第113話 山奥の寺にて

時計を見ると午前2:44。

もう今日は泊まっていけという叔父さんの厚意に甘えることにした。


ナディアは、12時ジャストで居間に乱入してきた従妹の晶ちゃんが「2時間後って約束したのに……」と五体投地でがっかりする姿を見ると「私でよろしければ」と言って、自ら部屋に行くことを申し出てくれた。

「絵玲奈さんも話が終わったら来てくださいね!」とすっかりゴキゲンになった晶ちゃんに言われてしまっていたので、エレナさんは晶ちゃんの部屋に向かう。


「さすがにもう寝てるんじゃない?私はちょっと様子を見たら梢さんの部屋で寝るから。詳しい話は明日ね。じゃ、おやすみ」


はい、おやすみなさいませ。

仏間に入ると、気配を察したのかピシっとおすわりのポーズをとるわんこ……ルカをひと撫でして寝るように促すと、スヤスヤと眠るナージャの隣で、くるりと丸まって寝た。ホントに犬みたいだなぁ。コボルトの本能かしら。


もそもそと敷いた布団に倒れ込んだ瞬間、猛烈に眠気が襲ってきた。

ゴメン龍……明日から……本気だす……・・・・・・




さて、話は1週間ほど前に遡る。





「副部長!電話っす!」


「うーす。誰から?」


「イトコさんの会社の同僚とか言ってました!ちょっと急ぐそうっす!」


イトコ?栞姉さんか、亮兄さんの?

俺がこんな山奥に居るって良くわかったな!……って親父に聞いたのか。


「もしもし。楠木ですが」


『もしもし、楠木 りゅうさんですね?』


「はい、そうですけど……」


『私、楠木 あきらさんの会社の同僚で、猿田えんだと申します。いつも亮さんにはお世話になっております』


電話は、亮兄さんの会社の人だった。

兄さんの会社が作っている広報誌で剣道の特集があるらしく、それの取材をしたいと。

原稿の締め切りが近くて困っていた時に、従弟が剣道をやっているという話を兄さんから聞いたらしい。


「俺は……僕はいいんですけど、部活の合宿中なので、顧問の先生に話をしてもらってもいいですか?」


『大丈夫ですよ。顧問の先生にはお話をさせていただきまして、了解をいただいてあります。実は本当に急いでいまして、もう近くまで来ていまして……』


「はぁ?近くまでって……この秘境の山奥に!?あの道を歩いてきたんですか?」


俺は今、穂邦市の南部にある山岳地帯の奥の奥の奥の……秘境の寺。

車では入ってこれない登山道を何時間もかけて歩いて、ようやくたどり着く地獄の場所だよココ?


『いえいえ、業者専用の通路を教えてもらいましたので、車で来たんですよ』


穂邦高校剣道部に代々伝わる七不思議の一つ『金龍寺には徒歩以外では辿り着けない』があっさり解明されてしまった。


「そっすか……」


「早速で大変申し訳ないんですが、車の中でお話を聞かせていただきたいので、少しの間出て来てもらってもいいですか?」


「わかりました。すぐ出ます」


車で来れるなら、わざわざあの地獄の山道を延々と歩かせなくてもいいんじゃないか?

明け方から山に入って、登山道やら獣道やら身長より高い草むらの中を必死で歩いてるのに「そんなんじゃ合宿所に着くのは夜になるぞー」とか追い込み掛けて来てなぁ~。

精神修行の一環ってヤツなのはわかっちゃいるけど、納得いかん!


……愚痴ってもしゃーない。外出るか。


靴を履いて玄関を出ると、ギラつく日射しの中、ピッカピカに磨かれた真っ黒な車が停まっていた。違和感しかねぇ。

車は興味ないからわからないけど、何というか……えれぇ高そうな……と思ってたら男の人が車から降りてきた。

ピシっとしたスーツを着て、笑顔で話しかけてくる。


「楠木さんですね。この度はご協力を頂けるとの事で、大変助かりました。ありがとうございます」


おお~、何か、すげぇちゃんとした大人の挨拶だ。


「あ、いえ。大丈夫です」


「従兄の亮さんも連れて来たかったんですが、ちょうど忙しい時期と重なってしまいまして、今日は私ひとりとなってしまいました。ご容赦ください。早速ですが、車の中でお話を伺ってもよろしいですか?」


「ええ、大丈夫です。でも、俺、こういうのは初めてなのでうまく喋れないんですけど、大丈夫ですか?」


「もちろんです。では、後ろの席にどうぞ」


座席が柔らかい!何だこのフカフカ感!?こんないい車に汗だくの稽古着で乗り込んじゃって大丈夫か!?って、クーラーがすっげぇ気持ちいい……寺にはそんな便利家電なんてない地獄の暑さだからなぁ~。

やべぇな、ココは俺をダメにする。ずっと居たい。涼んでたい。


「車内は寒くありませんか?」


「いや!すごく涼しくて良いです!大丈夫です!」


そんな俺の反応をみて笑ってる。


「外は暑いですからねぇ。冷たいお茶をご用意してありますが、いかがですか?」


「ありがとうございます!いただきます!」


こういうのが、大人の気遣いってヤツなんだろうか。

ちょっとは遠慮すべきなんだろうけど、せっかく出してもらったら受け取らない方が失礼だと思う。


「うまっ……」


一口飲んで、つい口に出してしまった。

お茶おいしい。ラベルをよく見たら、見たことのないお茶だ。何だコレすげぇおいしい。


「私の地元限定のお茶なんですよ。お口に合って何よりです。それでは、飲みながらで結構ですのでいくつかお話を聞かせていただきますね」


剣道を始めたきっかけに始まり、今までの経歴や楽しかったこと、苦しかったこと、これからの目標などを質問される。

それにしてもこの人の聞き方が、俺が話をしやすいように聞いてくれてるのか、普段より色々なことを話せてる気がする。

剣道の事以外にも、家族の事や従兄の亮兄さんの話なんかも少し話して、30分ほどで取材は終わった。

俺にしては珍しく話し疲れた気がする。車の中も涼しくて気持ち良くて、ヤバい。寝そう。


「とても興味深いお話を伺うことができました。今日は本当にありがとうございました」


「いえ……なかなか……うまく話せなくて……」


「そんな事はありませんよ。若いのにしっかりした受け答えでした。これで安心して送り出せますよ」


「……いえいえ……では……失礼します……」


「楠木龍さん、これからあなたの周りで色々な事が起こりますが、がんばってくださいね。本日はありがとうございました」


その声をどこか遠くの方で聞いているように思いながら、柔らかい座席に身体がゆっくりと沈んでいき、俺は、深い眠りについていった。

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