第100話 出発の日

 王都への馬車が到着するまで、あと30分。

 朝ごはんを食べた後で部屋の掃除を終わらせ、私物をマジックバックに詰め込んで普段着の冒険者服に着替える。

 さて、準備完了。それにしても―――


「さっぱりしたなぁ。」


 部屋が広くなって2週間。

 ナディア、ナージャと一緒に過ごしたこの部屋とも、暫しのお別れ。

 次に俺がこの部屋に入るのは、あのクローゼットを通って来る時。


「思えば、あっという間でしたね。」

「そうだなぁ。昨日の送別会、お酒が無いのによくもあれだけ騒げたもんだよね。」

「ホントですね。」


 昨晩、喫茶店『流音亭』主催で俺達の送別会を開いてくださった。

 喫茶店の店長リバルドさん、併設する『バトンの森冒険者ギルド』マスターのアミュさんご夫妻。

 冒険者部隊ナイトストーカー隊のアレクシオス、セイラロス、ジャムカ、スカンダ。

 その他にもマヤさん、ライナさん、ハイフォンさん、シェラさん、セナスちゃん。

 それと喫茶店常連のおっさん連中。内輪のみんなが俺達の門出を祝ってくれた。


 つい先日までナイトストーカー隊に居たバルさんことメルマナ公国バルセート大公も来たかったらしいけど、お目付け役の銀の騎士を説得する事は出来なかったらしい。

 バルさんとは遠距離恋愛中の彼女であるライナさんからの言伝で『メルマナにも冒険者の依頼はあるからな』だって。


「ナディアが次に流音亭に来るのは、アレクとシェラさんの結婚パーティーの時かな。」

「そうですね。エレナ様、ルカちゃんもお休みが取れるといいのですが……」

「そこはウィルバートに強権を発動してもらいたいな。レナートさんも来てくれるみたいだからね。」


 アレクシオスは帰ってきてすぐ、シェラさんと結婚。

 十年以上一緒に暮らしてきたから、そんなに変わらないと言ってた。

 再来月、フォレア村で結婚パーティーを行うとの事で『アキラ達、全員王都から来てくれよ。ま、馬車代は出さないけどな!』むしろ足代なんか出されたらご祝儀で倍返しだ。


「ナージャも準備できたかね。起きたらやっぱり元の大きさに戻ってたみたいだけど。」

「眠ると魔力調整が解けてしまいますから、王都でも引き続き特訓ですね。」


 この2週間、ナージャは給仕の仕事を取りやめて、ナディアの泉(仮称)で魔力増幅とコントロールの猛特訓。

 泉を通してエレナさんからの指示を受け、ナディアが付きっ切りでサポートを続けたところ、二人が驚く程にナージャの魔力が増大したようだ。

 その結果、向こうの世界に行った時の姿まで体格を変化させ、維持する事が出来るようになった。

 そして、魔力調整の訓練のために小学生サイズで流音亭に帰ると、ナージャを見たアミュさん。


「ナージャちゃん……今日……おばちゃんと寝よ?」


 リーシュさんの小さい時の姿を思い出して、寂しくなったらしい。

 そう言ってくれればいいのに、さっきの姿はただの不審者。


 その夜、ナージャが熟睡状態に入ると魔法調整が解けて妖精の姿に戻ってしまった。

 明け方アミュさんがその姿を見た瞬間、涙目で俺らの部屋に突入して来た。


『【バン!!!】どうしよう~~~!!!ナージャちゃんが……ちっちゃくなっちゃった~~~!!!』


 コッチこそどうしようかと思った。

 部屋が暗くて本当に良かったわホントにもう……


【コンコンガチャッ!】


「お待たせ~!!!ナージャちゃんのお着換え終わったよ~!!!」


 相変わらずのノックの意味のなさ。しかしあの時と違って準備は万端なのですよ。

 アミュさんの後に入ってきたのは、妖精サイズのナージャ。あれ?


「その体形で行くの?」

「納税証明書は二人の分だけだからね。納税してもいいけど、すっごく並ぶよ!」


 アミュさんによると、納税証明書がある俺とナディアはギルドカードを提示して確認してもらうだけオッケー。

 高速に乗る時のETCみたいな感じかね。

 小学生サイズのナージャの場合は、いくばくかの入場税が発生する。それは別にいいんだけど、とにかく並ぶから時間がもったいないとの事。


「わかりました。じゃ、向こうに着いてからサイズ変更かな。」

「……大きい服、いっぱいもらった。」


 リーシュさんのお下がりを大量にいただいたので、しばらくは着る服に困ることは無いだろう。

 服をもらう時に、また白の剣士マナさんを驚かせてしまった。


『馬車が着いたぞ!!!』

「はーい!行きます!」


 リバルドさんに呼ばれ、いよいよ出発の時。

 アミュさんがナディアをぎゅっと抱き締める。


「ナディアちゃん、向こうに行っても身体を大切にね。頑張りすぎないで、元気でいてね。」

「アミュさん……長らく、お世話になりました。これからも、アキラさんの事をよろしくお願いします。本当に、本当にありがとうございました……」

「ホラも~、今生の別れじゃないんだから、笑って笑って!またみんなで遊びにおいで!」

「ハイ!!!」


 そうそう、笑ってお別れがイチバンだよ。


「ナージャちゃんは、アキラくんと一緒に来るのよね?お菓子用意して待ってるからね。」

「……うん。また来る。」

「アキラくんはこの部屋に入ったら、呼び鈴2回でお知らせしてね。」

「はい、了解です。」


 テーブルの上には【チーン】って鳴らすベル的なアレ。

 プレゼンの時に『あと5分です』って高らかに追い込んで来るアレ。


「よし、忘れ物はないね?じゃ、お見送りするよ!」


 荷物を持って1階に降りると、洗い物の途中だったのかエプロン姿のリバルドさんが仁王立ちで待ち構えていた。


「ナディア、宮仕えは体力が物を言う。しっかり飯を食え。」

「はい、心得ておきます。リバルドさん、本当にお世話になりました。ありがとうございました。」


 頷きながらナディアの肩をポンポン叩くリバルドさんを見て、アミュさんが茶化すように。


「うふふ。リーシュの時と同じこと言ってるし。」

「おう、飯は活力だからな。当然の事を言ったまでだ。」


 とか言って、ちょっとお耳が赤くなってますよ。


「じゃあ、ラストは姉さんにご挨拶だね。」


 店を出て厩舎に行くと、孤高のグリフォンことパーシャ姉さんが、むっしむっしと羽繕いをしていた。

 ナディアがちょっと声を掛けづらそうにしていたので、俺から声を掛ける。


「姉さーん、そろそろ出発しますね。」

『あら、丁度良かった。ナディア、これを持って行きなさいよ。』


 大きな羽根をくわえて、ナディアに渡す。


『疲れ目に効くわよ。』

「こんな大切なものを……ありがとうございます。」


 グリフォンの羽根は、視力回復の効果を持っている。

 前に眼精疲労からくる頭痛でうなっていた時小さな羽根をもらったことがあって、瞼にかざしたら一瞬で吹き飛んだ事がある。

 こんなご立派な羽根だと、かなり効果が高いんだろうな。


『アキラ。夫婦ならただ見守るだけじゃダメ。しっかり関わっていきなさい。いいわね?』

「はい。肝に銘じておきます。では、行ってきますね。」

「パーシャさん、お世話になりました。」

『ええ、無理せずにね。』


 ナディアとパーシャ姉さんが軽くハグをして、いよいよ旅立ちの時。

 馬車に乗り込んで窓を開けると、ナディアとアミュさんが最後に手を握る。


「行ってらっしゃい!」

「はい!行って参ります!」


「旦那様方、時間でさぁ!出発しますぜ!」

「ええ、お願いします!」


 御者のおっちゃんの呼びかけに答えると、馬車はゆっくり動き出した。

 俺らが窓から身を乗り出して全力で手を振ると、アミュさんとリバルドさんが大きく手を振り返してくれる。

 パーシャ姉さんも翼をバッサバッサと振ってくれている。


 流音亭が見えなくなっても、ナディアはずっと手を振り続けて名残りを惜しんでいた。

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