第102話 新しい生活の始まり

 まだ薄暗い明け方の時間。気持ち早めに目覚める。


 昨晩はレストランで飲み足りず、俺とナディアの部屋で酒盛りを始めるエレナさんと、終始上機嫌だったナディア。

 少女サイズのナージャは飲んでなかったけれど、3人が部屋のベッドを占領して寝始めたので、俺は部屋のソファーで寝る。

 ルカは自分の部屋に戻って行った。えらいなぁ。


 さて、キッチンに降りて朝食づくりと言うか、温めなおすだけのカンタン朝食の準備をしているとルカが起きてきた。

 朝ごはんの準備に恐縮しきりのルカ。気にしなくていいのにな。

 下の門まで見送ろうと思ったんだけど「いえ!そこまでは!」と固辞されてしまったので家の玄関先でルカを見送る。


 どこまでも続く雲海を眺めながらの洗い物。見れば見るほど見事な景色。絶景かな絶景かな……。

 後片付けも終わり、コーヒーを飲んでまったりしているとナディアとナージャが起きて来た。


「おう、二人ともおはよう~。」

「おはようございます……昨晩は、大変にお見苦しい所を……」

「ナディアに見苦しい所は無いから全然オッケーです。エレナさんはまだ寝てんの?」

「……頭が重いとな。」

「あぁ、だろうね。完全に二日酔いコースだったもんね。」


 エレナさんが頭を抱えながら起きて来たので、みんなで朝食。

 俺とナディア、ナージャは、ルカにも出したチキンサンドとサラダ、コーンスープ。

 エレナさんはサラダと水だけ。頭を抱えてウンウン呻っている。


 だがしかし出勤時間までに完璧にアルコールを抜き、デキる上司スタイルに様変わりするエレナさん。

 ナディアは時間的に少し早いけど、王城まで一緒に行くことになっていたようだ。


「アキラはナージャと流音亭?」

「ええ。あと、時間があったら王都の冒険者ギルドを見に行くつもりです。晩ごはんの買い出しもしておきますから。」

「そこまでしなくてもいいのに。お惣菜でいいのよ?ま、無理だけはしないように。行って来ます。」

「ではアキラさん、行って参りますね。」

「うん、気を付けてね。二人とも行ってらっしゃい!」


 二人が出勤した後で洗い物を終わらせる。

 さて、俺も初仕事に行きましょうかね。荷物は鞄と濃茶色の杖だけ。


「ナージャ~!準備できたか~?」


 食事の後、すぐ部屋に戻ったナージャに声かけ。

 階段をトテトテと下りて来ると、フラムロス風の服装に着替えていた。

 日本のキッズスタイルだと目立ちすぎるからね。


 念のため戸締りを確認して家の横からバルコニーに入り、階段を下って地下室へ。

 入って左側の壁に設置されているクローゼットの引き戸を開けると、流音亭の俺の部屋。


 本当に繋がってるんだもんなぁ。

 部屋に入った時のお約束【チンチーン!】と呼び鈴を2回を鳴らす。

 パタパタと廊下を走ってくる音が聞こえる。


【コンコンガチャッ!】「は~い!おっひさ~!!!」


 意味のないノックで勢い良く入ってきたのは、ルージュの森冒険者ギルド流音亭のギルドマスター、アミュさん。


「ご無沙汰してます……と言ってもほぼ一週間程度ですよね。」

「カタい事は言わない言わな~い。向こうはどう?エレナちゃんもルカちゃんも、元気にしてた?」

「ええ、お陰様で元気にやっていましたよ。」


 そんな近況報告をしつつ、仕事の話を切り出すと。


「それがねぇ、最近ジャムカとアレクが張り切っちゃってさぁ、アキラくんにお願いできる案件が無いんだよねぇ~。『これぐらいなら全部俺らでやれるし』だって。せっかく来てくれたけど、しばらくは王都のギルドを優先しちゃっていいよ。」

「あらら、そうですか。随分と張り切ってますね。」

「まぁ~基本的には仕事が少ないからね。コッチ。もし何かあったら、王都の冒険者ギルドにアキラくん指名で仕事の依頼を入れるよ。」

「そうか、そういう事も出来ますもんね。了解しました。そしたら……向こうの冒険者ギルドに行ってみますか。」


 するとアミュさん。


「今日はアキラくん初日だからさぁ……ナージャちゃん、流音亭で預かってあげようか?」

「え?何でですか?」

「ホラ……アレよ……あんなムサ苦しい所にさぁ……こんなカワイイナージャちゃんを行かせちゃうと……目が腐るじゃない?」


 ひどい。


「ナージャちゃん、ジュースとおやつ用意してあるから。ね?ね?いいでしょ?ね?ね?」


 もうナージャと手を繋いでいるアミュさん。王都に戻す気ゼロ。最初からこのつもりだったな。


「ナージャはそれでいいのか?」

「……しっかり稼いで来い。」


 よだれを拭きなさい。

 おやつ>>>[越えられない壁]>>>仕事というナージャの習性を熟知しているアミュさん。

 そんなこんなで臨時保育所となった流音亭にナージャを預けて、俺は一人で王都に戻ることにした。




 王都のギルドの場所を教えてもらって家に戻って来て、下の玄関から王都に出る。

 ドゥーズ街道からトレンタセイ街道へ、前に新人訓練で通った赤の騎士団と剣士隊の拠点ドゥーブルリオンがあるトレヴァー区方向に向かって、歩いて15分ほどの場所に冒険者ギルドの総本山がある。


 冒険者ギルドに近付くにつれて食べ物屋さんやら武器屋、防具屋、道具屋、雑貨・アクセサリー屋の露店が並び、雑然としている。

 正直、家のあるエリアよりも好きな雰囲気だったりする。ワクワクキョロキョロしちゃう。


 この辺りを通り掛かる人たちも、いかにも冒険者!といったスタイル。鎧に剣やら槍やら盾やら。

 魔法使いっぽい人も見掛けるけど、この世界って魔法は使えないよな。オシャレかな?

 今まで殆ど冒険者の人たちと関わった事が無いフラムロス生活だったので、ちょっと新鮮。


 あと、モンスター狩りゲームのようなゴテゴテの鎧とか、それホントに動きやすい?と思うような装備の人もチラホラ見かける。

 いやいや、ゴツい装備をしなきゃいけないほど、王都周辺には魔獣やら妖魔が出るって事かもしれない。

 ジャムカ、アレク達もマヤさんお手製の装備は身に着けていたけど、あれってかなり軽装だったんだな。

 ちなみに俺の今の服装、胸当てすらしてない普段着。ま、戦わないからね。


 さて……アレが冒険者ギルドかな。入り口付近にかなりの人数がたむろってる建物。

 コンビニ前にたむろしてカップラーメンを貪るヤンキーみたいな、目つきの悪い人達にジロリと見られる。怖いよ。

 目を合わせないようにしてさっさと入ろう。


 王都の冒険者ギルドは、思った以上に広いワンフロアの施設だった。

 入ってすぐの所に食堂があって、飲み食いしている人が多数。仲間内でゲラゲラ笑ってる。ほのかに香るアルコール臭。まだ朝ですよ。

 奥の方には人だかりがあって、みんな壁の方を向いている。依頼の掲示板はあそこかな。

 掲示板の手前には窓口のような所があって、気の荒そうな冒険者が行儀良く順番待ちで列を成している。


 何と言うか、区役所や市役所のような感じだなぁ。

 制服を着た受付の人が6人、テキパキと受け答えをしている。

 ちょっと雰囲気に圧倒されるな……でもここで引いたら来た意味が無い。

 王都での初仕事だ、ちょっと気合い入れて探してやろうか。


 ……などと考えていたものの、屈強な方々が最前列に陣取っているせいで、後ろに居る若い子達(俺も含めて)が依頼書を拝むことが出来ない。


 強引に割り込んだら絶対にめんどくさい事になる。ここで目を付けられるのはイヤ。

 ま、遅く来た俺にも非はあるから、前の人達がハケたら見に行くかぁ。

 街の中でも見て回って、小一時間したら戻って来よう。


 外に出てちょっと離れたところの露店で、ニオイにつられて豚串を買い食い。1本銅貨1枚だから100円か。安いな。

 ついでに、店のおっちゃんと少しだけ雑談。


「ここの冒険者ギルド、人多いですね~。」

「兄ちゃん冒険者か?そんなナリで。」

「昨日地元から出て来たばかりなんですよね。いつもあんなに混むんですか?」

「そうだな。」

「もうちょっと人が少なくて見やすかったらいいんですけどね。依頼内容ごとに分散させるとか。」

「文句があるなら、前に行けるぐらい名を上げる事だな。」


 名を上げる?


 …………あぁ、なるほどね。

 前にいたゴツいヤツラは有名人で、常に最前列をキープして美味しい仕事を独占してるって事か。


「それはアリなんですか?」

「実力主義だな。はいよ、豚串1本。」


 じゅうじゅうに焼けた豚串を渡してくるおっちゃん。


「頼んでませんけど?」

「いい話が聞けて良かったなぁ。銅貨1枚。」


 いい笑顔しちゃって……ま、美味しいからいっか。

 それならばと色々な事を聞き始めたら「まぁ座れや」と小さい椅子を出してくれる。話を伺うごとに豚串、鳥串、牛串、羊串が焼き上がる。チャリンチャリンと銅貨が飛んでいく。

 一時間も食べ続けるとポンポンいっぱい。もう限界なので、腹ごなしに冒険者ギルドに行くことにした。


「色々と聞かせていただいてありがとうございました。」

「最前列に居た奴らの顔は覚えておけ。逆らうなよ。コレはサービスだ。」

「あら、ありがとうございます。肝に銘じておきますね。ご馳走様でした。」

「おう。また来いや。」


 腹を抱えて冒険者ギルドに入ると、さっきまでの人だかりが嘘のように閑散としていて、掲示板に貼り出された依頼書も歯抜けの状態になっている。

 見やすいという事では正解だったけど、どんな仕事が残っているのやら。

 若そうな冒険者達が、食い入るように依頼書を眺めながら小声で話をしているのが聞こえて来た。


「くそっ!またこんなのしか残ってない!」

「シっ!声が大きい!聞かれたらどうするんだよ……」

「だってよ、いつもヤツらが美味しい仕事を全部持って行くだろ!」

「しょうがないよ……だって私たち、弱いもん……」

「やってらんねぇよ!」


 確かに。戦って稼ぐ冒険者を夢見ていた若者たちが目の当たりにする厳しい現実。

 うん、わかるぞその気持ち。

 とは言え彼らに何を言える訳も無いから、俺は自分の仕事を粛々と探す事にする。


 どれどれ……庭の手入れ、公園清掃、買い物代行、引っ越し手伝い、荷物運び。

 流音亭でやっていた事ばかりなので、むしろありがたいな。

 ちょっと変わった所では、ペット散歩(銀貨1枚)、売り子(銀貨2枚と1つ売れば鉄貨5枚)、薬効調査(内容により変動、銀貨1枚~金貨5枚)。


 よし、これにしよう。


 ・公園清掃(3時間程度/銀貨3枚)

 イルサントル公園内の清掃業務(路面掃き掃除、ゴミ拾い、トイレ清掃、ゴミの運搬、他)

 年齢、経験不問、複数人募集。

 依頼登録後、現地集合(地図添付)

 王都環境整備局公園管理係(現地担当 ブラーガ)


 3時間で銀貨3枚だから、時給1,000円相当。何でコレをやらないのか意味が分からない。

 掲示板から掃除の依頼書を剥がしたら、小声で言い争っていた若い子たちがジロジロ見ていた。あら、目をつけていたのかな?気になったので話しかけてみる。


「もしかしてコレ、受けられますか?」

「誰がそんなモンやるかよ。」

「ダメだよ……そんな言い方したら……ゴメンなさい。」

「いえいえ。じゃぁ、もらっていくね。」


 ま、気にしないで依頼書を持って受付へ。

 受付の人数はさっきまで6人だったけど、今は一人。

 俺よりも若そうなお兄さんに、依頼書とギルドカードを提示する。


「すみません、この依頼を受けたいのですが。」

「はい、少々お待ちください。」


 お兄さんがギルドカードを確認すると席を立ち、後ろの部屋から封筒を持って来た。


「当冒険者ギルドのご利用は初めてですね。王都冒険者ギルドへようこそ。アキラさんのさらなるご活躍をお祈り申し上げます。」


 一切感情が込められていない歓迎のお言葉を有難く頂戴する。


「……ありがとうございます。」

「早速ですが、アキラさん指名の依頼が届いております。」

「え?指名ですか?」


 まさかアミュさんから?いや、さっきの今でそれは考えにくい。

 後方から「指名?あんなヤツに?」って聞こえてくる。そういう心に来るタイプの陰口はやめて。


「こちらの2件となります。ご確認ください。」


 ・お打ち合わせ【金貨1枚】

 日頃よりお世話になっております。

 お打ち合わせの機会を頂きたく存じます。

 日程につきましては、いつでも結構です。

 18時まではトレヴァー区の職場にて、19時以降はアベール区の自宅にてお待ち致しております。

 お忙しい所恐れ入りますが、何卒よろしくお願いいたします。

 レナート


 おお!レナートさんだ!エレナさんから聞いてたのかな?

 全然お会いできてなかったから、これはすぐにでも行かないとな。

 ってか話するだけなのに金貨1枚、1万円の設定って……


 ・納品【銀貨1枚】

 カンフォーレ子爵邸へ

 フィオレトヴィー宝飾店

 ※店舗地図添付


 これはカンフォーレと俺の関係性を知ってる人か。誰だ?

 前に挨拶したおじいちゃん貴族の一人?納品って事は俺への届け物か。何だろう。

 地図を見ると……何だ、ウチの建物の近くじゃないか。お貴族様御用達の宝飾店……益々わからん。

 まぁ、帰りにでも寄ってみるか。


「それでは、指名の依頼も今受けて行きます。」

「承知しました。依頼1件、指名依頼2件を登録しますので、それぞれの依頼書の記名欄にお名前を書き入れて下さい。」


 はいはい……っと。


「以上で登録は完了です。何かご不明な点はございますか?」

「いえ、何か有ったら、その都度お聞きします。ありがとうございます。」

「ご利用ありがとうございました。お気をつけて。」


 依頼書を鞄にしまって受付を後にすると、さっきの若い冒険者達が後ろに並んでいた。彼らも今日の仕事を決めたらしい。

 何となくぺこりと会釈をしてから、冒険者ギルドを出る。

 よし、先に掃除の仕事を終わらせてからドゥーブルリオンに行こう。

 仕事そっちのけでレナートさんに会いに行ったら、たぶん気を遣わせてしまうからね。


 集合場所のイルサントル公園は歩いて30分くらいか。

 やっぱり自転車が欲しいな。それか、足の速い魔獣。


「おい!おっさん!」


 人獣で会話が出来ればいいから、レナートさんの家に居たゲッコーとか?魔獣に乗って颯爽と仕事場に。いいなぁ。

 でも町の中心部では全然見掛けないから、一般の騎乗魔獣は通行に規制が掛けられてるのかな。


「おい!そこのおっさん!」


 あ、そうだ。ウィルバートが騎乗魔獣を捕まえて来いって言ってたんだ。

 確か、緑の騎士ヴェルデ中将が見つけた面白いヤツ。どんな魔獣なんだろうか―――


「待てって言ってんだよ!!!」


 背後から肩をグイっと掴まれる。え?あっし?

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