第20話 ライナさんのいい人

 分析結果:入浴剤(柑橘系の香り)、その他(分泌物等)


「アミュさんが言ってることは分かりますけど、成分としては普通に入浴剤だと思います。新作が出たとか?」


 カウンターで寝コケてしまっていた俺。寝ながら俺の耳を食うナディア。

 そんな夕方の午後5時、ライナさんが報告しに来てくれた。

 体力回復としての効果があるのか、疲労回復の効果があるのか、その他の効果があるのかを確認したが、ポーションとしての効果はなく、結果としてはただの残り湯という分析結果となったらしい。

 俺としては「その他」に気を取られて結果どころじゃないのが本音なのである。

「変えた」ご本人がスヤスヤと眠(りながら俺の耳を食)っているので、今の所真相は闇の中。


 そもそもの話で、ポーションの色と香りは材料に由来するようだ。

 体力回復ポーションは、透明な黄色で柑橘系の香り。甘みを持つピールの実が主成分。

 疲労回復ポーションは、透明な緑色で森林の香り。酸味を持つレグラス草が主成分。

 これらの色と香りを参考に、入浴剤は作られているらしい。

 似せているだけでポーションとしての効果は無いけど、いい香りで心がリラックスする効果があったりする…冒険者専用のプラシーボ的な感じなのかね。俺としては何も入ってないよりも、入浴剤が入ってた方がテンション上がるので良い。そもそもポーション自体飲んだことがないから、効いた~っちゅう感覚が良くわからないんだよね。どんな味するんだろうな。

 ちなみにポーション風入浴剤の名称が「ポショーン(体力 or 疲労)」との事。お求めはリクハルド商会へ。


 さて。


 例の兄弟が帰ってくるのは明日かな?

 出来ればここに居た方がいいとは思うんだけど、キレながら帰ってくるんだったら席を外しておいた方がいいかな…居合わせることで心象悪くなって話できないとかが一番イヤだ。


 そしたら仕事に…依頼は1枚しかないのか。ちょっと確認してみようか。


・討伐

 下級妖魔『ゴブリン』15体程度【金貨5枚】

 シャレット近郊の洞窟が巣穴化しており、現時点で15体程度の存在。討伐を要請する。

 ※パーティー推奨

 デルバンクール地方観測所 ニコラ・ペリアン


 あら、俺が受けられないヤツ。ちょっとタイミングが悪かったか。戦う系統のモノしかない時はちょっと困るなぁ…。

 基本的に俺は戦闘が不向きだと思うので、できればやりたくない。選り好みできる立場じゃないんだけど…。

 ゴブリンとか、猛り狂って攻撃なんてされたら、足が竦んで何も出来ずにやられそう。上司とちょっと言い合いになっただけで心臓がバクバクして頭に血が上る小心者なので、殺し・殺されかけなんてのは無理だな。


 さっきもらったお金だって元の世界なら使い道もあるけど、日用品買うぐらいしか無いからなぁ…買ったはいいけど、メモも全然使ってない。だとしたら、あの携帯羽ペンも使わないかもしれん。

 武器だってレナートさんのナイフを借りたけど、全然使ってないし。

 …あ、そうだ。使い道あった。


「アミュさん、ちょっといいですか?」


 って、まだ残り湯で話続いてたんですね…未知の物に対する探究心と思っておこうか。


「ん?何?」


「冒険者に登録した時にレナートさんの袋からお借りした宝石って、まだ残ってます?」


「うん、残してあるよ。」


「今回の報酬で、それを買い戻しておきたいんですけど、いいですか?」


「おっ!いい使い方だね~!ちょっと待っててね。コレ持ってて。」


 残り湯入りの瓶を俺に渡し、パタパタと厨房の奥に入っていく。

 その先は金庫部屋か、巨大物置か…。


「おまたせー。」


 持って来た青い宝石1粒をカウンターに置く。


「じゃあ銀貨5枚分ね。」


「了解です。あの、金貨1枚お渡しして、次の更新分も支払いって可能ですか?」


「うん、大丈夫だよ。」


 バッグから袋を取り出し、袋をヂャラっと開けて1枚取り出す。


「それでは、こちらでお願いします。」


「はい、確かに。それでは引き続きよろしくお願いしますね。」


 宝石を引き取る。後で四次元バッグに戻しておこう。

 そうだ、前にパンツ買ったお店に服を買いに行っちゃおうかな…。


「それでは、今日は帰りますね。」


 おっと!


「ごめんなさい、ライナさん!お話の途中で、すみませんでした!」


「いえいえ、今日は少しする事がありますので…」


 アミュさんがニヨニヨした。


「美味しいご飯を作るつもりだね~?」


「えっ!いや、そういう事では…………あの……………………はい。」


 おっとライナさん、一瞬で顔が真っ赤。


「今日帰ってくるって?」


「ええ、少し遅い時間のよう……です…………けど…………………。」


 アミュさんが何やら茶化すから耳まで赤いじゃないですか。

 帰りたいけど帰れない雰囲気は良くない。ここはおっちゃんが頑張らにゃイカン。


「ご用事があるんですね、忙しい中調べていただいて、ありがとうございました。」


「こちらこそ!…ありがとうございます、それでは失礼します…。」


「こっちこそありがとねー、またね!」


 そそくさと流音亭を立ち去るライナさん。

 まだニヨニヨしてるアミュさん。


「アミュさん…若い子にあんな言い方したら、嫌がられますよ?」


「なヌッ!そんな事ないもん!ライナはいい子だもん!だってちっちゃい頃から知ってるし…あの子にいい人出来たのが嬉しいし…。」


「アレですか、近所の世話焼きおばちゃんみたいな?まぁライナさんとの関係性があっての話っぷりというのはわかりますけどね。」


「そうだよ!実際にご近所だし~。ライナちゃんのおばあちゃんが亡くなって一人になっちゃって、でも『薬屋は絶対に潰さない!』って一生懸命頑張ってるんだよ。美人さんで頭が良くて、みんなに優しくて明るくて。ホントに非の打ち所がない、いい子なんだよぅ…。」


「まだお会いして一週間くらいしか経ってませんけど、ライナさんのお人柄はわかる気がします。」


 ウンウンと、互いに頷く。あのエミールさんが『あの天才』って言ってたぐらい…それがどれほどの賢さかは正直わかんないけど、ライナさんはすげぇいい人だと思う。


「そんなライナちゃんがね、半年ぐらい前かな…妖魔が出たってウチに飛び込んで来たんだ。パーシャちゃんに乗って一緒に行ったら、ライナちゃん家の柵を乗り越えようとしてる3匹のゴブリンがいてね。」


「それは怖い…よく逃げて来れましたね…。」


「ライナちゃんの梟ちゃんが、妖魔の接近を察知してすぐに知らせてくれたんだって。それを聞いた瞬間に家を飛び出したみたい。ゴブリンはパーシャちゃんがチャチャッと蹴散らしたんだけど、家の裏に血まみれで、足とか腕とか折れて大変な状態になってる男の人が居るって気づいてね。流音亭に運ぼうとしたんだけど、治療するならライナちゃん家の方がいいからって事で、家の中に運んでね。そこから何日も高熱が続いて、顔の傷から出血が止まらなかったりして、ライナちゃんがほとんど寝ないで看病したんだよ。」


「それで、どうなったんですか?」


「やっと熱と出血が治まって目を覚ましたと思ったら、意識が混濁してて記憶が曖昧で。何となく覚えているのは、馬車で移動しているときに妖魔の襲撃があって馬車ごと川に落とされて、気づいたらココにいたという事。」


「そういった妖魔関連の襲撃の事故なら、ギルドでも周知されているんじゃないですか?」


「ライナちゃんの所にゴブリンが出て討伐したという事は第一報としてすぐに報告したけど、それ以外の事は後で色々わかってからと思って、報告してなかったんだよね。でも、その日とか前後の近いタイミングで妖魔に馬車が襲撃されたっていう事と、馬車が川に転落したっていう事故の報告は出されていないんだよね。だからその人が落ち着いたら、まずは行方不明として登録されている人から調べようかって事になったのさ。」


「それで、その人の事は何かわかったんですか?」


「全然。行方不明の登録も捜索もされていない。冒険者登録もされていない。彼が言ってた馬車の事故も妖魔の話も一切出てこなかったから、記憶が混乱してるんだろうという事で、まだギルドには報告してなかったんだよね。まぁそれが、結果的には良かったのかな…。」


「良かったといいますと?」


「そこでライナちゃんが看病してる間にね、お互いにね。ホラ、アレよ。仲良くなって。一緒に暮らしてて。アレよ。アレ。」


「あぁ、アレですか。なるほど。皆まで言うな。でもこう言っちゃ何ですけど、その人を探している人が居るかもしれないですよね。突然記憶が戻って、ふと居なくなる…みたいなのだったら、ライナさんがかなり辛くなるんじゃないかなぁ。」


「それは私だって思ってたさ。あれからずっと行方不明者は確認してるんだけど、彼の特徴の人は対象者としては出て来てないし。それで、もしかしたら使命者かな…ってちょっと思ったんだけど、印は持ってないし。あとは、冒険者登録をしてみて、何か彼の情報がカードに出るんじゃないかな?と思って流音亭に連れてきたらダンナがビックリしちゃって。メルマナ大公にそっくりだって。」


「メルマナタイコウっていうのは、どなたですか?」


「フラムロスの南西にあるメルマナ公国っていう国の、大公…王様にそっくりだって。」


「いくら何でも…その大公って人の隠し子の人、みたいな?」


「いやいや、大公本人。まだ17歳よ。で、ここからがちょーっとキナ臭い話でさぁ…。」


 アミュさんがニヤリと笑う。コレ絶対言いたいヤツだ。


「いいんですか?俺が聞いちゃって。」


「…よし、きこう。」


 おおう、いつの間にナディアさん起きていらしたの。

 ふわっと欠伸をしてソファーで横になっちゃって。その姿は家でダラダラとテレビを見るおっさんの姿だよ。


「うふうふ、ナディアちゃんが聞きたいなら、もう言うしかないじゃない。」




 1年ほど前、リバルドさんが出張で王都に行った時、たまたまメルマナ公国の使者の行列に出くわしたそうだ。

 その当時は大公が病気だったので、名代として大公の代わりに来ていたのが大公子。その時に見た若い大公子の顔をよく覚えていたらしい。

 それから半年後に大公が亡くなり、その大公子が大公を継いだとの事。

 それから程なくして、新大公と瓜二つの彼が記憶を失くして満身創痍でココにやって来たというお話。

 確かに、ちょっとタイミングが良すぎるかもしれん。


 もしかして、大公の影武者みたいな人?何か秘密を知って、殺されるところを偽装して逃げたとか?

 さらに言えば、大公本人なのかもしれない。密かにクーデターが起こって影武者が後を継いで、その裏にいる大きな組織が操っているとか?


 陰謀論…俺みたいな頭の悪い妄想なら楽しいけど、そうじゃ無いとは言い切れない、かもしれない。冒険者登録をすることで彼がこの場所にいることが明確になり、奪還もしくは殺害などの危害を加えられるかもしれない。

 などなど、ちょっとイヤな予感がするので、確認をするための冒険者登録はとりあえず行わない事にしておいたようだ。

 ただのそっくりさんだったら全く問題は起こらないし、万が一何かがあれば被害が出るのはルージュ侯爵領。しかも国と国とのいざこざに成り兼ねないデリケートな問題なので、リバルドさんが内々にレナートさんに報告を兼ねて相談したようだ。


 そこから2ヵ月ほど経ち、その間に彼がボヤっと思い出したのは『バルなんとか』という断片的な自分の名前。

 とりあえず彼の事はバルさんと呼ぶことになる。煙が出そうだ。

 ライナさんの献身的な看護でバルさんはすっかり良くなっていった。そりゃそうだ。あのライナさんにねぇ…。


「…うらやましー。」


 ナディアさん、心を読むのはおやめなさい。

 バルさんが全快してしばらく経ち、レナートさんが会える状況になったので、流音亭で顔を合わせたらレナートさんも凄くビックリしたようだ。

 それと同時に、密かに掴んでいた情報がこれで当てはまったらしい。レナートさんはどんだけ情報通なんですか。


 メルマナ公国は元々、フラムロスで公爵だった先祖が大公になった時に国として領地を与えられたのが始まりで、王と大公の関係は主従関係にある。なので、フラムロスの実質的な属国の関係になる。

 メルマナにはフラムロスの領事館があり、そこで駐在武官をしているのが、朱の剣士隊の隊長 朱の剣士レイラさん。

 ここでレイラさんからのリーク情報としてレナートさんに入って来た情報が、現大公が密かに完全独立を目指しているという事。

 また、現大公の発言や行動から、人が変わったような強い違和感を覚えているとの連絡があったようだ。


 でも、まだ確たる証拠が無い。

 人が変わったようだと言っても、今流音亭に居るバルさんがメルマナ大公である証拠は無い。そもそも本人が全く覚えてないんだからどうしようもない。


 今のところ、フラムロスとメルマナとの関係が悪い訳ではない。万が一に備えて心の準備をしておく事しか出来ないというのは、国としての事。


 これからバルさんがどうしていくのかを考えないといけない。

 そんな時に店に入って来たのが俺を拾ってくれたあの人で、じゃあ俺達の手伝いをして身の振り方を考えろという事になった。

 既にライナさんとはアレな仲になっていたので、生活の拠点はライナさんの家で、冒険者登録は行わずに、手伝いをして暮らしていく事となる。




「そして髪型と雰囲気を変えて冒険者登録して、今に至るわけだね。」


「それがたった半年前ですか…。俺が来る直前じゃないですか。」


「あっという間だけど、密度は濃かったなぁ。特に大きな何が起こったという事は無いし、バルくんは相変わらず記憶は戻って無いけど、身体で色々な事を覚えてる。戦闘能力がすごく高くて、特にメルマナが発祥とされる杖術がね…その動きを見てリバルドは、この人は間違いなく本物の大公か、大公の影武者であると確信したみたい。今では、パーティーでもしっかりと戦力になって頑張っているよ。」


「戦力になって仕事しているんですね。俺は戦闘の能力は皆無なんで、そこはちょっと羨ましいですね。闘えない俺とは大違いですよ。」


「適材適所に合ったんだよ。アキラくんはソロだし、まだまだこれからこれから!それに…戻りたいんでしょ?元の生活に。」


「まぁ…そうですね、今は早く兄弟を見つけて、レナートさんを喜ばせたいですね。それが俺の使命ですから。」


 バルさんも在籍する例のパーティーはブチギレながら今夜帰ってくる…。

 起きて待っていたいけど、ちょっと眠くなるかもしれないなぁ。


 そんなタイミングでリバルドさんが晩ごはんを用意してくれる。

 もうそんな時間!?時計を見ると19時。話すのって、あっという間に時間が過ぎるのな。

 今夜のご飯は、ホワイトソースのマカロニグラタン、パン、サラダ、とろとろオニオンスープ。

 ナディアは、特製フルーツミックスとリンゴジュース。


「いつもありがとうございます!うまそう!うまそう!いただきます!!!」


「…うまそう!いただきます!」


 いただきますの発声は、ナディアも大きい声で元気よく。

 ごはんが美味しくなる、感謝を込めた魔法の言葉。

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