第33話 楽しき夜の市場散策
領都ストリーナの中心街はいくつかの市場で構成されていて、その一つ、オリアーニ市場にやって来た。
この辺りは、大きな冒険者ギルドがあるとの事で、24時間で装備や道具などが販売されているようだ。
その他にも宿や酒場、飲食店、歓楽街と、冒険者の拠点として人気のある場所らしい。
熱気と活気があって、すごく面白そうな雰囲気だけど、それはあくまで俺一人の場合。
何と言っても今回はおデート。街ブラでウインドウショッピングなどをキャッキャウフフと出来るようなイメージとは程遠く、荒くれた野郎ども(冒険者)がガハハと酒を飲み、笑い、殴り合うような場所でいいんだろうか。
いや、いくない。
だが、おもしろい。
そう思って振り返ると、目の前には俺じゃなくてナディアに視線を釘付けのあの人が立っている訳で。
「アキラ様、ナディア様をこのような場所にお連れするおつもりですか?」
冷静にツッコミを入れるのは、普段着でニコリと笑うジュリエッタさん。
どうしてこうなった。話は1時間ほど遡る。
「このお時間に、お二人だけで外出をされるという事につきましては…誠に恐れ入りますが、お薦め致しかねます。」
レナートさんは出掛けているので、クロークでアルフレードさんに相談してみたところ、そんなお返事となってしまった。
「そうですか…それでは、庭に出るのはダメですか?」
「これからですと、庭園の閉園時間まではおよそ30分程度となりますが、よろしかったでしょうか?」
「まぁ、そうですよね。俺の思い付きで来ちゃったからなぁ。ナディア、それでもいいかい?」
「私は、アキラさんと一緒に外を歩けるなら、何処でもいいですよ。」
そう言って笑ってくれる。ええ子やで…。
「それでは、庭園に行ってきますね。閉園になったら戻ってきますので。」
「承知いたしました。お時間の許す限り、散策をお楽しみくださいませ。」
「了解しました。じゃ、ナディア行こうか。」
「はい。アルフレードさん、ありがとうございます。」
そう言って深々と一礼する。
アルフレードさん、このナディアは初見のはずだけど一切の動揺が無い。流石は執事。
エレベータで降りると、メイド姿のジュリエッタさんが深々と一礼をして立っていた。
一礼から、姿勢を戻す。
「行ってらっしゃいませ、アキラ様、お連れ様。」
ん?お連れ様?
ナディアと顔を見合わせる。
そうか、アルフレードさんしか知らないのか。
今は妖精のナディアが居ない状態だから、こんなに落ち着いた状態で居られる感じ?それにしても、お連れ様って。
「ありがとうございます。じゃ行こうか、ナディア。」
俺がそう言うと、ジュリエッタさんの右眉が僅かに動く。
(ナディア?)※心の声
そう言って、チラっと俺の隣に居る女性を見る。
その視線に気付いてナディアが微笑むと、何故か目線を外してほんのり頬が赤くなる。
「あの…ナディアですよ。」
「ジュリエッタさん、いつも気に掛けてくださって、ありがとうございます。」
ナディアに声を掛けられた瞬間、ジュリエッタさんの顔がみるみる赤くなり、やや小刻みに震えている。
(なっ…!うそ…っナディア様…なの?何で?私の名前…知って…?)※心の声
すると、スイーっとエレベーターの扉が開き、アルフレードさんが出て来た。
「これジュリエッタ、お二人の邪魔をするでない。アキラ様、ナディア様、孫娘が大変に失礼を致しております。」
「お爺様……これは……どういう……」
まさか、こんなにオロオロするジュリエッタさんを見る事になるとは。
妖精ナディアを想う気持ちが、揺らいでしまわないか…ちょっと心配になったりする。
「お二人は庭園へ散策に向かわれる。それでは、お二人ともお気をつけて。」
「はい、それでは行ってきますね。」
「行ってまいります。」
アルフレードさんとジュリエッタさんに軽く挨拶をして、庭園へ向かう事にした。
エントランスを出た瞬間、豪華庭園のライトアップが一層の輝きを増す。
園内の高低差のある芝面を利用した、さざ波を演出するかのようにほのかに発光する広大な光の川。
様々な色にライトアップされた噴水が、さまざまな動きで空間を華やかに彩る。
「これは…すごいな…」
「キレイ…」
歩道両脇の木々にはイルミネーションが点灯し、光の洞窟となってロマンティックさを演出している。
たくさんの恋人たちが、庭園の風景を心から楽しんでいる。
ゆっくりと、庭園を歩く。
ナディアを見ると、目をキラキラさせて風景を楽しんでいる。
ふと目が合うと、そっと腕に手を回してきた。そしたら俺は手を繋いじゃう。
これは連れて来て良かった…こんな景色はなかなか見ることは出来ないし…手を繋げるよろこびよ…。
しばらく歩くと、全てのライトアップがゆっくりと消え、街灯の灯りだけが道を照らす。
「あぁ、終わっちゃたかぁ。」
「とても美しく、素晴らしかったですね…」
その余韻に浸りつつ、庭園の帰り道をゆっくりと歩いていく。
「もうちょっとだけ歩いたら、お部屋に戻ろうか。」
「ハイ。」
手を繋いで、まったり歩く。うんうん…とてもいい雰囲気だ!!
エントランスが近づいてくるなぁ……ん?
「エントランスの前に居るの、ジュリエッタさんじゃない?」
「え…?あ、ホントですね…」
互いに、ちょっとばかり照れが発動。ゆっくりと手と腕を離す。
まぁ、バレバレなんだろうけど。
俺らの事は目視していたであろうジュリエッタさんが、ピシっと姿勢を正す。
その服装は、普段着だった。
「お二人の市街区観光を、警護させていただきたく思います。」
さっき引き留めてしまったお詫びに、街ブラの警護役を行っていただけるとの事。そのために、一切目立たないような服装で出て来たらしい。
ちなみにアルフレードさんは、それであれば問題ないという事で了承済みだそうだ。確かに、レナートさんの副官で赤の剣士隊の隊長。警護にこれ程の適役はいない。
「とてもありがたいです。ナディアはどうだい?」
「もちろん、喜んで!ジュリエッタさん、ありがとうございます!」
まさかこれから外出できるとは思っていなくて、それをジュリエッタさんが何とかしてくれた事に大感激したナディア。
ジュリエッタさんの両手をギュ~っと握って感謝感激の嬉しさを爆発させている。めっちゃ喜んでる。ホントに良かった!
ジュリエッタさん、少し驚いた雰囲気だけど「とんでもございません」と一言。おお、超クール。
(尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い)※心の声
「それでは、早速行きましょうか!ジュリエッタさん、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
という訳で、夜の街へ繰り出したのでした。
現在、オリアーニ市場前。最初の会話に続く。先手、ジュリエッタさんの笑顔の抗議に対して、後手、アキラ。
「こういった、荒っぽくて雑然とした所は嫌いじゃないですよ。シャレオツな場所は王都にもあると思いますし、それだったらココの雰囲気を見た方が面白そうじゃないですか。」
「私は初めて見る物ばかりですので、何処にでもお供します。それにジュリエッタさんがついて下さっていますから、安心です。」
「それでは参りましょう。」
早いよジュリエッタさん。俺の発言がどうこうじゃなく、ナディアの「安心です」発言でジュリエッタさんのハートに火が付いたと思われる。いや、まぁ、いいんだ、俺は。
俺は左、ナディアが右。ナディアの右斜め後ろの直近にジュリエッタさん。
後方かつ外側からの不測の事態に備える感じなのかな。さすがだよなぁ…。
(…ナディア様…すごい…いい香り…すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…)※心の声と効果音
元の世界なら芸能人かモデルさんとも思えるような、とにかく人目を惹くその容姿。ただ道を歩くだけで、周囲から物凄い注目を浴びるナディア。
「すっげぇ…美人…」
「すっごい…カワイイ…」
「ヤバい。あの子はヤバい。」
「どこのご令嬢?」
キレイで可愛くてスタイル良くて優しくて性格良くて…ホントにもう、ありがとう。
「横の男は従者?視界に入るなや。」
そりゃこの子に比べたら俺なんてゴミよ。知ってるよ。
「おね~えちゃぐぶほ」
「へっへっへっコッチげぼは」
「お嬢さはぶし」
言い寄ろうとする野郎共に、ジュリエッタさんのグーが容赦なく鳩尾に叩き込まれる。
『蟲』は『駆除』だ……みたいな?超安心だけど超怖い。俺もそのうち虫扱いされるんじゃねぇ?
武器、防具、服、装飾品、道具など、俺にとっては異世界ファンタジー感溢れる商品がドドドドドっと並んでいて、本気で楽しい。たぶんずっと見てられる。ゴメン、ナディア。俺、すっげぇ楽しい。
「ジュリエッタさん、アレは?コレは?」
めっちゃジュリエッタさんに聞きまくった。その全てを的確に答えてくれる。
そのやり取りに、ナディアがとても感心していた。
「ジュリエッタさんは、とても広く深い知識をお持ちなんですね。」
「職業柄、武器や防具、道具などの知識を高める必要がございましたので。」
「不断の努力の賜物ですね。私も、もっと努力しないと。」
「ご不明な点がございましたら、いつでもお声をお掛け下さいませ。」
お店では、目的の商品を購入したら帰る。それがいつもの俺の行動なんだけど、今日に限ってはちょっと違う。
誰かと買い物…というか、用も無くぶらりとお店に入るという事自体、俺の行動パターンには無い事だけど、楽しいもんだなぁと思う。一緒に行動する人によって、こんなにも違うモンなのかね。
歩いていると、飲食店から楽し気な音楽と歓声が聞こえてきた。
どうやらそこは、冒険者たちが集まる酒場らしい。流音亭みたいな感じなのかな、と思ってちょっと興味がわく。
歩いてばかりだったので、休憩がてらそのお店『歌姫の癒し亭』に入る事にした。
広さは学校の教室が4つ分くらいで、この辺りでは広めな酒場。奥にはステージがあって、音楽家たちの演奏と歌手の生歌が楽しめるという事で、結構人気があるようだ。
ほぼ満席の店内。たくさんの楽器や、楽器と思われる道具が壁に掛けられている。
ステージ横にはカウンターがあり、ステージの最前席という事で、音楽家や歌手を目当てにしたファンが、席を確保するために開店前は長蛇の列になるという。飲食を楽しめるライブハウス的な感じなのかな。
今演奏しているのは、ピアノのような鍵盤楽器が1人と、ギターのような弦楽器が2人のトリオ。アコースティックな感じが凄く上質で、聴かせる音楽って言う感じ。すごく心地いい。上手いなぁ~。
入口付近の隅に空いてる席があったけど、相席になってしまう。まぁ、早く座って飲み物を頼んじゃいたいんだけど…その相席の人、ゴっツい鎧を着込んだ、顔面フルマスク…マスクに穴が開いていて、そこにストロー突っ込んでズゴーっと飲み物を飲んでる。絵面としてはかなり面白い…けど笑ったら失礼なので気を着けなきゃ。多分、悪い人じゃない…かな?
「あの、すみません。こちら相席よろしかったでしょうか?」
無言でコクリと頷く鎧の人。ジュリエッタさんから俺とナディアは隣同士を勧められ、ジュリエッタさんはナディアの対面に座って、鎧の人の隣。俺の正面には、鎧の人。な…なかなかの威圧感ですね…。
とりあえず今回は、お酒は控えようという話になって全員ソフトドリンク。俺がジンジャーエール、ナディアとジュリエッタさんはアップルサイダー。
「えー、本日はお疲れ様でした。明日もまたよろしくお願いします。かんぱ~い。」
「「かんぱーい。」」
シュワシュワ炭酸のジンジャーエールをごくりごくりと一気飲み。
「ぷはー!美味しい!すみません!ジンジャーエール1つください。」
「喉が渇いていたんですか?私がお出ししましたのに……」
「いやいやナディアさんや、アレはよその人に見せてはイカンよ。」
(な…何を出そうと!?どんなお姿を見せしようと!?)
「あれ?ジュリエッタさん、お酒でしたっけ?」
「あら、お酒が入っていたんでしょうか?少し、頬が赤くなられて…」
「いや、だいじょうぶですよ!あの!アップルサイダー1つください!」
すごい勢いで飲み干したジュリエッタさん。
お代わりをちびちびと飲んでいる時にナディアが話しかける。
「本当に今日はありがとうございます。私、街という所を歩くのは初めてでしたので、とても楽しかったです。ジュリエッタさんのおかげです。」
「いえいえ!ナディア様に楽しんでいただけて、私!本望です!あの!アップルサイダー1つください!」
すげぇ飲むなぁ…いや、ナディアと会話する照れ隠しでガンガン飲んじゃってるのか。
そんな感じで、3人で楽しく会話していると、トリオの人たちの演奏が終わったようだ。
『朝っぱらから最前席で頑張ってくれたお兄ちゃん、お嬢ちゃん!お待たせしたね!続いては当店のナンバーワン歌姫!エリアーナちゃんの登場だよ!飲み物頼んで待っててくれよ!ついでに飯も食べて行ってくれよな!』
そのアナウンスが響き渡ると同時に、続々とお店に人が入ってくる。
さっき座っていて本当に良かった。立ち見になるほどの人気って、どんだけだよ。
アイドルのライブみたいな熱狂を感じる。俺はテレビでしか見た事が無かったけど、きっと雰囲気としてはこんな感じなんだろうか。
【エリアーナ!エリアーナ!】
「すごい歓声ですね!」
ナディアが、この雰囲気で少し興奮しているようだ。
「ホントだね~!ナンバーワンの歌姫って、人気あるんだなぁ。」
【エリアーナ!エリアーナ!】
野太い声から、キーの高い可愛らしい声まで、一丸となって、歌姫エリアーナちゃんの名を叫ぶ。
一体感って素晴らしい…。
音楽が掛かり始める。おいおいマジか、コレJ-POP系統のノリじゃないか?
ピアノ、ギター、ベース、ドラムの4ピース編成のバンド形式。アコースティックなのにやたら音の響きがいい。
まさかこの音も魔石で増幅してるとか?
『さぁ!お待ちかねのエリアーナちゃんの登場だ!』
【うおおおお!!!!】
『お前たち!準備はいいか!』
【うおおおお!!!!】
「おおおお!!!」
ナディアが嬉しそうに、楽しそうに拳を突き上げてノっている!
「ちょっ!やだ!ナディア様!かわいいいいい!!!!!」
ジュリエッタさんの魂が言語化した瞬間である。
『エリアーナちゃんの入場だ!!!』
【エリアーナ!エリアーナ!うおおおお!!!!】
ステージが薄暗くなり、イントロの繰り返しから主題のようなフレーズに変わって行く。
ステージ中央裏からスモーク的な演出が巻き起こり、エリアーナちゃんが登場するのがわかる。
こんなに人気のアイドル、どんな子が歌っているのか興味を持って見ていた。
スポットライトが当たり、エリアーナちゃんが満面の笑みで手を振り、オーディエンスの盛り上がりに応えている。
アイドルチームを思わせるかのようなフリフリの衣装を身に纏い、軽やかに踊るその姿、まさにアイドルと呼ぶに相応しい。
『みんな~☆お・ま・た・せ~☆!!!』
エレナさんの登場であった。
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