第19話 残り湯

 カウンターの上に新たにセッティングされたのは、小型の4人掛けソファーとテーブル。


「…おちつく。」


 ナディアがソファーに寝っ転がっている。それでもかなり余裕のある大きさ。

 フワフワなクッション材、肌触りがなめらかな生地。

 同じ生地・素材で作ったと思われるクッション、枕、肌掛け、オットマンまである。

 配置場所はアミュさんの定位置の目の前。計算され尽くした目線の高さに、本気度が伺える。

 アミュさん、昨日の今日でこんなものまで作っちゃたんですか?


「アミュは凝り性だからな。」


 凝り性のレベルを超える、匠の逸品がここにある。


「これが今回の特別報奨金だ。」


 と言ってカウンターにドスっと置かれる袋。


「これは、オマエの仕事に対する報酬だ。遠慮なく受け取れ。」


「ありがとうございます。ちょっと…中を見るのが怖いんですけど。」


「難しい依頼を達成した冒険者であれば、この報酬は相応のものだ。」


 まぁ、とりあえず中を拝見させていただきますけど。

 ザラザラっと出て来たのは、まだ見たことが無かった、金貨。

 ざっと並べて…10、20、30……90、100。1枚10,000円。


 ひゃっ……ひゃくまんえん……


「何でこんなにもらえるんですか?おかしくないですか?」


「オマエが関わった今回の件は、それほどの事だった。ただ、それだけだ。」


 それにしたって!

 一泊二日のパワハラツアーで100万って…。


「今回の件は、別のパーティーも関わっている。そいつらはギルドを、オマエは観測所を。それぞれが同じタイミングで制圧して、一切の証拠隠滅や、口封じなどの行為を封殺した。あいつら一人ずつにも、同じ額が支給される。」


「もしかして、リバルドさんは知ってたんですか?」


「ああ、全て知っていた。だがもう一組のパーティーにも、オマエと同様に内容については伝えてない。」


「言ってくれればいいのに…。」


 とは思ったけど、仕事してたら、往々にして事情を何も知らされずに作業を行うことは少なくない。

 ちょっとだけスネ男モードなのは、極僅かに残る「教えて欲しかった」「誰にも言わないのに」といった感情的なところ。そういった物は、丸めて飲み込むか、くしゃくしゃポイだ。


 今回の件は、俺がココに来るず~っと前から計画していた話なんだろうけど、もしかしたら、俺と言う手駒がタイミング良く揃ったから実行に移ったという可能性もあるなぁ。

 俺は登録して1週間くらいしか経っていない超新人。仮に、依頼を受けた冒険者がどんなヤツなのか、摘発されたギルドの人が調べたところで、初心者的な依頼を数件やっただけだから問題ないと判断されたのかもしれない。

 でも、どっちも派遣したのが流音亭で、しかもココは観測所を管轄している赤の騎士のお膝元。何も感じなかったんだろうか?

 …考えてもわからん事ばかり。こういう時は、丸めて飲み込むのが一番。


「何にせよ、無事に解決して、これ以上の犠牲者が出ないのならそれでオッケーです。結果オーライです。」


「そう言ってもらえるなら助かる。だが、恐らくあいつらは今頃、キレながら戻ってきているだろうな。例の兄弟と、オマエを連れてきたヤツが居るパーティーだよ。」


「あぁ、遠い所に仕事に行くってアミュさんが言ってましたよね。それが今回の件だったんですね…じゃあ、戻ってくるんですか?」


「まぁ…あいつらの性格から、帰って来てすぐは話が出来る状況では無いだろうな。ヤツラの頭が冷えた頃にでも、紹介してやろう。」


 ついに、捜索対象と思われる人との対面か…。

 これでもし、二人が探している本人の可能性が少しでもあるなら、レナートさんと対面してもらって、あとは小さい頃に居た診療所の話をして?

 そのあたりは、エミールさんにも何かお願いする事があるかもしれん。


「諸々と承知しました。それでは、一つお願いがありまして…。」


 色んな事は、風呂に入ってサッパリ流しちゃおう。




「ヴァアアアアァァァァァ………………」


 おっさんの咆哮、それは風呂に入った時に出るもの。

 今日のお湯の色はやや黄色っぽく、柑橘系に香る入浴剤のような芳香で天国かと思った。

 昨晩、ずっと狭い空間の中に居たから、体が痛くてね…。

 あの観測所周辺が安全になったらいいのにな~。あの風景で露天風呂ったら、最高だろうな。

 今日はもう、のんびりしちゃおうかな……………っと寝かかっちゃう。


「…ばぁああああぁぁぁぁぁ………………」


 おっさんの咆哮はそんなに可愛くない。


「…ナディアさんや、いつの間に入ってきたのさ。」


「…さっきねてたとき。」


 ちょっとだけ目を開けると、小さな体でスイスイ泳いでいる。泉の妖精だから泳ぎが得意なのかね。


「…とびうおたーん。」


 バシャっと跳ねる…なんで知ってるの?


「今日は色々あって、ちかりた~…でもナディアは大活躍だったなぁ…。」


「…もっとほめて。」


「いいぞ~。そうだなぁ…あの記憶力はすごい…声マネするのもすげぇ似ててビックリした…あと赤の人たちに大人気だったよなぁ…何もかも、俺は嬉しかったぞ~。」


「…もうひとこえ。」


「ほしがりやさんめ~。あとは…耳を吸われると肩コリが取れる気がする――――」


 いつの間にか、お湯の色が薄目の緑色になっていて森の香りを感じる。二段階入浴剤とは…この世界の入浴に対する熱き魂…賞賛に値する…。

 きゅっと誰かに抱きしめられる感覚を覚えながら、すっと眠りに落ちる。




「つい、寝てしまいました…最高のお湯をいただきました…。」


 部屋から持ってきた俺の着替えの上にちょこんと乗っていたのは、ナディアサイズのバスタオルとお着替え。

 頭の上にタオルを乗せるジャパニーズスタイルで風呂場から出て来たら、リバルドさんがキンキンに冷えたリンゴジュースが入った瓶を出してくれる。

 俺とナディア、同じ動作で腰に左手を当ててゴクリゴクリとリンゴジュースを飲む。


「「ぷへー」」


 そのクッソカワイイ小瓶も、わざわざ作られたのですか…?


「…きもちよかった。」


 ナディアの顔がほんのり赤くなっている。すっかりお風呂を満喫したようで何より。

 速攻でソファーに寝っ転がり、それをアミュさんが慈愛に満ちたまなざしで見ている。


「今日の入浴剤、凄かったですね…全身が超絶リラックスでした。完全に疲労感が抜けました。」


「それほど、疲れが溜まっていたという事だな。」


「二段階で色と香りが変わるのはいいですね…。」


「いつもと変わらんぞ。」


「ナディアが入って来てしばらく経ったらお湯の色が変わって、香りも変わりましたよ?森林の香り。」


 リバルドさんが不思議な顔している。イマイチ話が噛み合わない俺ら二人に、草をふよふよさせながらナディアが一言。


「…ちょっとかえた。」



「「「…変えた?」」」



 この一言で猛ダッシュしたのはアミュさん。

 俺が飲んでいたリンゴジュースの瓶を片手に。まさか――――――――


 得も言われぬ焦燥感と危機感を感じて俺もダッシュで風呂場に向かう。

 風呂場のドアを開けた瞬間俺が目にしたのは――――――――


「ちょっとアミュさん!何やってんすか!!!!!」


 おっさんと妖精の残り湯をリンゴジュースの瓶に汲んで、しげしげと眺める危ない人の姿だった。


「これは…何?複合してる…?」


 もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!


 やめてええええええええええええええええええ!!!!!


「成分…?…何か…浮いてる…?」


 浮いてるとか言わないでええええええええええ!!!!!


 飲もうとしないでえええええええええええええ!!!!!




「色的には、高級な体力回復のポーションなんだよ。」


 極めて冷静かつ知的な雰囲気を出してますけど、それ残り湯ですから。


「でも香りが全然違う。体力回復のヤツは柑橘系で、草木系の香りがするポーションは疲労回復。」


 実験のように手をひらひらさせて香りをテイスティングしてますけど、それ残り湯ですから。


「問題なのは、味なのよね。どんな味――――――――」


「それはマジでやめてください。」


「だって!こんな!考えられないモノ見ちゃったら!」


 目が本気だ。そんな目で見られたら残り湯コレクターただの変態にしか見えないじゃないですか。

 百歩…千歩…いや万歩譲ったとして、俺のじゃなくてナディアだけの残り湯なら、妖精だし…何らかの効能が期待できるかもしれませんけど…。


「アキラ、俺もこれは興味がある。」


 リバルドさん…あなたまで…。


「オマエも、何となく気付いているだろ?自分が入った後の風呂の湯という事を気にしているだけだろう。」


「まぁ、そうなんですけど…俺も人並みに恥ずかしいといいますか…。」


 確かに今まで入ってた風呂とはまた違った感じではあった。

 全身のコリが取れた、疲労感が完全に抜けた、脱力して眠くなった。でも風呂に入ったら大体こうなっちゃうよ。疲れてたし。

「変えた」と言った本人は、ソファーでスヤァ…っと眠っているので、今は確認できない。寝冷えしないように肌掛けをかけてあげよう。


「今、この子を起こすのも何なんで、後で起きたら聞いてみましょう。」


「う~~~~~、わかったよぅ。とりあえずコレ、ライナちゃんに成分分析を頼んでおきたい。」


「それは…………………了解です。でも、出所の話はくれぐれもご内密に…!」


 ライナさんに浮遊物の分析されるとか、どんな恥辱プレイなのさ。

 そんなに上級者じゃないっつうのホントにもう…。

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