていなくて……」


 するとテーブルの下で、猿城さんが、俺の手を、握って来た。


「私、今の仕事に打ち込んでいます。だから……もう大丈夫です。」


 猿城さんが握ってくる手の力が思いの他強い。

 ちょっと痛い……いやいや、彼女も色々な事を抱えながら頑張っているんだな。

 ほんの少しだけ握り返してみる。

 すると、ちょっとだけ驚いた顔をして、ニコリと微笑んでくれた。


 胸のドキドキが止まらない。




 飲み始めて、およそ2時間。

 猿田さんのスマホに掛かってきた電話は会社からで、非情な呼び出しコールだった。


「楠木くん、大変申し訳ない。私とカズマが会社に戻らないといけなくなってしまったんだ。」


「今からですか……それは、お察しします……」


「私なら大丈夫よ。楠木さんと、ゆっくりおしゃべりしていくから。」


 猿城さん、少し酔っているのか俺の手をさわさわと……正直、たまりません。

 するとカズマさん。


「済まないけど、もう少しだけ玲奈の話し相手をしてやってくれないかな?飲み足りないって顔をしているんだ。」


「ええ、もちろんです。大丈夫です。」


 さらにドキドキが加速する。


「楠木くん、今日は君の歓迎会みたいなものだから、食事代は私に持たせてくれないか。」


「ええっ!そんな大丈夫ですよ……」


「我が社はいつでも、楠木くんの席を空けて待ってるからね。」


 そんな社交辞令を言われて浮かれる事は無いけど、憧れの会社の人に言われると嬉しいよね。


「楠木くん、ご・ゆ・っ・く・り。」


 サムズアップするカズマさん。あぁ、色々とバレてますか。

 そして会計を済ませ、笑顔でお店を出て行く二人。


 何とも、世間は広いようで狭いと言うか何と言うか。

 あの猿田さんにご馳走までしていただくなんて恐縮しきり……夢のような時間を過ごせたけど、遠慮しないヤツだと呆れられてないか、ちょっと心配。


「せっかく二人になった事ですし、場所を変えちゃいましょうか。私が良く行くお店があるんですけど、いかがですか?」


 そう提案して来る猿城さんに二つ返事でOKしてお店を後にした。

 次に向かうお店は、猿城さんが行きつけのBAR ロムリエル。

 やや暗めの落ち着いた照明で、カウンター席の他に個室がいくつかあり、マスターからは一番奥の個室を用意される。甘々カップル席だ……。


「いつもは一人とか、従兄達と来ているので、いつか個室に入ってみたかったんです。お付き合いいただいて、ありがとうございます。」


「いえいえ、こう言った個室の空間ってなかなか無いですよね。すごく落ち着くいいお店ですね。」


 そう言いながら、ちっとも落ち着いてない。

 超狭い空間に女性と密着して飲むなんて、何ここ?天国?


「「かんぱ~い」」


「お、これはエラーブルがベースなんですね。」


「『グリューネの赤い涙』というカクテルなんですよ。実はこれ、カズマが考えたんです。」


「ベリー系の鮮やかな赤か……ほのかな酸味と甘みがあって、コレも美味しいです。」


「実は、ちょっとした隠し味もあるんですよ。」


「ホントですか?何だろうな……それは教えてもらえるんですか?」


「企業秘密です。」


 そう言ってニコリと笑う猿城さん。何と言うか、ありがとうございます。


 色々と話をしている中で、新作ゲームのネタをちょっとだけ教えてもらっちゃった。


「……最終手段として、魔王を召喚せざるを得なくなったんですね。」


「そして国民は復讐を果たす為に魔物の姿になって、一丸となって大国に立ち向かう、大筋はそんな感じなんです。」


「なるほど。敵は所謂ヒーロー側で、序盤に散々苦労させられて、それでも理不尽な相手を討ち果たす。いいですね。面白そうです。」


「わかっていただけますか!!!嬉しい!!!」


 そう言って抱き付いてくる。


「え、猿城さん……!!!」


「……玲奈って、呼んでください……」


「……玲奈さん……」


 ちょっとだけ玲奈さんの身体が離れ、顔が、唇が、少しずつ、少しずつ、近づいていく……


【ガチャン!】


 うおぅ!ハっとなる。


「失礼致しました。」


 マスターが謝りの言葉を入れる。

 そして玲奈さんと顔を見合わせて、ほんの少し前の盛り上がった雰囲気に照れたりする。


「ちょっと、トイレに行って来ますね~。」


 そう言いながらおトイレへ。

 ちょっと気まずい感じをリセットですよ。


 戻って来たら……夢のようなひと時を……むふ。




 ~~~




「ちょっと、随分いいタイミングじゃない?」


 テーブルに肘をついて、やや不機嫌そうな顔をする玲奈。


「こんな所で始めるなよ?レーブ。」


 落としたグラスを片付けながら、店のマスターは答える。


「あらフェイン、妬いてるの?」


「誰が妬くか。俺の空間を汚すなよ?魔法が解けるからな。」


 先程別れたカズマ、フェインは店のマスターに姿を変えていた。

 この世界でも魔法は使用できるが、向こうとは比べ物にならない程に魔力が弱くなっているため、自身の変身と、閉店したBARを利用して店内装飾を作り出す事が精一杯だった。


「もう、彼は堕ちたわよ。」


「あんな分かり易い色仕掛けで……魅了を使ったのか?いくら何でも早過ぎだろ。」


「全然。拍子抜けよ。楽でいいけど……ちょっと残念。」


 連れて帰りたいとまで言っていたレーブは、アキラの内面に獣の本性を垣間見たからであって、全くの期待外れに失望の色を隠せなかった。


「まぁ、そう言うな。楠木くんも舞い上がっているんだろう。」


「あら珍しい。フェインが人間を庇うなんて。」


「この世界のルールに従ってみただけだ。ジュールも言っていただろ?しかし、色々と騙されたと知った時の反動は大きいんじゃないか?」


「私は騙してないけど?一緒に「黒村くん」のお話をするお誘いはしたけど、あとは彼が妄想を膨らませただけ。」


「まぁな。」


「ねぇ、ここで記憶開放してもいい?ロム様の生家の場所がわかれば、それで全て終わらせるから。」


「好きにしろ。」


 そんな会話をしていると、アキラがトイレから戻って来た。


「お待たせいたしました……おお、ソレは何ですか?VRみたいな……」


「会社でも使っている、眼の疲れをほぐすエステマシンですよ。楠木さん、肩が張って凄かったので、少しはリラックスできるかなと思ったんです。」


「おお~、いいんですか?家電屋でも気になっていたんですよね。」


「では、早速始めましょうか。眼を閉じて、楽にしてくださいね。」


 このエステマシンには仕掛けが組み込まれている。

 1つは、深い眠りにつかせる魔石。

 もう1つは「ロム様」が施した記憶消去を解放する魔石。


「リラックスしてくださいね……」


「はい……」


 深い深い眠りに落ちていくアキラ。

 記憶の底にぼんやりとかかった靄が、ゆっくりと晴れていく。


 ・

 ・

 ・


 レナートの家を出発して、喫茶店 兼 冒険者ギルドへ向かう最中。

 アキラは、徹底的に鍛えられたこの半年間の事を思い出しながら、これからの使命の旅に思いを馳せていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る