第36話 夜と朝の間に
日々の暮らしの中で「何か」があるという事は無く、毎日会社と家の往復。
ここに来てからは、毎日「何か」がある。
今日だけで考えても、ブラン領に入って、王妃様とギルマスが同級生で、巨大オルカ鑑賞、軍の偉い人の奥さんがニンフで、尻マッサージ、海老天国、和風露天風呂、光り輝く絶景庭園、アイドルライブ。イベントありすぎ。
ほいで、この世界に来てからまだ2週間くらい。
見るモノ全てが目新しくて、何事もプチイベント化。観光で小旅行に来ている感覚だよなぁ。
でも、王都で戦闘訓練が終わったら、いよいよジャムカさん達と行動を共に……出来んのか?そもそも。
グリューネのギルド討伐だって、あの5人でキッチリ仕事を完遂していた訳だし。
そしたら俺は、どう考えてもただ皆さんの足を引っ張るだけの要らない子。
魔獣と話せまーす!
楽器何でも出来まーす!
コボルト泣かしました!
「「「「「で?」」」」」
って言われて終わりのような気がしてならん…あぁ、俺のココでの存在価値って何じゃろな…。
「長湯はのぼせてしまいますよ?」
いつの間にかナディアが入って来てた。
それに気づかないとは…どんだけボンヤリしてたんだか。
「まぁ、外みたいなもんだし、多少はね?ホラ、この景色はすごいよなぁ。」
「森では見られない風景ですよね。キレイ…」
「そうだなぁ、向こうには向こうの、コッチにはコッチの良さがあるって感じ。」
ボンヤリと夜の海を眺めながら、美しい女性と混浴。
浴槽の中で、互いに隣り合わせで景色を見るポジション。横目で何とか見切れるくらいだけど…それもまた良し。
これもまた、向こうでは有り得ないイベントですわ。
「これから、どうなるんだろうな…」
「これから…ですか?」
「うん。短期的には王都に行って訓練。これは俺が気合いで乗り切ればいい。中期的には使命でジャムカさんを見守って…ってそれがそもそも俺に出来るのか。あとその先、長期的な事が俺にとっては悩ましすぎてさぁ。」
「その先ですか…元の世界に、戻る…と…」
「これは聞いた訳じゃないんだけど、王様かエレナさんは、俺を元の世界に戻そうと思えば、いつでも戻せるんじゃないかと思ってる。」
「!!!それは、どういう事ですか?」
「だって、使命が曖昧すぎる。ジャムカさんが一人前になるまで見守れって、おかしな話だと思うんだ。それは俺がそれ以上の事を聞いてないからかもしれないけど。実際、話を聞く限りだとジャムカさんは相当の手練れだし、あの仲間が居たら、俺が一緒に居る意味がないんじゃないかと思ったんだよね。だから何かこう…別の理由を隠してるような気がしてなぁ…考えてもしょうがないし、疑ってかかるのは嫌いなんだけどさ。」
「私には、王様やエレナ様のお考えは分かり兼ねます。でも、エレナ様がいらっしゃらなければ、今日のような楽しい事は体験できませんでした。エレナ様には感謝しかありません。それに…」
ナディアが俺の手を握って来た。
「アキラさんといつも一緒に居られます。」
体勢を変えてゆっくりと、ナディアを抱き締める。
「今はそれでいいかもしれない。でも、突然俺が元の世界に戻されてしまったら、俺は―――」
「その時は私は―――」
ナディアが身体を離して、俺を見る。
「絶対について行きます!」
そう言って全力で抱きついて来る。勢い余って、二人揃って浴槽にバッシャー!!!と沈む。
二人ともびっしゃびしゃになりながら、何やってんだよと笑う。
一人で帰るのがイヤなら、二人で帰ればいい。一人しか帰れないんだったら、二人で此処で暮らせばいい。
どんな裏があるとしても王と王妃の願いを叶えるんだから、俺の願いぐらいも叶えてもらわないと。
俺に足りなかったのは、そんな覚悟だったのかもしれん。
「俺と一緒に帰るか、ここで一緒に暮らすか。どっちがいい?」
「一緒なら、どちらでも。」
「じゃあ、全部終わった時に考える。ナディア、俺はねぇ、ずっとお前を見守って行きたいんだ。」
「あら、ニンフは結構長生きなんですよ?ですから、私こそアキラさんをずっとずっと、見守ります。」
「ちなみに長生きって、どれくらい…?」
「この身が果てるまでです!」
そう言ってまた抱き付いてくる。さすが泉のニンフ、水の中は身軽すぎる。
柔らかい感触を味わってる場合じゃない。やわらかい…。
「うっぷ!ナディアさん!俺は水で息がべぼぶぶぶべぼば」
顔を出して、ヒーヒー言ってる呼吸を整える。もう何が何だか。
それからややしばらくの間、夜空に輝く二つの月が静かな海に映るのを見ながら、想いを打ち明け合っていた。
俺もナディアもすっかり顔が赤くなってしまっているのは、のぼせてしまっただけじゃ無いと思う。
「いいお湯でしたね…っと。」
何か飲み物はないかな~と思って、キッチンルームを徘徊。
小さな扉のような場所を開くと、涼しく冷やされた空間の中に、飲み物やら果物が入っていた。
冷蔵庫…冷やす魔石的な何かだよなぁ、と思いながらアップルサイダーを2ついただいちゃう。
ほんのり明るいリビングに戻ってソファーに座る。今回は、お隣同士。
「じゃあ、今日の佳き日に、かんぱーい。」
「はーい。かんぱーい。」
やや小さな瓶をカチリと合わせる。
ゴクリゴクリと一気飲み。めっちゃ冷えてる。めっちゃ旨い。
「今日も色々と、イベントが盛りだくさんだったなぁ…ナディアが、あそこまで動き回れるとは…」
「すっっっっっごく!楽しかったです!」
「わかる。すっげぇ楽しそうだった。あと、衣装もなぁ…あれは反則だわ…」
「あのような衣装は、苦手でしたか?」
「いやいや、むしろ逆で……コスフェチではないハズだったんだけどな…」
「こすふぇち?」
「あ、いや、ヘンな事言った。あの、正直、可愛すぎてドキドキしてました。うん、アップルサイダーおかわりしちゃおうかな~。」
なるほど、ジュリエッタさんの気持ちがちょっとわかった気がする。
俺がソファーを立とうとしたら、ナディアが腕をつかんで引っ張る。ちょいとバランスを崩して、ナディアの上に覆い被さるようになってしまう。おっと、この体勢は…床ドン的な…顔が近い…。
「そう言って頂けて、私…とても幸せです…」
愛おしくてたまらない気持ちが沸々と湧き上がる。
互いに目を合わせて、唇を重ね合わせたい気持ちが、二人をゆっくりと近づけさせていく。
そっと目を閉じて、唇が優しく触れ合う。互いに胸に抱いている想いの分だけ、強く、強く抱き締め合う。
愛する人に愛され、心が重なり合う夜を迎え、二人は心から幸福を感じていた。
「眩しい……」
水平線から太陽が顔を出した瞬間、暗い薄紫色の部屋の中に橙色の光が射し込む。
つい今しがた眠りについたはずだけど、その明るさで覚醒した。
目の前にはナディアがいる。
昨日の朝に見た妖精の寝姿ではなく、昨晩何度も見つめた身体の寝姿。
少し身体を丸めて俺の腕を枕にして、こちら向きですうすうと寝息を立てている。
太陽を背にしているからか、朝陽で起きるような気配はない。
かわええのう…完全無防備な状態でこの可愛さか………うむ。
男子の朝の現象「おはよう元気くん」を触れさせてしまうのも如何なモノかと思いました。
起こさないように、そ~っと首周りから腕を引き出して、椅子に掛けておいたバスローブを羽織ってキッチンルームへ。
アップルサイダー1本いただきま~す。
1本、金貨1枚だったらどうしようか、などと今さら考えながら一気飲み。
まだまだ時間も早い…朝風呂は…さすがに無理かな?
もしかしたら、保温の魔石やら温泉水循環の魔石などが充実してるかもしれない。
ちょっと見に行ってみると、予想通り湯温はキープされ、かつしっかり循環されていると思われる露天風呂。
清らかな朝の空気と、ほのかな潮の香り。海に向かってどこまでも続くと思わせる風呂からの景色。
温泉馬鹿の俺をして、この朝風呂こそ至高と思わせる。
美味しいご飯、過ごしやすい部屋、寝心地のいいベッド、いつでも入れる露天風呂。
すげぇなぁ。俺みたいな庶民、二度とこんな超高級ホテルには泊まれないと思う…何もかもが恵まれすぎている。
今は、たまたま良い思いをさせて頂いているだけ。もちろん自分の力じゃない。この状況が普通だと勘違いすると必ず痛い目に合う。
だからこそ分相応に努力して、地道に力をつけていかなきゃ。この世界に慣れるためにも、冒険者として力をつけるためにも。周りで必死になって努力している人達以上にやらなきゃダメだ。
決して自分のためだけじゃなく、俺に関わっていただいている皆さんに、恩をしっかり返すために。
明後日にはいよいよ王都。気合いを入れ直さないと。
訓練の間は、甘えが一切ない厳しい生活だと思う。訓練をしっかりやり抜いて、ジャムカさんたちと一緒に行動するに足る力を身に着けなければ。
そしてそれは、これからナディアと二人で暮らしていく力にもなるはず。
よし!気合いだ!気合い入れていくぞ!
バシャバシャバシャッ!パン!パン!っと自分の両頬を張って気合いを入れ直す。
風呂から上がってリビングに向かうと、ナディアがバスローブを羽織って起きていた。
ソファーに深く腰を落として、眠そう~な眼でボンヤリと外を見てる。
「おはよう~。」
「おはようございます……」
そっか、その身体で起きるのは初めてだったか。
やや眠そうな、けだるげな雰囲気。
「眠くて…ちょっとぼんやりしてます…」
「まぁ、疲れすぎてたかもね。ジュース飲む?」
「はい…ありがとうございます~。」
ぽやぽやしてるナディアは、ほんのちょっと妖精の雰囲気が出てるなと思った。
飲み物を飲んで、ちょっと覚醒。
「ぷはぁ…ちょっと目が覚めてきました。」
「俺は今、目覚ましでお風呂に入って来ちゃった。朝のお風呂は気持ちいいよ~。ナディアも入ったら?」
「はい、それではお言葉に甘えて、汗を…あっ……」
そう言った瞬間、顔がボっと赤くなる。ん?
「あっ!あのっ!私…昨日は…つい………眠ってしまって…」
「うん、すごく、かわいかった。」
思い出すだけで前傾姿勢は必至。
「まずは眠け覚ましに、入って来るといいよ。」
「はい!じゃぁ、ちょっとだけ…流してきますね…」
パタパタと露天風呂へ向かう。うん、悶える程かわいい。
さっき、風呂場でこれからの事を考えてたけど、難しい事はともかく、頑張っていこうと思った。
ナディアがお風呂から上がり、スッキリシャッキリ。朝風呂の覚醒パワーに驚いていた。
それぞれ服を着替えて、何だかんだでもう朝の6時半。そろそろ朝ご飯の時間かな~という絶妙なタイミングで、エレナさん、レナートさん、アルフレードさんが入ってくる。
朝食は別室に準備が整っているとの事で、早速向かう。
道すがら、エレナさんがナディアと何やらゴニョゴニョと会話している。うん、気が気でない。
レナートさんはあの後、ジュリエッタさんをホテルに運搬してすぐに『歌姫の癒し亭』に戻り、エレナさんも一緒に朝まで打ち上げ会だったらしい。無礼講か。その割には全く疲労感を出さない二人。
「慣れていますから。」
そう言って爽やかな笑顔を見せるレナートさん。すごい。体力底なしだな…。
朝食の会場は、やや広めな個室。
メイド服のジュリエッタさんをはじめとして、赤の騎士、剣士の皆さんが勢揃いでお出迎え。
ナディアの変身については、特に動揺もなく整然と一礼していた。
恐らくアルフレードさん、もしくはジュリエッタさんから説明があったかもしれない。
~~~しかし彼らの心の中では~~~
「「「「「「美しすぎる」」」」」」
~~~その姿に圧倒されていた~~~
席は、エレナさんとレナートさんが隣同士で、エレナさんの向かいに俺、レナートさんの向かいにナディア。
ちなみに朝ご飯は、ナディアも俺達と同じメニューを食べる事になった。
妖精の姿ではないので、全く問題なく食べられるようだ。
もはや定番メニューのトーストされたパン2枚と、銀冠鶏のスクランブルエッグ、クラウンサラダ、黄金海老のビスク。
かなり豪華なモーニングセットである。
「じゃあ、アキラ…いや、今日はナディアね。」
「私ですかっ…!」
「大きな声で元気よく!よね?アキラ。」
「はい。仰る通りです。ナディア、よろしくね。」
「はいっ!では心から……うまそう!うまそう!いただきます!」
「「「うまそう!うまそう!いただきます!」」」
初めての食事、ナディアがえらく感動してご飯を食べている。
特に気に入っていたのが、黄金海老のビスク。
お代わり自由との事で、俺も含めて何度もお代わりをしてしまった。
お代わりの度に、ナディアに給仕する方が入れ替わり立ち代わり。
その都度、給仕の方の名前を言ってお礼を言う丁寧さ。
「ジュリエッタさん、ありがとうございます。」
「ごゆっくり、お召し上がりください。」
この会話したさに、給仕の皆さんが籤で順番を決めたらしい。
6番手になったテオバルト隊長は、己の籤運の無さに心の底から絶望したらしい。
なお無事に全員、会話出来た模様です。
朝ご飯を終えると、いよいよストリーナともお別れの時間。
到着して1日も経ってない。そっか、色々な事がありすぎたからなぁ…。
帰り道に通るかもしれないけど、いつか、二人でまた来たい街だなぁ。でもその時はきっと、豪華ホテルじゃなくて普通の宿屋さんだろうけどね。
ジュリエッタさんをはじめ護衛の皆さん、全員が装備を身に着けている。ここからはしっかりした服装で行かないとダメなのかな。
馬車に乗り込み、アルフレードさんの発声と共に馬車が動き出す。
ブラン領の二つの都市、ロンバルト、デルミニオをあっさりと通過して、いよいよ王国中心部へ。
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