第16話 アランブール西部方面観測所にて

 山岳地帯アランブールは、フラムロス王国西部にある標高10,000m級の山々からなる火山群の名称である。

 ルージュ侯爵領バトンの森を越えてすぐの山麓部分に、アランブール西部方面観測所は位置する。

 妖魔の渦を確認した王国軍によって築かれたアランブール砦がその原型となり、現在は赤の騎士団によって監視活動が行われている。

 これまでに幾度となく妖魔の発生を確認していることから、重要警戒区域に指定されている。


「そんな所に向かっている訳ですね。てか何でリバルドさんこんなガイド書いてるの。」


『何回も送り出しているからでしょ。それくらい解りなさいよ。』


 パーシャ姉さんに軽く呆れられる。

 圧倒的な風圧の中で必死になって読んでいるのは、出る直前に渡された「冒険初心者ガイド アランブール編」。


「姉さんは毎回送ってるんですか?」


『いや?今までの子達は騎乗生物に乗れてたし、乗せて行くのは久しぶりね。高く飛べばすぐに着くんだけど。』


 飛ばないように懇願したお陰で、街道上をスイーっと低空飛行していただいております。

 これぐらいなら全然怖くないんだな。


「ご配慮、心の底から感謝しております。」


『徐々に高くしていけば、慣れるかもしれないじゃない?』


「仮に、粗相をしてしまったら大変申し訳ないのと、今回は若干緊張しておりますので…。」


 今回は初の妖魔。ゲームの世界では何度も戦っているゴブリンやオークですが、リアルに見る二足歩行型の化け物は初めてなので、思いのほか緊張しているのです。


『ネズミ退治でヘコんでたぐらいだから、あいつらを仕留めるとか、無理じゃない?』


「おっしゃる通りです…!まぁ、今回は監視が任務ですし、大丈夫だと思いますよ。」


『初めて見ると恐怖の対象かもしれないわね。大丈夫よ、慣れるから。』


 高所恐怖症と同じレベルで妖魔を考えないでいただきたい。

 そりゃパーシャ姉さんがチョチョイっとヤれば、一捻りなんでしょうけどね。


『そういやニンフは?飛ばされてない?』


「カバンで寝てます。」


 カバンのサイドポケットにすっぽり収まって、スヤスヤと眠っております。

 肝っ玉が太いというか、ホントに頼もしい限り。


『この子に気に入られたら、とは言ったけど、ほとんどの場合は人間がニンフに魅了されて引き込まれちゃうのよね。』


「引き込まれる…じゃあ、さっきのアミュさんがそんな感じ?」


『いや、マスターは違うわね。あの状態はリーシュに対する接し方に近いかな。』


 アミュさんにとってナディアは娘も同様ですか。懐が広いというか何というか。


『私の事をとても大切に想ってくれているし、使役の契約はしているけど、それが無くても私はマスターの為なら何でもするわ。』


「信頼関係ですなぁ…。」


 今日『面白い話して』と言われなかったのは、姉さんも気を遣ってくれたんだろうな。

 色々な話をしているうちに見えてきたのは、バトンの森からそのまま続く険阻な山岳地帯。その山の麓に見える木の柵に囲まれた砦が、今回の目的地となるアランブール西部方面観測所。

 何事も起こってくれるなよ~!




「バトンの森から派遣された冒険者です。」


 砦の入り口にある詰所の人に依頼書を出して話しかける。


「少し待て。」


 簡潔に言われて待つ事30分。全然少しじゃねぇと思っていた時、詰所から出て来た人に言われたのが。


「少し待て。」


 それから30分毎に出てきては待たされて、待たされて、待たされて。

 ナディアはずっと寝たままなので話をする相手もおらず、ボンヤリと時間だけが過ぎていく。


(何をしてんのかねぇ。)


 地べたに座っていると詰所の人が出てきて「座るとはいい身分だな」みたいな嫌味を言われるので、俺が何かしたのかなーと思って立って待ってると、何かいいニオイが漂ってくる。

 もうお昼時かな~と思って、リバルドさんが持たせてくれたおにぎりを食べていると、また詰所の人が出てきて「何もしなくても腹は減るのか」と言われる。


 もしかして、ヒマつぶしでからかわれてる?

 さらに言うと依頼の取次もされてない?


 つまらない事で争うのは、とてもストレスになるので、何も言わずにじっと立って待つ事にした。




 入り口の篝火が焚かれ、辺りが暗くなり始めるころ、詰所にいる人よりも豪華そうな装備を身に着けた人が出てきて、俺に話しかける。


「貴様、何者だ。」


 女性だ。もしかして、この人が依頼を送ってきた人?


「バトンの森から派遣された冒険者です。」


 明らかにイラ立っている雰囲気を見せたその人が俺にかけた言葉が。


「今着いたのか!?遅いぞ!!」


 いきなり叱責。まぁ、何も言わずに立ち続けたのは俺なので、返す言葉もございませんが。


「遅くなりました。」


「…来い!」


 そんな俺の姿を見て詰所の人たちがニヤニヤしてる。

 さて、柵の中に入るといくつものログハウス風の建物が並び、テントのような物も設置されていた。

 感じるのは、そこにいる人たちの目線。

 何だろうな…何となく小馬鹿にされているようなニヤニヤとした感じ?被害妄想かもしれないけど、この世界に来て初めて感じる雰囲気だなぁと思った。


 さっきの人について行くと、他よりも大きなログハウスの建物の中に入っていった。

 まぁまぁ、そこではガンガン怒鳴られまくり。

 来るのが遅い、身なりがひどい、態度が悪い、返事が小さいなどなど、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせかけられる。


 いるよね…こういうタイプ。


 こういった人格否定については元の世界では日常茶飯事だったので、とりあえず相手が飽きるまでさんざん言わせておいて、コチラは申し訳なさそうな雰囲気を出していればとりあえず終わるもの。


 それから小一時間ほど言わせておくと…ホラ、罵倒が雑になってきた。

 もうそろそろ終わりかなと思っていると、次の人が入って来て、最初の人が出て行った。

 ちなみに次の人は男性で、大きな音を出して威嚇するタイプ。

 その次に入ってきた人も男性で、粘着的なトークで徹底的に煽りまくるタイプ。


 ストレス耐性を付けるため?自分の状況をわからせて、徹底的に上下関係を叩き込むため?

 いくつか考えられるけど、直接的な打撃を当てて来ないので、何らかの意図でやっているとしか思えない。

 まぁ、ただのストレス発散という可能性もあるんだけど。


 次のパターンは何かな?と思っていたら、最初の人が入ってきた。

 エンドレスのパターンか~!コレ聞いてるほうが疲れちゃって、一番面倒なヤツだ~と思っていたら、依頼書を出せと言ってきたので、とりあえず終わったらしい。


「バトンの森から派遣された冒険者です。」


「冒険者ごときが勝手に発言するな。」


 冒険者を下に見てるだけ?じゃあ、ただのストレス発散かな…。


「先日来たヤツはどこかに逃げた。全く、これだから冒険者は…。」


 こんな事やってたら、逃げるよね。

 ってかココ、レナートさんの管轄だったよね?赤の騎士。こういったやり方してんの?


「我が騎士団で任務を遂行するからには、指示には忠実に従え。」


 黙ってうなずく。


「返事はどうしたァッ!」


「承知いたしました。」


 返事はしてもいいのね。なかなか掴み切れないな…。

 反論したら、物理攻撃が入りそうだな…それは痛いからやだな。


「赤の騎士団 アランブール西部方面観測所 ルイーズ・ペリエである。貴様に指示を与える。櫓の上で妖魔の渦を監視しろ。期限は妖魔を確認するまで。以上。」


「質問。」


 そう言って挙手をする。

 一瞬、驚いた雰囲気を出したけど、すぐに元に戻る。


「発言は認めない。」


 めんどくさいなぁ…正論を言っても怒られるし、かといって勝手に判断しても怒られる、要は、何をやっても怒り続けられるパターンなんだよな、こういうのって。


「櫓の場所の指示をいただいておりません。」


「…外の者に確認しろ。」


 予想外だったのか、微妙な指示をいただいちゃった。

 まぁ、外の人に何を聞いても誰も教えちゃくれないんだよな、こういう時って。


「質問。」


「…何だ。」


 おっ!打ち切らないんだ!意外!


「妖魔を確認した際の連絡方法について、ご指示をいただいておりません。」


「…連絡の紐を引け。以上だ。目障りだ!失せろ!」


 無言で礼をして出ていく。

 外に出たら、砦の人たちが集まってきてニヤニヤしている。

 あぁ、ここで多分、無視が始まるかな?よし、じゃあ気弱そうな雰囲気がベストか?


「あの…。」


 ニヤつきながらプイと向こうを向いて、隣の人と話を始める。


「お話を…。」


 他の人も大体そんな感じで、誰一人として、俺の話を聞いてくれる人はいない。

 色々と予想通りだけど、ここまでテンプレ通りなやり方をするとは。


 あとは…櫓に登ったら梯子を外される、トイレに行かせてもらえない、食事が無くなる、連絡用の紐が無いって所かな。

 コレを全部やってくれたらパーフェクトだと思うけど、実際にそれをやったら、この人たち何を考えてるんだろうな。

 妖魔が出る可能性がある事のストレスを、代わりのきく冒険者で発散する…有り得ないけど、元の世界でも似たような話は聞いたことあるよな。


 確認が必要な事が多いけど、とりあえず今出来ることは、キョドりながらフラフラと櫓を探して…。

 フェイクで、この柵を登ってみよう…お、櫓発見。高さは…およそ20m…何がキツいって、高さがキツいわ!!くっそ~!


 案の定、梯子は可動式か。じゃあ、ちょっと自分を追い込むか…しょうがない。

 するすると登って…櫓に到達するタイミングで…梯子を蹴っちゃって倒す!怖ェ~~~!!!


 とりあえず任務の場所に到着っ…と。お!思いの外キレイだ!

 正直な所、もっと汚くて臭いと思ってた。冒険者が降ろしてもらえなくて、漏らしちゃったりして放置かと。

 まぁ、実際に使用する施設かもしれないから、この砦の中でも下っ端が掃除とか監視とかをさせられていた感じかな?


 あと中に関しては、周りからは…見えないか?暗くてわからない。明日の朝に要確認だな。

 紐は…短かっ!引っ張ってもどこにも繋がってないじゃん!コレ本当に奇襲とかされたら、どうするんだろうか。

 あのサイズの渦だから、それほど強いのは出てこないとタカをくくってるのか?

 奇襲されたのは冒険者がサボっていたからで、自分たちは問題なく撃退した、という事にするのかな。



 ~~~ 西部方面観測所 指令室 ~~~


 男2「見ろ!あの男を!情けない…ウロウロしおって…!」


 男1「いつまで持つかな。明日には居ないんじゃないか?」


 ルイーズ「ヒマも潰せませんな、あんなのじゃ。」


 男2「何処に登ろうとしとる!そこは柵だ!ギャーッハッハッハ!!!」


 ルイーズ「…次のを準備しておきましょうか。」


 男1「そうだな、ありゃダメだ。つまらん。」


 ~~~



 気になるのは、こういった冒険者を生贄にする事を赤の騎士団、ギルド、軍隊は承知しているのかどうか。

 現場レベルなのか、組織ぐるみなのか。組織ぐるみだったら困るな…今やってる事が無駄になる。


「…ここどこ?」


「あ、ナディアおはよう~。ここはちょっと高いところ。する事はほとんどないから、寝てても大丈夫だよ。」


「…ん、わかった。」


 レナートさんとリバルドさんは、俺に何をさせたいのか考えてみるか。

 説明が無いからには、俺がやりたいようにやらせてもらうけど。

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