第45話 あの時、二人は
「レナート様、お客様は応接室にてお休みになられました。」
「……アルフレード、どうだった?」
「魔法効果の微弱な反応が出ました。精神・防御魔法の同時効果と推察します。」
魔石によって魔術の影響を受けた場合、さほど時間はかからずに効力は失われ、魔力検知には反応は出ない。
となると彼があの時、魔法を使用する妖魔と対峙したことは分かった。
「例えば彼の内部に、別の何者かが侵入している可能性は?」
「その反応はございません。可能性は極めて低いと考えられます。」
「……そうか。」
何らかの魔法によって行動を阻害され、身体を乗っ取られる可能性を考えた。
エレナ率いる王妃守護隊との共同作戦の制圧目標の一つ、グリューネの冒険者ギルドでは、妖魔がギルドマスターの身体を乗っ取り、経験の浅い冒険者を拉致している事を掴んでいた。
しかしその可能性については否定され、安堵するレナート。
「ですが、お知らせすべき事がございます。」
穏やかな表情を崩す事の無いアルフレードが、珍しく眉間に皺を寄せている。
「妖魔の内部侵入を確認する際に「記憶の断片」も併せて使用致しました。最も古い記憶が、昨夜のものです。それ以前に遡ろうと試みましたが、靄のような発光に阻まれ、残念ながら出来ませんでした。」
「どういう事だ?」
「それ以前の記憶が、消失している可能性がございます。」
「記憶の断片」は古代の魔道具で、意識の無い状態にある者の記憶を確認することが出来る魔道具で、主に重大事件の裁判の際に、原告・被告を審議するために使用する。
記憶を覗き見るという危険な魔道具のため、所持・使用が許されているのは国王と一部の領主、王宮裁判院の院主である銀の騎士のみ。
妖魔に対して万全を期するために使用した魔道具が導き出した結論に、レナートは唖然とする。
「記憶が消失……?それでは……どうやってここまで……?」
「たまたま通り掛かった少年によって、冒険者ギルドに案内された様子です。」
言葉を失くすレナート。
ようやく再会できたのも束の間、そんな事があってたまるかという怒りが沸き上がる。
そして、彼と共に過ごした日々の思い出が失われてしまったのかと、悲しみがこみ上げてくる。
やっと会えたのに。
何も覚えていない彼と会って、今更、何を話すというのか。
【コンコンコン】
ジュリエッタが恐る恐る入って来る。
「失礼いたします。レナート様、エレオノーラ様より通信が届いております。」
あぁ、きっとエレナ様だな……。
「わかった。すぐに向かう。」
恐らく、エレナも同じような思いになるに違いないと感じたレナート。
そう考えると足取りは重く、この状況で自分は何を話せばいいのか、わからないままでいた。
『本ッ当にあの男は……また面倒くさい事に……』
怒りというか呆れというか、本当~にどうしようもない雰囲気が、魔石越しに伝わってきた。
『ま、いいわ。何を話そうと思ってる?』
「まずは、記憶を失っている事について―――」
『ダメよ。ただでさえ混乱中でしょ?アイツの頭、破裂するわよ。だったら初対面の体裁でいいんじゃない?』
エレナの意図が全く掴めない。
「あの、エレナ様。それは一体どのような趣旨で、お考えになったのでしょうか?」
『生きてるだけでいいじゃない。』
「エレナ様……」
『また最初から始めればいいのよ。黒の方の使命については、いつか私から話す。今日は、うまく乗り切って。』
「……承知いたしました。それでは、私がアキラさんに伝えようと思っていた事を話します。」
『レナートは明日帰って来るのね?色々聞かせてね。あと、つらい役をさせて……ゴメン……』
レナートは気付いていた。
エレナもまた、ショックを隠し切れない程に動揺している事を。
ただ、気丈に振舞おうと精一杯の努力をしているエレナに対して、自分は何と度量の狭い人間かと思い、先程までの思考や感情的になっていた自分を恥じた。
「何を仰いますか。私こそ、先にアキラさんとお会いしてしまって申し訳ございません。しかと、この目に焼き付けて参ります。」
『はいはい。じゃ、お土産話を期待してるから。帰りは気を付けてね。』
「承知いたしました。」
通信が終了し、レナートは気持ちを切り替える。
初対面の使命者に対して、自分の使命を伝えるために。
「忘れないって言ったじゃない……あのバカ……」
もう二度と泣かないと心に誓ったエレナだったが、今日だけは、その誓いに背いていた。
それから程なくして、グリューネ冒険者ギルド、アランブール西部方面観測所 同時制圧作戦が開始となる。
軍とギルドを摘発するこの作戦に、王妃守護隊、赤の騎士団、赤の剣士隊、白の騎士団、白の剣士隊が参加する。
グリューネ制圧の指揮を執るのは王妃守護隊の隊長エレナ。その下に就くのは赤の騎士団の参謀アルフレードと、白の剣士マナ。
アランブールへは、赤の騎士レナート、白の騎士エミールが向かう。
アランブールには、先行して赤の剣士ジュリエッタが潜入に成功している。
グリューネ冒険者ギルドからの派遣要請に対して、バトンの森の冒険者ギルドからは5人組の実力あるパーティーが派遣された。
なかなか決まらなかった最後の一人がアランブールに向けて進発した時間を持って、制圧作戦は開始する。
そして大きな犠牲も無く作戦は完了。
これによってレナートとエミールの名声は更に高まっていく。
同時に、とある妖精の出現が、一部の関係者をざわつかせる事となる。
「ちょっ……ニンフと一緒~~~~!!??」
エレナはひどく狼狽していた。
グリューネでの戦後処理の最中、アランブールの作戦結果について、デルバンクールから通信が入る。
レナート、エミールから聞く「彼の雄姿」にニヤニヤしていた後で、イレギュラーな存在が混在してからである。
エミールが褒章について強く推薦し、特にアキラが使役しているニンフ無くして、ここまでスムーズに制圧出来なかったという程の活躍に、耳を疑う。
『ナディアさんと仰るそうです。』
「んなっ!……どんな……どんな……?」
『アランブール制圧に参加した騎士団、剣士隊、その全ての者達が彼女を慕っております。』
「じゅっ……ジュリエッタは?あの子はかなり固い子よね……慕うとか、まさか……ね?」
『例外なく、です。』
正直な所、このような事態を全く想定していなかった。
あんな冴えない男、面倒見れるのは私ぐらいなものよ、などとテンプレートなツンデレをレナートに披露していたエレナに、まさか強敵手が出現するとは。
しかもたった一度、姿を現してモノマネしただけで戦闘狂の猛者どもと、身持ちが固すぎて「騎士様のお手付き」などと揶揄されているジュリエッタを魅了するなんて……。
とりあえず作戦成功については承知し、その後、通信を王都「王妃の間」に繋ぐ。
『興味深いわね。』
「……何がよ。」
『へぇ~、そう。あのアキラがねぇ~。隅に置けないわねぇ~。ここに来て、たった数日でねぇ~。誰かさんは半年も一緒に居たのにねぇ~。』
この性格の悪い女が、以前の本体とは思いたくないと心の底から感じた。
『アキラはともかく、そのニンフ、私はすごく会ってみたいわ。』
「会ってどうすんのよ。」
『うふふ、ヒ・ミ・ツ。とにかく、私が興味持ったって伝えておいてね。よろしく~。』
このクソ女め……などと下々の者が使用する罵倒を心の中で思い、承知いたしましたと黙殺しようと思った。
それにしても、ニンフがアキラの所に……どんな子と居るんだろう、なんで居るんだろう。そんな、胸がチクリと刺されるような感覚を振り払うかのように、自分の仕事を全力で進めていた。
ギルドに関する報告書のチェックを終えたのは、その次の日。
一つの報告がエレナの元に飛び込んで来る。
「ルージュ領にて妖魔の集団が出現、中規模程度との事。」
「……ルージュ領の、どこ?」
「バトンの森、フォレア村の果樹園との事です。」
今、あそこの冒険者といったら、アキラとあの5人組くらいか……。
まぁ、ここのギルドを制圧したぐらいだし、あの5人組だったら問題は無いか。
今のアキラは何も出来ないし、気合はあっても命に関わる無茶はしないから、まぁ、大丈夫かな。
「状況は逐一確認して。」
「詳細が入りました。現在、冒険者による応戦中。ギルドのグリフォンが迎撃しているとの事です。」
「あぁ、流音亭のパーシャね。それならもう大丈夫。被害状況の確認のために、出立させてもいいわ。」
それからやや暫くデスクワークをしていると、次の情報が入る。
「妖魔の集団が……退却した模様です。」
「退却?どういう事?高位の妖魔が居たの!?」
基本的に、妖魔は人間に対して敵意を剥き出しにするため、死ぬまで襲い掛かって来る。
例外として、中級・上級で知性のある妖魔が戦略的な撤退を行う事はあるが、今回のような小さな村に現れた妖魔の集団は、徹底的に村人や家屋などに被害を与えるだけ与えて、討伐されるまで暴れ回る。
「いえ、ギルドからの伝書によりますと、新人冒険者が退却させたとの事です。」
「新人!?でも、あそこで新人ったら、一人しか……」
「その新人がコボルトを掴み上げて、恫喝して、泣かせたと……」
「……ちょっと、何言ってるかわかんない。見せて。」
伝書を受け取ると、確かにバトンの森ギルドマスター アミュ名義の正式な報告書。
~~~
報告者:ルージュ侯爵領バトンの森 ギルドマスター アミュ
出現地域:ルージュ侯爵領バトンの森 フォレア村果樹園
出現妖魔:オーク7体、ゴブリン14体、コボルト35体(各推定)
被害者:死傷者なし
<概要>
当ギルド専属の新人冒険者アキラ、コボルトを掴み上げて恫喝して泣かせる。
その後、全力で逃げるコボルトを追った所、残る妖魔数十体が雪崩を打って退却した。
後方にて妖魔の市街地侵入を防いだ、5名の冒険者パーティーとの共同戦闘を完遂した。
5名の推薦にて当戦闘の勲功第一をアキラと判断。
~~~
報告書を見て、プルプルと震えるエレナ。
「泣かすって……妖魔泣かすって……アイツ何したの!?」
「エレナ様、王都より緊急通信です。」
このタイミングで?
「今、出るわ。」
もしかしてアミュ、緊急通信を使って王都に連絡したの?
何をやってんの……またギルド本部から目を付けられることを……。
王都からの通信は、エレオノーラからだった。
『アキラ、やってくれたわね。』
「本当にね。とんでもない事をやらかしたわ。前代未聞よ。」
『それで、コボルトを泣かせた話を本人から聞かせてもらう事にしたの。ついでにこの前の褒章を手渡しするから、ナディアちゃんを連れて王都に来てもらおうと思って。』
「え?」
『あと、すぐにでも話を聞きたいし、ナディアちゃんとも会いたいから、視察を兼ねて私がグリューネに行くというのはどうかしら?』
「エレオノーラ、それって……」
『勿論、護衛はレナート達を任命する。エレナ、私の代わりを頼むわよ。ゆっくり話をしながら、一緒に王都まで帰ってきなさい。』
やっと会える。話が出来る。そこからは、言葉にならなかった。
馬車がグリューネに到着したのは、夕刻を過ぎたあたり。
ホテルの最上階、ロイヤルスイートルームから必死に望遠鏡を覗き込んでいる一人の残念な美女。
絶世の美女と言っても過言ではないのだが、背後から彼女の姿を見ているパトリシアにとっては、壁の陰からコソコソと好きな人を覗き見る少女のようだと感じていた。
「ちょっと!この部屋からだと全然見えないわ!」
このお方をして、ここまでの気持ちにさせるアキラと言う人は、本当に不思議な人だと感じていた。
「泊まるのは離れよね?」
「そのように伺っております。」
「ううう……緊張するわ……いや、でも私の事は分からないのよね……」
緊張したり一喜一憂したり、気持ちがグラグラと揺れ動く。
「せめて、ナディアって子だけでも見えないかしら……?」
アキラの事もそうだが、ナディアの存在もかなり気になっている。好きな人の隣に居る女の子に嫉妬する少女のようだと感じていた。
「一人になるタイミングを待つしかないわね……」
好きな人に告白しようとする少女のようだと感じていた。
「エレナ様、お呼びで―――」
「もう、この部屋からだと全然様子がわからないのよ。」
「流石に、部屋の中を見られるような造りにはしておりませんから……」
エレナの手には望遠鏡。覗いていましたと言わんばかりの状況に、若干困ったような表情を浮かべるレナート。
「夕食も終わりましたし、そろそろ入浴をされるお時間ではないでしょうか。」
「ふーん、そう。そうなんだー。パティ、アレを持っておいてね。」
アレ。小さな宝箱に収められた、彼女にとってはまさに宝物。
これを見て、ほんの少しでも思い出してくれたらいいのに。エレナは一縷の願いを託す。
「じゃあ私は、ちょっとベランダにでも出て、夜風にでも当たろうかしらー。」
意を決して、エレナが動く。
「エレナ様?まさか―――」
「ううん、ちょっとゆっくりさせてもらうだけよ?」
そう言って、居間からウォークスルーのベランダに出る。
その瞬間、レナートの目前からエレナの姿が消える。
「やはり!」
パトリシアの身体能力を持ってすれば、屋上階からエレナを抱きかかえて地上への移動などは余裕である。
アキラは現在入浴中。一人になるタイミングを狙うにしても、さすがにそれは引き留めないといけない。
レナートは猛ダッシュで部屋を出る。
「どうして普通に来ないんだ!?あのお方は!!」
最も油断し、警戒を解く場所が、風呂。
エレナはその油断するタイミングで突然現れて、極めてインパクトのある出現を装おうとしていた。
ふと、露天風呂の様子が見えた。
そこには、夢にまで見た彼の姿が見えた。
アキラ!!!……って、誰その女!?
一緒に居ると聞いていたのは、妖精の姿だったはず。
でもアキラの隣に居るのは、とてもキレイで、可愛くて、大人っぽくって、前の私とは大違いの女の人で。
一瞬で燃え盛るほどの嫉妬心と焦燥感があふれる。
アキラに何をしてくれとんじゃ!!アキラは……私の……!!
そんな魂の叫びが喉から出掛かった瞬間、思い出した。
相手は、アキラと出会って間もないはずのニンフ。
恐らくルージュ領内に本体は居るのだろうけど、こんな所にまで分身を飛ばす程、深く強い想いを抱いている。
そんな彼女の想いを感じた瞬間、少しだけ冷静さを取り戻した。
今ここで、感情に任せて罵声を浴びせかけようものなら、知らない人が突然やってきて、文句を言って帰るだけのイヤなヤツになってしまう。それだけは嫌だ。
そうだ、覚えて無いんだ。私の事は忘れてるんだった。
庭園に降り立つ。
いつの間にか、アキラ一人に…いや、小さな妖精に変身したようだ。
彼女はこちらの存在に気付いている。ちょっと不貞腐れている感じ。さっきまでの私みたい。
それならそうと、私だって言わせてもらおう。
レナートだって初対面を装って、精一杯の努力をしてきたんだ。
私はここで気合いを入れ直して、エレオノーラを演じ切ろう。
今は、うまく乗り切ろう。
「あらあら、若い子達っていいわね。気にしなくてもいいのよ~。」
でも、ほんの少しだけ、胸の奥が痛い。
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