第68話 ただいま
エレナさんが少し長めのお風呂から上がると、眠そうな目で俺に告げる。
「もう寝る~。昨日の夜更かしが……ふわあぁぁぁ……おやすみ~。」
「今日は一緒に来てくれてありがとうね。ゆっくり休んで。お休み~。」
布団にコテンと転がり、そのままスヤァ…と寝息を立てるエレナさん。
ちょっと気疲れさせてしまったかな。襖を閉めて、リビングの照明を間接照明にチェンジ。
今何時?……ってもう10時か。あっという間だな。
俺もサクっと風呂に入って、今日は早めに寝てしまおうかね。
風呂上がりに麦茶を飲みつつ、ソファーに座る。
ようやく一息つけた気がする。
そうだ、そう言えば『ガラ鉄』買ったんだったな。
14巻って……どの辺りだっけ?しばらく読んでないから忘れてるな。
パラパラっと。
『床にペンキを塗ります』
ああ~!!!コレ、オーディションのヤツだ!!!すげぇ、懐かしいな~!!!
……ヤバい。沼だ。今読み始めたら最後まで一気に行くヤツだ。
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今日はよそう……明け方まで読んでたら、流石にエレナさんに怒られそうだ……。
後ろ髪をグイグイ引かれながらリビングの照明を消して布団へ。
襖をゆっくり開けると、健やかなエレナさんの呼吸が聞こえる。
起こさぬように、忍び足で布団へ。
布団に横たわり、深い溜息をついて脱力~。
いよいよ明日は向こうに帰れるのか……いや、帰れるってのも変な感じだなぁ。
あ、エレナさん寝返り打った……バッチリ目が合う。
「起こしちゃった?」
「うん。そっち行くー。」
もぞもぞと身体を起こして、ゆっくりと俺の布団に移動してくる。
俺の右腕をぺしぺし叩いて伸ばさせて腕枕ァ……
向こうを向いて、うんしょ、うんしょ、とバックして来てピッタリ密着スタイルゥ……
ヤバい。これはヤバい。
「アキラ、ドキドキしてるー。」
「多少はね?」
嘘です。胸がドキドキ動悸ってか、バクンバクンいってる。
サラッサラの髪から漂ういい香り……くんかくんかしたいけど、俺の荒い鼻息がつむじに当たってしまう。
左腕を掴まれてクイっと引っ張られ、エレナさんを背面から抱き締めるようなスタイルに。
これには反応し掛けているポジションがあってだねぇ……。
「今日はアキラの彼女だよ。」
「おお、そうだねぇ。今日は本当にありがとうね。」
「感謝は態度で示しなさいよ。」
左手を使って、頭を撫でりなでり。
「うんうん、エレナは本当にいい子だよ~。」
「そのまま、ゆっくり撫でて。」
しばらくの間、言われるがままに頭を撫でたり、ポンポンしたりしていた。
日付が変わる頃にはどちらともなく眠りにつき、俺達はいつもの間柄に戻っていった。
「おはよ。」
「あぁ……おはようございます……」
今日は俺の方が遅くに起きた。
エレナさんは、ソファーでガラ鉄の14巻を読んでいる。
「朝ご飯はどうします?」
「昨日食べたコーンフロストってまだある?あれ食べたいな。」
「グウウウゥゥゥレイトオッ!!!」
「……何それ。」
「そういうのがあったのです。じゃ、準備しますね。」
買い置きのシリアルをお皿に入れて、牛乳は各自お好みで。
普段は朝ご飯を食べないで会社に行っていたけど、向こうに行って必ず朝ご飯を食べる習慣が身体に残っていたのか、戻って来て記憶が無い状態でも朝ご飯を食べてたんだよな。
単純に4月から仕事が落ち着いて、心に余裕が出来ただけかもしれないけど。
「「うまそう!うまそう!いただきます!」」
この家で誰かと一緒に朝ご飯を食べるのはエレナさんが初めて。
昨日もそうだけど、何と言うか、いいもんだなと思う。
「今日は、家で調べ物をするのかい?」
「いや?今日は少しゆっくりしようかなと思ってた。」
「あれ?昨日、調べ物をするって……」
「そんな事言ったっけ?」
……まぁ、いいか。
「そういえば、完全にスルーしてた事を聞いてもいい?」
「何?」
「エレナさんは転移でコッチに来て、レナートさん、ジャムカ、スカンダは転身って言ってたでしょ。何がどう違うの?」
「転移は、向かう先に身体が無い場合に本人が行く事。転身は、向かう先に身体がある場合にその身体に入る事。異世界の自分になるといった感じね。転生ってのもあるけど、それはどちらかで亡くなった人が、異世界で生まれ変わること。殆ど転生前の記憶は無いけど、たまに記憶がある場合もあるみたい。」
大体俺が考えてた事で合ってた。
「じゃあ、俺が向こうに行ったのは転移だから、向こうには俺自身が居ないって事なのか。」
「そういう事ね。私は聞いただけだから詳しい事は分からないけど、転移と転身の魔法は、魔物と妖魔の王だけが使えるらしいわよ。ウィルバートはそもそも金龍だから、魔物の王。」
「って事はロムさん……黒村は妖魔の王って事か。魔王黒村。アイツ好きそうだな~。」
「向こうでの呼び名は魔王ロムリエル。名前は言う事すら憚れる感じね。」
「ロムリエルね……中二病でもあるまいし。いいんじゃない?黒村って言ってやれば。あぁ、その他にもあるよ。呼び名。クラウト・シニタエルとか。」
「言えるわけないじゃない。第一、異世界なんてのは限られた人間しか知らないんだから。」
「流音亭ギルドマスターのアミュさんとリバルドさんが知ってたって事は、あの人たちも限られた人?」
「そうよ。アミュはエレオノーラとも親し……くはないか。王も見知った顔だし、そもそも能力が高いから選ばれた感じかな。」
「それで実際に異世界に来ちゃったのが、エレナさんとレナートさん。二人はいいとしても、ジャムカとスカンダも来ちゃったよね。」
「ジャムカはねぇ……ウィルバートが何を考えてるのかわかんない。スカンダは命令で何度も行き来してるのよ。ここだけじゃなく、別の世界にも。」
「マジか……別の世界、すげぇ興味ある。聞いてみたいけど、スカンダは喋らないからなぁ。」
「だからこそ必要な人材なのよ。」
そんな事をつらつらとおしゃべりしながら朝ご飯を食べ、コッチの世界の事をネットを見ながら話したり、向こうに戻る準備をしていた。
俺とエレナさんは向こうに戻る準備を終え、満を持して理事長宅にやって来た。
御手洗理事長の中の人、ウィルバートは縁側に腰掛け、茶を飲んで一服してる。
「おう、準備はいいか?」
「あ、一つだけ。次に戻ってくるタイミングは、今日って事になるんでしょうか?」
「その辺りは調整可能だ。今日がいいなら、そうしてやろう。その前にやる事やってからな。」
「わかってますよ。車と鍵類は置いて行くので、保管お願いします。」
「わかった。思い残すことは無いな?」
「言い方……死ぬんじゃないんだから。無いです。」
「エレナ、転移先は元の場所だ。」
「ええ、一度流音亭に寄って、その後レナートの別荘に行くわ。」
「じゃあ向こうでな。快適な空の旅をお楽しみください。」
クソジジイめ。
ふいに、エレナさんが俺の身体を抱き締める。つられて俺もぎゅっと抱き締めちゃう。
理事長ことウィルバートの手から放たれた光の渦が、俺達を包み込む。
うっわ、眩しい!ちょっと目を開けてられない!
今度は身体がふわりと浮き上がって、さらに光が強くなった気がする。
「離さないでね!!!」
「もちろん!!!」
その瞬間、頂点に達したジェットコースターが一気に急降下する時のような、強い重力が身体に圧し掛かる。
「うおっ!凄いな!!!」
「この感じ!嫌い!!!」
さらに上から押し付けられるような感覚の直後、地面に足が着く感触。
二人で身体を支え合っていたせいか、その場に倒れ込むようなことは無かった。
これは……着いたのか?
「……アキラさん……エレナ様……」
ハッとなった。
ギュッと閉じていた目をゆっくりと開く。
辺りは暗く、さっきの眩しさが目の奥に残っている感覚で、ちょっと視界がボヤけている。
だけど、よくわかる。その人は、月がスポットライトを当てているような神々しさで光り輝き、俺達を迎えに来ていた。
ぽろぽろと涙を流しながら駆け寄るその人を、俺とエレナさんが抱き締める。
「ただいま、ナディア。」
「おかえりなさい……おかえりなさい……」
肩を震わせて泣きじゃくるナディア。さらに強く、強く抱きしめる。
「最低な事を言ってゴメン。俺が間違っていた。」
「……まったくだ。」
妖精ナディアが俺の頭の上に乗って、げしげしと蹴りを入れる。
でも、その感じも嬉しく、愛おしく感じる。
「ちょっとナディアちゃんや、意外と蹴りが痛い……」
ひとしきり蹴りを入れた後、頭にしがみつく妖精ナディア。
「ナディア、あんな事をやらかす俺だけど、許してくれるかい?」
ナディアがコクコクと何度も頷く。
「……ゆるさんぞ。」
そう言いながら妖精ナディアが肩に降りてきて、頬に何度も何度も、熱烈なチュウをしまくってくれる。
俺とナディアが初めて出会った泉の前で、俺たちは再会を果たした。
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