第8話 釜の火力を見守る仕事
「体軽~い!」
初仕事を終えた流音亭への帰路、猛ダッシュで帰ることにした俺。
先ほどライナさんから頂いたお茶を飲んでからというものの、全く疲れずに走れる。たった一往復でヘトヘトになってしまった使えない冒険者に、見かねて疲労回復のお茶を出してくれたのかな?
ただ、美味しかったのでゴックゴク飲んでいた時、ゴミを見るような目で見られていたのを思い出すと、若干居たたまれない気持ちになる。
次に採集の依頼があったら行ってみようと思うけど、依頼の内容とは違う作業だったし、結果的に店主さんにも手伝わせてしまったので、コレって依頼の不達成にならないか…ちょっと心配。
そんなこんなを考えていると、軽やかに流音亭に到着。
「只今戻りました。」
「おかえり~早かったね!どうだった?初仕事。」
「依頼書はコチラです。店主さんも一緒に行っていただいてしまいました。何か、申し訳なかったです。」
「じゃあ、マンドラゴラの処理は、ライナちゃんがやってくれた感じ?」
「ええ、私は処理した根の部分を袋に詰めて、運搬する係でした。でもこれって、依頼内容とは異なりますよね?大丈夫でしょうか、依頼の不達成にはなりませんか?」
「サインもらってるから、大丈夫。依頼は達成だよ。」
「良かった…ちょっと不安でした。」
そっか、サインしてもらえればOKなのか。
「はい、お疲れ様でした。それでは報酬の銀貨3枚です。ご確認ください。」
「ありがとうございます!」
銀貨3枚。まだ貨幣価値はわからないけれど、このお金はずっと取っておこう。
この世界で初めて働いた、大切なもの。
このカバン、今見ると内部の収納もたくさんあるんだな、かなり便利。
じゃあこのボタンの所を、銀貨3枚のお守りスペースにしよう。
「まだ時間あるけど、どうする?とりあえず受けておく?」
「やります。」
「そう言うと思った。一つ増えてるから、見てみてね。」
お~、どんなヤツが増えたのかな?
・犬探し
あの野良を最近見かけないので気になります、探してみてください。【銅貨5枚】
トーラス
・倉庫片付け
物が多くなってきたので、運び出しを手伝ってください。【銀貨2枚】
※倉庫に住み着いたネズミ退治 1匹につき銅貨5枚出します。
リクハルド商会
・軽作業【急募】
薬剤完成まで、釜に火をくべる作業。交代・休憩あり。食事支給。【銀貨5枚】
薬剤師ライナ
あれ?コレってもしかして。
「この軽作業って、ライナさんの所ですよね?え?追い抜かれた?」
「そうそう。家は近いけど釜を見ないといけないから、ライナちゃんの梟ちゃんが依頼書を持って来たんだよ。珍しく大量に材料が揃ったから、一気に終わらせたいんだって。」
「あ、そういう事だったんですね。ライナさんの伝書はフクロウですか…。」
「じゃあ、早速登録しよっか。」
「名前を書いて…では、こちらで。」
「は~い。正面は鍵かけてるから、裏口から入るようにって。
じゃ、薬剤完成までがんばってきてね~。」
「はい。行ってまいります!」
さっき来た道をてくてく歩く。
お茶の効果が切れたのか、さっきほどの勢いは無い。
さっき採って来たマンドラゴラで、何を作るんだろうか。
興味はあるけど、まぁ、俺は釜の火を落とさないように見守るだけ。見守る?
そっか《見守》か。
もしかしたら、アミュさんはそれで仕事振ってくれたのか?
見守りの特性が発動するのかどうか?
それを考えてるなら…さすがはギルマスだよなぁ。自分自身全然気づかなかった。
~~~
「へくちっ!」
「珍しいな。どうした?」
「フフフン♪」
「?」
~~~
さて…『薬剤師ライナ』本日二度目の来訪です。
せめて、あのゴミを見る目だけでも回避しないとな。でも今回はスタミナとか関係ないから、大丈夫でしょ。
お、臨時休業の札がかかってる。裏口から入るのね…っと、ココか。
「失礼いたします。」
「………」
そうか、釜を見てるのか。
ちょっと大きな声じゃないと聞こえないかな。
「ごめんくださーい。冒険者ギルドから参りましたー。」
「…はーい。中にどうぞー。」
「失礼いたしまーす。」
裏口から中に入ると、ちょっとした植物園のようだった。
おおお、自給自足?栽培もしているんだな。
ハーブというか香辛料というか、何というか…スパイシーだけどリラックスできる空気に満ちてる感じ。
そのまま中に進んでいくと、何かに効きそうな蒸気に満ちたお部屋が。
ここかな?あ、いたいた。
「失礼いたしまーす。」
「はーいお疲れ様ですー、あ!さっきの人!」
「先程はありがとうございました。早速ですが、次の依頼でまいりました。」
「珍しいですね、続けて依頼受ける人ってあまり居ないのに。」
「この仕事を始めたばかりなので、まずはどんどん受けようと思いまして。」
「ヤル気ですね。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
「じゃあ、早速お伝えしますね!」
釜の火を絶やさずに、薪をくべ続ける。ただし火力は、今の状態を可能な限り一定に保ち続けたい。
この大鍋になみなみと入った液体を徹底的に煮詰めて、薬効が十分に引き出されるまで釜を見続ける作業。
「それでは、早速始めますね。」
「よろしくお願いします!じゃあ、ちょっと席を外しますね。」
「はい、お任せください。」
今の釜の状態、火が若干鍋の底に触れているぐらいの火力をキープする事。
新しい薪を入れたらどれくらい火力が上がるのか。
火力が上がったら、薪の位置を調整して、出来る限り鍋の温度を保つ事。
作業内容は理解できるけれど、このでっかい鍋をこの火力で煮詰まらせるったら、一晩じゃ終わらないんじゃないか?
まぁ~そうなったらなったで、前の世界で鍛えたスキル『妄想』を炸裂させて耐久力を維持ですよ。
それに、これが俺の今の仕事。完璧にやり遂げないと。
まぁ、よっぽどの事が無いと、おヒマなのは間違いないんだけどね。
常に視界に火を入れておかねば。
~~~ そして夜が来る。 ~~~
夕方にちょっと席を外したライナさんが一向に戻ってくる気配が無い。別の仕事にかかっているのか…。
一人で店を切り盛りしているのか?それはそれで、大変だよなぁ。
まぁ、たぶん二人になると話のネタが尽きてしまうから、一人で居るのは、それはそれで俺は気がラクかな。
ちなみに今はどれくらい…2/3くらいか。
大体半日ぐらいで2/3だから、たっぷり一日はかかる感じかな。
寝ずの夜番は、前の仕事でも散々やってたから別に苦じゃないけど。
~~~ 翌朝 ~~~
もう朝か…早いな。
どれどれ、鍋の中身は…おお、もう1/3切ってる。火力はキープ出来てるから、昼にはいい所かな。
~~~ そして正午ごろ ~~~
ちょっと見てみるか…おおお、もうドロッドロじゃん!しかも何か…微妙に光っているような気が…。
火加減か?いや、火力は完全キープ出来てるはず。
大丈夫か?焦げつかないか?ちょっと心配になってくる。
まぁ徹底的にという事だったし、まだまだこれからが本番なのかもしれん。
でも不安。俺のせいでダメになったらと思うと、居てもたってもいられない。
「あの…すみませーん。」
「………」
まぁ、とりあえずは火加減をキープすることか…。
お腹すいてきたな…。
バターン!
え、何?何の音?
ドドドドドドドドド!「ごめんなさい!ごめんなさい!」
お、帰って来た?
ぐっしゃぐしゃの頭でパジャマ姿のライナさんがぶっ飛んできた。若干胸元が。
「え!ちょ!」
「ごめんなさい!すみません!」
「いや!まず服を!いや、コレを羽織ってください!」
目のやり場に困るので、カバンからマントを出して渡す。
持ってて良かったマント。レナートさんホントにありがとう。
「コレ、大丈夫ですか?かなり煮詰まってきてると思うんですけど…。」
「本当にすみません!すみません!」
「いや、あの、品質はどうですか?大丈夫ですか?」
「それは、大丈夫です、それは間違いありません!というか…ちょっと光ってる…。」
「え、それはマズい反応が出ているとか…?」
「いや、それは無いです。無いと思いますが…。」
恐る恐る、大鍋から煮詰まった何かを掬い、瓶に入れていく。
ライナさんが用意していた2つの瓶には、やや足りないくらいの量になった。
「少し、煮詰めすぎちゃいましたか?」
「いや、そんな事は無いはずです。あの量であれば、この瓶で丁度のはずなんですが…。」
テーブルに置いて、その毒々しい焦げ茶色の物体を眺める。
「もしよろしければで結構なのですが、コレ、何なんですか?」
「媚薬…ラブポーションと呼ばれているものです。」
はえー、媚薬ですか…。随分とまぁ、ドロッドロなラブですなぁ…。
「採取直後のマンドラゴラじゃないと、コレは出来ないんです。」
「そうなんですね…ん?何か、色変わってきましたね。」
「えええ?????嘘!!!!!」
そのドロドロと毒々しい焦げ茶色の物体が、ほのかに光を放ちながら徐々に色を変えていく。
徐々に徐々に透明になり、焦げ茶色は濃いピンクへ、そしてゆっくり淡いピンクに変わっていく。
「これはキレイですねぇ…これはアレですか、ドロドロから昇華されてピュアなラブな感じですか?」
「……これは、恐らくピュアポーション……。」
あ、ホントにそうなんだ。
まぁ、ホントに名は体を表すというか、初々しい感じがしますなぁ。
「……古い文献で、これが生成されたという記録があります……。」
あらら、そうなんですか?
「……まさか、こんな…………」
そう言ってその場に崩れ落ちるライナさん。目には涙が…
「ちょ、ちょ!どうしました!ライナさん!大丈夫ですか!?」
成功したので気が緩んだのか?
マジか…まずはちょっと、寝かさないと…困ったなぁ~。
ガラッ
ん?
「ライナ?いる?ライ…」
長い黒髪の女の子だ。
あ、俺と目が合った。
抱きかかえられるライナさんを見る。
涙を流すライナさんを見る。
パジャマを見る。
ちょっと胸元が開いてるのを見る。
まぁこれじゃあね、弁解などする間もなく、黒髪の女の子の鉄拳が俺の目前に迫ったとして、誰も彼女を咎めることはないでしょうね。
「ゴふっ…。」
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