第43話 エレナの猶予期間

 1ヶ月が経ち、レナートによるアキラの特訓は最終段階に入ろうとしていた。


 初めてレナートと正面から向き合い、激しい打ち合いになるかもしれないと考えていたアキラだったが、それは大きな間違いだった。

 開始早々、何も出来ずに隙を指摘される。

 一歩も動くことが出来ず、ただひたすら隙を指摘され続ける。

 何も出来ない自分に苛立ち、焦るほど、レナートの挑発的な言葉に強く反応してしまう。


「それで元の世界に帰れると思いますか?」


 その言葉で怒りが爆発し、ついにレナートに一撃を当てることが出来た。

 だが、我を忘れたアキラはレナートの静止を無視して攻撃を続行する。


「申し訳ございません、大変失礼な事ばかり言ってしまいました。」


「今さら何を―――」


「アキラ!!!」


 無我夢中で彼の名を叫ぶ。

 その声に反応してアキラが振り向くと、久しぶりに見る少女が駆け寄ってきた。


「エレナちゃん……」


 アキラの正面に立つエレナ。


「冷静になりなさい!自分が出来ないからって逆ギレしてんじゃないわよ!それに、何あの乱暴な言葉遣い。盗賊?海賊?怒りをアピールしてる俺かっこいい~みたいな感じ?ひどくない?」


 凄い剣幕でまくし立てるエレナ。


「いや、だって、さすがにアレは……」


「あんたが弱いのが悪いのよ。力も、心も。鍛え方が足りないのよ。それを人のせいにするのは何なの?頭悪いんじゃないの?」


 バッサバッサとぶった切るエレナに、ようやく落ち着きを取り戻したアキラ。


「そりゃぁ、まぁ、そうですけどね。」


「あんな分かりやすい挑発に乗っちゃって。そんなんじゃ、妖魔の精神攻撃にコロっとやられるじゃない。」


「エレナ様、差し出がましいようですが、今回の件は―――」


 エレナが言っている事は間違いではなく、むしろ今の状況では正論である。

 しかし、レナートがアキラを挑発していたのは別の理由があっての事。これを伝えるべきと思っていた所で、アキラがレナートの言葉を遮った。


「いや、レナートさん、お心遣いありがとうございます。かなり頭に血が上ってしまいました。エレナちゃんの言う通りですよ。そっか、精神攻撃か……そうですよね。ダメだ俺、すげぇ恥ずかしい事をやらかしてました。」


 アキラの反省の言葉を聞き、今はエレナとの会話を進める事が彼にとって大きな成長になると考え、今は口を噤む事にした。


「いえ、私こそ大変失礼な事を申し上げまして、申し訳ございませんでした。」


「でもレナート、ちょっと油断したんじゃない?肩に当てられたじゃない。」


「油断など一切しておりません。アキラさんの力が私の力を上回りました。完敗です。」


「いや!あれは、無かった事にしておいてもらえると……次こそ、ちゃんとやりますので……」


「もう二度と、当てられないかもしれないのよ?そんな事言ってもいいの?」


「まぁ……それはそれで。気合いだよ、気合い。」


 そう言って、気まずそうに笑うアキラ。


「無理そう……」


 呆れたようにジト目で見るエレナだが、そんな微妙な笑顔ですら愛おしく感じていた。


 エレオノーラがエレナに与えた猶予期間は、レナートがアキラの実力を認め、旅立つその日まで。

 ずっと一緒に居たいという気持ちに変わりはないが、彼が旅に出る時に一緒に行動することは出来ない。

 エレナはこの条件を承諾した。

 残された期間を彼と一緒に過ごし、自分の想いに決着をつけることを選んだ。




 アキラの旅立ちの日を迎え、エレナは甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「忘れ物は無い?大丈夫?」


「エレナちゃんは心配性だなぁ。ホント、いいお母さんになるよ。」


「ちょっと、なんでお母さんよ。そこはせめて……お嫁さんとか……」


 照れたように身を捩るエレナ。

 頭を軽くポンポンと叩いて、楽しそうに笑うアキラ。


「今日はまた、いつもとは雰囲気が違うね。」


服装がドレスになっている。

とても可愛らしく、ピアノか何かの発表会を彷彿とさせる。

顔立ちが美人さんなので、めっちゃ似合う。


「女王の嗜みよ。」


「女王って……まぁ何と言うか、格式あるご令嬢といった感じで、おかっ、おかわいいですよ。」


「ちょっと、何で噛むのよ!もう!」


 スネた風にプイっとするエレナだが、今までそんな事を言われたことが無かったので、素直に嬉しかった。


「俺が出かけたら、エレナちゃんも王都に帰るんだっけ?」


「そうよ。だから、アキラとは今日でさよなら。やっと、出来の悪い弟から解放されるんだから。」


「ちょいとエレナさんや、俺の方が、かな~りお兄さんだと思うんですけど。」


「お兄さん?おじさんの間違いじゃないの?」


「うっそ。それちょっと、ヘコむ……ん?じゃあ俺がおじさんなら、俺の姉たるエレナちゃんは、おばちゃ―――」


 決して言ってはならない一言を制するように、エレナの平手が飛んでくる。

 この1ヶ月で鍛えられた体捌きでダメージを殺しつつ、威力を減衰させたビンタを受けておく。


「何言ってんのよ!ひどい~~~~!」


「お互い様なのです。」


 そんな心温まるやり取りを見ながら、レナートがニコニコ笑っていた。

 もう出なければいけない時間なんだなと、エレナは理解する。


「ここを出て南の方角へ道に沿って行くと、流音亭という喫茶店があります。冒険者ギルドが併設されていますので、そちらで登録の手続きを行ってください。」


 そこからは、とにかくたくさんの依頼をこなす事に専念する。

 ギルドマスターには自分が使命者という事、レナートに紹介されてここに来たという事まで伝えて、具体的な内容は言えない契約になっていると言えば、察してくれるようだ。

 あとは対象の少年と接する機会を持って、彼のサポートに徹する。一人立ち出来るくらいまで彼を鍛え上げ、使命は達成となる。

 王都へ行ってウィルバートに状況を報告し、元の世界に帰還する。


「どれくらいかかるかはわかりませんが、ここで学んだ事を叩き込んでやりますよ。半年間ありがとうございました。」


「何かお困りのことがありましたら、いつでもお知らせください。」


「いつか使命が果たせましたら、手合わせをお願いしますね。その時こそ一本、取りますから。」


「一本、もう取られていますよ。アキラさん。」


 そんな事は無いと手をブンブン振った後で、固く握手する。

 その様子を、微笑みを浮かべながら見つめるエレナ。


「エレナちゃん、今まで本当にありがとう。」


「何よ……私とはさよならって訳?」


「そんな事はないよ。また、きっと必ず会えるよ。」


「どうせすぐ忘れるんでしょ。」


「大丈夫、忘れないよ。」


「……はい、コレ。」


 エレナが手渡して来たのは、以前こっそり持ち出していたアキラの眼鏡。


「あー、あったね!すっかり忘れてた。」


「相棒なんでしょ?大事にしてあげなさいよ。」


「まぁ……そうだね。じゃあ旅のお供に持っていこうかな。」


「じゃあ、またね。気を付けてね。疲れたからって、ヘンな所で寝たらダメよ。しっかり食事を摂るのよ。それから……」


「ははは、大丈夫だよ。ありがとう。忘れずに気を付けるよ。」


 するとエレナが、アキラをギュっと抱き締める。

 少し驚いたが、長く一緒に過ごしたアキラにも親愛の情が沸いていたのか、軽めに抱き返して頭を撫でる。


「王都で、待ってるから。」


「いつになるかはわからないけど、色々と終わったら顔出すよ。」


「絶対よ。」


「うん。大丈夫。」


「忘れないでね。」


「もちろん。忘れないよ。」


 身体を離すと、エレナは涙を流しながらも笑っていた。


「さあ、いってらっしゃい!」


「アキラさん、ご武運を。」


 本当に二人には感謝しかない。半年間のここでの生活を思い出し、ちょっと感極まる。


「じゃぁ、行ってきます!」




 訓練場に戻り、ソファーに座っているエレナとレナート。

 ややしばらく、無言で、訓練場をボンヤリと眺めていた。

 二人にとっても彼の存在はとても大きかった。


「行っちゃったなぁ……」


「……そうですね。」


「何か、寂しいね。」


「はい。あっという間の、半年でした。」


「レナートは、騎士団に戻るの?」


「ええ、王命とはいえ半年も休んでしまいましたからね。準備が整いましたら、すぐにでも出立いたします。エレナ様は、如何致しますか?」


「私は……いつでも戻れるし、明日まで居させてもらってもいいかなぁ。」


「承知いたしました。それでは―――」


 その瞬間、大地が揺れる程の轟音が響き渡る。

 あまりの異常性に何が起こったのか、理解できなかった。


「キャーーーーーーッ!!!!!!」


 咄嗟に耳をふさぎ、身を屈めるエレナ。


「エレナ様!お気を付けください!」


 レナートはエレナに覆い被さり、何らかの危険に対して周囲を見回し、警戒している。


 ゴゴゴという音と振動が低く響き渡り、やがて静寂が訪れる。

 異常事態が去ったと判断し、レナートは状況を確認するために外に出る。


 訓練場で待機するようにレナートに言われていたエレナは、ザワザワとした嫌な感覚を覚えていた。

 何か、得体の知れない物が通り過ぎて行った感覚。不安な気持ちを抑えきれず、カタカタと震えていた。


「アキラ……怖いよ……」


 屋外に出たレナートは、大気に満ちる臭気から、この近くで落雷が発生したと判断した。

 あれほどの規模であれば、火事や落雷による被害があるかもしれないと思い、周囲を確認する事にする。

 目をまわしてひっくり返っていた双獅子を起こし、強い臭気を放つ方向へ向かう。


 森林火災とまではいかないが、パチパチと燻る木々と、焼け焦げた跡が見られる。

 やはり落雷によるものかと思って双獅子から降りようとすると、急に走り出して粉砕された木の場所に移動する。

 何かを発見したらしく、降りてそれを確認する。


 木の根元、道端に落ちていたのは、黒い縁の眼鏡だった。


「これは……アキラさんの……!?」


 双獅子に、この辺りにアキラの気配や臭いが無いかを確認させるが、反応したのはこの眼鏡だけ。

 眼鏡を拾い上げ、一人残したエレナのことも気掛かりだったため、一度屋敷に戻って状況を報告するために降り、双獅子にはアキラの捜索を行うように命じる。


「遅くなり、申し訳ございません。お怪我はございませんか?」


「レナート……何が起こっていたの?何かとても、嫌な予感がするの……」


「エレナ様。これが、屋外に落ちておりました。」


 レナートが眼鏡を差し出す。


「これ……眼鏡……アキラの……」


 わなわなと震えながら、さっき手渡したはずの眼鏡を受け取る。

 レンズは無く、黒く塗装されている枠の部分は所々剥がれ落ち、まだら模様になっている。


「……アキラ……アキラ……うわああああ!!!」


 エレナは泣き叫び、半狂乱状態に陥った。


「エレナ様、只今捜索を進めております。今しばらく、今しばらくお気を強くお持ちください。」


「うわああああ!!!やだああああ!!!アキラ!!!アキラ!!!」


 その日、双獅子が広範囲にアキラを捜索するも、彼の気配や存在の痕跡を発見する事は出来なかった。

 自らの分身の心の乱れ方に異状を察したエレオノーラから、緊急連絡が入る。

 それに対し、レナートは状況を報告する。


 使命者アキラが行方不明となった事について。

 それが理由でエレナが憔悴しきっている事について。

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