第15話 緊急依頼

「エミールさんて、どんな方なんですか?」


 学校の先生と言ってたけど、そんなワケ無いって事ぐらいわかる。


「そうだなぁ、以前ルージュ侯爵…レナートと一緒にパーティーを組んでいた男だ。」


「そうですね、それっぽい事を仰ってましたよね。流音亭がホームとも言ってましたね~。」


「ああ、今のお前と同じように、ここで専属冒険者をしていたからな。」


 もちょっと、掘り下げちゃおう。


「今は、学校の先生って言ってましたけど…。」


「実際に教えているから、そうとも言えるな。」


 うーん、何その含みのある言い方。

 めんどくさい騙し合いは前の仕事で十分です!ド直球!


「もしかして、えらい人なんじゃないかなー…なんて思っちゃったりしてまして…。」


 やっぱりカーブ球。言葉のストレート勝負はやっぱり苦手。ヘタレる。


「知りたいのか?」


「まぁ、何となくなんですけどね。ホラ、良さそうな衣装でしたし、ピシっとしてましたし。」


「別に隠すような事じゃない。名前はエミール・ブラン・ラクール。ブラン伯爵家の当主で、王立治療院の院主。現在の白の騎士だ。」


 やっぱり華麗なる一族の人じゃないですか。

 伯爵で、病院の院長で、白の騎士って、どこぞのお姫様が泣いて喜ぶ完璧超人じゃないの。


「レナートとパーティーを組む以前から流音亭で冒険者として活動していた。偽名でな。当時はまだ伯爵を継承する前だったが、とにかく放浪癖がひどくてなぁ。先代は本気で勘当を考えていたと言われる程だ。国内外を転々として、最後にここに行きついたと言っていたな。」


「なんでまた、ココだったんでしょうね。…悪い意味じゃないですよ?」


「タダメシ最高、仕事大嫌いとはよく言っていた。まぁそんな事を言う割に依頼は片っ端からこなしていてな、腕っぷしもあり、どんな小さな仕事もよくやっていた。」


「全然タダメシじゃないですよね。根がマジメな人ですね。」


「そうだな、だがそういう事を言うと全力で否定していたけどな。」


 その他にもエミールさんの武勇伝をたくさん聞いたので、いつか本人にあった時にでもホントですか?って聞いてみよう。怒られない範囲で。


「伯爵という事は、領地を持っているんですか?」


「ああ、ルージュ侯爵領の西隣にある。面積はそれほど広くないが、伯爵領の西に接するスウェイン公国からの交通路、海を越えた南にあるアムデリア王国との安全海路があるから、ここにある最大の港はフラムロス商業の中心地とまで言われているな。」


「そんな家系の人が、冒険者やってみたり、今は病院…治療院の院主って、随分と畑違いと言うか…。」


「さぁな。いつか会ったら聞いてみるといい。あいつの事だから、上手い事はぐらかされるだろうがな。」


 さっきちょっと話しただけだけど、エミールさんの人柄というか…なんとなくわかる。

 名家の出身で、若いころに各地を放浪して遊び歩いて、ヤル気ねぇみたいなこと言ってる割にはすげぇ頭良くて強くて仕事出来て、真面目でストイックなくらい努力してて。

 部下からいつも「だらしない!」みたいな注意されるけど「やってるよ~」みたいにのらりくらりしてるけど、いざ仕事モードになると超絶テクニックで仕事をバンバンこなすタイプ…いるんだねぇ、そんな人。言ってて俺が空しくなるわ。


「あとさっきのアレは何ですか?コッチで言うところのテレビ電話ってヤツなんですよ。」


「魔道具だ。」


 超シンプル。


「もうちょっと、具体的には…」


「企業秘密だ。」


 そんな割とどうでもいい感じの雑談でボンヤリしていると、ようやくアミュさんが戻って来た。


「いやぁ…ついつい興が乗っちゃってさぁ~。たくさん作っちゃった。」


 そう言いながら見せてくれるのは、大量の服。

 服と言っても、ニンフちゃんの小さな衣装。

 今着ているのは、細かい刺繍が入った、緑色のゆったりしたワンピース。

 髪の色よりも少し明るい色で、つやつやとした生地が上品な印象になっている。


「どう!?ねぇ、どうかな!?」


 大興奮のアミュさん。


「カワイイですねぇ~。すごく似合っていると思いますよ。」


 ムッフー!と鼻息を荒げている。テンション10割増し。

 寝起きのタイミングで言葉が通じていたと記憶しているので、ちょっと声をかけてみる。これがほぼ初めてのコミュニケーション。ちょっと緊張。


「ニンフちゃん、服は、どう?」


「…ん、わるくない。」


 その言葉にズキューンと撃ち抜かれたアミュさんが悶絶している。何か、すごいな。全力疾走モードだな。

 ふと、ニンフちゃんの頭の草がサワサワっとなびく。窓の外に目をやり、一言。


「…くる。」


「くる?…来る?来るって、何が?」


「…とりがくる。」


 俺、アミュさん、リバルドさんの3人の頭に「?」のステータスアイコンが点灯したような気がする。


「あぁ、鳥…窓の外かな?何か飛んでたの?」


「…きた。」


 そう言った直後、流音亭の入口にバササと音を立てて、鷹が飛来する。

 これには3人も驚いた。


「ちょ…ニンフちゃん、何でわかったの?」


 俺も思った。この子、何で鳥が来るのわかった?ニンフってそういう特殊能力を持ってるとか…?

 アミュさんの瞳のキラキラ具合がさらに10割マシマシになっている。

 俺がこんな目をしてこの子を見ていたら即通報されるレベルだと思うけど、気持ちはわかる。


「…みえた。」


「見えちゃったの………?あの子が飛んでくるのを………?」


「…うん。」


 コクリと頷くニンフちゃんの仕草を見て、アミュさんの興奮は最高潮に達する。

 鼻血どころか血の涙を流して喜びそうで、狂喜乱舞とはこの事かと思っていた。


「あれは緊急依頼だ。ちょっとアキラも来い。」


 やや動揺を隠せないリバルドさんだったけど、小走りで外に出て行くので、俺も一緒に外に出る。

 鷹が背負ったカバンから依頼書を取り出し、一瞥し、溜息をつくとすぐに俺に渡す。


「コレを受けるか受けないかは、今、オマエが判断しろ。無理だと判断したらすぐ他に回す。」


 そう言って依頼書を渡され、リバルドさんは厩舎に走っていく。

 今すぐ判断って、そんなに?と思っていたが、依頼書を見てその意味が分かった。


 ・【緊急】

  下級妖魔『ゴブリン』及び『オーク』発生による警戒及び監視【金貨2枚~】

  ※1名急募(監視員緊急補充)

  赤の騎士団 アランブール西部方面観測所 ルイーズ・ペリエ


 予想以上に重そうな依頼。妖魔関連って、これは流石に無理か…?

 でも、監視員ってことは、実際に戦闘にはならないかも?

 あと依頼者が赤の騎士団ってことは、レナートさん絡みの案件って可能性もあるか。


「どうだ?やるか?」


 速攻でリバルドさんが厩舎裏からバケツを持って戻ってくる。


「やります。」


 即決。


「よし、説明するから中に入っていろ。」


 そう言ってエサを伝書鷹に与えている。

 モッモッモッと丸呑みでいただいているのはネズミの…まぁ、猛禽だしな。


 中に入ると、次の衣装に着替え(させられ)たニンフちゃんが俺をボンヤリ見ている。


「…いっしょに、いく。」


 さっきの鳥といい、今の発言といい、ニンフちゃんには先の事がわかるんだろうなと思った。

 だとしたら、次の仕事は安全だって事?


「どこまでわかるの?」


「…ちょっと、さき。」


「でも、危ないところに行くから、ココに居た方が安全だよ。」


 アミュさんは次の衣装を選ぶのに夢中で、俺らの話を聞いていない…んじゃないか?ホントに。

 いや、さすがにそんな事は


「次は…コレっ!」


 聞いちゃいねぇ。

 何かに夢中になると、こうなってしまうのか…まぁ、リバルドさんに事情を話して預かってもらうから大丈夫か。


「…いく。」


 そう言って、ぴょーんと俺の肩にジャンプしてきた。

 自分の背の高さの何倍もの距離。どんな跳躍力だよ…さすがは妖精といったところか?


「ああああああああああああ!ずるい!」


 俺の中でアミュさんの株価がどんどん暴落していく…。


「アミュ、仕事だ。」


 リバルドさんが色々な物を持って入ってくる。


「ギルドから基本装備一式を貸与しておく。」


「え、コレ借りていいんですか?」


 小剣、小盾、鉢巻き、革の胸当て、革の手袋、脛当て、革靴。

 頭から足までのフル装備だ。


「だが訓練用として使うものだ。身を守る武装としては最低限と思っておけ。」


「そういえば、防具は見てませんでしたけど、武器は確かレナートさんのバッグの中に色々入ってた気が…。」


「今回はそれで行け。あと、レナートからもらったマント、グローブは身に着けて行くな。カバンだけは許可する。レナートの装備で行くと、色々と面倒な事になる…かもしれん。」


 面倒な事って何?意味深すぎる。


「バトンの森から派遣されたとだけ言っておけばいい。何を聞かれても知らぬ存ぜぬで通せば何とかなる…かもしれん。」


「了解しました。心得ておきます。」


 お茶を濁しまくってるから、体験しなきゃわからない事があるという感じか。


「侯爵は絶大な人気があるんだよぅ。侯爵の装備なんて着て行ったら僻まれて嫉まれて大変な事になるんだよぅ。」


 すごい目で俺を見る人からアドバイスをいただく。


「それに妖精を使役してる人は普通じゃないから、どういう目で見られるか、身をもって体験するがいい…!」


 そんな呪いの言葉を吐きながら、一枚の服を準備する。


「おばちゃんが用意出来る最高の服を着て行っておくれ…。」


 そんなにこの子のことが大好きですか…。

 小一時間で作り上げたとは、とても思えない程の豪華な刺繍が施されたその衣装を着せてあげる。


「…うわぁ…すき。」


 どうやらとても気に入ったらしい。

 それを聞いてアミュさんが更なる高みに達していた。自称おばちゃん、よかったね。

 とりあえず俺は、装備を整えておこう。


「さて、これから向かってもらう場所は、バトンの森西部にある山岳地帯アランブール。ここに観測所があり、妖魔の渦を常に監視している。依頼はこの観測所からだ。緊急という事情を鑑みて、移動はパーシャで行ってもらう。詳細は現地で指示を仰げ。以上。質問は?」


「はい。パーシャ姉さんは空を飛びますか?」


「高速で2時間程度飛ぶ。反論は却下する。他に質問は?」


「…ありません。」


「ならばすぐに」


「ちょーーーーーーっと待った!」


 アミュさんが右手を高々と挙げて阻止する体制に入った。


「せめて、名前だけでも…その子の名前だけでも今…。」


 あぁ、そうか、そうですね。それについては俺もそう思っていました。


「ねぇ、君は呼び名はあるの?」


 ニンフちゃんに聞くと、フルフルと首を振る。


「じゃあ、君のことはナディアと呼びたい。俺はアキラ。」


「…ナディア…すき。」


「アキラくん!ナディアちゃんを…ナディアちゃんをよろしく頼んだよぉ~!」


 最終的には泣きながらナディアとのひと時の別れを惜しむアミュさんであった。

 ただ移動の時はどうしようかな、と考えていたら、カバンのサイドポケットにナディアがすっぽり収まった。


「…わるくない。」


 本人がご満悦そうなので、良しとしよう。


「それでは無理なく任務を遂行するように。…気をつけろよ。」


「はい!それでは行ってまいります!」


「…いってくる。」

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