第14話 ニンフちゃん

「特性について、一つ分かったかもしれないので、ちょっとお伝えしても大丈夫ですか?」


 恐らく《人獣》の特性が動物と会話が出来る事を、アミュさんとリバルドさんには伝えておこうかなと思った。

 パーシャ姉さんから、この子がニンフであることを知った事もそうだけど、隠し事をしているみたいで何かイヤな気持ちだったから。


「恐らく《人獣》の特性と思うんですけど、魔獣と話せるようです。」


「やっぱりそうだったんだ。」


 ちょっと意を決して言ったんだけど、かなり反応はあっさりとしていた。

 動物と話すのは、比較的よくある特性なのかな。


「やっぱりと言いますと、それっぽい事がありました?」


「パーシャちゃんと話してるのを見てるから、そうなんだろうなーって言うのはわかったよ。」


 そんなに回数は多くないはずなんだけど…意外と見られていたんですね。


「はっきりと特性を理解するには時間がかかるからね。もしかしたら、話すだけじゃなくて使役できたり、他の動物や植物、もしかしたら妖魔とも会話が出来るかもしれないよ。どこまで出来るか、何が出来るかはアキラくん自身が試行錯誤していくことが大事になってくるね。」


「ナルホド…そうですね、まだまだ分からない事だらけです。自分のチカラなので、まずは色々と試したいと思います。」


 そうか、そうだな。自分の事だから、自分で経験することが大事だよな。


「まだまだこれから。頑張ってね!」


「はい、ありがとうございます。あと、パーシャ姉さんから教えてもらった事なんですけれど。」


 アミュさんがびっくりした顔してる。


「姉さんって?何で?」


「会話をする限り、とても心強いお姉様ですよ。」


 うっそーん信じられなーいといった目で見られてるけどしょうがない。

 それはさておき、この子について伝えることにしよう。


「この子は、ニンフだそうです。」


 自分の見立てが間違いじゃなかった事に、ほっとするアミュさん。


「俺が倒れるほどの精気を吸いまくった事で、今は完全熟睡してるらしいです。」


「そっか、コレは熟睡中なのね。」


 いつ起きるかはわからないけど、起きてくれたら話しかけてみよう。

 しっかり働いて、不自由な思いをさせないようにしないと。


「娘を見る親の目になってる。」


 今、親って言いました?びっくりした。親の目って…!


「もしかして…父性に目覚めちゃった?」


「確かにかわいいなーとは思いますけどねぇ。彼女も居ないのに父性に目覚めるって。それはさすがに無いんじゃないですか?」


 そう言って自嘲気味に笑う。

 でも、この子がお年頃になって「ウザ」「キモ」とか言われたらヘコむ。出来る限りニュートラルな状態で居ないと…。


 話題を変えよう。


「ところで、依頼って何か届いていますか?」


「いくつか届いてるけど、今はまだ早いかもしれないなぁ~。」


 まだ早い?それはどういう事?


「駆除依頼が、いくつか来たんだけどね。アキラくんは戦闘技術は一切無いでしょ?」


「あぁ、そういう事ですか。確かに、戦うのは無理ですね。」


 この前のハウスラットだって、たまたま薬剤で倒せたぐらいのもの。

 ナイフですら握ってない俺が、いきなり魔獣討伐!なんて、それはさすがに無理ってものだよ。

 身の丈に合った事をしないと。

 でも、いつまでも戦わずに居られるほど、甘くない。

 リバルドさんに、稽古を付けてもらうというのもアリなのかな?


「まぁ、考えるのは明日でもいいんじゃない?ご飯食べてないでしょ?駆除は他の地域にも頼むから、大丈夫だよ。」


 そんなタイミングで、リバルドさんが晩ごはんを出してくれる。

 今夜のおかずは、鶏肉のトマト煮、ポテトサラダ、ロールパン、スープ。


「いつもありがとうございます!うまそう!うまそう!!いただきます!!!」




 今日は晩ごはんの後、お風呂に入らずにそのまま部屋に戻って来た。

 ニンフちゃん、カバンの中だと狭いんじゃないかと思ってたんだよね。とりあえず、マジックバッグから大きな空の宝箱を出して、バスタオルを底に敷いて、キラキラ輝く豪華なベッドの出来上がり。

 そっと寝かせて、ハンドタオルで掛け布団代わりに掛けてあげて。身長を考えるとかなり広めだし、寝苦しくはないと思う。

 あとは勝手にフタが閉まらないように、ローテーブルで固定して…これで大丈夫かな。


 とりあえず、ひと段落。

 明日はきっちり仕事して稼がないといけないんだけど、仕事がなさそうなんだよな…冒険者って、こんなに稼げないものなのか。

 最初に依頼を受けた時は、戦闘じゃない案件で3つもあったから、それが普通と思ってた…甘かった。

 こんな状況で兄弟を探すどころじゃないなんて、本末転倒だよな…いつになったら元の世界に帰れるんだか。

 考えが悪い方に悪い方に行ってるな…こんなんじゃ、貧乏神しか寄ってこない。

 ちょっと行き詰まった感じがすると、悪い方に考えてしまう。仕事しててもそうだったなぁ。

 仕様やらデザインやら、どうにも上手くいかない状態が続いたら「神待ち!」なんて無駄に現実逃避でネット見たりして。

 でも、そうやって悶々と考えていたら、ふとアイデアが浮かんで一気に形にして。無駄な時間を過ごしてたって訳でもない。


 ベッドに寝っ転がって、宝箱のベッドを見る。

 ニンフちゃんがスヤスヤ眠っている。

 無駄な事じゃないよな…ジタバタしてもしょうがない。今は、俺が出来る事を考えなきゃなぁ。

 そんな事をぐるぐる考えながら、スーッとベッドに吸い込まれていく心地よい感触を味わった。




 ちう


 …何か、聞こえる…何の音…?


 ちうちうちう


 ねずみ?もう退治した…


 ちうちうちう


 まだ聞こえる…くすり…くすりをまけば一気に…


 ちうちうちうちうちうちうちうちうちう


 え?違う!何の音!?


 ハッと目が覚める。

 そこはようやく見慣れた俺の部屋。夢?…でもやけにリアルな音と思ったその時。


 ちうちうちう


 右耳にダイレクトに響く音。そっと触れてみる。

 俺の右耳たぶに吸い付いていると思われるニンフちゃん。


「…耳、おいしいの?」


 そう言った瞬間、ふっと意識が遠のいた。


「…おいしい」って聞こえた気がした。




【コンコンコンガチャッ!】


「おはよー!珍しくお寝坊さんだね!」


 俺が後で聞いた話である。

 いつまでも起きてこない俺を心配したアミュさんが、そっと(本人談)部屋に入った所で目にした光景は、白目を剥いてひっくり返っている俺の耳を、一心不乱にはむはむ食べている小さな女の子の姿。


「えっ?」


 呆気にとられたアミュさんが声を発すると、その小さな女の子の頭の葉っぱがぴくりと反応して目線をアミュさんの方に向け、ぺこりとお辞儀した後、改めて俺の耳をはむはむと食べ始めた。

 そっとドアを閉め、パタパタと店に戻り、洗い物をしているリバルドさんをグイグイ引っ張りながら俺の部屋に戻ってきて、そっとドアを開けて開口する。


「かわいい~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!」


 アミュさんの絶叫で意識を取り戻した俺は、アミュさんが恭しく、そっとニンフちゃんを抱きかかえてお店に戻っていくシーンを目撃する。

 ふとリバルドさんと目が合い、おはようございますと朝の挨拶を交わした後で聞いた言葉が耳に残る。


「今日は、嵐が起こるな…。」


 その意味を理解することになるのは、遅い朝食を摂っている時のことだった。


 ほっぺを福々とさせて、ニンフちゃんを抱いてデレっデレのアミュさん。


「ホントにかわいい…かわいい…。孫が出来たらこんな感じなのかなぁ~!」


 孫ですか。

 娘さんのリーシュさんはまだ学校に通う年齢だし、孫っていうより娘って言ってもいいくらいじゃないですか。

 見た目的にも。


「こんなにカワイイのに…布を巻いただけのお洋服なんて…。」


 ニンフちゃんは発生?したままの状態なので、裸体だったのである。

 さすがにそのままにしておくのは良くないと思い、昨晩のうちにアミュさんにお願いをして、てぬぐいを軽く巻いてもらい、服のようにしてもらっていた。

 この時はそんな事、言わなかったじゃないですか。


「リーシュの小っちゃい頃の服、リメイクしまーす!」


 アミュさんの瞳が爛々と輝いている。

 リバルドさんがギクっとしたのを俺は見逃さない。


「おい…あの服は…。」


「いいの!あ、一応、リーシュに聞かなきゃね!」


 そう言うや否や、厨房の奥にダッシュ。

 大きめの宝石…じゃないか、魔石を持って出てくる。


「リバルド、スタンバイよろしく。」


「おまえ…それ…。」


 無口なリバルドさんが緊張感を持って絶句している。

 もはや何を言っても無理…そんな諦めを含んだため息とともに、リバルドさんが奥から持って来たのは謎の箱と…水晶玉?

 箱の中に魔石を入れて蓋を閉じる。蓋の上はヘコんでいて、ちょうど水晶玉が収まるようになっている。


「よーし、じゃあいくよ~。マナちゃん!いる?」


 水晶玉を覗き込んで、なにやら声をかけている。

 何コレ?でも、何となく予想は出来ている。俺が察するに─────


『………………?……!アミュさん?どうしたんですか?』


 水晶玉の中に、真っ白い服…軍服っぽい衣装を着た人が映って、その人の声が聞こえる。すげぇなこの世界、こんな事出来ちゃうんだ。現代に近いじゃん。


「ちょっとゴメンね~、リーシュいる?」


『恐らく、教室の方に居ると思いますけど…何かありましたか?』


「ちょっと、至急の用事があるんだ~!ゴメンね!お願い!」


『しょ、少々お待ちください……………………』


 アミュさんの勢いに押されたのか、水晶玉の先の声が遠ざかっていく。

 水晶玉の先で、ワイワイガヤガヤと何か声が聞こえる。


「リバルドさん、この先って、どこですか?」


 まぁ、あまり言いたくないんだろうな~むしろ守秘すべき事なんだろうな~とは思うけど、圧倒的に興味が勝るので、聞いてみる。


「あぁ、ここなぁ。治療院の学校、なんだなぁ。」


 おにぎりが好きな人みたいになってる。


『……ます……せん!すいません!お母さん!何してるの!?』


 あ、リーシュさんだ。さっきの人と同じような白い服を着ている。制服?

 さっきの人とちょっと違った、シンプル目な感じ。カワイイです。


「リーシュ~、あのね、子供の頃に着てた服なんだけど、もらっていいでしょ?」


『え?うん、いいけど……………え?…それだけ?』


「ありがとね!それじゃあまたね!手紙ちょうだいね!」


 そう言うとピューっと二階にダッシュして行ってしまった。

 ニンフちゃんが呆然とした目で俺を見ていた気がしないでもない。


『え?ちょっと待って!先生が………………リバルドさん?いる?』


 水晶玉の先の声が変わった。今度は白い服を着た男性。

 さっきの人と似たような軍服っぽい感じだけど、襟を開けて着崩している。

 リバルドさんが、やれやれな雰囲気を出して呼び掛けに応える。


「あぁ…リバルドだ。大変申し訳ない。」


『よっぽどの事がありましたね。アミュさんの《豆颱まめだいふう》っぷりは久しぶりに見ますけど、健在ですね。』


 そう言いながら笑っているように聞こえる。


「まぁなぁ…今回のは完全な私用だ。マスターとして恥ずかしい限りだ。」


『私用じゃ無ければ問題ないですよ。いい機会です。後ろに居る、新しく入った冒険者くんを紹介していただけますか?』


 えっ!?俺?ちょっと!心の準備が出来ていません!

 せめてこの方はどなたかぐらい聞いておかないと!


「あの、リバルドさん、こちらの方は…?」


「ああ、そうだな…リーシュの学校の先生だ。」


 絶対それだけじゃないでしょ!何か肩書とかあるでしょ!

 せめてそこを教えていただきたいんだけど…待たせるのも何だし、しょうがない。オフィシャルモードで乗り切るしかない。


「初めまして、こちらでお世話になっております。アキラと申します。」


『キミがアキラくんか。私はリーシュさんの学校で働いている、エミール・ブラン・ラクールという者です。期待の新人という事で、話は聞いているよ。』


 ただ単に学校で働いてる人が、そんな上品そうな服は着ないと思います。

 あと期待の新人って。誰がそんな事言っちゃってくれてんの?


「まだ始めたばかりで、右も左もわからない事ばかりです。」


『そうかな?ライナは君の事を、とても高く評価していてね。絶対何か持ってる人がいる!って手紙に書いてあったよ。』


 ライナさん?薬剤師のライナさん?


「あの、ライナさんのお知り合いで?」


『彼女は私の教え子だよ。ライナは家業を継ぐためにかなり前に卒業したけどね。あの天才がそこまで言うんだ。期待の新人と言ってまず、間違いないと思っている。それに、ピュアポーションを精製したのは君だとも聞いているが?』


「いえ!いえいえいえ!私は何もしていません。私はただ、火の番をしていただけですから。」


 実際そうである。

 薬の中に入れる物の調整や配分など、全ての事はライナさんがやった事。俺は仕事で火の番をして、シカに市中引き廻されただけ。


『それに、あのレナートがベタ褒めしていたよ。こっちの方が、私にとっては驚きだね。』


「レナートさん…ルージュ侯爵と、お知り合いなんですか?」


『そうそう、あいつとは一緒に戦った仲でね。彼、優しい男だろう?』


「…そうですね、とても親切にしていただきました。」


 あれ?もしかしてこの人、レナートさんから聞いた?

 俺とレナートさん、アミュさん、リバルドさんの4人だけのヒミツみたいな事を言ってなかったっけ?


『ははは、そんな顔しないで。あいつは悪くないんだ。ちょっと、強引に聞き出しただけだよ。』


「ええ…そうですか…。」


『先日ふらっとここに現れた時、昔の頃のような明るさを取り戻したような気がしてね。ああいった性格だから決して表には出さないけれど、深く重い荷物を抱えて、一人でずっと苦しんでいたと思う。君が来てくれて、本当に感謝している。ありがとう。』


 そう言って、ピシっと立って深々と礼を!

 うっわ、めっちゃカッコイイ…いや、そうじゃない!


「いえいえ、そんな!お顔を上げてください!!」


 エミールさんが体勢を戻して、ニカっと笑う。


『今思えば、侯爵家を継いでから、鬱積した感情を晴らすように各地を転戦してね。一度剣を抜くと、相手を倒すまで決して倒れない。歴代の赤の騎士としては最も強いと言われている男なんだよ。とてもそんなヤツには見えないだろう?』


「あの、赤の騎士って事は…侯爵のお爺さんと同じ?」


『セルウェイン候も強かったようだけど、当時を知る人によれば、レナートはそれを超えると言われているな。』


 はえー、レナートさんは赤の騎士でしたか。

 あんな温厚そうな人なのに…剣を抜くと倒れないって、すごいな。何か二つ名とか持ってそう。


『まぁ、そいつから一本取った私は、もっと強いと行った所かな。ははは。』


 エミールさんも、そんな風には見えないんだけどな…レナートさんもそうか。

 色々ちょっとわかりません。


『この治療院も少なからず二人の兄弟と関わりがあるようだしな。あいつがここに来たという事は、本当は話をしたかったんだろうなと思う。「約束が…」とか言ってるから、叩きのめしてやったけどな。』


「あの二人が居た治療院って、そちらなんですか?」


 ビックリした。

 まさかそんな接点があるとは!


『そうさ。だから君がここに来て、色々調べるという事はいづれあるかもしれない。そう思って、レナートは「期待の新人」がいるなどと仄めかして、俺がキミに興味を持つようにしたのかもしれないな。まったく、回りくどい男だよ。』


「でも、とても優しくて、思いやりに溢れるお方です。」


『ああ、そうだな……アキラくん、一度、ここに来てみないか?』


 マジか。確か、王都の治療院だよな?すっげぇ行ってみたい…!

 でも今はまだまだペーペーの下っ端。行くわけには行かんなぁ。

 それに、ニンフちゃんの事もある。


「申し訳ございません、今はまだこちらの状況もわかっておりませんので…でも、いずれは必ず伺いたいと思っております。」


『ははは、あまり無理強いするとレナートに怒られるからな。邪魔をするなって。無理にとは言わないさ。じゃあ、仕事頑張ってな。コッチに来る時は手紙を送ってくれよ。』


 ニッコリと微笑むエミールさん。

 こんな学校の先生居たよなー。ちょっと砕けた感じの印象だけど、どこか優しくて、厳しくて。

 俺が高校の時に居た先生にちょっと似てるな。


「はい。承知いたしました!」


『リバルドさん、という事で今回は、将来有望な新人を発掘した事の報告をしていただき、ありがとうございました。大変有意義な時間でしたよ。』


「…胃が痛いよまったく…また、コッチにも顔出してくれよ。」


『ええ、俺のホームですからね。流音亭は。それでは、また。』


 徐々に水晶玉から光が消えていき…一瞬大きくチカっと発光して、消えた。

 長いようで、あっという間のひとときだった。


「リバルドさん。」


「どうした。」


「あまりにも情報が多すぎて、頭の中がとっ散らかってます。てか、アミュさんはウチの娘をどこに連れてったんですか?」


俺の肩をポンポンと叩いた後で、熱いコーヒーを出してくれる。

まぁ、待てって事ですね。そうですね…。

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