第17話 赤い集団

 さて、今回の任務は妖魔の渦を監視する事。

 さっきの話だと、出るまで見てろという指示。

 地面に篝火が焚かれているとはいえ、その渦がどこにあるのかはこんな暗闇では確認することはできない。

 あ、渦の場所を確認するのを忘れていた…それは俺の純粋な確認漏れだ。

 冷静になれてなかったのはダメだな、反省。

 レナートさんから聞いた昔話では、雷とともに渦から出てくるといった状況だったので、とりあえず雷か静電気のようなイオン臭がしたら怪しいと思っておけばいいかな。


 そもそも依頼内容は「下級妖魔『ゴブリン』及び『オーク』発生による警戒及び監視」なので、発生したから監視しろという事と思っていたけど、実際に受けた指示は「櫓の上で妖魔の渦を監視。期限は妖魔を確認するまで」。あの罵倒の嵐の状況で、反論などさせねえよといった意思が見える。


 そうなると出てくるまでこの櫓の上でボンヤリしてるだけ。

 たぶん俺の動きは監視されてると思うから、寝たり、何か他の事をした時点で叱責、もしくは「まともに仕事してないから報酬は無い」といった感じで脅しをかけて追い込んで来る感じかな。


 絵に描いたようなバイトいじめ、外注いじめみたい。勘違いした正社員やクライアントが、上から目線で偉そうに立場が弱い相手をイビリ倒している状況に似てる…ような気がする。

 労基…じゃない、ギルド仕事しろこいつら何とかしろと思うけど…今まで逃げた冒険者はギルドに訴えてたはずだよな。

 それでも一切表沙汰にならず、関係者は処罰されていないと思われるこの状況。

 冒険者の人は訴えることが出来なかったか、訴えていたとしても黙殺されてしまったか。冒険者なんだから自己責任~みたいな感じで?

 これで報酬が金貨2枚か…やってらんないなぁ。


 そもそも見張りが一人っておかしいよ。おトイレやら休憩タイム無いじゃん。

 なんでそこまで徹底的に冒険者を追い込むのか?

 冒険者が逃げることを前提とした依頼?

 わざと追い込んで逃げ出させる理由は?

 そうする事で誰にメリットがあるのか?

 いつ逃げるかの賭けみたいな事をやってるとは思うけど、そんな理由でわざわざ呼ぶ?


 あと引っかかるのが、赤の騎士団がこの施設を管轄している事。

 アミュさんは、レナートさんは絶大な人気があると言ってた。

 リバルドさんは、レナートさんからもらった装備を身に着けて行くなと言ってた。


 俺とレナートさんとの関わりを消さなければいけない理由があった?

 いや、それは考えが飛躍しすぎかなぁ。


 そんな事を考えていると、櫓の下からガタガタと音が聞こえる。

 寝かさない攻撃か?と思っていたら、一人の兵士が、俺がさっき倒した櫓の梯子をかけようとしてくれていた。

 あら、ちょっと予想外の展開…!

 もしかして、全部杞憂かしら?と思っていたら、もう一人の兵士が走ってきて、梯子をかけていた人を殴りつけて、何か言ってる。

 何々?


 殴った人「新入り!何してくれてんだゴルァ!」


 新入り「でもあの人、降りられないじゃないですか…」


 殴った人「要らねぇ事すんじゃねえよバカヤロウ!」


 新入り「かわいそうですよぅ…この前だって…」


 殴った人「余計な事言ってんじゃねえよ。行け。…ったく、騎士団が余計な事…」


 最後の方は聞き取れなかったけど「騎士団が余計な事」と言った。

 新入りくんは騎士団の人?じゃぁ、その他は騎士団の人じゃない?


 そして新入りくんが「この前」と言った。という事は、前にも同じような状況があったと。

 もしかして、それを教えてくれるため?…いや、それはあまりにも都合が良すぎるか。


 新入りくんがトボトボ歩いて、自分の小屋に戻っていく。

 君は優しいねぇ、何でこんな所に配属されちゃったのかねぇ。

 ん?何してんだ?また何かしてるとイビられちゃうぞ。


【カツッ】


 お?なんか飛んできた。小さく折り畳んだ…紙?

 また何か、罠の一環か…それなら絶対に見ないといけないヤツだよね…っと。どれどれ。


『 主 朝 来 』


 しゅちょうらい?…んな訳ない。


 自分が誰なのかをわざわざ明かした後で、コレを投げて来たとも考えられる。

 でもなぁ…今新入りくんが居る所からここまで、結構な距離あるんだよなぁ。

 投げるモーションも無かったし―――――


【カツッ】


 また来た。


『 OK? 』


 マジか。櫓から顔を出して新入りくんをそっと見ると…コッチ見てる。

 とりあえず彼とは別の方向を見るふりをして…親指を立ててOKの意思表示。

 新入りくんの方をチラ見してると、ドアノブを掴む手は親指を立てていた。




 周囲を警戒しながら色々とボンヤリしてると、徐々に周りが明るくなってくる。

 聳え立つ山々を背に、どこまでも続く森林が目の前に広がる。こりゃ見事な光景だわ。

 いいなぁ、こんな絶景を見ながら広々とした露天風呂で、足を伸ばしてボンヤリしてみたい…。

 狭っ苦しい櫓の中でそんな現実逃避をしていると、森の奥の方から、真っ赤な集団がぞろぞろとやってくるのが見えた。

 赤い集団、まさかホントに来るとはね…。


 その集団に気づいた砦の人たちが、一斉にバタバタし出した。

 あ、指令室に入ってった。

 指令室の2階、右の部屋では裸の男女…ルイーズさんと男1の人がキーキー怒鳴りながらバタバタ着替えている。

 左の部屋では脂ぎったおっさん、裸の男2の人が着替えて…コケた。そんなに慌てちゃダメだよ。てか、一人で全裸?何してた?

 そっか、あそこからコッチは丸見えだったのか。


 指令室のドアを蹴り飛ばしながらルイーズさんが出て来て、般若の形相でコッチに向かって来る。


「貴様ァ!何故報告しない!!!」


「妖魔は依然、現れておりません。」


「なッ…ふざけるな!!!赤の騎士団が来ているではないか!!!」


「ご指示に従って、妖魔の監視を行っております。」


 顔を真っ赤にして俺を睨むルイーズさん。振り返って何かを叫びながら、部下たちに指示を出している。

 兵士達がいたるところのテントから何かを運び出しては、砦の裏の木箱の中に入れている。

 武器や防具、マントなどといったものや、大きめな袋なんかも手あたり次第突っ込んでいる。

 あ、昨日の新入りくんもお手伝いしてる。転んで袋の中身をブチ撒けて怒られてる。

 キラキラしたもの…宝石か?そこそこあるだろアレ。妖魔を討伐した時にでも拾い集めたヤツか?

 何人かで一生懸命拾い集めて、木箱の中に入れた。


 大混乱の砦を櫓からのんびり眺めていると、一糸乱れることなく整然と行進してきた集団の中心に、全身真っ赤な装備を身に纏った、ライオンに跨るレナートさんを見つける。

 それともう一人、隣にいるのは…真っ白な軍服っぽい服を着て、白馬に跨る白尽くめの人。たぶん…白の騎士のエミールさん?


 何が起ころうとしているのかはわからないけど、第三者目線の斜め上からこんなイベントを観察する事はなかなかできないと思うので、おにぎりを食べながらしっかりと楽しませていただこうと思う。


「…おはよう。」


「お、おはよう。ナディアもアレは見ておくといいよ。」


 バッグからもぞもぞと出て来て、俺の肩にぴょんと乗って耳を食う。朝食?




「アランブール西部方面観測所 所長 ナザリオ・アレッシであります。」


「同じく副所長 ルイーズ・ペリエであります。」


「同じく所長補佐官 ゴンサロ・カセロであります。」


「赤の騎士団 レナート・ルージュ・ラシェールである。突然で悪かったですね。まぁ、楽にしてください。」


 おおぉ~、あのパワハラ3人組がシャキっと敬礼してる。

 部下の人たちは砦の外で待機、レナートさんが一人で中に入って来ている。

 あれがレナートさんの装備か…メチャメチャカッコイイ~!!!


 男1の人改めナザレオさんが意を決したのか、口を開く。


「…発言を許可願います!」


「ええ、どうぞ。」


「閣下がいらっしゃる事を承知しておらず、お出迎えに時間がかかり、誠に申し訳ございませんでした!」


「急用でしたので、伝者を送っておりませんでした。謝罪には及びません。こちらに来た理由ですが、噂話を耳にしまして。」


「…噂話…ですか?」


「ええ。いくつかありますが、西部方面観測所では不正行為が行われているという噂です。」


 おっと、ざわ…っとした。

 こっちからは顔が見えないパワハラ3人組だけど、裏のコッチから見たら、後ろに回している手をギュギュギュギュ~!っと握りまくっている。


「…それは…根も葉もない噂ですな…。」


 いやいや所長、手をギューっと握ってますがな。動揺してますがな。


「ええ、私もそうと思います。そしてこの噂は軍の時代からあったという報告を受けました。そして今でも行われていると。王国軍から正式に赤の騎士団の指揮下となり1ヶ月ほど経過しますが、こんな噂を晴らすためにも、皆さんからお話を伺いたいと思っています。是非ご協力ください。」


 噂を徹底的に追及するという姿勢ではなく、話を聞かせてね~というスタンスかぁ。

 ちょっとマイルドな表現になって、3人の拳の握りが柔らかくなった。ほっとしたかな?


「…ええ、ええ!そういう事でしたら、私共も喜んでお話をさせていただきたく思います!」


 めっちゃガッツポーズしてる。

 手だけでも、こんなに表現が豊かになるんだね。


「それと、これこそ噂話の極みとは思うのですが…よろしいですか?」


「ええ、どのような事でもお伺いください!」


「冒険者の連続失踪および殺害に深く関わっているという事です。」


「「「…えっ?」」」


 レナートさんが言った瞬間に、赤の騎士団が砦に雪崩れ込んでくる。

 あっという間の出来事。

 所長・副所長・所長補佐官の3名と、観測所の全兵士50名のうち1名を除いて拘束される。


「待ってください!そのような事は!決して!」


 所長のナザリオさんが必死で弁解している。


「…そ、そうです!冒険者は!突然逃げ出してしまって!」


 所長補佐官のゴンサロさんがブヒブヒ言ってる。


「私達は冒険者に対して、誠心誠意で応対していますのに!」


 ルイーズ女王様がヒステリックに叫ぶ。

 よく言うよ。ホントにこの人たち。

 でも、ここまで用意周到にやってるって事は、もう証拠固めは完了してるんだろうな。


「それではそちらにいる冒険者の方に、お話を伺いましょうか。倒されたと思われる梯子を架けて差し上げて下さい。」


 レナートさんが落ち着いて言うと、昨日の新入りくんが走ってきて、梯子を架けてくれる。

 俺?俺が何を言えばいいのさ!?

 ちょっと、それは無茶振りにも程があるってもんだよレナートさーん!

 俺が言えることは、昨日あったイベントぐらいしかないからなぁ…。

 まぁ、レナートさんのノリに合わせて対応を考えるか…。


「ちょっと、カバンの中に入っててね。」


「…わかった。」


 ナディアをカバンの中に入れて、櫓の梯子を…明るくなって下が見えるから恐怖でしかない。


「どうぞ、お足元にお気をつけください。」


 わかってるよ新入りくん…。

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