第34話 夢の歌姫
【エリアーナ!エリアーナ!うおおおお!!!!】
『みんな~☆楽しんでってね~☆!!!』
エレナさん、いや正確に言うならば20代前半と思われる程の見た目で、雰囲気を可愛らしくしたエレナさんが全力で踊っている。
観客は総立ち。その一挙一動に、熱狂と興奮が波動となって俺の身体にビシビシ響く。
ふと見ると、ナディアがエレナさんのダンスに合わせて身体を動かしている。マジか。
ジュリエッタさんはエリアーナちゃんそっちのけでナディアに視線が釘付け。瞬きすらしない。声を掛けよう物なら本気でヤられると思った。
正統派アイドルのような雰囲気の、テンション高めでノリノリの楽曲。
この曲、どっかで聞いたことある……どこだ……?
『LOVE!【LOVE!】LOVE!【LOVE!】オリア~ニ~!!!♪』
んんん?
『オリアーニのお店は~♪【ゲキヤス!】』
うわああああ!!!コレ!!!あれだ!!!
ウチの近くのスーパーのテーマソングだ!!!なんで……?こんなトコで……?
元の世界、一人暮らしの土日の買い物は車を出す事もなく、近所の商店街にある激安スーパーで買い出しをしている。
スーパーの店内BGMとして、無限ループでかかっているこの曲は地元でしか聞くことは無い。
しかもこの曲、10年以上も前に、俺が高校時代に部活と掛け持ちしていた音楽同好会の奴らと作った曲。
スーパーが主催したイベントで、採用賞金5万円につられて作ったスーパーのテーマソング。
それがめっちゃ現代風…というか、元の世界の今風にアレンジされまくってアイドルソングっぽくなってる。
「ちょっと来て、ちょっと来て、もっと来て。」
『ちょっと来て【右から!】ちょっと来て【全部!】もっと来て~!!!♪【買ったるわ!!!】』
「今夜は、何にしようかな。」
『今夜は【俺は!】何にィ~【絶対!】し・よ・う・かな~!?♪【エリアーナ!!!】』
エレナさんが歌ってるってことは、間違いなく俺が何かをやらかしたんだろう。合いの手まで入れちゃって…。
アレをここまで魔改造できるのは素直にすごいと思ったけど、たっぷりフルコーラスで高校時代の俺を晒されているような気持ちになった。生殺しとはこの事か。
その曲に合わせて、エレナさんに合わせて踊るナディア。
見ながら同じ振り付けで踊れちゃうのか……ナディア……恐ろしい子……!
そんなこんなで軽く悶絶気味に聞いてたら、何となく、ギターのクセが俺に似てる気がした。あまり上手くなかった俺なので、さんざん仲間からバカにされた、一瞬突っかかる感じ。
むむむと考えていると目の前の鎧さんが、俺の腕をチョイチョイとつつく。
表に出ろのリアクション。マジか、ノらない奴は外に出ろって事なのか…。
まぁ、勝手に俺が気恥ずかしい感じになっているだけだし、ナディアもジュリエッタさんも楽しんでいるようだから、そっと出口に向かう。
「いやぁ…まいったなぁ…。」
会場の熱気から解放されて、外の空気を吸い込んだ。
鎧の人が俺に付いて出て来た。
「あぁ、大丈夫ですよ。外で終わるのを待ってますから。」
「難しい顔をなさっていましたね、アキラさん。」
兜のマスクをカチリと外すと、何とレナートさんだった。
「この鎧は通気性が良くなくて、もう汗だくです。」
そう言って、若干力なく笑う。
「もしかして仕事って、この事だったんですか?」
「ええ、今日はちょっと事情がありまして…まさか、お二人とジュリエッタがここに来るとは思ってもいませんでした。」
「ナディアと街を見物したいなと思って相談しましたら、ジュリエッタさんが付いてきてくださる事になったんです。それでたまたまこのお店に入ったら、エレナさん…エリアーナちゃんですか?歌い始めてどうしようと思いました。」
「そうでしたか…いや、これはちょっと嬉しい誤算です。この曲が終わりましたら、ちょっとお話を聞いていただけませんか?アキラさんと、ナディアさんにです。」
「ええ?はい、大丈夫ですけど…」
そして一曲目が終わった時に中に戻り、ナディアに事情を話す。
ジュリエッタさんが殺すぞオーラを一瞬出したんだけど、鎧の人がレナートさんという事が分かると大人しくなった。そして全員で店の外に出て、裏口から楽屋へ向かう。BGMが可愛らしい雰囲気を抑えたロック色の強い楽曲に変わった。コレはついでに作らされた薬局のテーマだ。
楽屋に通されると、そこに居たのは意外なお二人だった。
「おう、アキラじゃないか。それと、こちらの女性は…」
「クリーゼル中将!?」
「あなた、ナディアちゃんですよ。」
「クリーゼル少尉も…どうなさったんですか?」
少尉…クラウディアさんがナディアにそっと近づき、優しく声を掛ける。
「やっぱり、無理したのね?」
「……ほんの、ちょっとだけ……」
「まぁ、そうよね……本当に、愛情の深い子……」
クラディアさんがそっと抱きしめて、ナディアの頭を撫でている。
やや顔を赤らめて、照れているような表情を浮かべるナディア。
予想通り、ジュリエッタさんが何らかの頂点に達している。
「アキラさん、一つお願いがございまして…。」
レナートさんの話によると、このライブの大トリでエレナさんとクラウディアさんが歌う事になっていた所、クラウディアさんが突然体調を崩してしまい、エレナさんが一人で歌う状況になってしまったようだ。
警護を兼ねてフルアーマーで店内に居たところに俺たちが入って来た。邪魔をするのもどうかと思って黙っていた所、ナディアがエレナさんの歌とダンスを初見で完全にマスターしているのを見た。
「ナディアさん、エレオノーラ様と一緒に、ステージに出演していただけませんでしょうか。」
「「え?」」
「恐らくナディアさんは先ほどの曲、エレオノーラ様の動きと曲を完璧に覚えていらっしゃると思われますが…。」
「ナディア…そうなの?」
「ええ…まぁ…」
「ナディア!行けるわよね!?」
エリアーナちゃんがダッシュで入って来た。似合いすぎてて何とも言えない気持ちになる。
「見てたわよ。ナディアはそのままやってくれれば大丈夫。私はクラウディアの振りでナディアに合わせるから。ね!お願い!」
「はっ…はいっ!!!」
有無を言わさぬ勢いに押される感じだ。大丈夫なのか…?
「あとアキラ!ギターで入って!」
「えええ!?俺!?」
「大丈夫、イケる。あと2曲分の時間あるから。じゃ、頼んだわよ!!」
有無を言わさぬ勢いは俺にも飛び火した。そのままエレナさんがステージに出ていく。マジか……!楽器なんて、何年も触ってないぞ?
『じゃあみんな、一旦休憩!座って聴いてね~。』
ちょっと落ち着いた感じで、しっとりとしたバラード系の楽曲…これは花屋のテーマだな。
「アキラさん、ナディアさん、このお礼は必ず致します。何卒、よろしくお願いいたします!」
レナートさんがこんな無理を言う事は今まで無かったと思う。
コレはのっぴきならない事情ってヤツだ…!
そう感じた瞬間に、社会人として長年培われた仕事モードに切り替わる。
「よし、ナディア、やるからには完璧に仕上げよう。クラウディアさんに見てもらってね。」
「はい!クラウディアさん、お願いします!」
「じゃあ、裏の部屋で合わせましょうか。」
そう言って、ナディアを連れて楽屋を出ていく。
ジュリエッタさんが一瞬残念そうな表情を見せたけど、さすがにこの切迫した雰囲気で何らかの行動を起こすことは無い。
「レナートさん、ギターをお借りしたいのですが。」
「承知いたしました。こちらをお使いください。」
手渡されたのはボディーのサイズが小さめな、赤いアコースティックギター。
「練習の音がステージに漏れたらマズいですよね。どこか別のお部屋に移動しますけど。」
「この部屋は外部に音は漏れませんので、そのまま練習していただいて大丈夫ですよ。」
「了解です、それでは早速。」
向こうの音は聞こえて、こちらの音は聞こえない…いや、今は余計な事を考えないでおこう。あの曲をあんな感じでやるなら、ピックが欲しいんだけどな…あと指が動くかどうか…。
杞憂だった。
うろ覚えで楽譜も無いのに、びっくりするぐらい指がするする動く。なんじゃコレ。こんなに弾けなかったはずだよ?
調子に乗って弾いてみるけど、やっぱりちょっと突っかかるクセは抜けないっぽい……いや、ナディアに言った手前、完璧に仕上げなきゃ。気合いの反復練習。ひたすら練習練習。
バラードが終わり、オーディエンスとの掛け合いが入ったポップな楽曲。魚屋のテーマがこんな事になるか…。
などと構ってるヒマは無い。時間が無いので最後の通し練習。
慎重に、焦らず、確認しながら……よし、よし、大丈夫だな。本番では勢いを殺さないようにしないと。
「お待たせしました……」
エリアーナちゃんに合わせた、フリフリのミニスカ衣装を身に着けたナディアが戻って来た。俺とジュリエッタさんの視線が釘付けになる。
「あの……どうですか……?」
ほんの少し恥ずかしそうに。
何というか……こう……俺……たまりません。
「すごく似合ってるよ。うん。すごくイイ。」
するとクラウディアさんが、ナディアを柔らかく抱きしめる。
「ナディアちゃん、本当にありがとう。」
「いいえ、クラウディアさん、お身体を大切になさってくださいね。」
何かを分かり合っている二人。
「ナディアさんは、ステージでのお名前はいかがいたしましょうか。」
「芸名…ですか。ナディア、何か希望はあるかい?」
「アキラさんに付けていただくのであれば、どのような名前でも。」
「そっか。それでは……………ナージャ。このステージではナージャで行こう。」
「はい!ありがとうございます!」
「承知しました。それでは、もうそろそろです。お二人とも、よろしくお願いいたします。アキラさん、ギターには、こちらの魔石を入れておきますね。」
薄黄色の透明な魔石をブリッジの辺りにある穴に入れて、ステージの方に出ていくレナートさん。
いよいよ、本番。決まってから、あっという間の出来事すぎる…。
『いよいよ今日のラストナンバーだ!ここでスペシャルゲストを紹介しよう!エリアーナちゃんのお友達が今夜だけのために来てくれたぞ!みんな!盛大な拍手で迎えてあげてくれ!ナージャちゃん!』
【うおおおお!!!!】
「せっかくだから、楽しんでやろうな。」
「はい!」
ナディア…ナージャちゃんがステージに上がると、会場がざわつく。
【うおおおおおおおおおお!!!!!ナージャちゃん!!!!!】
歓声の衝撃波とでも言おうか。
尋常じゃない盛り上がりを見せる。それをエレナさんがさらに煽る。
『ちょっと!私が出て来た時よりも盛り上がってるじゃない!!』
【うおおおおお!!エリアーナちゃん!!ナージャちゃん!!!】
おお、ちょっと出ていく隙がねぇ…。
ちょっと尻込みしてると、クリーゼル中将が背中をバンと叩いてきた。
「あの子はいい娘だな、アキラ。しっかり支えてやれよ?」
「…もちろんですよ!」
気合いを入れていただいた気がする。よし!行くか!
ギターの人が、ホッとしたような顔をして楽屋に下がる。もしかして当て振り?
ヅカヅカ入って来た俺を見て、バンドの皆さんが『誰?』って顔してるので、とりあえずペコリとしておく。
位置について、ちょっと音を出す。
【ジャッ、ジャッ】
おぉ、めっちゃ響く。それを聞いてエレナさんが「OK?」と親指を立てる。
もちろんですよ「OK!」と親指を立てる。
『最初で最後!ナージャと私の最高のステージを楽しんでね!!!』
【うおおおおおおおおおお!!!!!】
『曲はもちろん~~~LOVE!【LOVE!】LOVE!【LOVE!】オリア~ニ~!!!』
この日『歌姫の癒し亭』で行われたライブイベントは『夢の夜』と呼ばれ『夢の歌姫ナージャ』と共に語り継がれる事になる。
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