第98話 偶然か必然か

「私、楠木くんの同僚で、紫の藤と書いて紫藤しどうと申します。いつもあきらくんにはお世話になっております。業務で使用する資料写真の撮影に、お爺さんのコレクションを貸していただけるとの事で、急な事で大変失礼を致しました。」


 まずはナディアを紹介しようと思ったのに……!

 何が紫藤だこの野郎、いつか使おうと思ってずっと考えてた名前だな。満足そうな顔しやがって。


「いつも大変お世話になっております、亮の母でございます。そうですか、仕事で……義父の部屋はあまり片付いていないんですけど、何でも持って行っていただいて結構ですから。」


「いやホンっトに申し訳ない。あと、こちらは―――」


「……ナージャです。」


 お前もかーい。


「あら、ナージャちゃんって言うの?いやー!ちょっと、すっごいカワイイ子だね!」


 う、反応がアミュさんと同じだ。

 母さん、こういうキャラじゃなかった気がするんだけど。


「……よろしく。」


 ちょっと照れながら深々ぺこりとご挨拶。

 ランドセルを背負っていたら、中身をドザーとぶちまける勢い。

 そしてナージャがたーくんをなでり倒すと、腹を出して完全服従モード。

 さて―――


「アキラさんのお母様。私はナディア・カンフォーレと申します。アキラさんには日頃より大変お世話になっております。突然押しかけてしまい、誠に申し訳ございません。」


 そして一礼。

 さすがナディア、しっかりしている。


「こちらこそ、亮がいつもお世話になっております。亮の母でございます。」


「という訳で、爺ちゃんのカメラ類を持って行きたいんだけど、今大丈夫?持ってってもいいかい?」


「いいけど……ホントに全然片付いてないよ?ひどいよ?」


「まぁ、それは大丈夫。ちょっと時間かかるかもしれないけど。」


「そうかい?じゃあ、ちょっとたーくんの散歩で公園ぐるっと回って来るから、ちょっと待ってて。」


「……私も行く!たーくんとお散歩!」


 ナージャがめっちゃ興奮している。


「では、私がお散歩に行って来ましょうか?お母様には、こちらでお待ちいただいても……」


「おお!ナディアくん!ならば妹さんと一緒に一回りして来てくれるかい!?」


 妹さん……アーレイスク、上手い事考えたな。


「あらー、いいんですか?じゃぁ、お言葉に甘えてお願いしちゃいますね。たーくん、お姉さん達の言う事をよく聞くんだよ?いいね!?わかったなら~~~ワン1回!!!」


【ワン!】


 ペットを散歩する場合のルール&マナーをしっかりと説明し、エチケット袋とペットシート、水が入った500mlのペットボトルが入った手提げ袋を渡す。


「ナディア、何かゴメンね。」


「いいえ、あの子がとても行きたがっていますし、大丈夫ですよ。それでは、行って参りますね!」


 ナージャとじゃれ合い、しきりにナディアのにおいを嗅ぎまくる、たーくん。

 アイツは女性と子供が大好きなんだよな。


 さて、楠木親子&アーレイスクという不思議なシチュエーション。

 会話を切り出したのは、ウチの母。


「いやー、びっくりした。急にたーくんがグイグイ引っ張るから、何事かと思ったのさ。あんなに引っ張るのは初めてだわ。」


 という事は、俺らが転移して来たのは見られてなかったか。一安心。

 それにしても、アーレイスクは随分とリスキーな事をしたな。見つかってたらとんでもない事になるだろ。


「一昨日のうちに言ってくれてれば、ちょっとは片付けてたのに。」


「一昨日?」


「そうだよ!あー、油断してた。親族ご一統さんが帰ったのは昨日だから、洗い物以外はそのまんまなんだわ。本当に汚いからね?」


 もしかして、前に向こうに帰った日の翌日か?


「それにさ、みんなして絵玲奈えれなちゃんに申し訳無いって言ってたんだよ?ありゃ亮に頼まれたなって。見栄張って彼女連れて来た風にしたなって。あんな可愛い子が、亮の彼女になる訳がないって。」


 ひどい。親戚ひどい。

 母の言葉を聞いた瞬間アーレイスクがブっと噴き出すも、すかさずフォローに入る。


「亮くんのお母さん、私もその……エレナさんの人となりは存じておりますが、切り出すきっかけが掴めなかっただけではないかと思います。その場の雰囲気を壊してはならないと感じたのかもしれませんね。ホラ、アキラ。本当の事を言うなら今だぞ?」


 何も知らんくせに口から出まかせを……まぁ、助け船だ。乗らなければ。


「まぁ、大体そんな感じでいいよ。エレナさんには、いつも本当にお世話になりっぱなしなんだ。たまたま帰省が同じタイミングになって、ついでに寄ったら姉ちゃんに『彼女連れて来たー!』ってね。いやもう、何か本当に申し訳ない。」


「じゃぁ、本当の彼女はさっきのナディアさんかい?」


 こういう勘の鋭さ、昔から変わらんな。

 でもエレナさんの件は外してるからなぁ。ようわからん。


「えええっ!!!どうしてお分かりに!?」


 アーレイスクがオーバーリアクションでわざとらしく答える。


「今までも何人か見て来ましたからね。で、亮、どうなのさ。」


 ずずいと詰め寄る。そんなに気になるか。まぁ、気になるか。


「はい正解。今交際しているのがナディア。で、近い将来に結婚しようと決めた間柄なんですわ。」


 向こうの世界では、既に夫婦の間柄ではあるけれど。

 いきなり結婚したとは言わず、マイルドな表現で親を驚かさないように心がけてみた。


「へぇ~!全然知らなかった!で……ナディアさんは外国の人なの?日本語がとても上手だけど、日本で生まれ育ったとか?」


 マズい。グイグイ来る。コレは母さん、ナディアをすげぇ気に入った感じだ。

 だがしかしココに来たのは突発イベント。そこまで設定を練り込めて無い。


「実はお母さん、亮くんは近いうちに、海外の子会社に異動してもらう事となりまして……」


 アーレイスク!そこでそれをブッ込んで来るか!

 いや、何であんたが俺の辞職計画を知ってんだ!?


「ええっ!?海外!?」


 母さんが大層驚く。そりゃそうだ。俺なんかが絶対に有り得ない事だからな。


「そうなんです。お母様は、アムデリアという国をご存知でしょうか?」


 アムデリア?そんな国は無い。


「ええ、主人の弟……亮の叔父が、今はアムデリアという国で働いているとは聞いていますが。」


 はぁ?叔父さん海外に居るの?

 って、アムデリア?いや、そんな国は無いよな?あれ?


「そうでしたか!ナディアさんはアムデリアの出身でして、弊社に海外研修に来てくれていた時に、付きっ切りでサポートをしてくれたのが亮くんでして。元々彼女は日本に強い憧れを抱いておりましたので、独学で日本文化や日本語を習得した、努力家の子なのです。」


 まぁつらつらと出るわ出るわ。

 すげぇな、ここまで筋が通ってると乗るしか無いわ。


「そうなんですか~!」


「彼女はご両親を亡くされてからは、妹さんを育てながら、真面目にしっかりと働いてくれています。ただ、二人に結婚という話が出た時に、結婚を諦めかけた事もあったようです。研修期間の間は保育所に預けたようですが、母国に妹さんをただ一人残すことは出来ないと、思い悩んでおられたようです。」


「あら……そんなことが……」


「弊社としては、優秀な社員たちの将来を見過ごす訳には参りません。以前からアムデリアにある子会社から、日本人スタッフの派遣要請が有りましたので、亮くんにその旨を打診しましたところ、結婚を機に海外での勤務を快諾してくれました。さぁ亮くん、ここからは君が言う事だぞ。」


 ノリノリで喋っていたくせに、良く言うよ。


「母さん、何と言うか……正月は厳しいかもしれないけど、お盆には必ずみんなで顔を出すからさ。」


「そうなんだねぇ~……ま、家の事は心配しなくていいから。亮は自分のすべき事を頑張ればいいよ。そっか……結婚かぁ……」


【ワン!】


 お、帰って来たな。たーくんの声が聞こえた。

 振り返ると、ナージャがたーくんのリードを引いている。オイオイ大丈夫か?

 たーくん、メッチャ力あるから、俺ですら油断したらグイっと引っ張られる事あるんだけど。


「お疲れ様!大丈夫?たーくんに振り回されなかった?」


「ええ、ずっと隣を歩いてくれましたし、とても大人しく、いい子にしていましたよ。」


 ピシっとおすわりをするたーくん。


「……たーくん、かわいい。」


 背中から腰のあたりを撫で回すナージャ。


「あらっ!たーくん、お利口さんになっちゃって!ナディアさん、ナージャちゃん、ありがとうね!」


「いえ、お母様のお役に立てて何よりです。とても楽しかったです!」


 ナディアも母さんも、すげぇ嬉しそうに話をしている。

 特に、母さんのこんな表情を久しぶりに見た気がする。


「じゃぁ、ナディア達も戻ってきたことだし、ちゃっちゃと取りに行こうかね。」


 家までの道のりは俺がたーくんのリードを引くが、全く言う事を聞かない。

 リードの引き手がナディアに変わった途端にシャキッと歩き出す。たーくん……。




「ココは本当に汚くて……。」


「いえいえ!全くお気になさらずで結構ですから!!!さぁ亮くん、お宝……カメラ類を探そうじゃないか!!!」


 アーレイスクの本音がうっかり出る。


「実は一昨日来た時、カメラを一つ持って行ってたんだわ。細かいものは端に除けさせてもらうから。」


「はいはい。じゃぁナージャちゃんは、おばちゃんとDVDでも観てようか。何か観たいのあるかい?」


「……しんちゃんの、前の映画のやつ……ある?」


「しんちゃん?全部あるよ!好きなの選んでいいからね。」


「……たのしみ。」


 ナージャが例の園児の映画を所望するとは……何を観るんだろう。すげぇ気になる。

 母の後をついて部屋を出ていく時に。


「……ごゆっくり。」


 ウチの母と一緒にいる事で、爺ちゃんの部屋に来させないようにしてくれたのか。

 ナージャ……デキる子……!!!


「じゃぁ、ちゃっちゃと掘り出しますか……ちょっと、アーレイスクさん。勝手に家探しするのやめてくれます?」


 庭仕事の道具棚の引き出しを片っ端から開けては狂喜乱舞している。


「天国か……!!!」


「あの人ほっといて片付けるか。ナディア、ちょっとコッチ手伝ってくれる?」


「はい!」


 そこそこカメラの数が多いので、置き場所を確保するためにお片付け。

 いやホント、細かい荷物が多いんだ。

 せっせ、せっせと額に汗して物を片付けていると、道具棚の物色が終わったらしいアーレイスク。


「吸わせればすぐに終わるが……」


「それを早く言ってくださいよ!!!」


 現状復旧できることを確認した上で、不要なモノを吸ってもらう。


「この部屋の中で魔石の影響がない物質を、ここに収める。」


 アーレイスクが箱を開けると、部屋に溢れ返っていた小間物が一瞬で消えた。


「おお……すげえ……」


「魔石をたくさん消費するのが玉に瑕さ。コッチの世界は魔力が皆無なんだよ。それにしても……」


 居住部屋に残ったのは、壁掛け時計、ソファー、冷蔵庫、道具棚にはいくつかの工具。

 和室の寝室に残ったのは、大型のレコードプレイヤー、棚に並べられていたカメラ12台、ハンガーに掛かっていた外出着一式、コート、杖。懐中時計、煙草ケース、眼鏡。

 おお、爺ちゃんの遺品類久しぶりに見た。懐かしいなぁ。


「さて、色々残ってるけど、コレらがアーレイスクさんの言うお宝?……ちょっと、聞いてる?」


 のこぎりを握り締めて泣いてるし。何で?


「まぁ、何だか良くわからないけど、この人にとってはお宝なんだろうな。」


「ご本人が感激しておられるのでしたら、それはそれで……」


 アーレイスクが俺の前に立ち、両手を肩に。


「アキラ……一つ頼みがあるんだが……聞いてくれるかい……?」


 大体想像がつく。


「内容によります。」


「これら全てを頂いて帰る訳には―――」


「却下です。」


 即答。やっぱりな。


「家具、家電、衣類が無くなったら『母さんの思い出の品を捨てた?』って般若の顔で詰められます。それはマジでダメなヤツです。カメラは興味がないのでレンタルでOK出てるだけです。」


 指をくわえて物欲しそうに見たってダメなものはダメ。

 実家との関係を悪くするのは本意では無い。


「カメラがあるんだからいいでしょ。コレだって、どんな使い方をするのかわからないんですから。俺が持って行ったカメラだって、転移装置なんて聞いてませんからね?ってか、いきなり転移させるとかやめてくださいよ。こんな事がウィルバートに知られたら、年イチの里帰りだってダメになるかもしれないじゃないですか。責任取ってくれるんですか?」


 捲し立てるように説教モード。

 あ、コイツ全然聞いてねぇ。俺の背後にあるカメラしか見てねぇ。


「私が責任を取るから。ね?」


「どう責任取るってんだよ全く……で、これらのカメラは何の魔道具かは知ってるんですか?」


「ううん、ちっとも。」


 しれっと。

 この野郎……。


「だから持って帰って調査したいんだよ!ここだと魔力がなさ過ぎて、私であっても理解出来ないんだ!」


「じゃぁ、カメラだけですよ。他はダメです。壊さないように持って帰って必ず返却してください。あと、向こうではコレの所有者は俺なんですよね?それが何に使われるのか俺に周知してから実験してください。そのうち俺も王都に行きますから、それぐらいは我慢して下さい。いいですね!」


「了解っスー。」


 絶対わかってねぇなコイツ。


 まぁ、それはさて置いても、爺ちゃんの懐中時計は久しぶりに見た。

 若い頃に使っていたヤツって聞いたことがあるけど、巻いてるところを見た事無いから、魔石が動力になってるのかね。

 あと眼鏡。多分アーレイスクが持ってた魔石メガネだろう。


 異色なのが煙草入れ。銀色のケース。そうだ、コレ使ってたよな。

 爺ちゃんヘビースモーカーだったから、片時も手放さなかった記憶がある。

 開けてみると、1本だけ残っていた。


「おお、お守りだ。」


「お守り?これは何かの道具なのですか?」


 ナディアが不思議そうに尋ねる。かわいい。


「最後に一本だけ残しておくと『あと一本はあるから大丈夫だ』って安心するんだって。」


 説明がてらその一本を取り出そうとつまんでみたら、やけに固い。

 取り出してみると、やたら重い。


「あぁ、コレ本物のタバコじゃなかったのか。へぇ~、初めて知ったわ。」


 つまんで見てみると見た目はタバコそのものだけど、鉄か何かで出来てるのか、大きさに比例しない重さ。

 煙草入れに入ってた時は、全然重くなったんだけどな。


 ふと見ると、ナディアが和室の隅にあるドアを凝視していた。


「アキラさん……その扉は……?」

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