第37話 そんな矢先に遭遇戦
ブラン領のデルミニオを越えたあたりから、森や山が増えてきた気がするなぁ。
山間の川沿いにある関所を停止することなく通過。
そこでは前に見たのと同じ景色。警備員さんがズラっと並んで敬礼してる。
エレナさんは微笑み、軽く手を振る。
いよいよ、王国中心部へと足を踏み入れる。
お勤めを果たしたエレナさんが、靴を脱いで足指の股にタオルを挟み、疲労回復的な事をしている。
「アキラは足のマッサージは出来ないの?」
「出来ます。生き地獄らしいです。」
「やめとく。」
「効くみたいですけど。」
「やめとく。」
そんな話をしながら、進む進む。
外の景色は点々と家屋が建っている。やっぱり、地方によって家の造りは違うモンなんだなぁと思う。石壁に木の雰囲気。
ただ今まで見てきた家屋よりも、ちょっと古めかしいような気がする。ただの民家とはいえ、風格を感じる。
「今日は、グレンフェルまで行くんですよね?」
「ええ、軍の施設で一泊して、翌朝に王都に入る事になります。」
テルフォード、キーズ、ベイリー、ハートリー、グレンフェル。思えば遠くへ来たもんだ。
「この辺りは、山とか森が多いんですか?」
「ええ、ルージュ領に次いで森林や山岳は多い方ですね。王都を守る天然の要害です。」
「あぁ、ナルホド。」
まずはテルフォードへ。国境からこの辺りは特に、大型の魔獣や中級の妖魔が頻繁に出没する地域らしく、腕の立つ冒険者は、ココを拠点にして宝石やらドロップアイテムなどの一攫千金を狙うとの事。俺としては今は出てくれるなよと祈るばかり。
すると、レナートさんが少し席を外しますと言って自室へ。1分もかからずに完全武装モードで戻って来た。
「総員警戒!」
アルフレードさんの声が聞こえる。今まで聞いたことない声量かもしれない。
「えっ?あの、まさか、何か出たんですか?」
「いえいえ、2日前にこの辺りで魔獣を目撃したとの報告が出ていましたので、警戒態勢を取ったところです。」
「何かが出たら、レナートさんも戦うんですか?」
「私はこちらで、皆さんをお守りいたします。」
「アキラ見た事……そうね、今は無いのよね。赤の騎士団と剣士隊が護衛なんだから、そんなフワフワしなくてもいいのよ。」
絶大な信頼ってヤツじゃんそれ。
するとアルフレードさんが、ちょっと横長で平べったい箱を持って入って来た。
「失礼いたします。レナート様、半径2,000m圏内に魔獣の反応が出ました。」
「距離と方向、個体数を。」
「2時の方向1,900。中型2体、小型4体。馬車速度で接近。街道沿いに停止中と思われます。」
「引き続き個体確認。」
「後続車、前へ。」
アルフレードさんが何やら魔石…ホテルの部屋の入口にはめ込んであったヤツと同じ感じ?それに話してる。
それで外の人達に指示でも出している感じか。もう何も驚かない。
持ってる箱は、レーダー的な何か?2時の方向ったら、進行方向の右斜め前な感じか。
テキパキと要件のみの報告と指示。無駄が無い。
後続の馬車がコッチの馬車を追い抜いて前へ。御者がコンラートさんで、その隣にはテオバルト隊長。
馬車の屋根の上に、クラウディオさんとフェルミンさんが上ってた。
クラウディオさんは望遠鏡で前を確認してる。その速度で馬車の上に立つって、めっちゃ怖そう。
フェルミンさんはゴソゴソと何かの準備をしているような。
何か、緊迫した雰囲気で話しちゃいけないような感じ。ちょっと黙っちゃう。
(話すのも、憚られる雰囲気ですね。)
ナディアが耳元で、こしょこしょ囁いてくる。あふん。吐息。
(そうだね。何も無ければいいんだけど。)
「ちょっと、何二人でコソコソ話してるの。」
(お仕事の邪魔したらダメな気がしましたので。)
「アキラさんもナディアさんも、どうぞ楽になさっていてください。」
林の街道が少し下り道になって、徐々に木がまばらになってきた。
するとアルフレードさん。
「2時の方向1,200。個体確認、マロンベア成獣2体、同幼獣4体。馬車2台を襲撃中。うち1台横転。馬車搭乗者の安否不明。」
「総員討伐態勢。」
「はっ。総員討伐態勢。テオバルト、指揮を執れ。距離は随時。」
『了解!』
おぉ、隊長のデカい声が響く。
隊長がコンラートさんの隣で、双眼鏡片手に立ち上がる。
「エレオノーラ様、討伐に入ります。ご承知おきください。」
「は~い、よろしく。」
こちらの馬車が速度を上げ、馬車が2台で並走する状態。
ジュリエッタさんが、えらく長い…和弓みたいな大きさの弓を持って、馬車の屋根の上に登って行く。
向こうの屋根の上では、双眼鏡に持ち替えたクラウディオさんのもう片方の手には弓。フェルミンさんも弓の準備をしていた。
馬車を襲撃中って言ってたよな…マジか。
「誰かが襲われてるんですか?マロンベアでしたっけ?」
「ええ、背中全面が長い針状の体毛で覆われている熊の魔獣です。」
「熊ですか……」
俺の地元は国立公園に続く森が近いので、よく熊が出没していた。
とは言え、目の当たりにしたことは無い。
熊なんて動物園か、く・ま・ぼ・く・じょう!でしか見た事無いわ。
どんなヤツなのかは興味あるけど、たぶん凶悪そうな奴らなんだろうな…あぁ怖いコワイ。
「600。周囲に別反応無し。目標のみ。」
アルフレードさんがカウントと状況の報告。
『倒立馬車2名ナカ、転倒馬車1名ナカ、路外2名軽傷、馬2頭生存。目標個体数に変動なし。』
これは状況報告?
「400。」
『ジュリ大マエ、タイ小マエニ、構え!』
何かの指示を出して隊長が右手を挙げた。
屋根の上ではクラウディオさんとフェルミンさんが矢をつがえる。キリキリと弓を引き絞り……
俺とナディアは顔を窓にベトーっと張り付いて弓の先を見る。
「なんとなく見え…る?ん?デカっ!熊デカっ!」
「何でしょう…遊んでいるような…。」
微かに見えるその先では、馬車よりも大きな熊が、ユッサユッサと馬車を転がそうとしている衝撃シーン。
しかもそいつ、背中一面にブワ~!!!っと矢が突き刺さっているような、ヤマアラシのハリが全力で逆立っているような感じ…これが名前の由来?イガグリ?すげぇ気持ち悪い。
「200。」
『てっ!』
手を叫びつつ…あ、撃ての「て」か。右手を下げる。
勢いよく放たれた矢は、向こうの馬車の方へ。おいおい大丈夫かい。
『ジュリ大マエ、タイ小マエニ、てっ!』
間髪入れずにもう一声。
馬車を転がそうとしていた熊は、どうやら馬車を転がすのをやめたっぽい。
コッチを見ている気がする。
するとこちらの馬車が停止する。やや先に熊が見える。やたらデカい熊が1匹と、それよりも小さい熊が2匹。
さっき言ってたのと数が違う。もう倒したの?弓矢で?
『ジュリ大アト、タイ小アトニ、てっ!』
するとコチラの馬車の屋根の上から、ジュリエッタさんが放ったと思われる矢が、すげえ勢で飛んでいく。
お!デカい熊に当たったっぽい!ちょっと動きがニブっているような?背中の針がしおしおと萎えていく。
『ゼン大アト、てっ!』
3人の矢が首元に当たった。直後ふらつき、倒れるマロンベア。
「これは、倒したんですか?」
「もう少々お待ちください。倒した場合は―――」
デカいマロンベアの姿がふっと消えた。
「そっか、宝石とかになるのか…」
「ご推察の通りです。」
『討伐完了。被害状況の確認に入ります。』
「了解した。レナート様、私も現場の確認に参ります。」
「ああ、頼んだ。」
そう言って頭を下げて部屋を出ていくアルフレードさん。
ちょっと見に行きたいなとは思ったんだけど、辞めておいた。ケガ人が出てるかもしれないのに、見物はさすがに不謹慎だろう。
「馬車の方達は大丈夫でしょうか…。」
ナディアが心配気につぶやく。
「外に居る二人の怪我の度合いにもよりますが、恐らくそれほどの被害では無いとは思われます。まぁ、それ以外の何かが出る可能性が高いのですが。」
ん?ちょっと含みのある話っぷり。
「アキラ、マロンベアは初めて?」
「ええ。と言うか野生の魔獣を見たのは、ハウスラットを駆除した時以来です。」
「マロンベアは、人間や家畜などを襲いません。」
「え?でも、外の人がケガをしていると…。」
すると、アルフレードさんからの入電。
『レナート様、倒れた馬車から橙蜂蜜を、もう一台の馬車からは紅蜂蜜を発見致しましたので、荷主に事情を確認いたします。』
「了解した。」
「どういう事ですか?」
マロンベアという魔獣は、かなり凶悪な見た目をしているけど人間や家畜を襲う事は一切なく、どんなに空腹でも蜂蜜だけを舐める。嗅覚は極めて鋭く、蜂蜜を探して各地を転々とする、一般的には無害とも言える魔獣。
しかし一度目を付けた餌は、全てを舐め尽くすまで決してその場を離れることはなく、養蜂を営んでいる人にとってはかなり厄介な魔獣。こうなると、養蜂業者は冒険者に駆除の依頼を出す。
ちなみに、蜂蜜を持った状態で遭遇してしまった場合、素直に蜂蜜をその場に置いて立ち去る。仮に衣服についた状態で遭遇した場合、服をその場に脱いでポイするか、マロンベアが満足するまで延々と舐められ続けるかのどちらか。これで少なくとも戦う事は無いようだ。
もちろん討伐しても良し。その場合は背中の針と、爪の攻撃に気を付ければいいらしい。なので今回は、遠距離攻撃の弓で一気に片を付けたようで。
それと、馬車の中から発見された蜂蜜が問題だったらしい。オレンジビーという魔虫の巣から採れる橙蜂蜜と、クリムゾンビーという魔虫の巣から採れる紅蜂蜜は超貴重品で、王国では一部の貴族のみが採取・販売権を持つもので、民間の業者が取り扱うことは出来ない商品。
『レナート様、橙蜂蜜及び紅蜂蜜取扱許可証を所持していませんでした。拘束します。』
「了解した。至急テルフォードの警備隊に連絡。」
「あーあ、やっちゃったわね…。」
「違法な運び屋的な感じですか?そんなのも居るんですねぇ…罪は厳しいんですか?」
「そうねぇ、判例で考えたら懲役60年程度かしら。」
「なかなかですね…。」
「場合によっては、隷属階級に落とされるのよ。死罪にはならないけど、もう二度と元の生活には戻れない。たぶんあの人たちは、組織的な集団の下っ端か、何らかの理由でやらされてる人達。」
「借金とか?」
「まぁ、それもあるわね。あとは冒険者崩れ。色々な理由で仕事が出来なくなって、犯罪に加担するという事は問題になっているのよ。でも一朝一夕で解決出来るような事じゃないし、ギルドと国が対策は考えたり実行してるんだけど、そもそも個人的な事に介入しすぎるってのもね…。」
運悪くマロンベアに目を付けられてしまい、さらに赤の騎士団の一行が救助してしまったと。
そして何やら色々と難しい話になりそうな。
すると、アルフレードさんが戻ってきた。
「レナート様、テルフォードに鳥を飛ばしました。それと戦利品からレアドロップが出たと、テオバルトから報告がございました。」
「マロンベアのレアドロップといえば…まさか『熊の蜜針』が?」
「いえ、私も初めて見るもので、危険物ではございません。いかがいたしましょうか?」
何となーく困惑気味のアルフレードさん。
「私に異存はないが、エレオノーラ様さえよろしければ。」
「あら、いいじゃない。あの熊の蜜針以外のレアって初めて聞くわ。危なくないんでしょ?ちょっと楽しみ。」
「承知いたしました。ジュリエッタ、こちらに。」
ジュリエッタさんが箱に入れて持って来た物は、赤いベルベットのような布に包まれていた。
絹のような艶やかな糸で細かく、立体感のある刺繍で模様をつけられたレースの生地をベースに、丁寧に織り込まれた小さな花の飾り、美しい光沢が上品に輝く真珠が散りばめられた、真っ白なヘアバンド。正に、完璧とも言える芸術品だ。
「くまみみ?」
…それさえなければ。
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