第35話 夢の夜

 エリアーナちゃんの叫びと共に演奏が始まった。


 エリアーナちゃんは銀色の長い髪をツインテールにまとめ、青と白をベースにしたチェック柄のベストとミニスカート。白いゴシックシャツに青いネクタイ。白の編み上げブーツ。

 一方、ナージャちゃんは黒髪ストレート。赤と白をベースにした、エリアーナちゃんとは色違いの同じ服。


 超絶技巧ピアノのイントロ部分でのピアノソロ。さっきよりも音がめっちゃ豪華になってる。

 微動だにしないボーカル。二人の姿勢が鏡に映したように対称的になっていて、それだけでも絵になる美しさ。

 イントロ終盤からハイテンポなドラムの4つ打ちと裏打ちのハイハット、ギターとベースが入って音に厚みが増す。

 ボーカルの二人が動き出し、いよいよ歌唱が始まる。


 高校の学校祭で、バンドをやって超盛り上がって超モテる。

 そんな甘酸っぱいに想いを馳せたのは、仕事中の現実逃避。

 それが今、異世界という非日常的な日常の中で行われようとしていた。たださっき聞いてた時よりも速くなっている事にちょっと驚く。う~ん、聞いてない!必死で合わせる。


 ナージャちゃんはメインパートを歌い、ユニゾンで合わせるエリアーナちゃん。

 オーディエンスからは野太い&黄色い合いの手が全力で入る。それに笑顔で手を振って応えるエリアーナちゃん。

 この速さで歌って踊る、目の前の二人もすげぇなと思う。ナディアさん、初ステージですよね?

 サビではステージの中を縦横無尽に、息ピッタリに飛んだり跳ねたり。その一挙一動に歓声が沸き起こる。


 間奏はなく、繰り返しのAメロからは、エリアーナちゃんがハモったりコーラスパートになったり、高音に低音に目まぐるしく変化する。すっげー歌うまい。

 ダンスの振りで後ろ向きざまにナディアと視線が合うと、楽しい!と言わんばかりの笑顔を返してくれる。


 サビではエリアーナちゃんがナージャちゃんに抱きついて、突っぱねられて、駄々をこねる。

 そんなちょっとした寸劇なんかも行われているかと思えば、二人が全く同じ動きの振り付けからの~左右対称でくるりと回る。

 二人で合わせるの、ぶっつけ本番だよね?


 そして間奏。ここで俺の音を聞けと言わんばかりの超絶ピアノソロ~~~からのギターソロ~~~うおお、指が回る回る。負けじと俺の音を聞きやがれ。

 このメチャクチャに引っ掻き回すピアノとギターのバカ二人を、所謂リズム体のベースとドラムががっちりと受け切ってくれている。この二人が居なければ、音の迷子になってしまう所です。


 さて、サビが転調してナージャちゃんのソロパート!さらに転調してエリアーナちゃんのソロパート!まだまだ転調してナージャちゃん!もいっちょ転調してエリアーナちゃん!最後に転調して二人でハモリ!盛り上げるだけ盛り上げて、オーディエンスの熱狂は最高潮に達し、Cメロで感情が大爆発する。


【うおおおおおおおおおお!!!!!】


 コレ絶対にCメロから作っただろと突っ込んだことがある、印象的かつドラマティックなフレーズ。

 オーディエンスの大歓声に決して負けない二人の声に合わせ、全ての楽器が調和して強く美しく響く。


【エリアーナちゃん!!ナージャちゃん!!】


 最前列の女の子が泣きながら両手を伸ばして二人の名を叫ぶ。触れたい。抱きしめたい。激しく燃え上がる熱く切ない想いが胸に刺さる。

 隣のおっちゃんや男の子も負けじと全力で二人の名を叫ぶ。そうだよな。今、この瞬間の想いは純粋なんだよな。


 元の調に戻してサビをユニゾンで歌い、繰り返しのサビではエリアーナちゃんの高音ハモリ。

 激しいダンスも何のその。息も上がらず息ピッタリに、二人のステージはラストへと向かっていく。


 長いようで、あっという間だなぁ。

 音楽同好会のメンバー達と、半ば悪ふざけで作ったようなこの曲は、演奏している人も、聞いてくれてる人も楽しんでくれたんだろうか。

 演奏側で参加できた事も良かったけど、出来れば向こうでナディアを見とれていたかった、なんて二人の真後ろで贅沢な事を思いながら、ステージから周りを見渡す。


 ステージとオーディエンスによる熱狂の5分55秒。一曲だけのナディアのライブは幕を閉じた。




 ライブの後、楽屋の中ではクラウディアさんが泣きながらエレナさんとナディアに抱き付いてきて、次は絶対に3人でやると固く誓っていた。


 また、なんでレナートさんがあんなに出演してもらいたかったのか。

 領都ストリーナでは年に一度の大イベント、全酒場を対象とした売上コンテストが開催されているらしい。

 そこで現在、売上が2位となっている『歌姫の癒し亭』店主から売り上げアップの底上げについて相談された時に、数年前に一度だけ出演して伝説となった「エリアーナ&クラディー」の復活ライブステージを提案したらしい。レナートさん、攻めますねぇ…。


 クラウディアさんによると、ニンフは歌や音楽、舞踊などを大変好み、一度見聞きするだけで全てを記憶するとの事。それを知っているのは、当時「エリアーナ&クラディー」のバックバンドをやっていたレナート(Gt/赤)、アード(Dr/青)、エミール(Pf/白)シルヴィオ(Ba/緑)、そしてエリアーナ(Vo、Cho、Per)の5人。本ッ当にこの人たち…国の重鎮が何してんすか……とまぁそんな事があって、ナディアに白羽の矢が立ったようだ。

 前に観測所でエミールさんがピンと来たのは、この件を思い出したからなのかもしれない。まぁ歌では無いけどね…。

 あと緑の人は会った事無いけど、ちょっと親近感が沸いた。


 ちなみに今回の演奏メンバーは各色の部下の人だそうで、全員初対面だったけど意気投合。今後も仕事をしながらバンド活動は続けていくらしい。ギターだけがレナートさんの部下から見つからなかったらしく、以前俺が弾いた時の音源を当て振りで誤魔化していたとの事。エアギターの腕はなかなかだと思った。

 そして俺がメンバーの人達に「一緒に頂点てっぺん目指しましょう」などと凄い勢いで勧誘されまくっていると、レナートさんが上手く取り成してくれて事なきを得た。


 そういえばジュリエッタさん。楽屋で人目を憚らず絶叫・悶絶しまくり過ぎて、只今放心状態。完全に萌え尽き症候群になってしまっている。ポケーとしてる。アホ毛が立ってる。


 とまぁ、そんなこんなで『歌姫の癒し亭』でのライブイベントは超々々々々大盛況だった。

 皆が心の底から楽しんだ、最高の一夜となりましたとさ。

 この後、エレナさんとレナートさんは外出して、ホテルには戻らないらしい。まだどっか行くんか…。

 中将ご夫妻は、オルカに帰還。ジュリエッタさんは…レナートさんが後で送ってくれるっぽい。


 あと、俺が持っている特性の≪器聖≫はどんな楽器も完璧に扱う事ができる、俺独自の特性らしい。

 それで指がするする動いたのか。戦闘には全く縁のない特性ばかりですわ…。


 あ、あと一つ。


「あの、エレナさん、何をどうしたらその雰囲気を?」


「メイクよ。」


 そう言われればそうなんだろう。そうか、メイクか。恐るべしメイク術。




 ホテルに帰ろうと思って裏口から外に出たら、エリアーナちゃんとナージャちゃんの出待ちの皆さんでオリアーニの市場が大変な事になっていた。

 まず俺とナディアが、レナートさんがこんな事もあろうかと後方で待機させていた赤い双獅子ちゃんの背中に乗って、屋根から屋根へ一気にホテルの庭園へ。

 そして到着後は、死ぬほど俺の顔をベロンベロン舐めくり回す双獅子ちゃん。そのうちマジで喰われんじゃねぇかと思う。もうびちょびちょ。


『えへへ……おいちい~。じゃあ、おねえちゃんもまたねぇ~。』


「うん。乗せてくれてありがとうね。」


 ナディアに頭を撫でられて、名残惜しそうに市場の方に帰って行く。

 さすがにホテルにはファンが居なかったが、エントランスにはアルフレードさんが待ってくれていた。


「お帰りなさいませ。お話は伺っております。ご入浴の準備をさせていただきましたので、どうぞお寛ぎください。」


「ありがとうございます。ジュリエッタさんは、多分レナートさんと戻って来ると思いますので……」


「承知いたしました。お心遣い恐れ入ります。」


 そう言って深々と頭を下げた後で、一緒にエレベーターに乗り込むアルフレードさん。スっとドアが閉じて貴賓階まで上がると、アルフレードさんが先導してお部屋へ。


「ご用件がございましたら、玄関の魔石にお触れ下さいませ。係の者とお話いただけます。」


 中に入って壁を見ると、透明な水晶玉のようなものがはめ込まれている。こんなんあったんだ。


「あ、コレですね。了解しました。」


「当階層はこれより安全結界に入りますので、当宿場の従業員は失礼させていただきます。どうぞご安心してお休みくださいませ。」


「わかりました。それでは、今日は本当にありがとうございました。」


「とんでもございません。それでは、お休みなさいませ。」


 そして、ドアがパタリと閉まる。

 ナディアと顔を見合わせる。ほんの少しだけ顔を赤らめていた。俺を見る、大きな瞳から目が離せない。

 そして互いに身体を引き寄せ、抱きしめる――――


 べちょ


 ・

 ・

 ・


 ねぱー


「双獅子ちゃん…俺をどこまで舐めまわしてくれてんのか……」


 気にせずに続けちゃおっかな~なんて思ったんだけどさ。緊張からの弛緩ってヤツはホントにもうね。


「まずは、お風呂ですなぁ……」


 ナディアがくすくすと笑っている。


「はい、そうしましょう。」

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