第69話 あの日の事と、あの後の事
ナディアの泉(仮称)の前で、話をしていた俺達。
このままずっとこうして居たい気持ちはあるけれど、流音亭に行ってアミュさん、リバルドさん、パーシャ姉さんにも挨拶をしないといけない。
そしてレナートさんの家に行って、挨拶したり謝ったりしないと。
あの日の事は、ナディアとエレナさんが教えてくれた。
誰にとってどんなメリットがあってあんなことになったのか、少し考え込んでしまった。
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「王命。一切の手出しは無用。従わない者は厳罰に処す。」
赤の騎士レナート、赤の剣士ジュリエッタ、新人冒険者訓練教官ベルク、赤の剣士隊ドライグラース隊の4名に対してエレナが告げた言葉。
当然ナディアも隣に居たので聞いてはいたが、その意味を理解したのは、暴走した新人冒険者がアキラをボコボコに殴りつけている時。
「死ね!!!死ね!!!」
一切の手出しは無用というのは、どういう事なのか。
あまりにも一方的に打ちのめされる姿を見て、堪えようのない怒りが込み上げて来る。
隣のエレナを見るも、冷静に状況を注視している。
例え王命であっても、エレナの命令であっても。
この余りにも理不尽な状況を、何よりアキラが傷つくのを見過ごすことなど出来ない。
そう思った瞬間、ナディアは訓練場に飛び降りていた。
(このままでは、本当に死んでしまう。絶対に助け出さないと!!!)
その直後、アキラが怒声を張り上げる。
訓練場内を、妖魔や魔獣などとは比較にならない程の凄絶な殺気が支配する。
この場に居る全ての者の身体が硬直し、竦み上がる。
この世の物とは思えぬ殺気を真っ向から受けてしまった男は、一瞬で我に返る。
殺される。
恐怖のあまり一歩も動けず、ガクガクと床に座り込んで失禁し、大きく肩を震わせてアキラを見ている。
ゆっくりとした動きで杖を拾い上げるアキラ。
じわり、じわりと男に歩み寄る。
「それまで!!!」
アキラの歩みが止まる。
「アキラ!!!それまで!!!」
エレナの声がアキラに届いた。
恐らくは見えていないであろう視線を、声の方に向けていた。
今しかない。震える身体を抑え、ナディアは叫ぶ。
「私も分身も大丈夫ですから!まずは治療をしましょう!」
アキラの元へ駆け寄り、立ったまま顔に治療魔法を施し始める。
すぐにベルク、ジュリエッタが剣士隊に指示を出し、この事態の収集を図る。
担架に乗せられて治療室へ向かう時も、片時も離れずに治療を行うナディア。
既に顔の治癒は済んでいるが、エレナが止めるまで、ナディアは心配のあまり治療魔法を掛け続けていた。
治療室前に関係者が集められたのは、午後7時頃。
エレナが何かに堪えながら、指示を出す。
「これも王命。誰も何も言わないで。お願い。レナート。」
レナートは既に、エレナと話を詰めていた。治療室へ入って行く。
それから30分程経ち、治療室からアキラの怒鳴り声が聞こえて来る。
エレナは覚悟を決めた表情で治療室に入る。
見た事のない表情でエレナを睨みつけるアキラ。
エレナとの話が進むごとに、怒り、驚き、悲しみ、諦め。そんなアキラの感情がナディアにひしひしと伝わって来る。
そしてベッドから降りてレナートと向き合う。
「お世話になりました。」
真っ青な顔で俯いたまま、エレナにも、ナディアにすら目線を合わせずに治療室を、訓練場を出て行ってしまった。
何故、何も話せないのか。話してはいけないのか。王命というのはそんなに大事なのか。ナディアは理解できなかった。
エレナは何も語らず、ただ涙を流していた。
ウィルバートが訓練場のあるドゥーブルリオンを訪れたのは、それからおよそ2時間後。
「諸君らの働きによって本作戦は完遂した。役目ご苦労。」
表情を崩さないレナートとジュリエッタ、憔悴しきったナディア、それを宥めるエレナ、憮然とした表情のドライグラース隊の4名は、頭を垂れて王の労いの言葉を聞いていた。
そして、ウィルバートが取り出したのは一つの箱。
先ほどのアキラとの最後のやり取りを映し出すプロジェクター。
アキラが吐き出す罵声の一つ一つが、エレナの、ナディアの、全員の胸に、深く、激しく突き刺さる。
映像は、アキラが光の中に吸い込まれていく所で終わる。
エレナは絶叫する。
「何で!!!何でこんなモノを見せるのよ!!!どんな思いでこんな事をしてきたと思ってるのよ!!!」
ナディアは呆然と、抜け殻のような状態になっている。
もはや、何が起こったのかすらわからない。涙すら出ない。
「次回も諸君らの働きに期待している。」
ウィルバートはこう言い残して、ドゥーブルリオンを後にする。
レナートは目を閉じ、アキラとナディアの深い愛情を側で見て来たジュリエッタは肩を震わせ、ドライグラース隊は「気分が悪い」と言い残して去って行った。
誰も何も救われない、救いようのない作戦はこうして終わる。
その日のうちにエレナとナディアは、レナートと共にバトンの森へ帰還する。
二人には、次の命令が待っているから。
アキラとナディアを王都へ送り出した、バトンの森ギルドマスターであるアミュと、流音亭の店主リバルド夫妻。
ナディアにとっては、成長した姿を見せるのは初めての事。二人はナディアの成長をとても喜んでくれた。
でも、一緒に帰って来たかったもう一人が居ない。
「相ッ変わらずあの王は……手段を選ばないと言うか、やる事がエグい……」
アミュはナディアとエレナ、二人を抱き締めてこう続ける。
「アキラくんは大丈夫。理由も無しに二人がこんな事をする訳がないと考えるから。あと、思い込みでやらかした~って、ものすご~く反省すると思う。大丈夫。必ずアキラくんはコッチに帰って来る。だからその時は、互いに足りなかった言葉で、思いを伝え合うんだよ。」
3人の後ろから、リバルドが話に割って入る。
「アミュ、それではさすがに根拠が無い。」
「何さ!せっかく二人を励ましてあげようと思ってるのに!」
「お前たちなら覚えているはずだ。王は何と言ってアキラを向こうに送り返したんだ?」
ナディアとエレナは、二度と思い出したくもない映像の最後を、思い返す。
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「「……またな……?」」
「王がそう言ったのなら、間違いなくまた会える。心配する事は無い。」
「ホントに……?」
「また……会えますか……?」
エレナとナディアがリバルドに訊く。リバルドは黙って頷く。
「ウチのダンナはまぁ、あの人とは付き合いだけは長いから。とりあえず、いつかアキラくんが戻って来る日のために、二人はコッチでやる事をやらないとね。」
そして流音亭でアキラが寝泊まりしていた部屋をそのまま二人が使い、冒険者登録をして現在に至る。
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「じゃ、そろそろ行こうか。さすがに、アミュさんに怒られそうだ。」
「はい!」
「ああ、ナディア。向こうのお土産があるのよ。ちょっと腕まくっておいてね……」
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とある城の、とある部屋。
「陛下、只今帰還致しました。」
王の前で跪く3人。揃ってこの場を訪れるのは、数カ月ぶりの事。
「ご所望の品、お持ち致しました。」
王の許しを得て、豪華な装飾が施された宝箱を直接手渡す。
王が宝箱を開ける。
……一瞬の間。跪く3人に緊張が走る。
大きく頷き、3人に労いの言葉を掛ける。
心からホッとした3人は、無事に任務を終えたその足で任地へと帰還した。
王は人払いをする。
懐かしいフィギュアを手にほくそ笑んでいると、閃光とともに女性が現れる。
『楽しそうですね。』
「イオナ、見てみろよ。こんなの使える訳ないだろ……どう思う?」
『向こうでは何とか。ですが、こちらでは使い物になりません。』
「だよなぁ。よりによってコレを選ぶか、アキラ~!!!」
魔王ロムリエルこと黒村は、旧友からの使い道の無いプレゼントに、いつまでも笑っていた。
エング・ジュールら3人から渡されたフィギュア。
『高機動武闘伝 Gガンガーレ』に登場する、主に女子生徒が着用するセーラー服を着た『ノーブルガンガーレ』であった。
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