第99話 いただきもの
爺ちゃんの部屋の隅にある謎のドア。
寝室になっている和室から廊下に出るためのドアなんだけど、俺が小さい頃に姉やイトコと鬼ごっこをして出入りした程度しか記憶が無い。
「あぁ、そこから廊下に出られるけど、誰も使わない開かずの扉だよ。」
ドアを見つめたままナディアが、俺の手を取る。
「そのお守りを取り出した瞬間から、扉から僅かに魔力が流れ始めました。」
「魔力?ドアから?」
その話を聞いてアーレイスクが眼鏡を着けてドアをジっと見る。
「アキラ、ここにそれをちょ~っと近づけてみてくれない?」
「ここ?ドアノブ?」
白い棒を近づけてみるとドアノブの中心部分がスッと消え、穴が開いた。
「うっそ。」
タバコ的なコレを入れられるサイズの穴。
メルマナ討伐の時、隠し通路に潜るために使った魔石の鍵のようなものを思い出した。
「いやー……いやいやいや。まさか……ねぇ。どうすんのこれ。嫌な予感しかしないんだけど。」
「トキ様の仕掛け、何が出るのか楽しみでしょうがない。」
アーレイスクが前のめりで『開けろ、開けろ』と催促する。
「だよねぇ……ここまで来て、後には引けないわなぁ。どう考えても爺ちゃんの隠し部屋じゃん……」
魔石の鍵をドアノブに差し込むと、ドアの周囲がほのかに光った。
「じゃ、何があってもアーレイスクさんの責任という事で。開けまーす。」
ドアを開けると暗闇だった。
と思ったら、部屋全体がふんわりと明るくなる。
広さが8畳ぐらい。向かって左側の壁に本棚が2つ、正面左奥には学習机と椅子。多分、俺が昔使っていたヤツだ。
右側の壁には、何かが入った袋がいくつも置いてある棚。
部屋の中央にはダイニングテーブル。これも昔ダイニングに置いてあったな。中央にコンロが内蔵されているヤツ。
「……何か、普通。物置というか隠れ家というか。」
想像していたのは、前に流音亭の奥で見たギルドの総本山的な巨大な資料室とか、何百メートルもある広大な部屋。
そう考えると、極めて現実的な広さの部屋だった。
机の引き出しを開けてみると、爺ちゃんの字で『必読』と書かれた手紙が入っていた。
「必ず読めという事は、誰かが来ることを想定してたんだな。」
~~~
この手紙を読んでいるという事は、私は既に死んでいる。
この部屋にある蔵書・道具は扉を越えることが出来る者に託す。
願わくば私のもう一つの祖国、フラムロスの安寧のために。
平成16年10月某日
追伸
~~~
自分の息子の圭叔父さんには扉を越えろと言っておきながら、爺ちゃん……孫に甘い!!!何でも持ってけってすげぇな。叔父さんが見たら泣くぞ。
父が気付かないってのは同意。さすが爺ちゃん、よくわかってる。
ってか、姉ちゃんとか
俺らの名前があるという事は、楠木家の野郎共だけが向こうに行く可能性があるって事?
「アキラ……ちょっと相談が……」
アーレイスクによると、本は紫の騎士団の特級秘蔵書籍の複製との事。
ただ、騎士団では既に消失した本も現存していたらしい。
「オッケーです。本は元々紫の騎士団の物なんですよね。しっかり複製して下さい。この複製の原本は俺が持っておきますから。」
「ありがとう……ありがとう……!!!」
どうせ真意は聞けないし、さっきの事は深く考えても答えは出ない。
じゃ、棚に置かれた袋の中身を確認するか。
よく見ると、俺がレナートさんから頂いたマジックバッグに似てる。
開けてみると、宝石がギチギチに詰まっていた。
「もしかしてコレ、魔石?」
中の一粒をアーレイスクに渡す。
「これは原石だな。これを加工することで魔石になるんだ。いくつか出してくれ。」
ほんの少しだけザラーっとダイニングテーブルに出す。
宝石、原石、魔石が種々雑多に入っているらしい。
「コレが何袋あるんだ?」
「えーと、1、2、3……15袋。こんな量どうやって集めたんだろうか。」
「これらはかなり古い年代の袋だな。昔は妖魔や魔獣が横行していたとはいえ、こんなに倒せるものではないとは思うが。」
わからない事を悩んでもしょうがない。
手紙には、叔父さんと龍の事も書いてあったから、俺は1/3の5袋をもらう事にしよう。
他に何かないかね……ゴソゴソ探っていたら引き出しの奥の方に写真が2枚。
1枚は、爺ちゃんと婆ちゃんの若い頃のモノクロ写真。
もう1枚は……誰だろう。めっちゃ笑顔で剣と鎧を身に着けている人と、いつもの歯を見せない笑みの爺ちゃんが肩を組んでる。端の方に、うつむき加減の若い男性というか少年。
これはフラムロス関連の人だな。コッチもモノクロ写真。
「アーレイスクさん、この人達わかります?」
「いやぁ~、向こうに写真技術は皆無だから、昔の人は分からないな。」
ナディアには、爺ちゃんと婆ちゃんの若い頃の写真を見せる。
「その人が俺の祖父と祖母だよ。」
「この方がお婆様……とても柔和な、美しいお方ですね。」
「俺、この二人から怒られたことは一度もないんだ。もう、根っからの爺ちゃん婆ちゃん子だわ。」
さて、とりあえず見る物見たし、荷物を持って出る事にした。
「アキラ、ひとつ実験をしてもいいかい?」
俺が袋と本を持って出ると何もなく、アーレイスクとナディアが本と袋を持って出ると、手から消えて元の位置に収められている。アーレイスクのマジックバッグに入れても元に戻る。
「ここを突破する事で、一人前の細工師として認めて戴けるのか。いつの日か、必ず……!」
アーレイスクが燃えている。
そんなに来れないと思うけど、気合いで頑張ってください。
さて、空いてるマジックバッグが置いてあったので、その中に宝石類が詰まった袋を入れて部屋を出る。
鍵を抜いてドアを開けると、普通に我が家の廊下。
「長年住んでいたけど、わっかんねぇ事ばかりだわ。」
鍵を煙草入れに入れて元の場所に戻し、アーレイスクに本とカメラを渡して部屋を元通りに戻してもらう。
箱を開けたらあっという間に元の汚さに。これはひどい。断捨離すべきだな。
カメラを大きな段ボールに入れて二階から運び出し、本日のミッションは終了。
「長々とお待たせしました~。」
居間に戻ると、ナージャがソファーに横になり、タオルケットを掛けられてすぅすぅ眠っていた。
ナージャにぴったりとくっついているたーくん。そんなに好きか。
「ナージャちゃん、さっきから寝始めたんだわ。たーくんのお散歩で、ちょっと疲れたのかもね。カメラは見つかったかい?」
「お陰様で。じゃぁ、しばらく借りていくわ。よし、そしたら今日の所は帰るかな。」
「あら、もう帰るの?お茶もお菓子も出してなくて、全然おもてなしもしませんで……」
「いえいえ、突然押し掛けてしまったのはこちらですから。お構いなく。」
「掃除してる間にナージャの面倒をみてくれたでしょ。ありがとうね。しんちゃんは何を観てたの?」
「戦国タイムスリップの。ナージャちゃん、ぐしゅぐしゅ泣いちゃって、母さんに甘えて来たんだから。本当に可愛い子だよね~。2枚目観てる最中に寝ちゃった。」
そんなウルトラレアイベントが発動していたとは。
ちょっとその姿を見てみたかった気がする。
「ホラ、ナージャ。そろそろ帰るよ。」
腕の辺りをぺしぺし叩いて起こすと、大きくあくびを一つ。
目をこすり、ボンヤリと両手を前に出しながら。
「……おんぶ……」
おんぶおばけが現れた。
「アーレイ……紫藤さん、段ボールは一人で持てます?」
「亮くん、そりゃぁ……無理ってモンじゃないか!ははは!」
まぁ、さっきは二人掛かりで運び出したからな。
「じゃぁ、私がナージャをおんぶして行きましょうか。」
「あ、ナディアさん、ちょっとだけ来てもらってもいいかい?」
「えっ?はいっ!」
そう言って、奥の仏間にナディアを連れて行く母。
えー?何だろう。気になる。ちょっとソワソワする。
「気になるのかい?」
「ええ、とっても。」
やや暫く待っている間に、テレビでは2回目の戦国大合戦が佳境を迎えていた。
青葉公園の東屋に戻る頃には、陽が傾き始めていた。
段ボールの中身をアーレイスクのマジックバッグに入れ、ついでに俺の手荷物も入れてもらって準備完了。
ナディアからナージャを受け取って、万が一を考えて抱き抱える。
「準備オッケーですよ。お願いします。」
「じゃ、しっかり捕まっているんだよ。行くよ!」
【カシャッ】
シャッター音の直後、猛烈な重力が圧し掛かる。
「ぐおおおお!やっぱりコレ!キツい!!!」
「本当……ですね!!!」
「……おおお……おおおぉ~~~。」
「ナージャ!今しんちゃんのマネはやめて!!!」
・
・
・
「はい、到着~。皆さん本日は大変にお疲れ様でございました~!」
目を開けると、流音亭のベッドに座っていた。
「何だか……夢を見ているようでした……」
「はっはっはっ!誰でも最初はそんなもんさ。じゃ、私は用事があるから帰るね!!!」
帰ろうとするアーレイスクの方をむんずと掴む。
「ちょっと待て。俺の荷物。」
「嫌だなぁ~、ちょっとうっかりしてただけじゃないか~!」
「あんたの目は泳いでますけどね。あと、家から持って来たカメラ12台、転移で使ったカメラの分析と機能報告書のまとめ作業、今日貸し出した書籍15冊の複写作業。これらの作業予定表を、俺が王都に到着する日にお知らせくださいね。」
「眼が怖いよアキラ~!」
「そんな事ないですよ?まぁ、俺もカメラの機能には興味がありますので、しっかりと調べていただきたい所ではありますから、無理のない期間をとってください。よろしくお願いします。」
肩から手を放すと、アーレイスクが向き直した。
「新居の部屋は二人でひと部屋でいいんだね?今日のお礼に気合を入れて作ることにしよう。今日の事は、陛下には報告するのかい?」
「次に会う機会に話します。会社に辞表を提出しに行く時に、送っていただかないといけませんから。隠し事は苦手なんですよ。すぐバレるので。」
「ふふふ、不器用な男だねぇ……まずは私から陛下に報告しておこう。じゃ、次は王都で。新居を楽しみにしていてくれたまえ。」
恭しく礼をして部屋を出ていくアーレイスク。
ふぅ……。
「何か、ドッと疲れが出て来たよ。」
「色々な事が起こりましたね。あっという間の一日でした。」
「いや~、もう本当だよね。あれっ!?ナージャは?いる?」
声がしないので軽く慌てるが、後ろの方からフン、フンと聞こえた。
ベッドの枕の方で、何やらストレッチをしている妖精サイズのナージャ。
「あぁ、コッチではその大きさに戻るのね。何してんの?」
「……体が軽い。でも、大きいのも良かった。」
「ああ、向こうのサイズ感も気に入ったの?」
「……なやむ。」
眉間にシワを寄せ、腕を組んでムムムとうなる。おお、何かメッチャ考えてる。
「ナディア、ニンフってそんな簡単に身体の大きさって変えられるものなの?」
「そうですね……エレナ様ほどの魔力があれば。」
「あぁ、そうか。あの人は自由自在だもんな。じゃぁナージャは魔力の特訓だな。」
「……また行きたい。あやちゃんも、たーくんも好き。」
母を『あやちゃん』呼ばわり……!
すげぇなこの子のコミュニケーションスキル。
「アキラさん、お母様からこの様な物を頂きました。」
服の内ポケットから、巾着袋を取り出す。
「ん?何それ。」
袋を開けて中の物を取り出すと、細かい模様が入った銀のペアリング。
掌に乗せて見せてくれる。
「お母様がご結婚された時、お婆様から受け継いだ物だそうです。良くない事から守ってくれる、楠木家に代々伝わる夫婦のお守り……こちらを私に託して下さいました。」
「へぇ~……それは知らなかった。」
「そして、これからもよろしくねと言ってくださって……」
まさかそんな事があったとは。
「そっか、良かった。本当に良かった。じゃぁナディア、ちょっと左手を出してくれるかい?」
やや小さめのレディースのリングを持って、ナディアの左手、薬指にはめる。
サイズはピッタリだ。つい、目が合って笑みがこぼれる。
「では、アキラさんのお手を拝借です。」
「父は指が太くてゴツかったから、もしかしたら大きいかも……うっそ。ピッタリだ。」
やたらデカく、ぶ厚い父の手を思い出す。
小さい頃の記憶ってそんなもんか。
「私、今日の事を忘れません。いつまでも、いつまでも……」
ナディアと手を取り合い、ゆっくりと顔を寄せ、くちびるを……
「……わーい。オラもオラも~。」
ピョンと俺の肩に乗ったナージャ、俺の唇の端にぷちゅっと。
いい感じに接近していたナディアと目が合って、軽く照れる。うふふ。
「……アキラは俺の嫁。」
「惜しい!せめて、私の婿とか……ナージャも俺の嫁って事になるの?」
「そうですね……そういう事になりますね。この子は、私の分身には変わりありませんから。」
「……お?」
またしんちゃんのマネして。影響されすぎだから。
ナージャが肩から降りて自分の手をじっと見て、左手の甲を見せて来た。
芸能人が結婚会見の時に見せるアレ的な感じ。
ん?
よーく目を凝らすとナージャの左手、薬指に指輪がはめられている。
「……ふっふっふっ。」
ちっちゃ!指輪ちっちゃ!!!でもしっかりはまっている。
指輪を眺めて不敵に笑うナージャ。どうなってんだ?
「アキラさん!!!」
「はいっ!何でしょう!!!」
ナディアが俺の手を取り、ずい、ずずいと迫り来る。
圧はすごいが、これは嬉しい圧。
「エレナ様にも見ていただきましょうね。」
「エレナさん?……うん、もちろん。早く家が完成してほしいね。」
それから晩ご飯の時間まで、3人でしんちゃんのマネをしていましたとさ。
ナージャの完コピはさすがだと思いました。チュウはおあずけだゾ。
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