第112話 お宅訪問、叔父さん家

「転身って……りゅうが?」


 俺の言葉にみんなが息をひそめると、車内に響くのはテレビの中の園長の笑い声。


 楠木 龍。俺の従弟で、けい叔父さんの息子。

 以前、思い出したくも無い逆ギレ事件でコッチに帰ってきた時、エレナさんと一緒に俺の実家で会った従妹のこずえちゃんの弟で、俺の元部屋でガラスの鉄仮面を読んでいたあきらちゃんの兄。

 あの時、龍は部活の合宿で来てなかったんだ。そうだそうだ。


 いや思い出したのはいいんだけどさ。

 それを理解するのにしばしフリーズ。


『……もしもーし?亮?私が言っている意味はわかるか?』

「あぁ、うん、意味はわかるんだけどさ。転身?」

『そうだ。それでな、今から私の家に来れないか?』

「今から?圭叔父さん家に?」


 隣をチラ見するとエレナさんが小声で(何の話?)と言い、怪訝そうに俺を見ていた。

 まぁ、状況がわからないからしょうがない。通話をスピーカーモードにして話を聞いてもらう事にする。ポチっとな。


「今からかぁ……う~ん、ちょっと待って。聞いてみる―――」

『聞いてみるって……亮まさか!フラムロス王がそちらに!?』


 かなり慌てた様子の圭叔父さん。ウィルバートに送られたと思ってるっぽいな。


「いやいや、違う違う。あいつは来てないからね」

『お?おぉ、そうか、さすがに焦った……ちょっと待て亮。国王をあいつ呼ばわりとか、言葉を選べよ?さすがにそれは聞き捨てならないからな?』


 スピーカーから呆れ声の苦言。これにはエレナさんとナディアが苦笑い。


「いやいや、ついうっかり。で、ウィルバート陛下に送ってもらった訳じゃないんだわ。別の方法で、一緒に来てるのは別の人と」

『別の人……誰だ?誰と一緒に居る?』


 圭叔父さんの声がピリっと警戒モードに変わった。


「奥さんと一緒に―――」

『奥さん!?おまえ結婚したのか?』


 あら珍しい。圭叔父さんの慌て声を久しぶりに聞いたわ。


「結構最近ね。知ってるのは母さんぐらい……もしかしたら姉ちゃんも知ってるかもしれないけど、その時は婚約ってニュアンスで言ってるから、正式な結婚報告はまだなんだわ。で、今一緒に居るのは、俺入れて4人とワンコ1匹で、ついさっきコッチに来たばかりなんだよね」

『4人と1匹……あぁ、そうか。そういう事か』


 納得したっぽい。


「でさ、一回家に帰って準備してからみんなで行っていい?紹介したいんだけど」

『ああ、わかった。何時頃になりそうだ?』

「何時だろう。ちょっと遅くなるかも。2時間ぐらい見て欲しいかな。今は家に誰かいるの?」

『あぁ、晶と龍がいる』


 あれ?龍?


『中身は別物な。夕食後すぐに寝たから、朝までは確実に起きない』

「別物……まぁ、後で聞くわ。梢ちゃんは?」

『梢は帰った』

「帰った?あぁ、そっか。佐々木くん家?」

『何だ、知ってたのか。一昨日、晶を送りがてら家に顔出して、線香あげて帰った。そしたら、家を出る前に電話してくれ』

「了解でーす。じゃ、また後で」


 通話をOFFにして終了。

 ふぅ、と一息ついたらエレナさんが話しかけてきた。


「あんたの叔父さん、私達の事を知ってるみたいね」

「エレナさんもそう思いました?今居る人数聞いて、何か納得してましたからね。それにしてもなぁ……聞いた通りですよ。俺の従弟が向こうに転移じゃなくて、転身したんですって。で、コッチの中身は別物と。何かなぁ……嫌な予感しかしませんわ」

「情報が少なすぎるから今考えてもしょうがないわ。後でゆっくり聞けばいいじゃない。急いでるんでしょ?さっさとお風呂入って、着替えたらすぐ出ようよ」

「ですね。じゃ、まずはウチに行きますか」


 助手席のエレナさんがシートベルトを締めると、後部座席のナディアも装着。

 ナージャはわかってなさげだったのでナディアがサポートしてシートベルト装着、ルカはナージャがしっかり抱きかかえている。ゆっくり安全運転で行こう。

 スマホのナビを起動して、いざゆかん。お久しぶりのマイホーム『クリエイティブガーデン南』へ。




 さっさと準備を済ませて家を出て、圭叔父さん家に到着したのは夜の10時過ぎ。

 ナージャが車で寝始めたので、俺がおんぶして玄関ドアの前に立つ。

 ふーっ、とひと息吐くエレナさんと、ルカを抱っこしたナディア。ちょっと表情が固い。


「そんな緊張しないでも大丈夫だよ。普通のおじさんだから」


 そうふたりに声を掛けると、エレナさんが小声で囁く。


(さっき車で言った通りだからね。頼むから忘れないでよ)

(うーん、向こうに居る訳じゃないんだから、それはそれで不自然じゃ―――)

(そういう訳にはいかないの!アムデリア王配の可能性が高いんだから!)

(まぁでも、叔父さんが何か言って来たら、それはそれで対応をお願いしますね?じゃ、鳴らしますよ)


【ピンポ~ン】


『はい』

「亮です」

『あぁ、悪いな。今開け―――』


 扉の向こうからドドドダーン!ドドドバン!と聞こえて来た。

 最後のバン!は何かが玄関ドアに全力でぶつかったっぽい音。

 一瞬の静寂。

 扉の向こうから呻き声が聞こえたと思ったらバターン!と勢い良く玄関ドアが開いた。


「いらっしゃいませ絵玲奈さん!!!まさかこんなに早くお会いできるとは思ってなくってまだ全然衣装とか準備とか出来てないんですけどとにかくまたお会い出来るなんてこれもう奇跡ですよね!!!あの時は亮兄さんの彼女とか言ってましたけどそんな事言わなくて全然オッケーですから!!!もうわかってますから!!!じゃ!!!どうぞどうぞ上がってください!!!家だと思って!!!絵玲奈さんの家だと思って!!!」


 おっ……おう……早口で捲し立てながらエレナさんの手を掴んで離さないのは、俺の従妹の晶ちゃん。

 エレナさんが硬直してる。予想外だよねぇ。俺もコレは予想してなかった。


「あの、晶ちゃん?」

「おっさん同士のクソつまらない話なんて絵玲奈さんも聞きたくないですよね?それなら私の部屋……で……」


 晶ちゃんが俺を見る視線が僅かに逸れ、止まる。


「亮兄さん……そちらの……お方は……えっ!?人形おんぶ……うぇ!?……ちょ……人……?」


 アルカイックスマイルになってるエレナさんの手を握りしめたまま、俺の後方と肩の辺りに視線が行ったり来たり忙しい晶ちゃん。


「晶、お客様を困らせるんじゃないよ」


 そう言いながら奥から出て来たのは圭叔父さん。あら、ちょっと白髪が増えたかしら?


「亮、しばらく」

「どうもご無沙汰してます。圭叔父さん家に来るの、何年ぶりだろう」

「十三回忌はウチの家族だけにしたから、七回忌の時以来か?」

「あー、そうか。そんなに前か。いや、ホントにご無沙汰で……あ、圭叔父さん。まず紹介したいんだけど」

「玄関じゃ何だ。中に入ってからにしよう。どうぞ皆さん……晶、ちょっと部屋に戻ってなさい」


 それを聞いた晶ちゃん、目を見開いて首だけぐりんと圭叔父さんを向く。プチホラー。


「おっさん同士の話でしょ?亮兄さんと父さんだけでいいじゃない!絵玲奈さんとそちらのお方とその子はいいでしょ!?」

「ダメ。こっちの話が終わったら呼ぶから」


 圭叔父さんをひと睨みして、渋々エレナさんの手を離す晶ちゃんがボソリと呟く。


「5分」


 間髪入れずに圭叔父さんが答える。


「2時間」

「えーっ!!!」

「仕事の話だから」

「またそうやって仕事って言えばいいと思って……くそぅ……」


 そう言ってガックリと肩を落とし、トボトボと2階の部屋に戻って行く晶ちゃん……と思ったら早歩きで戻って来てエレナさんの手をギュッと握り、次いでナディア。ナージャの手の甲は、おそるおそる、つんと突いて。


「おっさん共のつまらない話に飽きたら2階に来てくださいね」


 そう言うと部屋に戻って行った。

 そんなやり取りを見ながら、圭叔父さんが苦笑気味にエレナさんとナディアに声を掛けてきた。


「何か、娘が慌ただしくてすみませんね。どうぞ、上がってください」


 エレナさんとナディアは雰囲気に圧倒されているのか、無言で立ち尽くしている。


「二人とも遠慮しないで上がりましょうよ。じゃ、お邪魔します」


 俺がそう言うと呆けてたエレナさんの意識が復活して、背筋をシャキっとして一礼。

 靴を脱いで家の中へ。


 リビングに入ると「どうぞ座ってて」と言って叔父さんはそのままキッチンへ。

 その間にナージャをリビング隣の仏間に寝かせておく。

 立って待ってるのも何なので、ソファーに腰掛けようと思って屈んだら、エレナさんに腕をグイーっ!と引っ張られて(何座ろうとしてんのよ!)と凄まれる。


(え?なんでですか?)

(座らないって言ったでしょ!)

(あー、そうでしたね。これは失礼しました)


 叔父さんがお紅茶セットとお茶菓子を持ってキッチンから戻って来るまで1分少々。

 エレナさんとコソコソ話してる俺らを見るなり笑いながら。


「そんな立ってないで、どうぞ座ってすわって」

「そりゃ家主に遠慮してるんですよ。圭叔父さん、紹介したいんだけど、いいかな?」


 俺が二人を紹介しようと思ったら、いつの間にかエレナさんとナディアが一歩下がって、ガッツリ腰を曲げた45度の最敬礼。


「ちょっと、エレナさん?ナディア?」


 姿勢を崩さず、無言で微動だにしない二人。

 相手はアムデリア王配の可能性があるから、そのつもりで接する。そう言われてはいたけれど、ここまでするのか……と思っていると、テーブルにお茶セットを置いた圭叔父さんが助け舟を出してくれた。


「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ」

「御意を得まして光栄に存じます」


 俯いたままのエレナさんが話す。だがしかし最敬礼はやめない。

 どうしたらいいのか分からず、軽くドギマギしてる俺をチラっと見て微笑する圭叔父さん。

 ソファーに座って、二人に声をかけた。


「お二人とも、楽にしてください」


 最敬礼を解いて直立する二人。

 但し目線は圭叔父さんの足元。

 あ、ルカもナディアの足元でピシッとおすわりポーズで目線下げてる。マジか。俺より礼儀作法に通じてる。

 すると、圭叔父さんが優しく語り掛ける。


「初めまして。亮の叔父の楠木 圭です。亮、皆さんを紹介してくれるかい?」

「おっ……おお、そういう流れ?そしたら、圭叔父さんに近い順からね。まず、こちらがエレナさん。後ろに居るこちらがナディア。足元のワンコがルカ。あと、仏間で寝てるのがナージャ」

「エレナさん……ナディアさん……ナージャちゃんに……ルカくん」


 ん?ルカくん?


「圭叔父さん、ルカは女の子なんだわ」

「女の子?……雌だったのか。確かに語感では女の子の名前でも通用するか……」


 ソファーから立ち上がってルカの前でしゃがみ込み、ナデリナデリとなでくり回す。


「ゴメンな、ルカちゃん」


 ルカが若干プルプルしてる……。


「さて、互いに自己紹介も済んだ事ですし、エレナさん、ナディアさんも掛けて寛いでください」


 圭叔父さんが着席を促すと、エレナさんとナディアが「「失礼致します」」と息ピッタリに言って最敬礼を解いて、ソファーに座る。


「ルカちゃんは、ナージャちゃんの側に居てあげてくれるかい?」


 圭叔父さんにそう言われると、ルカが俺の顔をチラっと見る。あ、俺の指示を待ってるのか。


「そだね。向こうの部屋に居るから、一緒に寝てていいよ」


【ワン!】とひと吠えすると、仏間に入っていくルカ。

 その様子を見て、フムフムと納得してる素振りの圭叔父さん。


「言語を理解するのか」

「ん?」

「あぁ、まぁ……まずは、急な話で済まなかったな。改めて、久しぶり。元気にしていたか?」

「まぁね。元気っちゃ元気だね。圭叔父さんは調子どうです?」

「まずまずだ。最近、色々な事が起こり過ぎていてな。亮と苦労を分かち合いたくて、こうして呼び出したという訳だ」

「そんな面倒事のひとつやふたつ、圭叔父さんのコミュニケーションスキルでチョチョイっと解決すればいいじゃない。楠木家のトラブルバスターなんだから」

「ははは、好きで爆弾処理やってる訳じゃないからな?私が直接対応出来る事なら、わざわざ頼む訳ないだろう……今の所、亮に頼る以外に方法が無い」


 突然の迫真。


「それがさっき電話で聞いた、龍が転身したって事?ってか圭叔父さんさぁ、どこまで俺らの事を知ってるの?と言うか、色々聞きたい事がありまくりなんだけど」

「それは私も同じだよ。まずは、私の事から話しておこうか」


 そう言って紅茶を一口つける。


「私はフラムロス大陸において、アムデリア王国王配、ケイ・ド・アムデリアと呼ばれている」


 エレナさんとナディアが姿勢を正し、着座のまま深く頭を下げる。

 身分が確定したので、礼を尽くすという事ね。


「エレナさん、ナディアさん。姿勢を戻してください。ここはフラムロスでもアムデリアでもありませんし、そもそも私が王配として向こうに居られたのは、ほんの数日だけですから。ね?」

「え?圭叔父さん、向こうとコッチを行き来してる訳じゃないの?」

「ああ。私がアムデリアに行ったのは、15年前に一度だけ。日本に戻って来てからは、一度も向こうに行っていない」

「えー!じゃぁ、どうやって向こうにメモとか、5円玉とか送ったのさ?」

「ちょっと待っててくれ……お二人とも、本当に畏まらなくて大丈夫ですから。ほら、亮からも言ってあげてくれないか」


 苦笑気味にそう言うと、圭叔父さんが仏間に行く。

 エレナさんとナディアを見ると、着座最敬礼を崩してなかった。


(ふたりとも、もういいんじゃない?叔父さんは何とも思わないよ?)

(ダメ……身分を明かされた以上、そう言う訳にはいかない……)

(逆に、叔父さん困った感じだよ?王配を困らす方がヤバいんじゃない?さぁ、姿勢を戻してもどして!ナディアもね!)


 王配を困らせるという痛い所をついたのか、エレナさんとナディアが姿勢を戻して座り直すと、いいタイミングで圭叔父さんがアンティークなカメラを持って戻って来た。

 あ、それってもしかして。


「お?亮は見覚えがあるか?親父のコレクションだ」

「見覚えがあるも何も……ホラ、コレ。爺ちゃんの転移カメラ。これでコッチに戻って来たんだよ」


 俺がマジックバッグから転移カメラを取り出すと、テーブルに置く。

 並べてみると、圭叔父さんが持って来たカメラの方が一回りデカいな。

 すると震える手で転移カメラを取り、圭叔父さんがしみじみと呟く。


「転移……完成していたのか……!!!」


 圭叔父さんが転移カメラを凝視した後で目を閉じ、何かを考えている。


「……これで……」


 何かひとしきり考え込んだ後で、ふぅ、と一息。ようやく顔を上げて俺を見る。


「失礼。まず、私が持って来たこのカメラは、物質を転送する。これを使ってアムデリア王と連絡を取り合っている」

「へぇ~、そんな物もあったんだね。でも、何で持ってるの?」

「15年前、史華しかが亡くなった時に親父に渡されたんだよ。大事に取っておけってな。コレ、史華が特に気に入っていたアンティークカメラだったからな」

「確かに。史華さん写真大好きだったもんね。爺ちゃんとは趣味が合うって言ってたよね……あ、二人には分からない話だよコレ。史華さんって人は圭叔父さんの奥さんで、俺の叔母。15年前に亡くなったんだ」


 二人に説明すると、エレナさんが驚いた顔をして俺を見る。

 何かこう……言いたいけど言えない的な、口元がモニョモニョしてる。ちょっとかわいいな。


「亮、エレナさんが何かおっしゃりたい事があるようだぞ?」

「うん、そうだよね。エレナさん、もういいんじゃない?言いたい事は言わないと、身体に毒だよ?」


 意を決したのか、恐る恐るエレナさんが口を開いた。


「……申し上げる事は僭越と重々承知しております」

「いえいえ、全くお気になさらずですよ。何でも聞いて下さい。ちゃんとお答えしますよ」

「……史華様と……シーカ・デ・アムデリア陛下とは……何かご関係が……」


 ん?


「シーカ?デ?エレナさん、それは……」


 どゆこと?と思ってると、圭叔父さんがエレナさんの問いに答える。


「妻はこちらで事故に遭って亡くなる直前に、シーカ・デ・アムデリア陛下に転身しました。私がこの事を知った時、妻が別の世界では生きている事に驚きました。『史華』と『シーカ』名前がほぼ同じだなんてね、と笑い合ったものです」


 は?


「はぁ!?何それ!?どういう事!?史華さん生きてるって……!?アムデリアで!?」

「そうだ。精神が入れ替わる転身だから、厳密に言えば違うかもしれないが……私にとって、史華はアムデリアで生きている。それに、亮がフラムロスに居るという事は、史華からの手紙で知った。カンフォーレに叙勲される者が居るという情報を掴んで、すぐに調べさせたらしい。フラムロス王国が楠木の者に与える爵位がカンフォーレだからな」

「それは……史華さんの事は……梢ちゃんとか龍、晶ちゃんは知ってるの?」

「知らない。と言うか、言える訳無いだろう」


 ふむ、と紅茶に一口つける圭叔父さん。

 つられて俺もゴクゴクと。


「あの時の交通事故の話は知っているな?」

「ああ、うん。梢ちゃんを保育園に迎えに行った帰りに、車が海に転落……って聞いてるけど」

「あの日、史華が子供たちに、私達の思い出の場所を見せたいと言ってな。梢を保育園に迎えに行った後で、2歳の龍、1歳の晶を車に乗せて、ちょっとしたドライブに行ったんだよ。運河の夜景を見て、埠頭から水族館の方へ走らせていた時だ。得体の知れない何かが海から現れて、車ごと引き摺り込まれた」


 ・

 ・

 ・


「後になってわかる事だが、それは海龍デリオ。かつてアムデリアを支配していた海龍だ」


 もう何が何だか。


「海龍は史華を転身させるために来たらしいが、無理だったようだ。史華が填めていた結婚指環が海龍の魔力を上回ったらしくてな」


 そう言いながら圭叔父さんが自分の左手に目を移した。

 史華さんが亡くなった後も、ずっと薬指に填め続けている結婚指環だ。


「これは母さんから貰った指環だ。亮も、そちらのお二人も填めているな」


 えっ?

 エレナさんとナディアを見ると二人とも指環に手を添え、こっちもこっちで何が何だか……って感じで俺を見る。


「海龍は史華に、このまま海の中で家族全員死ぬか、史華一人の犠牲で家族を救うかを選べと言い、史華は迷わず家族を救うと答えた。海龍に言われるがまま指環を外した瞬間、浮遊した感覚と共に意識を失ったそうだ……っと、一気に話してしまったな。ここまでは把握出来たか?」


 のろのろと紅茶を飲み干し、圭叔父さんを見て、ひとこと。


「把握出来ません」

「だろうな。私もそう思う。だが、この話は前置きだ。この話をしておかないと、何が何だか分からなくなる」

「今でも十分わからないんだけど。てか、そんな大変な事を淡々としゃべってる圭叔父さんのメンタルが強いってか……ヤバい」

「そうだな……あれから15年、色々あって強くなった。いや、強くならざるを得なかった。それに比べるとな、楠木家の爆弾処理なんて片手間の遊びみたいなもんだ。さて、お茶を淹れ直そうか。話の本筋はこれからだからな」


 そう言うと、紅茶セットを片付けてキッチンに向かって行った。

 黙って圭叔父さんを見送ると、エレナさんが背中を突く。


「アキラ、私とナディアが話を覚えておくから、今は全力で聞き役に徹して。どんな些細な事でも、気になったら伺っておいて」

「助かります。いやもうホントに、何が何だか訳がわからなくてさぁ」

「特に海龍について。これはねぇ、私達も近い所までは掴んでいた話なのよ」

「そうなの?でもさ、アムデリア沿革に書いてたけど、海龍って駆除されたんじゃなかった?当時の王太子に」

「正しくは討伐に至らず、封印されたんだ」


 そう言いながら圭叔父さんがお茶菓子を持って戻って来る。


「はい、お茶菓子をどうぞ。アムデリア沿革は私も読んだ。内容に明確な違いが見られたが、それはしょうがない事さ。そうしなければ、フラムロスでは諸々と正当性が保てないからな」

「海龍を討伐って所?」

「まぁ、それもひとつ。海龍は討伐ではなく封印された。フラムロス王太子自らの力ではなく、部下が持った力によって。この事実が判明したのは、海龍の封印が解かれた後の話だけど……っと」


 お湯が沸いたらしく、慌ててキッチンに戻って行く。


「事実が判明したって、封印を解かれた海龍が言ったって事なのかなぁ」

「その辺り、詳しく聞いてよ」

「そうですねぇ……あ、あとさ、その指環。ナディアがウチの母からもらったヤツ。エレナさんの指にも、ナージャの指にも填まったでしょ?増殖したよね。史華さんを守ったとか言ってたし、何か魔力的な物があるんだろうか?」

「お母様、詳しい事は仰っていませんでしたが、良くない事から守ってくれるお守りとの事でしたから、もしかしたら何らかの魔力が秘められているのかもしれませんね」


 無言を貫いていたナディアが、やっと口を開いてくれた。


「でも、全く魔力を感じないのよ。コッチならわかるけど、向こうでもそれが変わらないというのがね。だけど、史華様を海龍から守る程の強大な力となると……」

「謎は深くなるばかりだよ……圭叔父さんは、何か知ってるのかね?」

「知ってるぞ。はい、お待たせ。亮はコーヒーの方がいいだろ?」


 サラっと会話に入りながら、コーヒーメーカーやら紅茶ポットを積んだキッチンワゴンをガラガラ引いて来た圭叔父さん。


「あぁ、ありがとね。それ、まだ使ってたんだ」

「この方がラクでね。お二人は紅茶で良かったですか?」

「恐れ入ります。私は紅茶を頂きます」

「私も、紅茶を頂きます」


 さて、全く話の見えない第2ラウンドスタートだ。

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