第60話 寝起きは夢か、幻か

 朝の会議が終わり、いよいよ講義開始の時間。


「では楠木くすのきさん、そろそろ時間ですね。最初の講義には、私も同席させていただきます。よろしくお願いいたします。」


 赤城あかぎ先生が同席していただけるのは、とても心強い。


「はい、よろしくお願いいたします。」


「がんばってくださいね!」


 猿城えんじょうさんが可愛らしい笑顔で小さいガッツポーズ。かわいい。


「はい、ありがとうございます。」


 う~~~、緊張するな……。

 ある程度プレゼン慣れしてるとは言え、最初はどうしても強張ってしまう。


 廊下を進んでいくと、懐かしい中庭。理科実験室。音楽室。階段を上って3階へ。

 誰も居ない2年生の教室を横目に、一番奥にある2年1組の教室へ。


「まずは、お呼びするまでこちらでお待ちください。」


「わかりました。」


 扉を開け、赤城先生が先行して中に入る。


「よし、始めるぞー。」


 全部で7名。どういう人たちなのかね。

 この待たされる時間が、途轍もなく長く感じる……。


「……それでは、楠木先生、よろしくお願いします。」


 よし!行くぞ!気合いだ!しっかり喋るぞ!


 中に入る。


 前列に3人の男子、後列に4人の女子。

 前列の中央に居る男子と、後列の左端に居る女子が机に突っ伏している。

 起きている男子二人はしっかりと目を開いて俺を見ている。値踏みされてる感じっぽい……。


「おはようございます。これから1週間、皆さんに講義をします、楠木 亮です。よろしくお願いします。」


「「「よろしくお願いします。」」」


「私にとっては初めての講義ですので、皆さんの顔と名前が一致していません。ですので、皆さんの名前を呼ばせていただきます。大きな声で返事をお願いします。大きな声が出せない場合は、挙手でも結構です。それでは、いけさん。」


 前列左端の男子が、スっと手を上げる。


南雲なぐもさん。」


 返事が無い。


南雲なぐも 小太郎こたろうさん。」


 返事が無い。


「体調不良でしょうか。」


 やはり返事が無い。


「赤城先生、南雲さんはもしかして、何らかの事情をお持ちでしたか?」


「いえ、ただの居眠りです。」


 半分呆れて、半分笑いながら答える赤城先生。

 その言葉につられて、周りの生徒も笑っている。


「……そうですか。それでは、学校としてはこの場合、どういった対応をすることになりますか?」


「まずは口頭で注意します。それでも状況が改善されない場合、体調不良を疑います。ですが、居眠りである事を確認し、この時間は出席していると言い難い場合、この時間の単位は取得していない事になります。」


「それでは、私独自の判断ですが、起こしてみる事にします。赤城先生、よろしかったでしょうか?」


「はい。お任せします。」


 俺は南雲くんの机を、優しく2回叩く。


【コンコン】


 …


【コンコン】


 …


【コンコン!大丈夫かい!?】


「あ!す、すいません!!!」


 よだれを垂らしながら大いに慌てて起きる南雲くん。周りの生徒が笑っている。


「眠い?大丈夫?」


「あ、寝てました……!!!あんた―――」


「南雲くん、講師の方が来てくださっていますよ。寝惚けるのは家だけにしてくださいね。」


 赤城先生のナイスな突っ込みで教室内の雰囲気が明るくなった。


楠木くすのき あきらです。今週1週間、よろしくお願いします。」


「あぁ……よろしく……」


「では次、比企ひきさん。」


「はいっ!」


 元気よく、挙手をしながらの返事。


「では、次は後列。天野あまのさん。」


「はいっ!」


火那嶋かなしまさん。」


 火那嶋さんは、無言で挙手。


霧野きりのさん。」


「はい。」


御手洗みたらいさん。」


 返事が無い。


御手洗みたらい 絵玲奈えれなさん。」


 返事が無い。


「体調不良でしょうか。」


 やはり返事が無い。


「赤城先生、御手洗さんはもしかして、何らかの事情をお持ちでしたか?」


「いえ、こちらもただの居眠りです。」


「そうですか、それでは起こしてみますね。」


 俺は御手洗さんの机を、優しく2回叩く。


【コンコン】


 …


【コンコン】


 …


【コンコン!大丈夫かい!?】


「何よ!!!」


 明らかに苛立った雰囲気で、起き上がり様に睨みつけて来る。

 直後、睨みつける雰囲気が若干変わった気がする。コレはヤバイって思ったな?

 理事長の遠縁だろうが、そんな事は関係ないぞ!……と思っておこう。


「楠木 亮です。御手洗 絵玲奈さんですね?」


「……はっ……はい……」


「今週1週間、よろしくお願いします。」


「……よろしく……お願いします……」


「はい、皆さんに協力を頂いて、顔と名前が一致しました。でも、もし間違った名前を呼んでしまいましたら、その時はすぐに訂正をお願いします。それでは、早速講義に入らせていただきます。まずは、私がどうして今の職業に就いたか、お話をしたいと思います。」


 ウケを狙わずに、自分が話せる事を誠心誠意伝える努力をする。

 自分自身、ちゃんと相手に物事を伝えない傾向があると思っているので、ちゃんと相手に自分の考えを伝えるように努力している。


 南雲くんも御手洗さんも、あれからは寝ずにちゃんと話を聞いてくれていた。

 他の生徒もしっかりと話を聞いてくれていたみたいで、最後のプチ質問コーナーでは、比企くんと天野さんから色々と質問をされた。二人の誘導尋問がとても面白いアプローチで、危うく会社をディスるところだった。

 でも、今まで会社でやって来た講義や社員教育などでは質問が来る事が殆ど無いので、ちょっと嬉しい。


「それでは、本日の講義は終了します。長い時間、ありがとうございました。また明日、よろしくお願いします。」


 そう言って、俺と赤城先生は教室を後にする。


「いやぁ~、緊張しました~!!!」


 初日をやり遂げた感で、気分がすっげー楽。


「そうですか?随分と慣れた様子でお話をされていましたよ。」


「いやいや、そんな事はないですよ。でも教室に入った瞬間2人寝ていたので、これはどうすればいいのかと焦りましたね……赤城先生がきちんと説明してくださったので、とても助かりました。ありがとうございました。」


「残念ながらよくある事です。」


「日々のご心労、こちらこそお察しします。」


 そんな話をしながら、赤城先生は職員室へ、俺は会議室へと戻って行った。

 中に入ると、猿城さんが一人、カリカリと手帳に何かを書きつけていた。

 午後の部は猿城さんか。事前のチェックは欠かさない感じだな。しっかりしてる。


「お疲れ様です。」


「!!!ええ、お疲れ様でした!」


 慌てて手帳を閉じる猿城さん。そんな、ネタ帳を覗くような真似はしませんよ。


「事前の準備は大切ですよね。お邪魔にならないように、私は図書室にでも行っていますよ。」


「あっ!あのっ!」


 俺が部屋を出て行こうとすると、慌てて駆け寄って来る。

 そして、背中にピッタリとくっついて、柔らかい感触が、背中に。


「私……もう……彼の事を……忘れないと……」


 マジかおい、何が起こってるんだ?初対面だで?

 いくら俺がその、黒村くんと同じクラスだったからと言って、こんな事って……。


「今夜……私にお時間を……いただけますか……」


「はい……大丈夫です……」


 即答。すると猿城さんが離れて。


「約束ですよ。」


 カワイイ。心臓がバクバクする。

 とりあえず色々な所を落ち着かせるために、図書室へ向かう事にした。




「おおお、この本まだあったのか。」


 俺が昔読みまくった「写真で見る世界の歴史シリーズ」を本棚の前でしゃがみ読み。

 家にネットが無かったから借りて見まくってたな……すげぇ懐かしい。

 司書室には誰も居ないから、一人で残りの時間をたっぷり満喫できそう。


【ガラッ】


 ん?誰か入って来た?

 この場所からだと、本棚の陰になってるから見えないんだよな。


【ガチャッ】


 鍵!?うっそーん!


「あの!中に居ますよ!」


 慌てて出て行こうとすると、御手洗さんが扉の前に居た。

 向こうも驚いた様子で俺を見ている。


「あぁ、ビックリした。あれ?もうお昼休み?」


「……探し物を……」


「あ、そうか。了解しましたよ。」


 お、そういえば、卒業アルバムがあったよな。黒村くろむらくんって、どんな人だったかな。

 写真を見たら思い出すかもしれないから、念のために探しておこう。


 卒アル……卒アル……あれ?この棚にあったはずだけど……。


 あ、もしかしたら個人情報保護の観点的なヤツか?

 全て仕舞ったか、廃棄した感じか……いや、廃棄は無いか。だとしたら司書室の鍵付き書庫の中。

 それは閲覧出来ないか、残念。


「……失礼します……」


 御手洗さんが声かけてくれた。手に持っているのは、大きく、ぶ厚い……卒業アルバム?


「あれ?それって、閲覧できるの?」


「……赤城先生に、許可を、いただきましたので……失礼します!」


 そう言って走って出て行こうとする。


「あれ!?開かない!ちょっと!!!何で!?」


 いやいや、さっきあなた、鍵かけたでしょ……。


【ガチャッ、ガラッ】


 すると、外から鍵が開く。今度は猿田えんださんの年下の方、カズマさんが現れた。


「おやおや御手洗さん、こんな所に居ましたか……」


「あ、猿田さん。お疲れ様です。」


 俺が声を掛けると、ちょっと驚いた感じのカズマさん。


「あぁ!楠木さんいらっしゃったんですね。これは、御手洗さんが勝手に資料を持ち出そうとしていたものですから。」


「あれ?先ほど、赤城先生の許可をもらったと……」


 黙り込む御手洗さんに、カズマさんが笑顔で話しかける。


「いけませんよ、大人を騙しては。さぁ、それを渡してください。」


 卒アルを抱きかかえる御手洗さん。

 よく見ると、俺らの年代の卒アルを持っていた。


「それ、俺の年代のヤツだね。久しぶりに見た。じゃあ、ちょっと見せてもらっていいかな?その後で、赤城先生に渡しておくから。」


 するとカズマさんが慌てたように。


「いや、あの、楠木さん……」


(私も、黒村くんの事を見ておきたかったんで、丁度良かったです。実家に帰ればあると思いますけど、今見れるなら見ておきたくて。ちゃんと返却しておきますので、ご安心ください。)


 コソコソ話。すると、ちょっと安心したのか「わかりました」と言って、戻って行った。


「じゃあ、そう言う事でいいですね?御手洗さん。」


絵玲奈エレナ……」


「え?」


「名前で呼んでくれたら、渡します。」


 いやいやいや、さすがに講師とはいえ、名前呼びはマズいんじゃないかな……。最近はそう言う事が問題になったりするじゃないか。

 まぁでも、本人の希望という状況なら問題は無いのか?


「では、それでいいですね?絵玲奈さん。」


 すると、絵玲奈さんから大粒の涙がポロっと零れ落ちた。


 ええええええええ!!!


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


「泣く程の事じゃないよ。大丈夫だから。ね。」


 そう言って、絵玲奈さんから卒アルを受け取る。

 こういう時は、落ち着いて話すのが一番ですよ。


「じゃあ、赤城先生に渡しておくからね。」


「はい………………………………あのっ!」


「ん?どうしたの?」


 じっと俺の目を見る絵玲奈さん。

 ん~~~、ちょっとこの空気は苦手だな……やっぱり今すぐソレを返せ的な?


 やや暫くの沈黙。


「いえ……何でも無いです。すみませんでした。失礼します。」


 そして目を伏せ、図書室を出ていく。


 ふうううううぅぅぅぅぅ……焦った……急に泣かれてもなぁ……そしてその後の沈黙は何だったんだ?

 そんな悪い事をしてる訳ではないだろうに……。


 ドッと疲れが出る。


 それに女の人に睨まれるという事自体、そうそう無いイベントだよなぁ。

 明日はちゃんと来てくれるか……ちょっと心配だなぁ。


 まぁ、考えてもしょうがない。

 せっかくアルバムもゲットしたんだし、俺の方の確認をしておくかな。うん、気分転換。

 同級生の黒村くん……黒村、黒村……お、居た。黒村くろむら 俊和としかず……。


 ・

 ・

 ・


 誰?


 全く記憶が無い。


 というか、こんな人居たっけ?というレベル。


 恐らくクラスの中のリア充軍団から、俺もそんな風に思われているに違いないけどな。ははは。

 ここに掲載されているのにわからない、イマイチ釈然としないまま、とりあえず図書室を出て職員室へと向かう。


 アルバムを赤城先生に渡して、事の経緯を話しておく。


「わかりました。その件につきましては、私の方でも把握しました。あと、アルバムはお預かりしますね。」


「はい、よろしくお願いします。私は、今日は図書室に居ますね。帰る前には会議室に行きますから。」


 さて、そろそろ昼ご飯の時間だな。

 近所にあった定食屋か、喫茶店か……久しぶりに行ってみようかな。わくわく。




~~~




 その頃会議室では、楠木以外の講師3人が打ち合わせを行っていた。


「楠木くんに資料を持たせる事には成功した。」


「よし、手に取った以上は閲覧するだろう。玲奈れいな、うまく行きそうか?」


「あそこまで印象付けておいたからには、見てもらわないと。私が見られ損よ。」


「それにしてもあの女子生徒、何故アレを持って出て行こうとしたのか……」


「向こうの者か?誰かが来た形跡は?」


「鏡がこちらにある以上、それは無いわ。」


「まぁいいさ。次の作戦は今夜だな。玲奈、オマエの魔法とロム様からお預かりした魔石で、楠木くんに眠っている「黒村くん」の記憶を戻してやれ。」


「ロム様と誼を通じた人間……どんな人間かと思っていたけど、私、あの男は嫌いじゃないわ。むしろ連れて帰りたいわね。」


「オマエがそこまで言うのは珍しいな。でも楠木くんはこの世界で働いている普通の人間だ。彼には、ロム様の生家に案内さえしてもらえれば、それで十分じゃないか。」


「人間に情けをかけるのか?ジュール。それこそ珍しい。」


「そりゃそうさ。この世界のルールに従おうじゃないか、フェイン。レーブはどうだ?」


「久しぶりの人間との合体……ゾクゾクするわ……」


「ああ、もうダメだな。面倒な事になるから、間違っても食うんじゃないぞ?向こうとは違うんだからな。」


「わかってるわよ。今夜はたっぷりと可愛がってあげなきゃ……」


 この場では互いをジュール、レーブ、フェインと呼び合う講師の3人は「ロム様」から与えられた任務を果たすために、次の作戦の準備に余念が無かった。

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