第13話 マンドラゴラ?

 それは、フォレア村からの帰り道の事でした。

 今回はかなり達成感がありましたので足取りも軽く、鼻歌混じりに歩いていました。

 そっと優しい風が吹いた時にサラサラと葉擦れの音が聞こえ、風流よのう…と思って周囲を見渡しました。

 その時、カバンから草が2本生えていることに気付きました。

 カバンを開けて中を見ると、ハンドタオルにくるまって、モゾモゾしながらハンドタオルの角の部分をチュッパチュッパと吸い付いている


「―――――――――マンドラゴラっっっっっっっっっっ!(小声&裏声)」


 ハンドタオルの角をチュウチュウして目を閉じています。どうやら眠っているのでしょうか。マンドラゴラって寝るのかはわかりませんが。

 カバンのかぶせ部分をそっと閉じ、起こさないように細心の注意を払い、猛烈な早歩きで脂汗をダラダラ流しながら薬剤師ライナさんのお店へ向かいました。




「ごめんください(小声)」


 ギイ~という扉の音すら立てずに、可能な限り最小限のボリュームで呼びかけます。起こしたら死ぬし。

 店先にはどなたもいらっしゃいません。

 カウンターの上には、メモが置かれています。


『ご用の方は、呼び鈴を鳴らしてください』


 メモの隣には【チーン】って鳴らすベル的なアレ。

 プレゼンの時に『あと5分です』って高らかに追い込んで来るアレ。

 こんな時に限って…!おっきいんだよな…音、おっきいんだよな…起きないかな…。起こしたら死ぬし。


 ドキドキしててもしょうがない!鳴らさないと!


【チ】


 そりゃ手をかぶせりゃ響かないのは当然ですが、こっちゃぁ命に関わる音かもしれないの!

 慎重に慎重を重ねるのは当然です!今度こそ、若干音を出す!


【…………チ…………ン…………】


 …そっか、そうだよな、そりゃ聞こえないよな。

 まさに蚊の鳴くような音、無理だよな…。

 じゃあ、覚悟を決めてや


【チンチーン!】


「ライナ!お客さんだよー!」


「は~~い。」


「大きな音出さないと聞こえないので、これくらい大きい方がいいですよ…あれ?」


「いらっしゃいませ~~あら、アキラさん。」


「あぁ!やっぱり!この前の人だ!…って、ちょっと!どうしたんですか?」


 もうダメ。死んじゃう。みんなしんじゃう…。

 景気の良いベルの音で心臓をクリティカルにヒットされた俺は、ガクガクと崩れ落ちながらそう思っていた。




「いや、コレはマンドラゴラではないですけど…何だろう?」


 へたりと座り込んだ俺を生暖かく見守りながら、ライナさんがカバンの中を覗き込む。


「そうですか…もう、本当にどうなるかと思いました…。」


「遠慮してるのかなーと思って、つい鳴らしちゃいました。ごめんなさいね~。」


「お気遣いいただいた事ですので、そんな、謝らないでください。」


 そう言って謝っているのは、いつの間にか俺の背後に現れて、景気よくベルを鳴らした人である。

 ライナさんのお友達のマヤさん。シカといい、ベルといい、なかなかのタイミングで俺の魂を削っていく。

 しかし全て悪気が無い事故なので、こちらとしては何も言えない所だ。


 じゃあ、マンドラゴラじゃないとすると。コレは何?

 ラッキーちゃんに言われて引き抜いたあたりの記憶も曖昧なんだよなぁ。

 確か…『ムスメ』とか『ミマモル』みたいな。

 その前後で引っこ抜いて、コレの目が開いて、ヤバいと思った時。


「…そう、これに人差指をチュウチュウ吸われて、その後で気絶したんですよ。」


 確か、左の人差し指だったはず。見てみると、ほんのり先端が赤くなってる。


「それだったら、アミュさんかリバルドさんに聞いた方がいいかもしれないです。」


「妖魔か、魔獣の幼生か何か?…うーん、私も良くわかんないけど…何か、カワイイよね。」


 そう。よく見ると、とても可愛いらしいのである。

 幼ない子供のような見た目で、今はハンドタオルにくるまっているが、大きさは10cmくらい。

 サラサラとした長く透き通るような緑の髪で、特徴的なのが頭のてっぺんから長い草が2本生えている事。


「とりあえず、今の所は無害っぽい事はわかりました。それだけでも、今は十分です。」


「…何となく、セナスに雰囲気が似てる。」


 マヤさん、それ誰?


「あー、言われてみれば!こんなに小さくないけどね。」


 ライナさん、それ誰?


「あぁ、私たちの知り合いの所にいる子に、似てるねっていう話です。」


「そうなんですね…ちなみにその子は、人の子…ですか?」


「知り合いの人が、森で迷子になっている所を保護したんですけど、家族は見つかってないんですよね。」


 あらら、そんなイベントが。


「でもアレクも一緒に住んでるから、3人、実質家族だよね。」


「確かにね~。」


 そこからガールズトークに花が咲き乱れる。

 おっさんとしては花を摘み取る事も無いので、流音亭に戻るかな。


「それでは、今日の所は失礼しますね。突然の訪問で失礼しました。」


「この子がどういう子なのか、わかったら教えてくださいね。」


「はい、お知らせしますね。」


 最後にまたバッグを見て萌える二人。

 ばいばーいって言った瞬間、手をわきわきさせた気がして、萌え死んでいた。




「これは!!!!!!!!!……どうしたの?」


 緊張感からの脱力。上げて落とすっていうヤツですね。アミュさん。


「ざっくり言いますと、今日の穴掘りの後で、犬が引っこ抜けと。そしたら、この子が出てきたんです。」


「もうちょっと詳しく。」


 喋る犬の話、泉の話、現代アートの話、指を吸われた話。

 できる限り、状況やラッキーちゃんとの会話を思い出しながら、丁寧に説明した。


「今の話から考えると、木の根元ってあたりでドリアード、草が生えてるところでアルラウネ、泉というところでニンフ。でも、どれも可能性ってことで、今すぐの特定は難しいかなぁ。」


「この世界では一般的な存在なんですか?」


「妖精自体が珍しいよ。へぇ~、バトンの森にこんな子がいたとはね…。」


「ライナさんの所に行ったときにマヤさんも居て、セナスっていう子に似てるって言ってたんですよね。」


「そうだねぇ、あの子は―――その話、マヤちゃんから聞いたの?」


「ええ、ライナさんもそうだね、みたいな同意はしていましたけど。」


「その話はねぇ、ちょ~っと、誰にも言っちゃダメだよ?」


 おっと、威圧オーラ。


「それって、聞いちゃマズかった話ですか?」


「聞くのはマズく無いんだけど…ちょっとね、他言無用ってコトにしているんだけどね…。まぁ、アキラくんなら話しても大丈夫か。それに、使命の方とも繋がりが無い訳でもないから、色々と聞いておいてもらった方がいいかもしれないね。」


「使命とって、どういう繋がりですか?」


「そのセナスちゃんと一緒に暮らしているのが、前に話した兄弟の、赤毛のお兄ちゃんなんだよね。そして一緒に暮らしているシェラちゃんが、お母さん代わりになってるんだ。」


「へぇ…何ていうか、世間は狭すぎですね…本当にちょっとした繋がりが出来ちゃったじゃないですか。」


「それで、そのセナスちゃんは、結晶妖精クリスタルエルフという種族。この国で一番古い文献では『絶滅』と書かれているから、存在してなかったんじゃないかとまで言われていたの。その生き残りがルージュの森で拾われて、発見した二人と一緒に暮らしているのよ。」


「でも、何でその種族だって事が分かったんですか?」


結晶妖精クリスタルエルフは5年で年齢が1つ増えるらしいのね。年を重ねる都度『隔世』という固有の特性が発生するとされていて、それを確認したの。」


「その『隔世』というのはどんな特性なんですか?」


「成人の姿になるの。」


「成人?」


「幼い子供でも老人でも、年齢が増えるその1日だけは、人間の年齢で18歳から20歳くらいの姿になるの。記録に残っているのは、結晶妖精クリスタルエルフの老婆が、ある日若い女性の姿になって大活躍をして、翌日には元の老婆に戻ったというお話。知識はそのまま引き継がれるから、高齢であればあるほど、そのチカラを発揮できたみたい。」


「へぇー!若返って無双するのって何かすごいですね~。」


「逆に、幼い頃は大変なの。知識が3歳で、身体は20歳だったら…どうなると思う?」


「それは…。」


「その日は、パパ大好きなセナスちゃんとお兄ちゃんが、いつも通り一緒に寝ていて、シェラちゃんは用事があって出かけていたのね。そしてシェラちゃんが用事を終えて家に帰ってきたら、お兄ちゃんが、ほぼ裸の見知らぬ女性と一緒に寝ていたの。」


「おおう…。」


「想像を絶する修羅場になったんだけど、実はその女性というのが『隔世』が発生したセナスちゃんだったの。その姿でその日は一日過ごして、翌日起きると、元々の身体よりも少し成長したセナスちゃんになった、というお話があったんだよね。それで、セナスちゃんは結晶妖精クリスタルエルフだという確証を得たんだけど、それと同時に、この子の種族については、隠しておこうという事にしたの。この子が研究対象になるかもしれなかったのがとてもイヤだった。ギルドマスターとしては失格だけどね。」


 お兄さんにシェラさん、セナスちゃんは、まだ会った事が無いけど何となくいい人のような気がする。

 お兄さんとは早く会ってみたいものだ…。


「もしかしたらこの妖精の子も、そういった種族の可能性も?」


「無いとも言い切れないから、ちょっと調べてみるね。でもこの子、どうするの?」


「娘を見守って欲しいと誰かに言われちゃいましたからねぇ。捨て置く訳にもいきません。試行錯誤しながら育てていきたいとは思いますが、正直なところ俺一人では無理です!厄介事を増やしてすいません!どうか、助けてください!」


「アキラくんは何ていうか、巻き込まれ体質なのかもしれないねぇ~。」


「はい、ココに来たのも何かに巻き込まれた可能性もあります。否定はしません。この子のご飯代を稼ぐためにも、頑張りたいと思います!」


「ふふふ、じゃあ…名前を付けてあげたら?」


「実は、ちょっと考えています…。」


 種族がわかってからとは思ったんだけど、種族に関わらず良い名前を付けてあげたいなと思った。

 でも、一緒にいるのはイヤだと言われたら…泣こう。

 もしかしたら姉さんなら、この子の種族とか知ってるか?




『あら、ニンフの幼生?』


「もしかしたらと思ったんだけど、やっぱりご存知でしたか…。」


『水…いや川…泉かしら?この子が生まれたのは。木と草にも縁がある子ね。』


「そこまでわかりますか…。泉の中に生えてる枯れ木の根元から引っこ抜いたんです。」


『ちょっと、引っこ抜くってやめて。』


 引っこ抜くという表現がツボったらしい。笑いながら話してる。


「その時に、この子に指をチュウチュウ吸われてぶっ倒れたんですよね。コレって、なにか影響あります?」


『あら、倒れるまで吸われちゃったんだ。よっぽど精気が枯渇していたのか、気に入ったかどっちかよね。今は相当満足してるんじゃない?完全熟睡状態よ。』


「そうですか…まぁ、気に入ってくれるに越したことは無いんですけど。」


『この子に気に入られたなら、大切にしてあげて。それと同じくらい、この子が生まれた泉も大切に保全してね。』


「わかりました。ありがとうございます。」


 気に入られたらか~。

 どうかなぁ、もし気に入られなかったら…それはそれでショック…。

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